6 エイもどきベーコンときのこのあんかけスパ
私たちは、夜明け前から山に登っていた。
今日はラウルスも同行して、ヴィーの材料採集のお供をしているのだ。
一応都会の大学生活を謳歌していた私は、久々の山登りに息が上がっていた。
「はあ、はあ……。で、この山では何が採れるの?」
「山菜は一通り採れるわ。きのことか」
「きのこ! いいねえ。 きのこのパスタとか食べたいな!」
お昼ご飯の楽しみが出来て、俄然やる気が出てきた。
足取りもちょっぴり軽くなる。
「はは、アンナはいつも食べ物のことばかりだな」
ラウルスがこれ以上はないというくらい爽やかな笑顔を浮かべる。
だけど惜しい、ヴィーは道端の草むらをチェックしていて、全く見ていなかった。
「ラウルス、何だかめちゃくちゃ楽しそうだね?」
「ああ。俺は、子供の頃から修行だの何だのでろくに友達と遊べなかったからさ、こういうのが楽しくて仕方ないんだ。それに、女の子とは普段、会話が続かなくてさ」
そう言って、ラウルスは青い空を見上げた。
「……アンナがいてくれて、本当に助かってる」
そっか、ラウルスは子供の頃からヴィーのことが好きだったんだね。初恋か~! いいねいいね!
もっと詳しく話を聞こうとしたら、ヴィーが遠くから私を呼ぶ声がする。
「あったわ! アンナ、この薬草を全部摘んでくれる?」
ヴィーが指を指したのはシダ植物に似たやや茶色味を帯びた葉だった。
この薬草は非常に珍しく、この時期のこの場所にしか生えないんだそうだ。
朝露に濡れているその葉を、慎重に摘んでいく。
すると、地面に大きな影が差した。
こんなに天気がいいのになぜだろうと思って空を見上げると、そこには変な飛行物体があった。
「何、アレ!?」
どうみてもエイだ。
海にいる、三角形の大きくて薄っぺらの体に細長いしっぽが生えた、凧みたいなやつ。
そのエイが空を飛んでいる。
エイの表は茶色で、裏は白。
茶色側の尖った先端に二つ目が付いている。
その目は弓なりになっていて、まるで痴漢のオジサンみたいだ。
いわゆるエロ目というやつである。
「あれはトイエカよ。全く、悪趣味な見た目だわ」
「な、何か威嚇してるみたいだけど?」
エロ目、違った、トイエカは明らかに私たちに目標を定めてしゅるしゅるという鳴き声を上げている。
先日のカバラドと同じく追いかけられてしまうかもしれない、と背中に汗を流した時だった。
「アンナの持っている薬草目当てに襲ってくるみたいだな。よし、返り討ちにするか」
ラウルスがひどくあっさりと言った。
そう言われてみれば、トイエカは薬草を持っている私を威嚇しているように見える。
「危ないから下がっていろ、アンナ」
「そうよ、ここは私たちに任せておいて!」
ヴィーとラウルスは私を押しのけて前に出た。
初の共同作業ですか?
では、あとは若いお二人で……ってことで、役に立たない私は、大人しく後ろに下がった。
ヴィーは先日使ったつるはしに似た棒を取り出した。
それじゃ叩き落とせないよと心配していると、棒は一瞬でクロスボウに姿を変えた。
今、何が起こったの?
まさかのボウ繋がりじゃん!
棒がボウにって、我ながらオヤジギャグすぎ?
緊迫した空気だったため、私は心の中だけでツッコんだ。
ヴィーがクロスボウでトイエカを撃つ。
すると、トイエカは矢をすれすれのところで避けた。
だが、バランスを失って急降下。
そこをラウルスが剣で襲う。
見事なコンビネーション攻撃だ。
結果、トイエカはあっさりと散った。
「二人ともすごい! 強い! かっこいい!!」
「そんな、褒めすぎよ」
「まあ、このくらい、朝飯前さ」
二人とも照れ照れしていけるど、褒められて嬉しそうだ。
その時、私のお腹がぐうっと鳴った。
朝ご飯を食べるのを忘れていたせいだ。
するとラウルスがトイエカを指差した。
「こいつで何か作れないか?」
「え? ……これって食べられるの?」
見た目は全く美味しそうに見えない。
何たって、エロ目だし。
「なかなかの味だと聞いたことがある」
そうか。じゃあ、味見してみて、美味しかったら料理に使ってみよう。
ラウルスが目ぼしい食材を近場で取ってきてくれて、私の目の前にはトイエカとしめじに似たきのこ、そして山菜が出揃った。
「これで何か料理が作れるか?」
「ちょっと味を確認してみるね」
近くで見ると本当にエイに似ている。
ヴィーに火を起こしてもらい、端の肉を炙ってみる。
恐る恐る口に入れてみると、白身魚のような淡白な味を期待していたのと裏腹に、ベーコンのようなジューシーさがあった。
炙ったおかげか、燻製に似た香りもする。
ベーコンもどきときのこ……あんかけスパなんてどうだろう!?
実は、こんなこともあろうかとお手製の麺とトマトを持ってきていたのだ。
カップラーメンも一応持ってきてはいるけれど、少々飽きてきた為の対策である。
登山は食材を現地調達、が醍醐味だよねってことで、今回は小鍋の他にフライパンも持ってきている。
もちろんどちらもラウルスが持ってくれている。
本当にいいやつだね、ラウルス君は!
まずは小鍋でお湯を沸かし、麺を投入したら火から下ろす。
そのまま柔らかすぎるくらいに麺を茹であがるまで待てばOK。
その間にベーコンやきのこなどの具材をカットし、フライパンで炒める。
ソースや塩や砂糖を足し、ちょっと濃い目に味付けするのがコツだ。
じゃがいもから作っておいた片栗粉でトロミをつけ、柔らかい麺に掛けたら、完成!
「「……!」」
美味しいか、なんて聞くまでもない。
二人はすごい勢いでトイエカベーコンスパゲッティを胃に収めていく。
「濃厚な味付けなのに、具材の旨みが最大限に引き出されているわ!」
「柔らかい麺との絶妙なハーモニーは、まさに至高の味だな!」
何となく二人のコメントが料理漫画なみにオーバーになってきた気がするなあ。
「アンナ、あなたってば天才よ!」
「いっそオヤジさんの代わりに料理人になればいいのにな」
「いや、それほどでも~」
今回も大絶賛だ。
いいアイディアだと思うけど、料理人になってしまうとこういう風に出掛ける機会が無くなってしまうので、出来れば看板娘の職に甘んじていたいところだ。
「それも食べるの? ラウルス」
私の料理中、手持無沙汰にしていたラウルスは、近場で更なる食料を確保してきていたのだ。
昔から人気のゲームに出てくる、これぞきのこという形の、やや赤みを帯びたきのこである。
「これも美味そうだから取って来た」
「私はもうお腹いっぱいよ」
「私も。ラウルスだけ食べなよ。焼いてあげるから」
セレスティーアがやっていたのを真似して、木の枝に刺して炙ってあげるとラウルスはとても嬉しそうに頬張った。
スパゲッティだけじゃ全然足りなかったみたいだ。
やはり男の人はよく食べるなあ。
するとよほど美味しかったのか、ラウルスが突然笑い始めた。
だが、その笑い声はちょっと異常なくらいテンションが高い。
「あはははははははっ」
「ど、どうしたの? ラウルス」
「分からないけど、口が勝手に動……ひゃ~っひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
ラウルスはとうとう地に転がって笑い始めた。
その様子はちょっと引いちゃうくらい異様な光景だ。
「もしかして……!」
ヴィーが鞄から小さくて分厚い本を取り出した。
「やっぱり。さっきラウルスが食べたのって、笑い茸よ」
その本はポケット図鑑だったらしい。
美味しいキノコと区別がつきにくいため、間違えて食べてしまう人が後を絶たないのだとか。
食べた量にもよるけれど、最低でも三時間は笑いが止まらなくなるそうだ。
ラウルスはたくさん食べていたから、きっと笑いが止まるまでにもっと時間が掛かってしまうかもしれない。
笑いが止まるのを待つか、取り敢えず町に戻るか……。
でも腹を抱えて笑っているラウルスは、とてもじゃないけど歩けそうにない。
「どうする? しばらく止まりそうにないけど」
するとヴィーは、少しも表情を変えずにあっさりと言った。
「笑いが止まるのを待っていたら、日が暮れちゃうわ。うるさいから、置いて帰りましょ」
「え? いいの?」
確かに笑ったままで町に帰るのは本人も辛いに違いないけれど。
「大丈夫でしょ、笑いが止まれば勝手に帰ってくるわ」
冷たいなあと思っていたら、ヴィーが背負った鞄の中から何か大きな物を取り出した。頑丈そうな布に包まれた棒で、どうやら何かの器具を折り畳んでいるらしい。
ヴィーの鞄は全く重そうに見えないけれど、四次元ポケットみたいに色々入っているに違いない。
「これを使えばふもとまですぐに下りられるから。木にぶつからないように気を付けるのよ」
「それってどんなアイテムなの?」
「魔法のグライダーよ。町の場所を記録してあるから、風に乗って飛べば確実に戻れるわ。笑いながら歩いて道を踏み外すよりは安全でしょ」
なるほど、パラグライダーやハングライダーみたいなやつなんだろう。
口では素直じゃないけど、元々優しい子なので、ラウルスのことを心配しているようだ。
私はそんな高等技術は持ち合わせていないので、ラウルスの鞄にカップラーメンと小鍋を入れた。
念のための非常食だ。
「じゃあね、ラウルス。早く帰ってきてね」
「アンナにこれ以上心配かけるんじゃないわよ。トイエカも薬草の近くにいなければ襲ってこないし、他に危険なモンスターもいないから大丈夫だとは思うけど」
「すまない、一人で大丈夫だ……ぎゃっはははははっ!」
私たちに向かって頷きながら、なおも笑い続けるラウルス。
一人で置いていって本当にいいのか、心配だ。でも騎士学校出身だし、一人で冒険に出掛けることもあるんだから、大丈夫だと信じよう!
私とヴィーは後ろ髪を引かれる思いで山を下りた。
そして翌日。
私はさすがに危機感を感じていた。
「ラウルス、帰ってこないね……」
そう。ラウルスが山から戻ってこないのだ。
剣の腕もあるようだし、まさか死ぬようなことはないと思うけれど、ここまで遅いとさすがに心配になってくる。
まさかまだ笑いが止まらない訳じゃないよね。
でも、怪我をして動けないとか新たに変なものを食べてしまったとか、そういう可能性は否定出来ない。
「さすがに遅いわね。ちっ、どこまでも面倒を掛ける男ね」
ヴィー、その冷たさが段々癖になってきたよ、私。
「探しに行こうか」
「仕方ないわね、まったく。捜索用のアイテムを駆使するわ。アンナも手伝って」
口では文句を言いながらも、ヴィーはすぐに了承をした。
テキパキと準備を始める。
きっと私が言い出さなかったら、ヴィーが探しに行こうと言い出していたに違いない。
なんだかんだ言っても優しい子なのだ。
ヴィーの家を出ると、町の出口の方がざわざわと騒がしい。
「熊が出たぞ――っ!」
「えっ? 熊!?」
野生の熊がこんな町の中まで入ってくるはずがない。
私たちは声のする方へと走った。
するとそこには本当に熊がいた。
黒い毛皮、鋭い牙と爪。
動物園やテレビで見たことのある、リアル熊だ。
ツキノワグマみたいに、胸の一部分に白い模様がある。
だけど、私を驚かせたのは熊の登場では無かった。
熊の背中からぴょこりと首を覗かせたのは――
「ラ、ラウルス!?」
何と、ラウルスは熊に背負われていた。
「やあ、アンナ、ヴィー。遅くなってすまない。足を挫いてしまって」
いやいやいや。
遅くなった理由じゃなくて、今この状況を説明してくれよ!
「ありがとな、熊。ここまで送ってくれて」
「くま~」
え、熊と話してる?
それよりも……え? 熊の鳴き声って、そんな……?
私の戸惑いを他所に、二人の感動的な別れのシーンは続く。
「そんなに泣くなよ。寂しいのは俺だって同じさ」
「くま、くま~」
熊が駄々をこねて頭を振っている。
でかいけど、子供の熊なのかな……?
ラウルスは駄々っ子に言い聞かせるように頭を撫でながら説得している。
「また必ず会いに行ってやるからさ」
「……くまっ」
「よし、いい子だ。気を付けて帰れよ!」
「くまくまっ」
どうやら二人の意見がようやく一致したらしく、熊はラウルスと熱い抱擁をして山の方向へ帰っていく。
えーと、もう話しかけていい感じですか?
熊が見えなくなると、ようやくラウルスは振り返って私たちの元へやってきた。
町の連中が遠巻きに見ているのをひしひしと感じる。
ああ、ラウルスのせいで私たちまでイロモノだと思われてしまう……。
ちょっとヴィー、どうして離れたところに立ってるの?
「一体、何があったの?」
「二人が帰った後、ヴィーに借りたヤツで帰ろうとしたら、あの熊がいきなり現れてな。驚いて落ちた時に足を挫いてしまったんだ」
私が最も知りたいのはその続きなので、思わず身を乗り出した。
「それで?」
「もう駄目だと覚悟したんだが、案外いいやつで、町まで送ってくれると言うから、頼んだんだ」
「ラウルス、熊と話せるの?」
「まさか。そんな気がするという程度さ」
お前はムツ〇ロウさんかッ!!
ラウルス、薄々変わった人だと思っていたけど、まさかここまでとは。
「誰にでも一つくらい取り柄はあるものね」
ヴィーお得意の毒舌が炸裂した。うん、それ、ちょっと違う気がするよ。
でも。その口調は随分と穏やかだ。無事に帰ってきてホッとしたんだろう。
「でも、あの山に熊がいるなんて初耳よ。あんなのがいるのなら、流石にラウルスを一人きりで置いていったりはしないわ。それにあの熊、どことなく本物の動物じゃない気がするわ。もしかしたら、中身は全く違う生物なのかもしれない……錬金術師の業かもね……」
何となく意味深な推理だなあ。
難しいことは分からないけれど、ラウルスもヴィーも熊もタダモノじゃないことだけは分かった私なのでした。
■今日の錬金術レシピ
●山菜ときのこのあんかけスパ
・トイエカ(ベーコンっぽい肉質)
・きのこ
・手打ち麺
・トマト
・山菜
・ソース
・塩
・砂糖
・片栗粉
採れたてのきのこは香りも良かったな。これもいわゆる地産地消ってやつ?
■今日のラウルス君
笑い茸で熊と友達でヘヴン状態。