17 【珍味品評会編 2(全5話)】海の珍味捕獲大作戦!シーサーペント汁
「地図によるとあの山の向こうあるみたいね」
ヴィーが手元の地図を見ながら小さく青々とした山が見えた。
私たちは珍味を求めて、セレスの故郷へ向かっている。
彼女の故郷は交易の盛んなハーバとは違って、のどかな漁村といった雰囲気の村らしい。
「意外と早く着きそうだな」
「だね。この距離と分かりやすい道で迷うなんて、セレスってばどんだけ方向音痴なの……」
私がそのスペックを持っていたら人生左団扇で暮らすよってくらいの美人なのに、本当に残念すぎるなあ。
山を登ると、所々に畑が作られている。
作物は収穫した後なのか見当たらないけれど、用水路が作られていて、畑は水田のように湿っていた。
「アンナ。コレ、アゲル」
ベアが私の服の裾をくいくいっと引っ張って上目遣いで握った手を差し出している。
「うん? 一体何をくれるのかな~?」
にこにこしながら手の平を出すと、ベアがそこに何かを乗せた。
花か綺麗な石でもくれるのかな? と手を開くと、そこにはバッタに似た、何とも言えない色の虫が鎮座していた。
「ギャー! いなごっ!」
光よりも早いスピードでイナゴを放り投げる私。
そして心なしか肩を落としてしょぼんとするベア。
「ご、ごめんね、ベア。虫だけはどうも苦手で……。イナゴなんて、食べるどころか触るのも無理」
「えっ? これ、食えるのか?」
私の言葉を聞いて、ラウルスが意外そうに反応した。
「ああ、うん。調味料を加えて炒めた後に煮詰めると食べられるらしいよ。佃煮っていうんだって。山猫亭に来た冒険者の人が、食料が無くなった時に獲って食べたって言ってたよ」
……ということにしておこう。
私は嘘を織り交ぜながら佃煮について説明した。確か調味料は醤油とお砂糖だったはずだ。
するとラウルスは名案を思い付いたとばかりに笑顔になった。
「だったら俺はそのイナゴの佃煮ってやつを珍味品評会に出すことにするよ」
「ええっ? 本気?」
「ああ。アンナにばかり頼ってもいられないからな。それにセレスティーアの故郷で何も見つからなかったら困るだろ?」
うーん。日本はおろか、海外でも芋虫やアリを食べるくらいだもの。
この世界でも受け入れられるかもしれない。
だけど、イナゴなんて料理したくないよ……。
よし、ここはラウルスに諦めてもらおう。
「でも、佃煮にするにはイナゴをたくさん獲らなきゃだよ。そんなの無理でしょ? ね、やめておこうよ」
「いいや、任せろ。これでも子供の頃は“虫取りのラウルス”って呼ばれてたんだぜ!」
うーわー。めちゃくちゃ嫌な二つ名だわ……。
何故だかやる気満々のラウルスを説得するのは、無理そうだった。
「俺はイナゴを獲ってから合流するから、先に行っててくれ」
「じゃあ、これを使うといいわよ」
ヴィーが自分の採集用である蓋付の籠をラウルスに貸している。
うーわ、あの籠にイナゴがぎっしり詰まってるところを想像しちゃったよ。
結局ラウルス一人がここに残り、私たちは先にセレスの故郷へ向かうことになった。
……どうかイナゴを大量に獲って来ませんように!
山を下ると、すぐに小さな村が見えてきた。
海風や潮でいい感じに風化している家が多い。
セレスはご両親とおばあさんと一緒に住んでいるそうだ。ご両親は近くの町で働いているらしいから、とりあえずはおばあさんを尋ねてくれって言ってたっけ。
よし、まずはセレスのお家を誰かに尋ねてみよう。
「第一村人、発見!」
のんびりと歩いているおばあさんがいたので、私はさっそく話しかけることにした。
「すいません、少しお伺いしたいことがあるんですが」
「おや、見かけない顔だね。何が聞きたいんだい?」
「私たち、セレスティーアさんの友人なんです。それで、彼女のおばあさんを尋ねて来たんですけど」
「お前さん方。セレスの知り合いかね?」
何と運のいいことに、話しかけたのがセレスのおばあさんだった。よく見れば、若い頃はそうとうな美人だったんだろうなと思わせる面影がある。セレスの美貌はおばあさん譲りのようだった。
家に招待してもらってお茶をご馳走になりながら、私たちは珍味について尋ねた。
「この村で珍味が獲れるかもしれないってセレスティーアさんに聞いて来たんですけど、何か知りませんか?」
「珍味かどうかは分からないが、珍しいものといえば“ウミウニ”かの」
「ウミウニ?」
聞いたことのない名前だったので形状を詳しく聞いてみれば、どうやら私の知っているウニと同じもののようだった。
他にもウニという食べ物があるので、それと区別するためにウミ(=海)を追加しているそうだ。
「海岸近くの岩場の裏を探せば、すぐに獲れるはずさ。道具も貸してやろう、好きなだけ獲って行きなさい」
「いいんですか? ありがとうございまーす!」
私は腰から折って頭を下げた。
その態度が気に入ったらしい。
おばあさんは各家に声を掛けてくれて、水着を用意してくれた。
「これを着るといい。この村の者たちのお古だが」
何から何までありがたい。もう一度お礼を言ってから、私たちは水着を選んだ。
スレンダータイプのヴィーは、肩ひもが細く、短いチューブトップ状になっている白いビキニの水着を選んだ。
フリルがたくさん付いていて、可憐な彼女によく似合っている。
私はホルターネックの黒い水着にした。
ヴィーがこれがいいと強く薦めてきたからだ。
前でリボンを結ぶと谷間が強調されていてちょっぴり恥ずかしい。
だけど杏菜の時よりサイズアップしてるから、若干見せびらかしたい気持ちもある。
下はショートパンツになっているのも、気に入った理由の一つだ。
ベアは性別が分からないので、タンクトップとハーフパンツタイプの水着を選んだ。
黄色と白の太いボーダー柄が可愛らしい。
一応、後から来るラウルスの分も借りておいた。
サーフパンツっぽい膝丈の青い水着だ。
海沿いの小屋で着替えをして外へ出ると、ちょうどラウルスが到着したところだった。ラウルスは私たちを見て、目をこれでもかというほど飛び出させた。
「なっ、何だ、その恰好はっ!」
「何って、水着だよ。これから海に潜ってウミウニ獲るから」
「水着ってったって、そんなに肌を見せっ、うっ……!」
「ああっ! ラウルスが鼻血噴いて倒れちゃった!」
ラウルスの鼻血は青い空に盛大に放たれ、そして仰向けにバタンと倒れてしまった。
うわあ、セリフとは裏腹に、幸せそうな顔してる……。
確かに私たちの水着姿は悩殺もんだけど、さすがにこれはドン引きだわー。
「ダイジョウブ?」
「あ、ああ」
ベアの呼びかけと揺さぶりに、ラウルスが意識を取り戻して起き上がった。
そして上を向きながら首の後ろをトントンした。
あの、それ、鼻血を止めるには全く効果が無いらしいよ?
「イナゴがいっぱい獲れたぞ」
何とか鼻血が止まったラウルスが、「褒めて褒めて!」って言ってそうな顔で自慢する。
ああ、うん。
その籠、絶対に私の傍に持って来ないでね!
ラウルスも着替えを終え、私たちは海へと繰り出した。教わった通りに岩場の陰を探すと、ウニはすぐに見つかった。皆で手分けすると、小一時間後には十分な量のウニが集まった。
せっかく海まで来たので、休憩がてらに私たちは泳ぐことにした。
すると快晴だったはずの太陽が、いきなり陰ってきた。
「あれ、雨?」
突然暗雲が立ち込めて、雷鳴が轟く。
その時になってようやく、ずいぶんと沖の方まで来てしまったことに気付く。
雨が降り出す前に岸へ戻らないと。
みんなに声を掛けようとした時、稲光に照らされて、海上に大きな何かが現れたのが見えた。
鎌首をもたげたそれは、緑の鱗に覆われていて、ぱっくりと開いた口には無数の牙が見える。
その上にある目がぎょろりと私たちを睨んだ。
「何、あのモンスターは!?」
するとラウルスが私たちを背に庇うようにしながら叫んだ。
「逃げろ、シーサーペントだ! くそ、剣を持って来ておけば……!」
シーサーペントっていったら、大海蛇のことだよね。
……ほんとだ、首の向こうに長い胴体が浮かんでいるのが見える。
「早く岸に戻ろう!」
私たちが慌てて逃げようとすると、ヴィーが悲鳴に似た声を上げた。
「大変、ベアがいないわ!」
「嘘っ!?」
叫びながら辺りを見回したけれど、ヴィーの言う通り、ベアの姿はどこにもなかった。
まさか驚いて溺れちゃった?
……だめだ、暗くてよく見えない。
ああ、どうしてもっと早くシーサーペントに気付かなかったんだろう。
そしたら避難するなりベアと手を繋ぐなり、何かしらの対応が出来たかもしれないのに。
泣きそうになっていると、岸から何かがものすごい勢いで泳いできた。
それは黒っぽい毛の塊で、耳があって牙があって、そう、まるで熊みたいな……って、熊!?
「ベア!?」
「くまっ!」
ベアが返事をした。
いつの間にか岸に戻って毛皮スーツを着てきたようだ。
「くまくまっ!!」
ベアは岸の方を指差し、シーサーペントの方へと泳いでいく。
そして、空を跳んだ。
ザシュッ
ベアの鋭い爪が目に炸裂し、シーサーペントは恐竜みたいな声を上げた。
ズバッ ブシュッ
シーサーペントもその長い胴体でベアを絞めつけようとしたけれど、ベアの爪がそれを撃退する。
激闘の末、とうとうシーサーペントがバシャンと音を立てて海上に浮かんだ。
「うわ、ベアが勝っちゃった!」
しかも、圧勝だ。
シーサーペントが倒れた後、さっきまでの暗雲が夢だったかのように晴れた。
「このシーサーペント、どうしよう?」
「ここに置き去りにする訳にもいかないな」
すると、小さな船がいっぱい近寄ってきた。
「おおーい、大丈夫かー?」
船に乗っているのは村の住人たちだった。
助けに来てくれたみたいだ。
私たちは船に乗せてもらい、シーサーペントをけん引しながら岸に戻った。
岸に戻ってみれば、浅瀬に黒くとげとげしたものが大量に転がっていた。
「見て、ウミウニがこんなに!」
シーサーペントが起こした波で、ウミウニが一か所に集まってきたみたいだ。他にも魚介類がたくさんある。
「さっそく料理しようかね」
岸で待っていたおばあさんは、シーサーペントに手をかけながら信じられないことを言った。
「えっ、食べるんですか?」
「ほっほっ、なかなかうまいんだて、これが」
うーん、すっぽん鍋なら食べたことあるし、あんな感じの味かな?
まあ、イナゴを食べるよりは抵抗が少ないよね。ってことで、私はおばあさんの料理を手伝うことにした。
これを珍味品評会に……と思ったんだけど、海の近くの町や村ではそれほど珍しくはなく、変わった味もしないそうだ。残念。
おばあさんの指示で、村の男性陣がシーサーペントのしっぽを切った。
人の何倍もありそうな蛇なので、しっぽを切るだけでも大仕事だ。
切ったしっぽをまずはタワシで鱗の苔や汚れを取る。
そしてぶつ切りにして湯だった鍋に入れて、昆布と一緒に茹でる。
透明だったお湯が、次第に染まってきた。
シーサーペントの出汁が出てきたのだ。
後は塩と鰹節で茹でたら完成らしい。
私は鰹節があることに感動した。
もしかすると探せばどんな食材だって見つかるのかもしれないなと思った。
「よし、これで完成だよ。若い者にはちょっと味が物足りないかもしれないがねえ」
「あ、じゃあ、これ使ってみますか?」
私は鞄の中から持って来ておいた醤油を取り出した。
おばあさんは興味深そうに醤油の匂いを嗅ぎ、小指にちょっとだけ付けて舐めた。
「ほう、大豆を使っておるな。いい香りと味だ、足してみよう」
おばあさんに許可をもらった私は、鍋に醤油を足した。
味見をしたおばあさんが「ほっほっ、これはこれは」と満足げな顔をした。
出来上がったシーサーペント汁は村のみんなで食べた。
美味しそうに食べている皆に後押しされ、私もスープを飲んでみる。
すると思いの外、奥の深い味わいがした。
昆布と鰹の出汁が良く出ていて、醤油の香りがふわりとし、変な臭みは一切無い。
肝心の身は意外と淡白で、少々歯ごたえのある白身魚を食べているようだ。
「これなら食べられるね」
「ええ、身体に良さそうな味がするわ」
「この冷えた体には、温かいってだけでありがたいな」
「ウマイウマイ」
私たちは順に感想を述べる。おおむね好評のようだ。
シーサーペントが出たのは久しぶりのようで、私たちは村の皆にお礼を言われた。って、ここの人たちはあんな凶悪なモンスターを何度も倒して食べてるってこと? セレスがとても強いのも納得だ。
ウミウニは生でそのまま食べたけれど、まだまだたくさん残っている。
「ウミウニと他の魚介類は好きなだけ持って行くといい。そしてセレスに会ったら、たまには帰ってこいと伝えてくれ。あれの両親も心配しておるからの」
「はい、伝えます」
セレスはここには滅多に帰ってこないらしい。
極度の方向音痴だから仕方がないよね。
伝えるけれど、帰れるかは微妙だ。
「さっそく持って帰って料理法を研究しましょう」
「そうだね。あっ、でも、持って帰るまでに傷んじゃうかも」
「それならこれを使うといい。この村の錬金術師に作らせたやつさ」
おばあさんから差し出されたのは、四角い箱に幅の広い紐が付いたものだった。
受け取って調べると、密閉容器のようで、手を入れるとひんやりと冷たい。
「お前さんたちの町に帰るまでには持つじゃろうて」
もしかして、これってクーラーボックス?
紐は肩から掛ける用っぽい。
ヴィーは見るからにうずうずしている。
町に帰り着いたらクーラーボックスを分析して同じ物を作ってしまいそうだ。
「よーし、さっそく帰って、料理の研究だあ!」
私たちは握りしめた拳を空に向かって振り上げた。
■今回の錬金術レシピ
●シーサーペント汁
・シーサーペント
・塩
・昆布
・鰹節
・醤油
栄養たっぷりの滋養強壮スープって感じ。これも私にとっては珍味なんだけどね!
■今日のラウルス君
私たちの水着姿を見て鼻血ブーのヘヴン状態。