18 【珍味品評会編 3(全5話)】イナゴとウニで料理を作ろう
「アンナ。佃煮の作り方を教えてくれ」
「……やっぱり作るんだね……」
町に帰った翌日、ラウルスがさっそくイナゴの佃煮の作り方を聞いてきた。
いや、持って帰ってきた時点で分かってはいたけどさ。
一日絶食させてフンを出させておけって言っておいたけどさ。
ブツブツ。
ラウルスの持つ籠からは、ゴソゴソと嫌な音が聞こえてくる。
いや、そこは新鮮じゃなくてもいいんだって。
「確か、煮るって言ってたよな?」
鍋を手にしたラウルスを見て、私は悲鳴を上げた。
「いやー! その鍋は、使わないで―っ!!」
急いでラウルスの手から鍋を奪い取る。
イナゴの佃煮を作った鍋で今後も料理するかと思うと、想像しただけで鳥肌が立つ。
すると、見かねたヴィーが溜め息をついてラウルスを見上げた。
「仕方ないわね。じゃあ、私の錬金窯を使ってもいいわよ」
「すまないな」
ラウルスは私のことを気遣いながらも、イナゴの佃煮を作るのをやめる気は無いらしい。
……仕方ない、作り方だけは教えてあげよう。……遠くから。
ヴィーが用意したのは、先日蟲毒(本当はクモの糸)を作っていた錬金窯だ。
「まずは熱湯を掛けて、水でよく洗って……」
一度お茶で煮ると臭みが無くなると聞いたことがあるけれど、無いのでそのまま煮るしかないだろう。
硬い後ろ脚と羽を取るとマイルドな口当たりになるとも聞いたけれど、勇気が無いので言い出せなかった。
脚や羽をむしる音なんかが聞こえた日には鳥肌どころじゃすまなくなってしまう。
「あとは鍋に水とソレを入れて、濃い目の醤油と砂糖と酒で甘辛く味付けして、水分が無くなるまで煮込むだけだよ」
「分かった。……よし、入れたぞ。アンナ、ちょっと味見してみてくれないか?」
「無理ですダメですごめんなさい!」
私はラウルスが「味見」と言った時点で、被せるように拒否した。
ラウルスは仕方なさそうに自分で味を見ながら煮詰めていく。
周りには醤油と砂糖のいい匂いがしてくる。
……香りの発生元がアレだと思うと逆に食欲が失せるけど。
「出来たぞ! 料理ってやってみると意外に楽しいもんだな」
「それは良かったですねえ……」
ラウルスがいそいそとソレを皿に盛る。
うわー、何か黒い物が見えちゃった。記憶よ、消えろ!
「さっそく試食してみよう。ベアとエルヴィーラもどうだ?」
「私は遠慮するわ。虫は愛でるもので食べるものじゃないもの」
ヴィーがさらりと断った。
女子としては珍しく虫が好きなのだ。
ラウルスが獲ったイナゴも、何匹か譲り受けていたのを見た。
一体何に使う気だろう。深くは考えまい……。
私とヴィーに断られたラウルスは、ベアと二人でイナゴの佃煮を試食した。
「うん、これはまさに珍味だな。この前食べたエビに少し似ているけれど、もっと香ばしくて美味い。脚が硬いから、ここは取ってから食べた方が良さそうだ」
ブチッと言う音がした。
ラウルスがイナゴの後ろ脚をむしった音に違いない。
「ウマイウマイ」
ムシャムシャ、カリッ
ベアのかわいいお口からは、嫌な音がする。イナゴの脚をそのまま食べた音だ。
……ほんと、やめて……。
このまま彼らの試食を見続けると私の精神衛生上とても良くないので、台所に引っ込むことにした。
ラウルスは珍味品評会にイナゴの佃煮を出品することを決めたみたいだし、私も早く何を出品するか決めないとね。
私はクーラーボックスを開けた。
たくさんのウミウニと、その他にも魚介類をたくさん譲ってもらったのだ。
どれもまるでさっきまで海にいたかのように活きがいい。さすが錬金術で作られたクーラーボックスだ。
私はいくつかのウミウニをまな板に並べて考えた。
ウミウニをそのまま出品したんじゃ、芸がない。
他の冒険者がすでに出品済みかもしれないし。
だけど加工したものなら大丈夫だろう。
「よーし、試しに色々作ってみよう!」
とりあえず、ウミウニといえばパスタだよね。
クリーム味も美味しいけれど、せっかく醤油を作ったんだから使ってみたいな。
醤油味ならこの世界の人たちには珍しい味だろうし。
まずは、パスタ麺作りだ。
材料は、小麦粉と卵と塩とオリーブオイル、それだけ。
ウミウニの味を生かすためにも、麺は出来るだけシンプルな方がいい。
卵、塩、オリーブオイルをボウルに入れ、小麦粉を加えながら、ヘラで切るように混ぜる。
ぼそぼそとしてきたら手でこねて一つにまとめる。
耳たぶくらいの硬さになったのを確認して、しばらく寝かせておく。
この間にソースを作ろう。
必要な物は、ウミウニ、醤油、バター、オリーブオイル、ネギ。
錬金クーラーボックスの中から、まだ活きのいいウミウニを出す。
ウミウニの裏側にある口にこれまた譲ってもらった専用ペンチを差し込み、中身を取り出す。
「何度見ても、残酷だな……」
私の手元を見ながら、ラウルスが眉を下げた。
取れたてのウミウニを「うまいうまい」と言いながら食べてたのに、こういう場面を見るのは苦手のようだ。女の方が肝が据わってるのかもしれないな。
イナゴを調理するのは大丈夫なのに、変なの。私はイナゴの方が圧倒的に嫌だけど。
ウミウニの身を粗く潰し、ボウルの中に入れた醤油へ投入する。ウミウニに醤油を染み込ませている間に、パスタ麺へ戻る。
まな板に打ち粉をして、麺棒で平たく伸ばしていく。
方向を変えながら伸ばすと、厚さが2ミリくらいの四角形になった。
それを三つ折りにして、包丁で5ミリくらいの幅に切っていく。
タリアテッレやフィットチーネと呼ばれる平麺だ。
せっかくの生パスタなんだもの、麺もたっぷり味わえる方がいいよね。
本当は均等の幅に細く切るのが苦手なだけなんだけどさ。
「よし、ここからはスピード勝負だー!」
沸かしておいたお湯にパスタ麺を投入し、軽くかき混ぜる。
1~2分ほどで浮いてくるので、それをざるで掬い上げる。
熱したフライパンにパスタ麺とウミウニ、醤油を入れ、絡んだらすぐに火から下ろす。
バターで和え、ネギを散らせば完成だ。
そうそう、セレスのおばあさんからお土産に海苔をもらったんだった。これも上から散らそう。
「まずは一品目、“ウミウニのパスタ”! みんな、試食と感想よろしく~」
私は料理を小皿に取り分けて三人の前に出した。
「うん、麺がモチモチしていて、ウミウニと合っているわね。バターと海苔の香りもいいわ」
「ウミウニはそのまま食べてもうまいけど、こういう風にも食べられるんだな」
「ベア、ショウユアジ、スキ」
ウミウニパスタはおおむね好評のようだ。
だが、ヴィーが「でも……」とこの料理の欠点を挙げた。
「でも、何?」
「これじゃあ、麺が主役になってしまって、せっかくのウミウニの存在感が薄れる気がするわ」
「そ、そう?」
「確かに。それに、アンナはさっき『ここからはスピード勝負だ』って言ったよな。それって、時間が経つとマズイってことだろ?」
「うん、麺が伸びたり硬くなったりするし、ウミウニも火が通り過ぎると美味しくなくなっちゃうからね」
「だったらこの料理を出品するのは止めておいた方がいい。審査員が食べるまでに時間がかかるかもしれない」
そっか。出来立てを食べてもらえるつもりでいたけど、もしも一斉に並べた料理を端から食べていく形式なら、麺はすっかり冷めて硬くなっているよね。
じゃあ、お米を使ってみたらどうだろう?
ご飯なら時間が経って冷めてもまあまあ美味しいし。
「感想ありがとう! 次は別の料理を作ってみるね。ちょっと時間がかかるから、みんな何かしながら待っててー」
三人に声を掛けると、ヴィーは錬金クーラーボックスの解析を始めた。
ラウルスも剣の手入れを始め、それをベアが手伝っている。
「よし」と気合を入れてから、私は次の料理に取り掛かった。
今回作るのはウミウニの炊き込みご飯。
材料は、ウミウニ、米、醤油、昆布出汁、塩。
まずはお米を研いで、三十分ほど水を吸わせる。
その間に、またウミウニの身を取り出す。
塩以外の材料を全てお米に加え、鍋で炊く。
炊いている間にもウミウニの良い香りが漂ってきた。
炊き上がったので蓋を開けてみると、ご飯がきれいな山吹色に染まっていた。
それを軽く混ぜて味見をする。
うん、ご飯がウミウニと出汁をたっぷり吸っていて、とても美味しい。
味が薄かったので少しだけ塩を足し、十分ほど蒸らせば完成だ。仕上げに生のウミウニを乗せる。
「お待たせー! 次の料理が出来たよー!」
思い思いに時間を潰していた三人が、再びテーブルに集結する。お皿にウミウニご飯を盛って配ると、さっそく三人は口にして感想を述べた。
「色がとっても美しいわね。味もいいと思うわ。ショウユがウミウニの味を引き立てているのに、ご飯が邪魔してないもの」
「うん、美味い。口いっぱいにかき込みたくなるな」
「コレモ、ショウユアジ。ベア、スキ」
今回の料理もおおむね好評なようだ。
「だったら、これを出品しようと思うんだけど、どうかな?」
私がみんなを見回すと、ヴィーが「うーん」と難色を示した。
「美味しいんだけど、“珍味”って感じがしないのよね」
「ああ、それは確かに。“美味い料理品評会”じゃなくて、“珍味品評会”だからなあ」
「そう? ウミウニとご飯を合わせるだけでいいところまでいけると思うんだけどなあ」
「アンナハ、イチバンニ、ナリタクナイ?」
「ぐっ」
ベアが核心を突いてきた。
そうだ、私は一位になって豪華賞品をゲットしなきゃならないのだ。「いいところまでいける」程度じゃダメなんだな。
生のウミウニから大変身を遂げた料理を作らないと!
あっ、いいこと思い付いた!
私はヴィーに向き直って、その白くてほっそりとした手を握りしめた。
「ヴィー、力を貸して!」
「今度は何が必要なの?」
「完全に火を通さずに、これを早く乾燥させたいの。干物を作りたいんだよね」
以前カップラーメンを作った時に使った魔法の乾燥粉だと完全に水分が抜けてしまうので、今回は使えない。
詳しく説明すると、ヴィーは困った顔をした。
「食品乾燥機を作るなら、温風を起こすものが必要ね。……でも、材料が足りないかもしれないの」
ヴィーが周囲を見回して、何かに気付いたのか大きな目を更に輝かせた。
「ちょうどいいわ、これを使いましょう」
ヴィーが手にしたのは、解析していたクーラーボックスだ。
「それをどうするの? 冷たくしたいわけじゃないんだけど……」
「これで冷たくしたり乾燥させたり出来たら、一石二鳥でしょう?」
「そんなこと出来るの!?」
ヴィーの予想外の発言に、私は驚いて叫んだ。
冷たく出来る上に乾燥も出来たら、確かにすごい便利だよね。
「風の石と中和剤と……」
ヴィーが手に取ったのは、ドーナツ型の青い石だった。その中央にある穴からは、風が吹き出してくる。
私に向かって自信ありげに頷くと、ヴィーはまるで私たちの存在を忘れてしまったかのようにブツブツ呟きながら錬金部屋へ入っていった。
いつも思うけどヴィーの集中力ってすごいなあ。
錬金中は話しかけても気付かない時が多いし。見習わなきゃ。
一時間後、ヴィーが錬金部屋から出てきた。
「出来たわ。今まで通り、上の蓋を開けると冷たく保温が出来て、横側の扉を開くと乾燥が出来るようにしたわ」
ヴィーが指差したところを見ると、さっきまでは無かった取っ手が付いた扉がある。
それを引っ張ると、奥から強めの風が吹いてきた。
クーラーボックスには元々冷風を拭き出すフィルターがあり、これが中に入れたものを冷たくする作用があるらしい。ヴィーはそのフィルターを逆利用し、温風を出すように改造したのだとか。
これなら食材に火が通ることなく、ものすごい速さで食材が干物になりそうだ。
「ヴィー、すごい! ありがとう!」
「大したことじゃないわよ」
私が抱きつくと、ヴィーが頬を赤く染めてはにかんでいる。
ほんと、可愛い上に天才なんだからっ。さすが、私のヴィー!
「じゃあ、さっそく使ってみるね!」
私が作りたかったのは干しウミウニだ。
四角いトレイに取り出したウミウニの身を重ならないように並べ、上から多めに塩をふる。
そして元クーラーボックスの横の扉を開き、中にトレイを入れた。
三十分後に一度取り出すと、ウミウニの表面が風で乾燥し、山吹から枯茶を帯びた色に変化していた。
触ってみると生の時よりも硬い。それをひっくり返し、再び扉を閉めた。
また三十分ほど待って取り出してみれば、裏側も表面だけが乾燥して色が変化した。
私はその内の一つを指でつまんで口に放り込んだ。
外は硬いかと思えばすぐに溶け、中から柔らかなウミウニの、ねっとりとしていて濃厚な味が飛び出した。
ちょうどいい乾燥具合だ。強めにふった塩も効いている。
「三度目の正直!」
皿に移して三人の前に差し出す。
みんなも私と同じように干しウミウニを指でつまんで口に入れた。
「外は硬いのに中は柔らかいのね」
「そうそう。その食感が面白くない?」
「確かに面白いとは思うけど、俺は中から柔らかいのが出てくる感触が苦手だな」
「そうね、審査員の中にもこの食感に抵抗がある人がいるかもしれないわね。それに少し味がくどい気がするわ」
「クドイ、クドイ」
自信満々に出したものの、みんなの評価は辛口だった。
「そうかー」
私はがっかりして肩を落とした。
するとヴィーが私の肩をポンポンと慰めるように優しく叩いた。
「でも、アイディアはとってもいいと思うわよ。私たちはアンナに一位になって欲しくて、ちょっと厳しめの意見を言わせてもらっているだけなの」
「そうそう。これをもう少し改良すればもっと美味くなると俺は思う」
「オモウ、オモウ」
「みんな……! ありがとう、私、頑張る!」
落ち込んでいた私は、みんなの激励にやる気を取り戻した。
やると決めたからには最後までやり通さなくちゃね。
うーん、外と中の食感の違いがダメなら、均一になるまで乾燥させるのはどうだろう? この元クーラーボックスを使えば、水分を全部奪う訳じゃないから、カチカチに硬くはならないだろうし。
それでもお年寄りには少し食べにくいかもしれないから、平らにしてビーフジャーキーみたいにしたら噛み切りやすいかも。
それで炭火で炙って燻製っぽくしちゃったりなんかしてさ。
後、ウミウニだけじゃ味がくどいって言うのなら、白身魚や貝柱をすり身にして混ぜてみたらマイルドかつ複雑な味わいになるんじゃない? よし、やってみよう。
ヴィーに乳棒と乳鉢を借りて、それをすり鉢代わりにし、全ての材料を混ぜてトレイの上に薄く広げる。
それを元クーラーボックスに横から入れる。
薄いのでそう時間が掛からない内に乾燥が終わった。
干し板ウミウニを皿から剥がし、食べやすいサイズに切る。
そして炭で火を起こして干し板ウミウニを炙る。
粗熱が取れたところで試食してみると、貝柱から出汁が出ているのか、ウミウニだけでは引き出せないまろやかな旨みのある味がした。
まだまだ濃厚だけど薄いのでちょっとずつ、いくらでも食べられそうだ。
まるでクセのあるチーズを食べている気分になった。
「出来たよ! 今度こそいけそうな気がする!」
私は満面の笑みを浮かべて干し板ウミウニを試食してもらった。
するとみんなの顔も笑顔に変わる。
「何て深みのある味わいなの……! アンナ、これよ! これなら優勝間違いなしよ」
「酒に合いそうだな。これなら審査員も絶賛するはずだ」
「トッテモ、ウマイウマイ」
全員が文句なしの高評価だ。
「よっしゃ! これで優勝を狙うぞ――っ!!」
私たちは拳を振り上げた。
■今回の錬金術レシピ
・クーラーボックス
・風の石
・中和剤
●ウミウニパスタ
・小麦粉
・卵
・塩
・ウミウニ
・醤油
・バター
・オリーブオイル
・ネギ
●ウミウニの炊き込みご飯
・ウミウミウニ
・米
・醤油
・昆布出汁
・塩
●干しウミウニ
・ウミウニ
・塩
●干し板ウミウニ
・ウミウニ
・塩
・白身魚
・貝柱
一生分のウミウニを食べた気がする! 海の幸さいこー!!
■今日のラウルス君
イナゴの佃煮をムシャムシャ食べて、女性陣にドン引かれ状態。