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16 【珍味品評会編 1(全5話)】挑め、珍味品評会。おやつはチョコレートラスク

 久々にセレスが山猫亭にやってきた。

 護衛の仕事の帰りに、偶然この町に辿り着いたそうだ。


「何だか見たことのある町です」とか言いながら通りを徘徊しているセレスを、ヴィーが保護して連れてきたのだった。


 お腹を満たして一息ついたセレスは、耳寄りな情報をもたらした。


「知っていますか? アンナさん。今度、珍味品評会が開かれるんですよ」

「「珍味品評会?」」


 私とヴィーの声が見事にハモる。


 何でも、参加者がそれぞれこれはと思う料理を持ちより、審査員が品評するコンテストが近々行われるらしい。


 珍味かあ、日本だったらホヤとかクサヤとかが有名だけど、この世界にもそんなものはあるのかな?

 お米があるくらいだもの、探せばどこかにありそうだよね。


 でも、どうせなら参加者じゃなくて審査員の方になりたいなあ。

 ただで美味しいものが食べられるんだもの。

 あ、でも、珍味だから美味しいとは限らないのか……。


「うーん、あんまりそそられないなあ」

「賞品も出ますよ」

「よし、出よう!」


 前言撤回。セレスの言った言葉にすぐさま反応する。


 ああ、私ってつくづく賞品に弱いんだなあ。

 でも、また牛一頭とか、豪華な賞品がもらえるかも!

 皆でしたバーベキュー、楽しかったからまたやりたいなあ。


「ただし、条件があって……」

「条件?」


 すっかり賞品をもらえる気分になってパーティーに思いを馳せていると、セレスが言いにくそうに口ごもった。


「何なの、その条件って?」

「それが……冒険者しか参加できないんです」


 冒険者しか参加できない。ということは、出場するためには私が冒険者にならなければならないっていうこと?


「嫌だよ、剣や弓なんて持ちたくないよ」


 私はすぐさま否定した。

 現代日本人として生まれた以上、日常的に武器を振るうのはものすごく抵抗がある。

 いくらモンスターとはいえ、動物をばったばったと倒すのも気が引ける。……牛のリッキー君はおいしくいただいたけど!


「でもアンナは毎日包丁を持っているじゃない。ということは、刃物恐怖症ではないんでしょう?」

「違うけど、それとこれとは別!」


 包丁と剣は同じ刃物だけど全くの別物だ。

 たとえ武器が包丁でもいいって言われたとしても、包丁を振り回して戦うなんて嫌だし、まさか武器や防具がフライパンや鍋の蓋って訳にもいかないしね。


「別にアンナさんが冒険者になる必要はないと思いますよ。そのグループの内、誰か一人が冒険者であれば、あとの方は協力者で通るんじゃないでしょうか」

「なるほど。だったらラウルスが冒険者登録をして、私はその付添いってことにしたらどうかな?」

「そうね。その方が自然かもしれないわね」


 私の提案にヴィーが同意する。

 ヴィーが冒険者になっても支障はないだろうけど、ラウルスの方が見た目も腕前も適役だ。


 今日、ラウルスはベアと一緒に、隣町まで買い物へ出掛けている。

 仕事でまとまった収入があったので、ベアに新しい服を買ってあげるんだそうだ。

 すっかりお父さん役が板についてきたよね。


「ラウルスには後で了解を取るとして。珍味の方はどうやって手に入れようかなあ」

「それなら、私の故郷にいらっしゃいませんか? 冒険者があまり来ない土地なので、まだ知られていない珍味があるかもしれません」

「へえ、セレスの故郷かあ。行ってみたいなあ」

「そうね、やみくもに探すよりは、いいんじゃないかしら?」


 セレスはまた護衛の仕事があるらしく、同行できないと残念がった。

 でも、彼女の故郷までの地図を書いてくれた上に、行きやすい道順を教えてくれた。


 セレスが町を去った後で、念のために他の地図と照らし合わせたけれど、彼女の書いてくれた地図に誤りは無かった。

 

 ……超・方向音痴なのに地図は書けるんだなあ……。

 何でだろう、良いことなのに、逆に残念に感じるのは。


 まあいいや!

 隣町から帰ってきたラウルスとベアの了解も得られたことだし、私、珍味品評会に出場します!



 そして迎えた出発の日。

 約束の時刻までには、まだ少しだけ時間がある。


 食事はその都度近くの町で食べたり現地調達すればいい。

 だけど、歩き続けていると気軽につまめるものが食べたくなるかもしれない。口にすれば少しでも疲労回復出来るようなものと言えば、甘いものだろう。


「んじゃ、おやつでも作っていこうかな」


 私は台所にあったフランスパンに似た細長いパンをまな板の上に乗せると、戸棚の中から大小二つの包みを取り出した。


「ふっふっふ、ようやくコレを使う時が来たぞ~」


 大きな包みの方に入っているのは、まるでレンガのような形をしたチョコレートのブロックだ。そして小さな包みには、粉砂糖が入っている。


 どちらも港町ハーバから送られてきたもので、いくつか送られてきた荷物の中にこれらを見つけた時は小躍りしそうになった。

 さすがゲーム世界! チョコレートまであるなんて!


 逆に何で醤油と味噌が無かったのか謎なくらいだ。

 チョコレートも粉砂糖も少々値は張ったけれど、後悔はしていない。


「ああ、カカオのいい匂い! ……っといけない、早く作らないとね」


 まずは細長いパンを1センチくらいの幅に輪切りをする。

 包丁を火で炙ってから切ると、綺麗にカット出来た。

 それをオーブンで軽く焼く。


 レンガチョコレートは大きくて固いので、左手で掴み、小さなナイフで刀削麺とうさくめんみたいに削る。

 すると鉛筆削りで削ったようなチョコレートの薄い膜がたくさん出来た。

 それを湯せんして溶かし、砂糖を加え、ほんのり焼き色の付いたパンの輪切りにかける。


 チョコレートが冷めて固まったら、粉砂糖を振りかけて完成だ。


「出来た! 超簡単なチョコレートラスク!」


 作った者の特権だよね、と呟いて、出来立てほやほやのラスクを一つ頬張る。


 ビスケットみたいにカリッとしたパンに、チョコレート特有のほろ苦い甘さ、粉砂糖の軽やかな甘さが非常によく合っている。そして芳醇なカカオの香りが鼻腔をくすぐる。


「く~! この甘さ、懐かし~! あっ、やば。そろそろ時間だ」


 慌てて台所を片付けてラスクを荷に詰めると、ちょうどヴィー・ラウルス・ベアがやってきた。

 ラウルスははぐれないようにベアと手を繋いでいる。


「冒険者登録はどうだった、ラウルス?」


 ラウルスは登録所のある大きな街まで出掛けていき、昨夜帰ってきたのだ。


「ああ、割と簡単に登録出来たぞ」


 胸元から登録票を取り出すラウルス。

 騎士なんていう職業はないので、その肩書は“剣士”にしたそうだ。

 子連れの剣士なんて面白すぎるよね。


「ベア、アンナト、テヲツナグ」


 笑いをこらえていると、ベアが私に向かって手を伸ばしてきた。


「はいはい、ベアは甘えん坊さんだね。ほら、あなた。早く行こう」


 ベアの反対側の手を握っているラウルスを見上げる。


「あ、あなた!?」


 突然の夫婦設定に、ラウルスは驚いて顔を真っ赤っ赤にした。


 あれ? やっぱり、ラウルスってヴィーじゃなくて私のことを……?

 ジークハルドさんだけじゃなくって、ラウルスまで? まさかの両手に花ってやつ?

 もしそうなら、今までヴィーのことが好きだと勘違いして心の中で煽っててごめんね。言葉にはしないけど、反省。

 うーん、でも、どうしよう。アンナになってまだ日が浅い今は誰かと付き合うなんて考えられないなあ。今後、私がどうなるか分かんないし。

 まあ、はっきりと言われた訳じゃないし、この件は保留にしとこ。


 セレスの故郷はいつも採集で行くニアの森とは反対側の森を抜けた方向にある。


「この森を抜けて行くと近道だってセレスが言っていたわね」


 ヴィーに地図を確認してもらい、私たちがそれに続く。

 森に入ってしばらく歩くと、小動物が数匹集まっているのが見えた。

 白い毛玉の上部からは長い耳が伸びている。


「わっ、ウサギだ~かわいい~!」

「気を付けて、アンナ! それはモンスターよ!」

「モンスター?」


 ヴィーの忠告を聞いてウサギを注意深く見ると、ふわふわの長い耳に隠れた角が二本あった。

 近付いて手を差し伸べていた私は、慌てて一歩下がる。


 だけどその行動は返ってウサギを刺激してしまったようだ。

 ウサギは私の手に向かって鋭い前歯を近付けてきた。


「アンナ、逃げろ!」


 ラウルスがこっちに走って来ながら叫ぶ。だけど間に合わない――


 ザッ


 その前歯の餌食になることを予感していた私は、突然目の前に現れた毛むくじゃらの背中に瞬きを繰り返した。


「ベア!」

「くまくまっ!」


 いつの間にか熊スーツを着ていたベアは、私の声に返事をした後、ウサギに向かって威嚇の唸り声を上げた。

 するとウサギは見るからに縮こまり、その身をプルプルと震わせ始めた。


 もしかしてこのウサギ、ベアに怯えてる?

 そりゃそうだよね、見た目は全くの熊そのものだもん。動物的本能が働くよね。

 おまけに、ベアが「くまっ」て言う度にビクビクして見えるから、ベアの鳴き声もモンスターには有効なようだ。私たちにとっては可愛く聞こえるけど、モンスターにとっては違って聞こえるのかもね。


「くまーっ!」

「ちょ、ちょっと待って、ベア!」


 ベアが今にもその鋭い牙と爪でウサギに襲いかかろうとした時、私は思わずベアを止めてしまった。

 縮み上がったウサギの瞳が潤んでいるのを見てしまったからだ。


「くま?」

「その子たち、きっともう襲ってこないと思うよ。ほら、あんなにベアのことを怖がっているんだもん」

「でも、また後で襲ってくるかもしれないわよ」


 身構えたままのヴィーが言う。


「ベアがこっちにいる限りは、きっと大丈夫だよ」

「まあ、アンナがそう言うなら……」


 剣を手にしていたラウルスも、不承不承といった感じで剣を収めた。


「ベア、攻撃を止めろ」

「ワカッタ」


 熊スーツから顔を出したベアがラウルスの傍に戻ると、ウサギたちは安堵したのか、縮こまっていた体を元に戻した。

 そして手(前足?)を合わせて潤んだままの瞳で私を見上げている。


 な、何だか感謝されているような……?


 そして全員(羽? 匹?)がお尻を向けたかと思うと、すぐに振り返り、何かをそっと差し出した。

 どんぐりだ。


 も、もしかして、ベアの攻撃から守ってあげたから、懐かれた……?


 私は恐る恐るどんぐりを受け取った。

 するとウサギは嬉しそうに頬に前足を当て、走って近くの木に隠れてしまった。やっぱり根は悪い子たちじゃなかったようだ。


「ああ、安心したら小腹が空いてきちゃった。ちょっと休憩にしない? おやつを作ってきてるんだよね」

「それは楽しみだわ。あの切り株に座りましょ」

「タノシミ、タノシミ」

「俺はいいから、ベアに多めにやってくれ」

「まあ、そう言わずに。甘いものは疲労回復にもなるんだから」


 私は全員にラスクを配った。

 ラウルスの手の平にも一つ乗せる。


「これ、パンか?」


 ラウルスは油断して、ラスクをひょいと口に放り込んだ。

 そしてすぐさま「ぐっ」と呻いて口を押えている。


「う、美味いんだろうなということは分かるんだが、俺は苦手だ。何か変な匂いがするっ!」

「そうかしら? いい香りだと思うわよ。甘さも上品だし、白い部分は粉雪みたいで綺麗だわ。パンがカリカリしていて、何個でも食べられそうよ」


 ラウルスはカカオの匂いが苦手のようだ。アイスクリームを大量に食べてたから、甘いものは好きなはずなのに、残念だなあ。


「黒い部分はチョコレートっていって、木の実から作られてるんだよ。ベアはどう? 美味しい?」

「ウマイウマイ」


 ベアはまるでラウルスみたいな喋り方をした。いつも一緒にいるから覚えてしまったようだ。小さな子が「ウマイウマイ」って言うのは何だか微笑ましいな。


 チョコレートラスクは、ラウルスには不評だったけど、ヴィーとベアには好評だった。


 すると、背後から熱い視線を感じた。

 振り返ると、先程のウサギたちが木の向こうから熱心にこっちを見ている。


「あの子たちも食べたいのかな……?」


 動物にパンやチョコレートを食べさせていいのかな?

 犬や猫だったら完全にアウトだけど。

 あの子たちはモンスターだし、大丈夫かな。


 試しにラスクを差し出してみると、ウサギはトコトコとやってきて手ずからラスクをかじった。


「わ、食べてる食べてる!」


 長い前歯でラスクをかじるウサギがまた可愛い。

 そういえば小学生の頃ウサギ飼いたかったんだよね。


 ってこれ、ウサギのモンスターだからだいぶ違うけどさ。


 チョコレートのラスクで栄養補給した私たちは、改めてセレスの故郷に向かって出発することにした。


「よし、甘いもので元気も出たし、頑張るぞー!」


 そして珍味を求める珍道中が再び始まった。



■今回の錬金術レシピ

●チョコレートラスク

・パン

・チョコレート

・砂糖

・粉砂糖


疲れた時にはチョコレートが一番。簡単で美味しかったな~!


■今日のラウルス君

ベアとお手てつないでヘヴン状態。

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