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2  錬金窯で作る、ポテトチップスと揚げじゃがバター

 この世界で生きていこう――そう決意していると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえ、カティが顔を覗かせた。


「あんたたち、昼ご飯まだだろう? 何か作ろうか?」

「そうそう、私、ちょうどアンナのためにシチューを作っていた途中だったの! ああ、持ってくればよかったわ」


 ヴィーがとても残念そうに俯いてしまったので、可哀想になった私は、ある提案をした。


「じゃあ、今からヴィーの家に食べに行くよ」


 するとヴィーは何とも嬉しそうに顔を上げ、すぐにその顔を曇らせる。


「でも、身体は大丈夫なの? あまり動き回らない方がいいんじゃない?」

「うん、もうすっかり。それに、ヴィーの家に行きたいし」

「嬉しい、大歓迎よ! さっそく行きましょう!」


 女子二人で盛り上がっていると、ラウルスが何かを言いたそうに口をもごもごとさせている。


「ラウルスも来たいなら来てもいいけど?」

「いいのか?」


 ヴィーのツンデレ対応にラウルスも嬉しそうだ。

 

 私たちはヴィーの家に向かうため、階段を下りる。

 一階は広く、椅子に囲まれたテーブルがいくつもある。その内一つのテーブルでは冒険者風の人々が食事をしている。

 そういえばアンナはこの山猫亭の看板娘という設定だったっけ。今後は私もここで働かなきゃいけないだろうな。まあ、居酒屋のアルバイトで鍛えていたから何とかなるよね。


 すると、一足先に下りていたカティが私たちを引き止める。

 厨房に入り、茶色のバスケットを持ってきた。


「エルヴィーラ、これを持っておいき!」

「わあ、じゃがいもがこんなに!」


 バスケットの中には小さめのじゃがいもがたくさん入っていた。

 その上には何やら布に包まれた料理らしきものが乗っている。


「今朝仕入れた中にちっちゃいじゃがいもが入っててね、使い勝手が悪いからあげるよ。こっちのは残り物さ。三人で分けて食べな」

「ありがとうございます、おばさま!」

「いいんだよ。アンナも、あんまり無理するんじゃないよ」

「うん、分かった!」


 そして私たちはヴィーの家に向かって出発した。


 バスケットはラウルスが運んでいる。

 押し付けた訳じゃなく、いつの間にか持ってくれていたのだ。

 さすが騎士学校卒業生といったところか。

 きっとヴィーのポイントもアップしているぞ、ラウルスくん。


 家を出ると、そこにはRPG風の町が広がっていた。

 外は陽射しが温かく、季節は分からないけれど春先くらいの過ごしやすい気温で、私を含めみんな長袖を着ている。

 最近ではめっきり見なくなった舗装されていない土の道を歩いていると、何人かが挨拶をしてくれた。

 誰だか分からないまま挨拶を返す私とは正反対に、ヴィーは声を掛けられる度にさっと私の背後に隠れた。

 これは思っていた以上に人見知りが激しいみたいだ。錬金術の依頼を受ける時や情報を集める時に困るんじゃないかと心配になった。おせっかいかもしれないけれど、今後はもっとヴィーが人と触れ合える機会を作ってあげようと思う。



 ゲームでは行先を選択出来る仕様になっていて、会話の時のスチル絵でしか町並みを見ることが出来なかったため、こういう風に直に町を歩くだけでワクワクする。


「ほー! リアルで見ると中々壮観だなー」

「リアル? どういう意味?」

「いや、こっちの話」


 これ以上変に思われないように、それからは驚きと感動を胸の内に留めておくことにした。


 到着したヴィーの家は、町のはずれにあった。

 火や薬品を使うので、敢えて周りに家が少ない場所を選んだそうだ。


 一階に錬金用の部屋があり、二階が居住空間になっている。

 煉瓦で出来た壁の棚には実験器具が所狭しと並び、怪しげな瓶や壺もたくさんある。

 そして錬金部屋には大きな錬金窯が中央にででんと据えられていた。

 

 シチューはその釜いっぱいに作られていた。

 今日の夕飯どころか、三日分はありそうな量だ。

 ヴィーが木の器に盛り付け、三人でテーブルを囲む。


「いっただっきまーす!」


 この世界で初めての食事を、私は我先にと口に運んだ。


「うっ」


 その途端、私の口から何とも言えない呻き声が漏れた。


「どうしたの?」

「な、何でもない」


 口の中のシチューを慌てて飲み込む。見た目は普通のシチューだけど、味は予想を裏切って……彼女には悪いがはっきり言おう、とても不味い。異常にたくさんのスパイスがこれでもかと入っているのだ。


 もしかして、ヴィーは料理が下手なのだろうか?

 これだけ可愛いんだから、どこか欠陥があっても不思議じゃない。

 だけど、ラウルスは平気な顔で食べ続けている。きっとヴィーが傷つかないように演技しているんだろう。恋する男の優しさだ。


「そ、そうだ、カティ……じゃなかった、母さんが持たせてくれたやつも食べよう」


 バスケットの中の包みを開けるとサンドイッチが入っていた。パンは小さなフランスパンみたいだ。

 それを口に頬張ってみれば、パンはガチガチに硬く、肉はパサパサで臭みがある。こちらは味が全く無くて美味しくない。


 そ、そういえばゲームの中では料理の描写が一つも無かった!

 もしかして、この世界って料理が激マズな世界なんじゃ……?


 仮にも食堂を経営しているウチの料理がここまでひどいというのは、そういうことだろうと疑惑が確信に変わる。


 こんな料理をこれから毎日食べなきゃならないの?



 ……そんなの、嫌だ!

 よく考えたら、ラーメンもハンバーガーもお好み焼きもあれやこれも、二度と食べられないの? そんなの、ありえないし耐えられない!



 いやいや、絶望するのはまだ早いぞ、アンナ。料理が不味いなら、自分で作ればいいじゃない! これでも居酒屋の厨房スタッフだったし、料理は結構得意なのだ。材料さえ揃えば、この世界でだって美味しいものが食べられるはず。


 私はバスケットの中のじゃがいもを一瞥した。じゃがいもだけで作れる料理は……そうだ、パリパリに揚げたポテトチップスだ! あれなら、油と塩さえあれば簡単に出来る!


 名案を思いついた私は、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「ごめん、台所貸してもらえる?」

「いいけど、料理でもするの? うちには錬金窯以外にお鍋が無いのよ」


 錬金窯はシチューがまだたっぷりと入っていて使えそうにない。

 ガッカリして肩を落とすと、ヴィーが部屋の隅にあるたくさんの壺の奥から何かを取り出した。


「小さな錬金窯でよければあるわ」


 それは中華鍋くらいの深さのある釜だった。

 揚げ物にはちょうどいい大きさだ。

 ヴィーに料理用の油を出してもらい、釜に並々と注ぐ。

 植物性ではなく、動物性の油みたいだけど支障は無いだろう。


 調理器具を用意している間に話を聞くと、この世界では肉は日が経つと傷んでしまうので、毎日火を入れる。そのため、肉はどんどん固く縮んでいき、最終的には焦げ焦げになってしまうそうだ。


 ……私が食べたら、お腹壊しそう。

 みんな胃が丈夫なんだろうか?

 肉料理を食べる時は気を付けようと心に誓いつつ、さっそく料理に取り掛かることにした。


 テーブルの上に木製のまな板を置き、刃の厚い包丁で中くらいの大きさのじゃがいもをスライスする。

 水甕から汲んだ水にさらして水気を切った。


 菜箸が無いので木製のフォークを油の中に入れてみたら、フォークの先に小さな泡が発生した。油の温度は150℃くらいだ。

 だが、そこから温度が中々上がらない。


「うーん、もうちょっと油の温度が上がらないかなあ」

「温度を上げたいの? だったらいいものがあるわよ」


 ヴィーが棚に乗っていた籠から赤い石を取り出した。

 これはおそらく火炎石(小)だ。

 文字通り、火を起こすための石である。


 火にくべると炎が大きくなり、火力が安定した。

 そしてフォーク全体から勢いよく泡が出始めた。

 揚げ物の最適温度、180℃くらいである。


「ありがとう!」

「どういたしまして。錬金術師にとって、火の扱いはお手のものよ」


 ヴィーはそう言いながらウインクをした。

 どうしよう、可愛すぎだ。

 彼女は私を悶え死にさせるつもりらしい。


 お母さん、杏菜はイケナイ道に足を踏み入れてしまいそうです……!

 

 何とか悶え死なずに済んだ私は、熱くなった油にスライスしたじゃがいもを投入した。

 パチパチと油の音がしてじゃがいもが空気を含んで所々膨らむ。

 火が通ったものは油の表面に浮かんでくる。

 その頃には何とも香ばしい香りが部屋中に広がった。


「よーし、出来たっ!」


 焦げると苦くなってしまうので、その見極めが肝心だ。

 油をよく切ってから皿に盛り、塩をパラパラと振りかけて二人の前に差し出した。


「食べてみて!」


 見たことのない料理を目の当たりにした二人は、やや躊躇している。だけど原材料はじゃがいもだし、調理過程も見ているはずだ。

 二人は同時にポテトチップスに手を伸ばした。


「パリパリして美味しい! 塩味が効いているわ」

「うん、美味い」


 恐る恐るといった様子だった二人の顔がパアッと明るくなる。

 どうやら大成功のようだ。


「手料理か……」


 ラウルスの呟きが聞こえた。

 レトルトなんて無い世界だもの、料理は全て手料理に間違いないのに、何を言っているんだろう?

 ああ、ヴィーの手料理だったら良かったのに、という意味だろうか?

 さっきヴィーが作ったシチューを食べたばかりだというのに、贅沢な子だ。

 

 いけない、ラウルスは同い年だっけ。つい、子ども扱いしてしまった。


 ポテトチップスはどんどん二人の胃袋に収まっていく。

 無くなる前にと、私もポテトチップスを一つ口に運んだ。


 うん、味は元の世界のものとあまり変わらない。

 ちょっとだけじゃがいもの味が淡白な気がするのは、元々そういう品種なのか、それか品種改良をしてないせいかもしれない。香りが異なるのは油が違うせいだろう。

 だけどこれで味付けさえ工夫すれば、この世界の食べ物でも十分に美味しいことが分かった。


 空になったお皿を見て、二人は残念そうな顔をしている。もっと食べたかったみたいだ。

 だけど残ったじゃがいもは3センチくらいの小さなものばかりで、ポテトチップスにするには面倒だ。


「ヴィー、バターある?」

「バター? シチューに使ったものの残りがあるけど……何に使うの?」

「油がもったいないから、もう一品作ろうと思って」


 次に思いついた料理はじゃがバターだ。子供の頃に、油で素揚げしてバターを乗せたものを食べたことがある。あれなら小さなじゃがいもの方が火が通りやすくて食べやすいはずだ。


 ヴィーが用意してくれたバターはよく見る黄色の固形ではなく、白っぽいそぼろ状のものだった。

 ちょっとだけ口に入れてみたバターの味は、香りにクセがあるものの、そこまで違いは無さそうだ。

 もしかしたらヤギのミルクから作ったバターなのかもしれない。



 小さなじゃがいもを皮付きのままよく洗い、水気を切る。

 それをまだ熱い油の中に投入して素揚げをした。


 皮に十字に切り込みを入れると白い湯気がたつ。

 そこに、バターを乗せる。

 するとバターがじわりと溶け、ポテトチップスとはまた違ったいい香りが広がる。


「出来た!」


 今度はヴィーもラウルスも不審げな顔はしていない。

 むしろ「待ってました!」と顔に書いてあった。


「まだ熱いから気を付けてね……って、ラウルス!?」


 私が注意する前に、ラウルスが待ちきれない、といった風にひょいっと口に放り込んでしまった。


「……ぐっ!!」


 思った通り、ラウルスはあまりの熱さに床に転がって悶絶した。

 揚げたてのじゃがいもはそうとう熱いはずだ。

 きっとラウルスの口の中は大参事になっていることだろう。まるで一本釣りされたカツオのようにビチビチと跳ねている。


 あーあ、だから言ったのに。


 多少の罪悪感を感じたのでカップに入れた水を差し出してあげると、ラウルスはそれを一気に呷った。

 だけどラウルスはなぜか嬉しそうな顔をしている。


 そんなラウルスを見て、ヴィーは何も言わずに小瓶を手渡した。おそらくあれは薬草から作った“治癒の雫”に違いない。

 それきりヴィーはラウルスには目もくれず、私を尊敬のまなざしで見つめてくる。


 その後ろではラウルスが寂しそうに治癒の雫をちびちびと飲んでいる。

 まるで家族に相手にされなくなって、一人で日本酒を飲むお父さんみたいだ。


「こんな料理、初めて見たわ」

「本当に。一体、こんな料理をどこで習ったんだ?」


 ぎくり。

 やっぱり『美味しかったね~また作ろうね~』じゃ、終わらないか。


「えーと、前々から作ってみたいと思ってたんだよね。んで、やってみたら偶然大成功しちゃった、みたいな?」


 どちらもバイト先の居酒屋では出していないメニューだ。

 作り方は知ってたけど、実際に作ったのはこれが初めてだし、嘘は言ってない。


 あはは、と笑ってごまかすと、ヴィーは頬に人差し指を添えて首を傾げた。


「何だか、昨日までのアンナとは別人みたい」

「そ、そう?」

「確かに、雰囲気もどことなく違うような……」


 久しぶりに会ったはずのラウルスまで私の変化に気付いたようだ。

 人格がそっくり入れ替わっているんだから当然だろう。


 だけどゲームの脇役で、セリフも少なかったアンナがどんな性格だったか、私にはよく分からない。

 元気で明るい子だったのは間違いないんだけど、私ほど能天気ではないのかもしれない。


 今さらキャラを変えるのは逆に変だし、今後ずっと演技をするのも大変だ。

 ということで、ここは強行突破でいこうと思う。


 私はヴィーの上目遣いを懸命に思い出して真似してみた。

 目を潤ませて二人を見つめる。


「二人とも、今の私は、嫌い……?」


 ちょっとだけ震えてみせる。

 すると二人はぎょっとした顔をして私を取り囲んだ。


「そんなことは、断じてない!」

「私はどんなアンナでも大・大・大好きよ!!」


 ヴィーは私に抱き付いた。

 本日二回目の抱擁だ。


 あー女の子の身体っていいわー。いい匂いするし柔らかいわー。可愛すぎるわー。


 ラウルスを見てみると、何ともうらやましそうな顔をしている。


 ごめんね、応援するつもりはあるんだけど、しばらくはこの素敵な感触を独占させてもらうからね。


 人格の入れ代わりをうまくごまかした私は、二人にある提案をした。


「実は、これからもっと色々な料理を開発していこうと思うんだ」

「いい考えね。私も手伝うわ!」


 ヴィーがすぐさま賛成してくれる。


 実は手伝ってくれることを期待していたので、彼女の言葉は非常にありがたかった。

 この世界にはまだ無い調味料や香辛料、そして調理器具を、ヴィーに錬金術でたくさん作ってもらいたかったのだ。


「俺も協力しよう」


 ヴィーに続き、ラウルスも手伝いを買って出てくれた。

 そうだね、男手があった方が助かることもあるかもしれない。

 彼の恋路を見守る代わりに、力仕事をやってもらおう。


 よーし!


 飯盛杏菜改めアンナレーナは、この世界の料理に革命を起こして見せましょう!



■今回の錬金術レシピ

●自家製ポテトチップス

・じゃがいも

・塩


パリパリに揚げられてめちゃくちゃ美味しかった。100点!


●揚げじゃがバター

・じゃがいも

・バター


素揚げしたじゃがいもがホクホク! 120点!


■今日のラウルス君

・熱々のじゃがバターでピチピチのカツオ状態。


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