5 モンスター焼き鳥と濃厚モツ煮
「ねえ、アンナ。今日は私と一緒に森へ行かない?」
山猫亭を訪れたヴィーが、思いがけない提案をしてきたのは、これ以上は無いというくらい天気のいい日の朝だった。
「えっ? でも……邪魔じゃない? 私、何の戦力にもならないよ?」
「ニアっていう近くの小さな森だから安全なのよ」
そうか、それなら戦闘力ゼロの私でも大丈夫かもしれない。
もともとこのゲームをプレイしていたので採集には興味があったし、両親の許可も得ることができたので、今日はヴィーについて行くことにした。
「じゃあ、カップラーメン持って行こうか!」
「ありがとう、アンナ!」
ヴィーが抱きついてきたので、受け止めてその水色の長い髪を撫でた。
今日の採集目的地である“ニアの森”は、町から1時間も歩けば着いてしまう本当に小さな森だ。
ゲームでは行先を指定すればすぐに行ける森である。
訪れる人が多いのか、けもの道じゃなく人が拓いた道がちゃんとあったので歩きやすい。
そこで薬草や湧き水の採集を手伝った。
ゲームとは違って、実際に集めるとなると結構骨が折れるものだ。
特に薬草は似たような葉っぱが多くて、選別が非常に難しかった。
それでも何とか必要数を集め終わると、太陽がちょうど空の真ん中に来ていた。
「そろそろお昼にしない?」
「そうね。お腹が空いてきたわ」
私はいそいそと背負った鞄から小鍋を取り出した。
これでお湯を沸かすのだ。
落ちていた枯れ木を集めて火を起こし、しばらく待つとお湯が沸いた。
それをカップに注いで小鍋を鞄に戻すと、どこからか奇妙な動物の声がした。
「クエェ――ッ!」
「な、何!?」
驚いた私たちがキョロキョロしていたら、近くの茂みがガサガサッと鳴り、首の長い鳥の頭が顔を覗かせた。
「ダチョウッ?」
……に、よく似たモンスターだ。
ダチョウと違うところといえば、羽毛が七色に輝いているところだろうか。
自然に溶け込んでたまるかという強い意志を感じるほど目に優しくない奇抜な色が組み合わさっている。
「アンナ、気を付けて! カバラドは狂暴なことで有名なの!」
なるほど、このダチョウのモンスターはカバラドという種族らしい。
その体長は2メートル近くありそうだ。
ヴィーの言葉を聞いて、私はダッシュで距離を取った。
するとカバラドはあろうことか、完成したばかりの熱々カップラーメンを細長いくちばしで器用に食べ始めた。
「ああっ! 私のカップラーメンがあぁぁぁっ!」
悲鳴も虚しく、私たち二人分の昼食はあっという間に平らげられてしまった。
おのれ、許すまじ、カバラドッ!
食べるだけ食べたんだから、そのまま去るだろうと思っていたら、何を思ったのか、カバラドは私たちがいる方向に視線を向けた。
「うわっ! もしかしなくても、追いかけてくるぅ!?」
突如として走り出すカバラド。その標的は明らかに私たちだった。
「もうカップラーメンは持ってないってば!」
もちろん、カバラドに私たちの言葉を理解してもらおうなんて無理な話。
木々が生い茂る森の中、私たちはただ走って逃げるしかなかった。
「クエェ――ッ!」
カバラドの鳴き声が徐々に近付いてくる。
あの鋭い嘴で頭か目を突かれたら……ああ、想像したくもない!
するとヴィーが腰に下げていた杖を取り出した。草むらの探索に使っていたものだ。杖は一瞬でつるはしのような武器に変わる。そして肩掛け鞄から登場したのは、お手製らしき爆弾だった。
「アンナ、先に逃げて!」
「そんな、ヴィー、危ないよ!」
ヴィーは立ち止まって戦闘態勢に入った。私を守ろうとしてくれているのだ。 でも、迫りくる大きなカバラドと小柄なヴィーでは、勝負は一目瞭然だった。
すると背後から聞いたことのない声がした。
「二人とも、急いで木に登ってください!」
私はその声の主を確認する余裕もなく、言われた通りに目の前の木によじ登った。後に続くヴィーを木の上から引っ張り上げる。
そしてようやく周囲を見る余裕が生まれて下を見ると、後ろ姿の女性が一人、カバラドに対峙していた。
女性は長くて細い剣を構えている。しばらく睨み合った後、襲い掛かってきたカバラドに向かって剣を振り下ろす。が、動きが素早すぎて、剣筋が全く見えなかった。
「グエェ――ッ!!」
数秒後にカバラドの断末魔が響いた。
この人、すごく強い。
背は私より高そうだけど、身体はヴィーと同じくらい華奢なのに。
「大丈夫でしたか?」
その女性は剣を振ってカバラドの血を払うと、木の上に避難している私たちを見上げた。
黒くて長い髪は毛先がくるくる巻き毛になっている。
前髪はパッツンで、琥珀色の大きな瞳はまるで猫のようだ。
年齢は二十歳をいくらか過ぎたくらいだろうか、ヴィーとはまた違ったタイプの美人である。
私がゲームをプレイしていた時点では、出てきていないキャラクターだ。
剣士っぽいけれど、膝丈のスカートを着ていて、防具は胸当てのみと軽装である。
木から降りた私は、その美人さんにお礼を言った。
「ありがとう、助けてくれて」
「いいえ。私は当然のことをしたまでですから」
思わずタメ口を聞いてしまったけれど、相手はそれを咎めなかった。
どうやら敬語キャラらしい。
さっきまでの殺気は何だったのだろうと思うくらい、ほわわんとしている。
「私はアンナレーナで、こっちはエルヴィーラだよ。あなたは?」
「セレスティーアです、よろしく」
私たちは握手をした。ヴィーはお得意の人見知りを発揮していたけれど、ちゃんと挨拶をして握手もした。
相手が女性だったからだろう。
セレスティーアは、一人のようだった。
荷物も少ないので、私たちのように採集に来た訳でもないようだ。
「それで、こんなところで何を?」
「えっ?」
普通の質問をしただけなのに、なぜかセレスティーアの動きが止まる。そして頬をピンクに染めてモジモジし始めた。
「実は、……道に迷っていました。三日ほど」
「三日!? この森は端から端まで歩いたとしても二、三時間くらいで抜けられるはずよ」
ヴィーが大きな声を出す。
あまりにも意外な告白に、人見知りはどこかへ飛んでしまったみたいだ。
でも、ヴィーの驚きにも納得だ。
いくら方向音痴とはいえ、三日は迷いすぎじゃないだろうか。
もしかして、この子はちょっと残念な子なのかな?
「太陽の位置を見たら方向が分かるじゃん」
私が呆れながらそう言うと、セレスティーアは胸を張って言い切った。
「私は前しか見ていません!」
……ああ、うん。残念な子で間違いないようだ。
美人なのにもったいないな。
どう対処すればいいか分からず、私はその問題から全力で目を逸らすことに決めた。
「三日も迷子になってたんなら、お腹空いてない? って言っても、こいつに食べられちゃったから食料が無いんだけど。あ、もしかして、こいつ食べられたりするの?」
カバラドを指差すと、セレスティーアは大きく頷いた。
「もちろんです。結構美味しいんですよ。一緒に食べますか?」
「うん、ぜひ!」
カップラーメンを奪われてしまったので、私たちは腹べこなのだ。
セレスティーアは荷物の中からナイフを取り出し、カバラドを手際よく解体していった。几帳面な性格のようで、切り取った肉を小さく同じ大きさに刻んでいる。
私だったら適当にぶつ切りで焼いちゃうなあと思いつつも、黙って見守っておいた。
目に毒な色をしたカバラドもこうなってしまえば鳥肉と同じである。
そしてセレスティーアは火を起こし、肉を木の枝に刺しはじめた。
火の周りに立てて炙り焼きにするつもりらしい。
だけどいつまで経っても味付けをする様子がないので、私は恐る恐る尋ねた。
「あの、調味料的なものはかけないの?」
「持っていませんから、このままで食べようと思っています」
おいおい、セレスティーアさんよ! 几帳面な性格なのに、変なところで豪快だな!
「私、調味料持ってるから!」
こんなこともあるかもしれないと、念のために持ってきておいたのだ。
半ば串刺しになった肉を奪うように受け取り、塩とコショウで味付けをしてから火の傍に盛り土をして立てた。
赤い肉に焼き色が突き、良い香りと共に透明な肉汁がしたたり落ちてくる。
「そろそろ食べられますよ」
「うんっ! いっただっきまーす!」
私たちは三人同時に肉を食べ始めた。
焼きたての焼き鳥は薄味にもかかわらず思った以上に美味しい。
カバラドめ、やるじゃないか。君の数々の無礼を許してあげよう。
「最高だね!」
くぅっ! キンキンに冷えたビールが欲しいところだねっ!
私はすぐに2本目に手を伸ばした。
だけど塩味のみの焼き鳥は次第に飽きてくる。
ちょっと違った味を楽しみたくなるのは、酒のみの性だ。といっても、私も二十歳になってから飲み始めたので、まだまだお酒の奥深さは知らないんだけどね。
ああ、ここで濃厚な味の料理を挟めればもっと良いんだけどなあ。
と、カバラドの残骸を見つめた私は、いいアイディアを思い付いた。
そこには砂肝、ハツ、レバーなんかの内臓部分が捨てられていたのだ。
「ねえ、セレスティーア。これって全部捨てちゃうの?」
「はい。不要なので」
「じゃあ、もらってもいい?」
「いいですけど……。こんなもの、何に使うんですか?」
「もちろん、料理に!」
セレスティーアとヴィーは不思議そうな顔をしている。
聞けば、内臓は傷みやすいので、市場に出回る時にはすでに処理されているのだとか。そのため、一般人が口にすることは滅多にないそうだ。
それじゃあ、二人にモツの奥深さを教えてあげようじゃないか!
私は調味料を荷物から取り出した。
水は入れずにソースと砂糖、料理用のお酒少々を鍋に煮たたせ、タレっぽくなるまで待つ。そこにぶつ切りにして軽く洗ったモツを一気に投入する。ほんと、色んな調味料まであるなんて、すごいイージーモードだなあ、このゲーム世界は。
するとすぐに食欲を刺激する良い香りが辺りに漂ってきた。
タレがモツに絡んだ状態で更に煮込めば、タレに照りが出てくる。余計な水分が飛んでタレが飴状になったら出来上がりだ。タレでコーティングされたモツは旨みが凝縮されている。
念のため味見をしてみたら、思った以上に濃厚な味で、今度は日本酒が飲みたくなった。
「濃厚なモツ煮込みの完成でーす!」
黒っぽい肉の塊に二人は躊躇していたけれど、先にヴィーが手を伸ばした。今までの私への信頼と実績がものを言ったのだろう。
一口食べた瞬間、ヴィーは紫の大きな目を更に大きく見開いた。
「……! 何これ、初めて食べる味だわ!」
ヴィーはすぐにふた口目を食べる。その様子を見て、ようやくセレスティーアもモツ煮を口に運ぶ。
その途端にセレスティーアも感嘆の声を上げる。
「美味しいです、とっても! 内臓ってこんなに美味しいんですね。今度から私もモツまで食べるようにします!」
「いや、ちゃんと下処理しないとダメだからね?」
私は一応念を押しておいた。セレスティーアなら、ろくに味付けもしないで内臓ごと肉を食べかねないよ……。
二人とも酒のみの素質は十分だなようで、小鍋いっぱいに作ったモツ煮はどんどん減っていった。
「ごちそうさまでした。こんなに美味しい料理を食べたのは生まれて初めてです」
「そんなおおげさな。そこの町の“山猫亭”に来てくれたら、もっと美味しい料理を食べさせてあげるよ! 今日みたいにいい食材があれば、だけど」
「では、いつか食材持参でお伺いしますね」
セレスティーアが微笑む。方向音痴の彼女では“いつか”が“いつ”になるのかは予測不可能かもしれないなと思った。
その不安は別れの時には更に強まった。
「あの、本当に大丈夫?」
「大丈夫です、子供じゃないんですから!」
いやいや、あんた、子供でも迷わない森で三日間も迷子になってたんじゃあ……。
森を出てくるまで、何度も違う方向に行こうとしたし……。
心の中で盛大にツッコみつつ、私たちはセレスティーアを見送った。
本当に大丈夫かなぁ。
私たちは心配で堪らなかったけれど、彼女の姿が丘を越えて見えなくなったので、仕方なく町へ戻った。
彼女も子供じゃないんだし、きっと大丈夫だろう。
……きっと。
採集したものを置きにヴィーの家へ向かうと、ラウルスが家の前でウロウロしていた。私たちの姿を確認すると、険しい顔を緩めて走り寄ってくる。
「どこに行っていたんだ、二人とも」
どうやら心配してくれていたようだ。
「ちょっと、ニアの森まで行ってきたんだ。ああ、これ、お土産!」
ヴィーの家に入り、余ったモツ煮込みを鍋ごとラウルスに渡すと、ラウルスは目を輝かせて食べ始めた。
「これは何だ? ……ガフッ、ゲホゲホッ」
ガツガツ食べたせいで、ラウルスはむせてしまった。濃厚で水分が少ないので無理もない。
息が出来ないのか、顔が赤くなったり青くなったりしている。まるでリトマス紙だ。
水を渡すとラウルスはそれを一気に喉に流し込み、事なきを得た。
「これは、カバラドのモツだよ」
「カバラド? ニアの森で出くわしたのか? 危ないじゃないか!」
「親切な女の人が助けに来てくれたから、大丈夫だったわよ」
「心配だから、今度から俺に言え。ついて行くから」
ひゅー、ラウルス、かっこいい! と小さく手を叩いていたら、「アンナにも言っているんだぞ。分かっているのか!?」と言われた。
私まで守ってくれるとは、何てじぇんとるまん!
ほんといいやつだよね、ラウルスって。
将来的にはヴィーの相手として認めてあげてもいいかな。今はまだあげないけどね。
帰宅後、カバラドの余った肉を両親に渡すととても喜ばれた。
今夜は鳥肉パーティーになりそうな予感がした。
■今日の錬金術レシピ
●焼き鳥
・カバラドの肉
・塩コショウ
●濃厚モツ煮
・カバラドのモツ
・ソース
・砂糖
・料理酒
お酒が飲みたくなっちゃった。冷酒できゅきゅっとね!
■今日のラウルス君
喉を詰まらせてリトマス紙でヘヴン状態。