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15 熊の鮭取り見たり!味噌ちゃんちゃん焼き

「ねえ、ベア。今日はどこかへ出掛けようか? どこがいい?」


 私がそう切り出したのは、とても天気の良い日だった。


 今日もヴィーとラウルスは朝ご飯を食べに山猫亭へ来ている。

 二人とも特に予定が無いと聞いて、遠出の計画を思いついたのだ。


 ベアも毛皮スーツを着ていればモンスターなんかに襲われても大丈夫そうだし、思いっきり遊ばせてあげたいな。


 毛皮スーツというのはベアが着ていた熊の毛皮のことで、錬金術で作られた高性能の蜘蛛スーツのことだ。


 毛皮スーツを着ている方が安心するらしいんだけど、この町じゃ皆がビックリするから着られなかったからね。


 するとベアは私を見上げて行きたい場所を答えた。


「ベア、カワへイキタイ」

「川? 川に行きたいの?」


 ベアはこくりと頷く。

 元々住んでいた山奥へいきたいんじゃないかなと思っていたので、ちょっと意外な気がした。

 が、本人が行きたいと言うのだから連れて行ってやろう。

 確か川なら、ニアの森を抜けたところにあったはずだ。


「でも、川は危ないんじゃないか?」


 さっそくお父さん役のラウルスが心配している。

 ベアが溺れるかもしれないと思っているんだろう。

 ヴィーも同様に難色を示した。


「深みに足を取られたら大変なことになるわよ。ベアは泳げるのかしら?」

「コノスガタデハ、ムリ。ダケド、オヨゲル」


 ヴィーの問いにまた頷くベア。


 この姿では無理? ってことは、毛皮スーツを着れば泳げるってことかな?

 そうか、毛皮スーツは見た目と違ってすごく軽いし、完全に密閉すれば針さえ通さないってヴィーが言ってたから、逆に生身よりも泳ぎやすいのかも。


 なにはともあれ、ベアの希望により、今日は川へ行くことが決定した。



 各々出掛ける準備をしたらまた集合しようと話し合っていると、ラウルスがキョロキョロと食堂内を見回している。


「そういえば、アイツはどこだ? 出掛けているのか?」


 アイツというのはジークハルドさんのことだろう。

 何かにつけて敵対していた彼の姿がないので、不思議に思ったのかもしれない。


「どこかの森に強力なモンスターが出現したとかで、今朝、旅立って行ったよ」


 私がそう言うと、ラウルスはあからさまにほっとした表情を浮かべている。


「また必ず会いに来るから、私のことを忘れないでくれ」

「料理をしている間だけは、私だけのことを考えていてくれないか」


 なんてことを言いながら、泣く泣くこの町を去っていったのだった。


 少し寂しい気もするけれど、今はようやく慌ただしい日々が終わって日常が返ってきた感じだ。

 容姿も実力も完璧な人だ、しばらく会わない内に冷静になって私のことなんて忘れてしまうかもしれないな、と思った。


 それから再集結した私たちは、ニアの森を抜けて川へとたどり着いた。


「んー! 空気が美味しい気がする!」


 歩き疲れた私は、澄んだ川の水でのどを潤してから大きく伸びをした。


 ベアも人里を離れたので、毛皮スーツを着用した。

 本来の姿(?)に戻れたせいか、何となく動きが嬉しそうに見える。


「休憩したら、さっそく釣りでもするか」


 ラウルスは背中に背負ってきた釣竿を二つ取り出し、準備を始めている。


「頼んだわよ、ラウルス。あなたの釣果がお昼ご飯になるんだから」

「はは、責任重大だな。任せとけ」


 ヴィーのプレッシャーをラウルスは真正面から受けた。

 一応、魚が取れなかった時のことを考えて一通りの調理器具や調味料を持って来たけれど、この自信なら大丈夫そうだ。


 私とラウルスは釣りを、ヴィーは近場で錬金術に使う材料の採集を、ベアはヴィーのお手伝いをすることになった。


 簡単に説明を受けてから、つるで作られた釣り糸を垂らす。

 するとすぐにラウルスの釣り糸に反応があった。


「よし、まずは一匹目っ!」


 ラウルスの釣り糸の先にぶら下っているのは、アユだ。すごーい、と褒めるとラウルスは嬉しそうに笑った。


「あ、私の方にも!」


 手を引っ張られる感触がしたので竿を上げてみると、アユが引っかかっている。

 初心者でも釣れるなんて、イージーモードだね。ビギナーズラックってやつ?


「すごいじゃないか、アンナ」

「へへー」


 得意げになっていると、採集の手伝いをしていたベアがトコトコと歩み寄ってくる。

 そしてラウルスの服の裾をつまんで引っ張った。


「くまっ」


 ベアが何かを伝えようとしている。

 だけど伝わらなかったので、顔の部分だけ毛皮スーツを脱いでもらう。


「ベアモ、ツリ、ヤリタイ」

「釣りを? 川の流れが速くて危ないぞ?」

「釣竿もけっこう重いよ?」

「ダイジョウブ」


 ベアが大丈夫だと言い張るので、とうとう私たちは折れた。


 私がヴィーに断りを入れている間に、ラウルスが即席で子供サイズの釣竿を作る。

 餌を付けて渡すと、ベアは再び頭まで毛皮スーツを着用し、いそいそと釣り糸を川の中に垂らした。


 見た目は完全に釣りをする熊、なかなかシュールな画だ。


 だけど、五分。そして十分。そのまま三十分。

 ベアの竿に当たりが来ることは無かった。


「……」


 その表情は薄い。だけど確実に不機嫌になっていることだけは、分かる。


「ま、まあ、こういうこともあるよ。ねっ、ラウルス?」

「あ、ああ。魚の群れがどこかへ移動したのかもしれないしな」


 私たちは必死でフォローしつつ、新たに釣り上げたアユをさりげなく隠した。


 するとベアは釣竿を脇に置き、立ち上がった。


「あっ、ベア、どこいくの!?」

「チョット、マッテテ」


 ベアは毛皮スーツの口元だけを開けてそう言い残し、ザブザブと川へ入っていく。

 魚が釣れなかったのがよっぽど腹立たしかったのかもしれないけれど、危険すぎる。


「ベア、危ないよ? 戻ってきな――」


 バシャンッ!

 大きな水音が鳴ったかと思うと、何かが私たちの目の前に飛んできた。河原に落ちたそれは、よく見ると丸々とした鮭だった。季節感が謎の世界だ。


「うわ、ベアすごーい!」


 視線を戻すと、ベアが四つん這いになって口に鮭を一匹咥えている。


 ああっ! こんな木の置物、見たことあるっ!! 何だろう、何故だか得した気分!

 ってか、あの毛皮スーツ、口元にあんな牙みたいな装飾付いてたんだ、びっくりしたー!


 ベアは川から上がり、ブルブルッと震えて毛皮スーツの雫を払った。

 そして再び頭の毛皮スーツを脱ぐ。


「上手だね! ベアはよく鮭を取って食べていたの?」

「タマニ、タベタ」

「焼いて?」

「ソノママ、タベタ」

「生が好きなの?」

「ソレイガイニ、タベカタ、シラナイ」

「そっか。じゃあ、この鮭も生で食べる?」


 私が尋ねると、ベアはしばらく考えた後で頭を横に振った。


「チガウリョウリガ、イイ」


 そうか、確かにいつも生で食べてるなら、飽きているのかもしれない。


「お待たせ。……あら、すごい魚の量ね」


 採集から戻ってきたヴィーが、アユと鮭を見て目を丸くする。


「四人じゃ食べきれないな」

「ええ、そうね。ねえ、アンナ。夕飯はこれを使って何か作れないかしら?」

「私もそれを考えてたとこ」


 鮭って言ったらオーソドックスに塩焼きとか?

 でも昼に焼き魚を食べるんだから、違った味の料理の方がいいよね。


 あーあれ食べたいな。

 鮭のちゃんちゃん焼き。

 でも肝心な味噌が無いんだよね。


「また何か思いついたんでしょ? 言ってみて。協力するわよ」


 バレてましたか。私は心の中で「てへっ」と舌を出した。


「あのね、またフモヤシに頼んで、いい感じに腐らせてもらいたいものがあるんだけど」

「この前のショーユとはまた違うの?」

「今回のは米と大豆を使って、味噌っていう調味料を作りたいんだよね。フモヤシの協力があれば、すぐに作れると思うんだけど」


 ヴィーは私の顔をじっと見た後、微笑みながら頷いた。


「お安い御用よ。帰ったらさっそく始めましょう」

「ありがとう! じゃ、ちょっと早いけど、まずはお昼ご飯だね!」


 せっかくアウトドアで食べるなら、豪快に串焼きだよね!

 ってことで、私はさっそくアユの塩焼きを作ることにした。


 ラウルスに火を起こしてもらう間に、アユの内臓を取り除き、塩を振って細い木の枝に刺していく。


 あとは火の周りに串を立てて、焼けるのを待つだけだ。


「熱いッ! でも美味しいっ!」


 皮はパリッとしていて、身は柔らかい。噛むたびにホクホクとした湯気が上がり、少し多めの塩がアユの旨みを引き立てている。


 皆も塩のみで食べることはなく、そもそも魚自体をあまり食べないそうで、楽しそうに食べていた。



 その後、町に戻ってきた私たちは、さっそくヴィーの家へ向かった。


「フモヤシ、今度はこれを発酵させてほしいんだけど、お願いできる?」


 腐妖精のフモヤシに水を吸わせたお米を渡す。

 まずはこれで麹菌を作るのだ。


 フモヤシは、目を輝かせて「がってんだ!」とでも言うように私の周りをクルクルと回った。


 フモヤシが錬金部屋に籠ったので、私は味噌の元となる大豆の下準備をすることにした。


 大豆をよく洗って、水に浸す。

 本当は何時間も水に浸けておかなくちゃいけないけれど、今日は簡易的な味噌が出来ればいいだろう。

 元々柔らかい大豆だったので、思いの外水を吸ってくれた。

 そして三時間ほど浸した後で、大豆を大きな鍋でアクを取りながら煮る。


 すると、大豆が煮えた頃にフモヤシが錬金部屋から出てきた。

 フモヤシが籠ってから、五時間も経っていない。


「え、もう出来たの? 早くない?」

「どうやら、前回で手順を覚えてしまったようね」


 ヴィーがフモヤシの頭を人差し指で撫でると、フモヤシは嬉しそうに笑った。


 よし、味噌作りはこれからだ。

 煮えた大豆をお酒の瓶を使って潰して、米麹と塩を混ぜ込む。耳たぶくらいの硬さにまとまればひとまず完成だ。


「フモヤシ、これをちょっとだけ発酵してもらえる?」

「(喜んで!)」


 私は再びフモヤシに頼んで、出来上がった味噌を発酵させてもらった。

するとベージュだった味噌が茶色くいい具合に熟成されている。

 外は薄暗くなっていて、ちょうど夕飯時だ。


「よーし、これで鮭のちゃんちゃん焼きが食べられるぞー!」


 フライパンを用意していると、ヴィーが錬金部屋から出てきた。

 何故かフモヤシと一緒に暑い錬金部屋に籠っていたのだ。


「アンナ、良かったらこれを使って」


 ヴィーが差し出したのは、黒い大きな鉄板だった。


「どうしたの、これ!?」

「料理の大体のイメージを聞いていたから、大きな鉄板を作っておいたのよ」


 鉄板だけではなく、鉄板用の蓋もある。


「ありがと、ヴィー! 大好き!」


 感激して抱きつくと、ヴィーは嬉しそうに頬を染めた。


「よーし、張り切って作っちゃうぞー!」


 私は腕まくりをしてさっそく料理に取り掛かることにした。


 まずは味噌だれ作りだ。

 とはいっても簡単で、出来立てほやほやの味噌に、酒、砂糖、ニンニクのすりおろしたものを適量入れるだけ。


 次にキャベツ、キノコ、タマネギ、にんじん、ピーマンを食べやすい大きさに切る。

 鉄板に油を熱し、塩コショウをした切り身の鮭を、皮を下にして並べる。


 軽く焼き色が付いたところでひっくり返し、野菜を入れて蓋をする。

 中火で蒸し焼きにして、キャベツがしんなりしてきたら味噌だれをまんべんなく掛ける。


 あとは味噌だれを全体に馴染ませて、仕上げに鮭の上にバターを乗せれば出来上がりだ。何とも簡単で豪快な漁師飯である。


「ラウルスとベアを呼んでくるわね」


 ヴィーがラウルスの家に向かった。


 ラウルスはベアにお昼寝をさせるために、一旦家に帰っていたのだ。

 鮭を取るのに疲れてしまったらしい。

 そういうところはホムンクルスとはいえ子供らしくて微笑ましく思う。


「外まで美味そうな匂いがしてきたぞ」

「トッテモ、イイニオイ」


 ちょうど鮭のちゃんちゃん焼きが出来上がった頃にラウルスとベアがやってきた。


「でしょー? さ、食べよ食べよ!」


 私は全員分を取り分けてあげた。

 初めて味噌を口にした面々が、次々に感想を口にする。


「アユとはまた違った美味さがあるな!」

「このミソっていう調味料、大豆から作ったとは思えないほど深い味わいね。鮭とよく合っているわ」

「サケ、イツモト、アジガチガウ。ベア、コレ、スキ」


 味噌の味が好みかどうか心配だったけど、杞憂だったようだ。

 大きな鉄板を使ってダイナミックに作ったちゃんちゃん焼きは、見た目にも楽しい。


「マタ、タベタイ」


 すっかり食べ尽くされた鉄板を見て、ベアが呟いた。


「まだ鮭が川にいる間に、取りに行こうね」


 そう言ってベアに笑いかけると、ベアはこくりと頷いて、その小さな手で私の手をぎゅっと握ったのだった。



■今回の錬金術レシピ

~味噌~

・米

・塩

・大豆


●鮭のちゃんちゃん焼き

・鮭

・キャベツ

・キノコ

・にんじん

・ビーマン

・たまねぎ

・塩コショウ

・バター

・味噌

・酒

・砂糖

・ニンニク

・油


味噌味最高! これから料理のバリエーションが更に増えそう!


■今日のラウルス君

ベアのお父さん役がだいぶ板に付いてきたよね。


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