4 カップラーメンとんこつ味in錬金紙カップ
「はあ……」
一週間ぶりに会ったヴィーは、寂しかったと私に思いっきり抱きついた後で、深い溜め息をついた。
「どうしたの? ヴィー」
「今回みたいに、素材の採集のために長く冒険することがあるんだけど、保存食が味気なくて……」
聞けば、保存食は硬いパンやチーズ、干し肉やドライフルーツなどの渇きものばかりで、種類が少なくてすぐに飽きてしまうそうだ。
「アンナみたいにワイルドな料理も出来ないし。ああ、アンナが一緒に冒険してくれたらいいのに!」
いやいや、騎士学校の卒業生であるラウルスならともかく、私を連れて行っても用心棒にもならないだろう。
それに森の中で料理でもしようものなら、匂いにつられて獣が寄ってきそうで怖い。
でも、なるほど。保存食か……。
保存食といったらアレだよね。
お湯を入れるだけで出来上がり! のカップラーメンだよね!
お祭りの時はヴィーの作ってくれた“極上の干し草”のおかげでハンバーガーが食べられたんだから、そのお礼も兼ねてひと肌脱いじゃおうかな。
「ヴィー、待ってて! ヴィーにピッタリな保存食を作ってあげる!」
私は力強く頷いてみせると、カップラーメン作りに乗り出した。
まずは、スープと麺作りから始めよう。
「父さん母さん、ちょっと食材もらってくね!」
両親に了解を取り、未使用の豚肉から豚骨を、鳥肉から鶏ガラを切り出す。
どちらも料理する時に捨ててしまう部位なので、問題はない。
それから、小麦粉や卵、捨てる予定だったくず野菜類も確保した。
前回の牛肉パーティーが宣伝になって山猫亭の売り上げが上がったので、両親は快く食材を提供してくれた。
その他にもカップラーメンの具になりそうなものを見繕ってから、ヴィーの家に向かう。
さっと湯通しして血を流した豚骨と鶏ガラ、くず野菜をお湯で満たした錬金窯に入れて、煮込む。
次は麺を作ろうとすると、ヴィーが何か手伝いたいと言うので、鍋をかき混ぜる役をしてもらうことにした。
さすが錬金術師、華奢な身体なのに混ぜる動作は力強く、堂に入っている。
次は麺作りだ。
ラーメン用の麺を作ったことは無いけれど、パスタ麺なら居酒屋で作ったことがあるから何とかなるだろう。
個人経営の居酒屋だったから、全国のご当地メニューから本格イタリアンまで色々と作らされたからなあ。まあ、今役に立ってるんだから、いいか。何事も経験だよね。
まず、ボウルに小麦粉と卵、水、塩を入れて混ぜ、ひたすら捏ねる。
水分を大目にしたのは、さして力のない私でも生地を捏ねやすくするためだ。
かん水が無いので全体的に白っぽい塊に仕上がったけれど、問題は無いだろう。
生地が出来上がったら、小麦粉で打ち粉をして麺棒で伸ばして折り畳み、包丁で細く切っていく。
ラーメンの麺は細さが命。ここは慎重にいこうと丁寧に切っていたら結構時間がかかってしまった。
麺が完成したので、スープの方はどうだろうと振り返った私は、思わず我が目を疑った。ヴィーがうっすらと微笑みながら釜の中身をかき混ぜているのだ。
その光景は子供の頃に想像していた魔女そのものの姿だった。
ヴィーが継母だったら、真っ先に毒殺を疑う場面である。
「……ヴィー、何で笑ってるの?」
「え? 私、笑っていたかしら?」
うん、自覚は無いようだ。だったら大丈夫かな?
いや、自覚も無く笑ってる方が怖くね?
……まあ、可愛いからいいか!
無理矢理自分を納得させた私は、スープから豚骨や鶏ガラ、アクなどを網で掬い、具材になる野菜と調味料を投入してまたしばらく煮込んだ。
そしてスープ入りの錬金窯を一度火から下ろし、麺を別の錬金窯で茹でる。
これで下準備は完璧だ。
あとはスープを粉状にして麺を乾燥させなければならないんだけど……。
「どうしよう。スープと麺を乾燥させたいんだけど」
「私に任せて!」
ヴィーは何かの粉をスープと麺に振りかけ、瞬く間にスープと麺を乾燥させてしまった。無味無臭で人体にも影響は無いそうだ。
錬金術って本当に素晴らしい。
さっすがファンタジーゲーム、何でもアリだ。
粉末状のスープと小分けにした乾燥麺を見て、私は笑みを浮かべた。
そんな私を見て、ヴィーも嬉しそうににこにこしている。
「これで良し! あとは一食分ずつ袋か何かに入れて……って、やっぱり袋じゃ雰囲気台無しだよねぇ……」
袋入りならインスタントラーメンだ。
冒険者はお湯を沸かすために小鍋を持参しているから、食べようと思えばこれでも十分に食べられる。
だけど、私が求めているのはカップラーメンなのである。
それには発砲スチロール的な容器は必要不可欠だ。
私はダメもとでヴィーに密閉容器が作れないか相談してみることにした。
「ヴィー。密閉出来て、中身の品質が変化しない容器って作れたりする?」
「それってどんな形なの? 描いてみてくれるかしら?」
ヴィーが渡してくれた紙と羽ペンで、私はカップの絵を描いた。
持ち運びがしやすいように円柱の形をしていて、蓋の部分が捲れる構造の容器だ。
でも、絵に自信もないし、文字が書けなかったので、サイズや構造の詳細なんかは口頭で説明することにした。
「紙を丈夫にしたような素材でね、水に強くて、蓋の部分がめくれるようになってて……」
「なるほど。お湯を入れるなら、素材は紙よりも羊皮紙の方がいいかもしれないわね」
ヴィーは本棚から分厚い錬金術の本を数冊取り出し、ぶつぶつと呟き出した。
しばらく紙に何事かを書き付けていたと思ったら、突然立ち上がる。
戸棚から羊皮紙や中和剤らしき瓶を次々と手に取り、錬金窯に入れていく。
「それは?」
「この前作った“極上の草”から作った紙よ。こっちは濡れても破けない紙なの。記録用に重宝されているのよ」
説明しながらもヴィーの手は止まらず、てきぱきと作業を続けている。どうやらヴィーはすでに錬金術レシピの開発が得意なようで、万能な科学者や魔法使いみたいに見える。
そういえば私がゲームをプレイしていた時も、どんな依頼でもクリアしていたっけ。その時も依頼者から見ると、今のヴィーのように見えたのかもしれない。
「出来たわ! どうかしら?」
「すごい! 思った通りだよ!」
完成したカップは、ややベージュっぽいけれど、見た目は期待通りだった。
下の部分は丈夫でお湯を入れても大丈夫そうだし、蓋の部分は薄くて捲りやすい。
簡単な絵と説明でここまで完成度の高いものを作り出すなんて、すごすぎる!
「ヴィー、ほんとにすごい! 天才じゃない!?」
「そんな。アンナのためだったら、こんなことくらいお安い御用よ」
照れてモジモジするヴィーを私は思いっきり抱きしめた。
恥ずかしそうにしつつも抱き締め返してくれるヴィー。
可愛すぎて鼻血が出そうだ。いや、実際にちょっと出た。
今日ほど自分が女で良かったと思ったことはない。
男だったらこの場で押し倒しちゃって、危うく18禁ゲームになるところだ。
すると入口の扉がノックされて、ラウルスが顔を覗かせた。
「おい、鍵開いてたぞ……って、お前ら、一体何してるんだ!?」
ラウルスは、激しく抱き合う私たちを見て目を見開いている。
はい、邪魔者とーじょー!
麗しい友情のシーンを邪魔しないでクダサーイ!
抱擁を続行していた私たちだったけれど、ラウルスの視線があまりにもうるさいので、私はしぶしぶヴィーから手を離した。
ああ、ラウルスの登場がもうちょっと遅かったら、ヴィーの胸を揉めそうだったのに……! ちぃっ!(舌打ち)
気分が削がれたので、仕方なく料理の話題をラウルスに振ることにした。
「今ちょうど新しい料理が完成したところなんだ。ラウルスも食べるでしょ?」
「いいのか? ちょうど腹が空いていたんだ」
話を聞けば、ラウルスは護衛の仕事をしてきた帰りなんだとか。
ヴィーもラウルスも自分の仕事が忙しいにもかかわらず、私の料理開発に全面協力してくれるいい仲間だ。
そのお礼に、これからも美味しい料理を提供しようと思う。
私は三人で完成品を試食するために、小さい錬金窯でお湯を沸かした。
「はい、お湯が沸いたよ~」
錬金窯をテーブルに運ぼうとした時、私は足元に転がっていた何やらよく分からない置物に躓いてしまった。
すると、錬金窯が私の手から離れ、その錬金窯はラウルスの頭の上に着陸した。――逆さまで。
「あちィ――――ッ!!」
ラウルスは叫び声をあげると湯気を出しながらそこらじゅうを跳ねまわった。
その動きは揚げじゃがバターの時のカツオラウルスよりも激しく、まるで暴走機関車○ーマスだった。
「ラ、ラウルス、大丈夫!?」
「ちっ、しょうがないわね。手当てしてあげるから止まりなさい」
数分後、錬金術で作ったと思われる奇抜な色の薬と包帯で手当てを受けたラウルスは、見事なミイラ男になった。
いや、包帯はところどころ弛んでるし、巻けていない部分もある。
「ちょ、ちょっと失敗しちゃったかしら」
仕上がりを見て、ヴィーは頬を赤らめている。恥ずかしそうにしている様子がくそ可愛い。錬金術はテキパキとこなしていたのに、その他は不器用だなんて、ギャップ萌えで私を殺す気だろうか?
そんな不器用なところも魅力に変えてしまうヴィーって、何者。
ああ、ゲームの主人公か。納得。
私たちは残ったお湯で何とかカップラーメンを完成させた。
ミイラ男が……違った、ラウルスが包帯の隙間から覗く灰色の目を不思議そうにしばたたかせている。
「もう食べられるのか?」
「うん。カップに入っているものは全部火を通しているから、麺が柔らかくなったら食べられるよ」
いただきまーす、と三人で手を合わせ、二人はさっそくラーメンをフォークで食べ始めた。
「こ、これは……美味い!」
「信じられないわ、お湯をいれただけでこんなに本格的な麺料理が楽しめるなんて! ああ、アンナ、ありがとう! これでコチコチの硬いパンやチーズを齧る生活から抜け出せるわ!」
二人から大絶賛を受け、私の鼻はどこまでも高くなっていく。
調味料にはこの世界のものを使っているから、味はやや洋風だ。
でも、豚骨と鶏ガラで取った出汁は、簡単な味付けしかしないこの世界の料理とは全く違う奥深さがある。
ラウルスはフォークを器用に操ってまるでパスタのように食べ続け、ヴィーはが我慢できなくなったのか、豪快にカップを傾けて食べ始めた。
「二人とも、私がカップラーメンの食べ方を教えてあげる!」
そう言って私はズズッと音を鳴らして麺をすすった。二人は麺をすするという食べ方をやったことがないらしく、だいぶ苦戦していた。
「難しいが、確かにちまちま食べるよりは美味しく感じるな」
「私はこの食べ方をきっとマスターしてみせるわ!」
音を出しながら夢中で食べている二人を見て、私はあるアイディアを思い付いた。
「ねえ、ヴィー。この容器って、大量生産出来ないかな!?」
「ええ? 材料は簡単に集められるものばかりだから不可能ではないと思うけど、どうするつもりなの?」
「きっとヴィーの他にも欲しがる人がたくさんいると思うから、大々的に売り出したらどうかなと思って!」
するとミイラ男……ラウルスが腕組をして何度も頷く。
今度は包帯の隙間から覗く赤茶色の髪がユラユラと揺れた。
「確かに、これなら多少高額でも売れるだろうな」
「でしょう? でも、値段はあまり高くしちゃダメだよ。こういうのは安くてナンボなんだから!」
「そうなのか? アンナは欲が無いな」
ラウルスは私が無欲なために価格設定を低くしようとしていると思ったらしく、テストで満点を取った子供を褒める親みたいに目を輝かせている。
だけど私の思惑は全くの逆だった。
外食するより安くないと手を出しにくい。
かといって安すぎると品質に疑問を持ち購買意欲が薄れる。
その微妙な需要と供給の曲線が交差する点を見極めなければ、ものは売れないのだ。
……と、昔習った覚えがある。
私たちは材料費から原価を計算し、そこに多少の利益を加えた値段を算出した。
その日から私たちは空いた時間は全てカップラーメン作りに明け暮れた。
改良を重ね、具を変えた別バージョンを作ったり、蓋に山猫亭の看板の絵をあしらったりした。
連日ヴィーの家から流れるスープの香りに、今度は何をするんだろうと町の人たちも興味津々な様子だ。
だけど企業秘密ということで最後まで押し通した。
最終的には町の人たちにも食べてもらいたいからである。
こういうのは最初のインパクトが大事なのだ。
そして販売の目処がたったところで、山猫亭で実験的に試食を行った。
「な、なんだこれは……!」
「こんなうめーものは食ったことがない!」
「え? お湯を入れるだけで食べられるのか!?」
「いくらだ? できれば十個ほど譲ってくれ!」
思った通り、カップラーメンは大絶賛の嵐だった。
ガチムチのおっさん冒険者たちが一斉にカップラーメンをすすっている姿は、ある意味壮観だ。
その日に山猫亭に運び入れていた分はすぐに完売してしまった。
そして、冒険者たちに口コミで広めてもらったことが功を奏し、山猫亭印のカップラーメンは大人気になり、飛ぶように売れたのだった。
■今日の錬金術レシピ
●カップラーメンの容器
・中和剤
・羊皮紙
・極上の干し草から作った紙
・記録用紙
●カップラーメンの中身
・魔法の乾燥粉
~スープ~
・豚骨
・鶏ガラ
・野菜
・調味料
~麺~
・小麦粉
・卵
・塩
・水
まさかこの世界でカップラーメンが食べられるなんて! もっと色々な味に挑戦してみたいな!
■今日のラウルス君
ミイラ男で暴走機関車○―マスでヘヴン状態。