3 暴れ牛の肉100%ハンバーガー
「やっぱりさ、新鮮で美味しい肉が食べたい訳よ」
何度も火を通した硬くて端の焦げたチキンステーキを前に、私はぼやいた。
食堂で看板娘として半日働いた後の賄いが、恐ろしく不味かったのだ。
ああ、肉汁が迸るような牛肉が食べたい。
こんなソースでごまかした焼いただけのステーキじゃなく、もっと柔らかくてジューシーな。さらにそれをしっかり焼いたバンズに野菜と一緒に包み込む! そう、あのハンバーガーのハーモニーをどうしても味わいたい!
「という訳で、次はハンバーガーを作ろうと思います!」
「はんばーがー?」
ヴィーが首を傾げた。
相変わらず犯罪級の可愛さだ。
「材料は何が必要なんだ?」
ラウルスはすでに全面協力の姿勢を見せてくれている。
「パンと野菜とソース。あと一番大事なのが、牛肉」
「牛か……。肉屋が農村から買い付けてはくるが、難しいな」
「値段が高いの?」
二人は神妙な面持ちで頷く。
その値段を聞いて目が飛び出るかと思った。
何でも、牛は育てるのに手間とお金がたくさん掛かるので高価なものらしく、一般人にはなかなか手が届かないんだとか。
「無理か~! でも、食べたいよ~美味しい牛肉~!」
私はテーブルに突っ伏して足をバタバタさせた。
そんな私を見て、ヴィーが何かを思い出したのか、顔の前で両手をパチンと叩いた。
「あっ! そういえば!」
いちいち仕草が可愛すぎてこの場にカメラがあったら連写しまくるのに、と無念でならない。
「何々? どうしたの?」
「三日後のお祭りの景品が牛か馬だった気がするわ!」
「ああ、そういえば俺も聞いたな! 確か牛で間違いなかったはずだ」
ヴィーの言葉にラウルスも手をポンッと打った。
「どんなお祭りなの?」
「その牛の背に乗ることが出来れば、優勝らしい」
「そんなんで牛がもらえるの?」
「何でも、牛があまりに狂暴すぎて手に負えず、農村が格安で手放したんだとか」
暴れ牛ロデオってことか。
怪我をしそうでちょっと怖いけど、電気屋でロデオボーイには乗ったことがあるし、いけるんじゃない?
「よし。私、それに出場する!」
「無理よ! アンナに何かあったら、私……!」
立候補した私にしがみつくヴィー。
するとラウルスがおもむろに立ち上がった。
思わず会話を止めて見上げた私たちに、ラウルスは不敵に笑って言った。
「俺に任せろ」
***
そして三日後、お祭りの日当日がやってきた。
町の中央にある広場では朝から大道芸が繰り広げられ、出場者と見物人で人だかりが出来ている。
その周りには屋台が建ち並び、朝から飲み物や料理を買い求める人々でごった返していた。
何を隠そう、私も出張で野菜を煮込んだスープの販売をしている。
見学をしつつお金を稼ごうという算段だ。
一石二鳥、いい言葉だよね。
そうそう、お父さんとお母さんは、私が入れ替わったことに全く気付いていない様子だった。元々のアンナと性格が似ているせいなのかもしれない。急に変わった料理を作り始めたのも、ヴィーから習ってきたと思っている。
ラウルスとヴィーも雰囲気が変わったとは思っていても、中身が入れ替わったとまでは考えていないようだ。ラウルスは騎士学校、ヴィーは錬金術の学校に通っていたため、アンナと何年ぶりかで会ったためだと思う。
気付かないのもどうなんだと思うけれど、自分から言う訳にもいかないし、仕方ないよね。そもそも、どうして私がここにいるのかさえ分からないし、深くは考えないことにしよう。
「それにしてもすごい人だね。他の町からも人が来てるのかな?」
「全く、迷惑な話よね。半分くらいに減らないかしら」
……うん? 今のヴィーの言葉、何となく『半分くらい死んじゃえ』みたいなニュアンスに聞こえたけど、気のせい?
スープがある程度売れたところで、周囲から歓声が上がった。いよいよメインイベントであるロデオ大会の始まりだ。
司会者の甲高い声が澄んだ青空に響き渡る。
『命知らずの挑戦者は誰だァ!? それでは登場していただきましょう、暴れ牛のリッキー君(オス・1歳)ですっ!』
名前を付けるな、名前を。
食べづらくなっちゃうでしょーがっ!
心の中で叫びつつ、私とヴィーとその傍らに立つラウルスを見上げる。
「という訳で、頼んだよ、ラウルス」
「適材適所ね。あなたに任せるわ」
期待に満ちた目を向けられたラウルスは、力強く頷く。
そして広場の中央へ向かいながら、拳を空に掲げた。
「見ていろ、俺の雄姿をっ!」
背中がかっこいいっス、ラウルス君!
でも、牛に咥えられないように上着を完全にINしてるのは、かなりダサいっスけどね!
闘技場みたいに丸い円の端と端にラウルスとリッキー君が対峙する。
「どこからでもかかって来いッ! リッキー!」
「モモモ――ッッ!!」
突進してきたリッキー君(オス・1歳)に、ラウルスが果敢に挑む。
が。
キラーン。
ラウルスは真昼のお星さまになった。
それからだいぶ経って、空から落っこちてきたラウルスは、駆け寄った私の手を握った。
「ラウルス! 大丈夫っ?」
「まだ、太陽は落ちちゃいないっ!」
ラウルスは訳の分からないことを言って立ち上がろうとしたけれど、すぐにその場に倒れ込んだ。
そして気を失うラウルス。その頬にはくっきりとした牛蹄の痕があった。
「この、役立たずがっ!」
背後でヴィーの呟きと舌打ちが聞こえた気がしたけれど、きっと私の気のせいだろう。
……たぶん。
それよりも、これでハンバーガーが半永久的に食べられなくなってしまったことの方が重要だ。
一度敗者になった者に二度目の挑戦権はない。つまり、ラウルスはもう用済みだ。
「ううっ、私の牛肉がぁ~」
泣き崩れる私。
すると、ヴィーが私の手をがしっと握った。
細腕からは想像もつかない力強さだ。
「アンナ、待ってて!」
「う、うん?」
勢いに負けて、訳も分からず頷いてしまう。
するとヴィーはスカートを翻して走っていく。
それは彼女の自宅がある方向だった。
何をしに行くんだろうと思いつつ、スープを買い求める客が来たので、私は接客に専念することにした。
気絶していたラウルスを叩き起こし、客の呼び込みをさせる。
その間もロデオ大会は続行されていたけれど、誰一人としてリッキー君を乗りこなすことは出来なかった。
そして陽が傾き、スープも完売した頃。
目の下にクマを作ったヴィーが息も絶え絶えに広場へと戻ってきた。
「ヴィー、どうしたの? すごい顔色だよ!?」
「アンナ、これ……!」
ヴィーが差し出したのは、手の平に納まるほどのはちみつ色の細長い草だった。
よく見るとかすかに輝いている。
「これは……?」
「“極上の干し草”よ。錬金術で作ってきたの。これならあの牛も……」
ヴィーはふらりと態勢を崩し、私の腕の中に倒れ込んだ。
彼女が走り去ってから約6時間。
きっと休憩も取らずに錬金術に没頭していたに違いない。
私のために。
……なんというぶっとんだ、いや、優しい子なんだろう。
二人の犠牲は決して無駄にはしませんよっ!
『駄目だ、誰もリッキー君を乗りこなせないっ! ここからは飛び込み大歓迎! 挑戦者はいないのか!?』
背後で司会者の声がする。
気を失ったヴィーをラウルスに任せ、私は燃える瞳で立ち上がった。
「私が行くッ!」
私は広場の中央に足を踏み入れた。
『ここで新たな挑戦者が現れたー! 食堂“山猫亭”の看板娘、アンナレーナ!』
「アンナ、行っきまーす!!」
新たな標的を見つけたリッキー君は、私に向かって突進してきた。
「モモモモモーッ!!」
朝から出ずっぱりだというのに、リッキー君の勢いは衰えていない。
私はその口の中に極上の干し草を投げ込んだ。
するとリッキー君の動きが突然止まった。
鋭い眼光をたたえていた目を丸くして、口の中の干し草を夢中で咀嚼し始める。
『おおっと――! リッキー君、何かを反芻している! 一体何を反芻しているんだァ!? だがこれで背中に乗りやすくなったのは事実! さあ挑戦者、どう出る!?』
「乗るしかないでしょうっ!」
私はあっさりとリッキー君に乗った。
『乗った! 乗ったぞー! とうとう優勝者が決定しましたーっ!』
「やったー!」
私は湧き上がる観衆に向かってガッツポーズをした。
まだ無心で極上の干し草を反芻するリッキー君が、私に引き渡された。
お肉っ! お肉が私の元にっ!
ヴィーの家に連れて帰る道中で、すでによだれが出そうだった。
「で、どうするんだ? やっぱり飼わずに食べるのか?」
「もちろん!」
だけど、いざとなると躊躇してしまう。
牛の解体なんてしたことないし。
リッキー君、めちゃくちゃ生きてるし。
私は包丁を構えたまま、しばらく立ち尽くしていた。
するとそれを見ていたラウルスが一歩前に出て手を差し出した。
「アンナ。解体が怖いなら、俺が……」
ザクッ!
ブッシャアアァァァァッッ!!
リッキー君の首からは吹き上げるような鮮血が迸り、白と黒の毛皮が赤く染まった。
「え、何か言った?」
私がくるりと振り返ると、ラウルスは何故か青い顔をして一歩後退る。
「か、顔が血だらけだぞ」
あ、やっぱり?
さっきから何か温かいなと思っていたんだよね、実は。
ラウルスには私が人食いの鬼婆に見えているのかもしれない。
もうすぐハンバーガーが食べられるという喜びで、私は今、超笑顔だし。
だけど、ヴィーは逆に陶酔する眼差しで私を見つめている。
「アンナったら、ワイルドで素敵っ!」
さすがヴィー、ちょっとやそっとの血じゃ物怖じしない。
それが女の子だからなのか、ヴィーだからなのかは分からないけれど。
「そ、それで、どの部分を使うんだ?」
まだ青白い顔をしたラウルスがリッキー君(オス・享年1歳)から微妙に視線を逸らしながら尋ねる。
「肩ロースかなあ、やっぱり」
肉は硬いけど、何とかいけそうだ。ブロック肉は居酒屋でさばいたことがあるので、私は的確に肩ロースを切り出した。
それから血抜きをして包丁二本を使って手際よくミンチ肉を作り、塩コショウを加えて捏ねる。
手で成形したパテを焼き始めると、肉汁が溢れ出し、何とも胃を刺激する香りが辺りに広がった。
ごくり、と私たちの喉が鳴る。
「ハア、ハア、ハア」
「アンナ、息が荒いわ。よだれも垂れているわよ」
ヴィーがすかさずよだれを拭いてくれる。
切り込みを入れた丸パンを軽く焼き、トマトと玉ねぎのスライス、レタスを用意する。
ソースは元々あったソースに色んなスパイスを加えてアレンジしたものを使った。何故かソースやスパイスだけは発達してるんだよね。食材もあまり変わらないのに、どうして料理が今一歩と言うか、美味しくなかったんだろう? そのアンバランスさが不思議だ。
焼きあがったパテにソースを掛ける段階になると、私たちのお腹はギューッと鳴り始めた。牛肉だけに。
逸る気持ちを抑えながらパンにパテと野菜を挟み込む。
「出来た! 食べよう!」
皿に完成したハンバーガーを乗せ、テーブルに並べる。
「いただきますっ!」
私が手を合わせると、なぜか二人も真似をした。
「ああっ! これだよ、これ!」
頬張ったハンバーガーは日本で食べたものよりも格段に美味しい。久々に食べたからっていうのもあるし、一から十まで手作りした達成感のせいもあるだろう。
肉汁とソースがパンに染み込み、極上のハーモニーを奏でている。
「こ、これは……!」
「こんな美味しい料理、初めて食べたわ!」
二人が目を輝かせ、感嘆の声を上げる。
ハンバーガーは瞬く間に私たちの胃の中に収まってしまった。
「ふぅー! お腹いっぱいだー!」
「手料理……」
頬にくっきりと牛蹄の痕を付けたままのラウルスが、また呟いている。
だから、この世界の料理は全部手料理だっての。
「アンナ。私、アンナのために頑張ったの! ご褒美、ちょうだい?」
「むはー! いいよいいよ! 何でもご褒美あげちゃう!」
可愛いおねだりに即答すると、ヴィーは笑顔で私の胸の谷間に顔を埋めてきた。おねだりってハグだけでいいのか。ぎゅっと抱きしめて頬ずりすると、ヴィーは何とも嬉しそうに頬を染めて微笑む。
ラウルスは複雑そうな顔をしている。ごめんね、でも代わってあげないから!
するとラウルスが不貞腐れて視線を窓の外に向け、ぎょっとした様子で叫んだ。
「二人とも、外を見ろ!」
言われた通りに窓から外を見ると、町の人たちが集まってきていた。肉の焼けるいい匂いにつられて来たんだろう。
私はリッキー君(オス・肉の塊)を見つめた。
肉はまだたくさんある。
このままだとだいぶ余ってしまう。
おまけに冷蔵庫がないので保存は難しいだろう。
「よし、今夜はみんなで牛肉パーティーにしよう!」
窓の外の人たちがわっと沸いた。
肉を一枚一枚小さく切って焼くのは面倒だったので、大きな錬金窯を使って、大串に刺した肉を焼く。
そしてナイフでそぎ落とし、ソースを掛けて皆に配った。なんちゃってケバブだ。
「こんなに美味い肉は初めてだぜ!」
「酒だ! 酒を持ってこーい!!」
「飲めや、歌えや!」
皆は滅多に食べられない牛肉に感動し、舌鼓を打っている。
外には各々の家からテーブルや椅子が持ちよられ、お酒が並んだ。
いつの間にか、楽器を演奏する人までいて、ちょっとしたダンスパーティーが始まった。
「アンナ、踊ってくれないか」
「駄目よ、アンナは私と踊るのよ」
二人で踊ればいいものを、恥ずかしいのかラウルスもヴィーも私を誘う。
「はいはい、交代ね。みんなで踊ろうよ!」
ダンスのやり方なんて分からないけど、そんなの誰も気にしていない。私は見よう見まねで二人と踊った。どの人も楽しそうで、いい笑顔ばかりだ。
この日の宴会は、夜を徹して行われたのだった。
■今日の錬金術レシピ
●極上の干し草
・普通の干し草
・中和剤
・とうもろこし
・米ぬか
●牛肉100%ハンバーガー
・牛肉(リッキー君)
・丸パン
・レタス
・トマト
・タマネギ
・ソース
・塩コショウ
やっぱり牛肉最高! 肉汁ってすばらしい! 150点!
■今日のラウルス君
牛蹄で空のお星さまでヴィーに役立たずの烙印をおされるものの、最後はダンスでヘヴン状態。