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14 両手に花?じゃなくて餃子!キャベツvs白菜

 ベアの毛皮の修理をするとヴィーが言ったので、私は朝の仕込みを終えてすぐに彼女の家へ向かった。


「とうとう修理するんだね」

「ええ。ようやく素材を作る方法を思いついたのよ」


 テーブルの上には色々な瓶やら蓋付きの籠やらが所狭しと置かれている。


「ベアの毛皮が普通の毛皮じゃなかったっていう話は前にしたわよね」

「うん。錬金技術が詰まってるって言ってたよね?」

「そうよ。詳しく解析してみたら、どうやら蜘蛛の糸に似た恐ろしく丈夫な糸で出来ているみたいなの。毛皮が破れたのは、敵の攻撃のせいじゃなく、経年による劣化が最大の原因だったようよ」


 そこまで聞いて、私は胸の前で両手をパンッと鳴らした。


「分かった! 今回は蜘蛛を大量に錬金術で作るんでしょ?」


 私の頭の中には金属製の蜘蛛が針金のような糸を出しているイメージが浮かんでいた。

 だけど、ヴィーは首を横に振る。


「錬金術で蜘蛛を作る方法は分からないわ。だけど、蜘蛛そのものじゃなく、蜘蛛の糸さえ作れればいいと気付いたの」

「……つまり、どういうこと?」


 ヴィーの言葉は難しくて理解出来ないので、私は早々に音を上げた。


「つまり、こういうことよ」


 ヴィーはテーブルの上にあった大きな籠の蓋を勢いよく開けた。

 その中をひょいと覗き込んだ私は、中に何が入っているかを確認した途端、悲鳴を上げてしまった。


「ぎゃーっ! 虫――っ!!」


 籠の中には蜘蛛だけじゃなく、アリやらバッタやら、色んな種類の虫が入っていた。

 事情を知らなければ、蟲毒でも作るつもりと思うかもしれない程の数だ。


 壁際まで非難した私を不思議そうに見ながら、ヴィーは「かわいいのに」と手に乗せた虫を撫でた。

 ヴィーがただの可愛くて優秀な錬金術師じゃないことが分かった。


「この子たちを合成して、蜘蛛の糸を作ってもらうつもりなのよ」

「そ、そうなんだ。頑張って。応援する。超、応援する」


 壁にくっついたまま、言外にその作業には私は加わらないぞと匂わせる。


 逆戦力外通告だ。


 ヴィーは残念そうに肩を竦めたけれど、そのまま作業に入った。

 私は大人しく椅子に座って見守ることにする。


 籠の中の虫たちを錬金鍋に入れたヴィーは、中和剤や金属片を次々に投入していく。

 話を聞くと、虫と蜘蛛を複数合成することによって、蜘蛛の糸を生み出せる合成生物を作り出すんだそうだ。

 蜘蛛の糸ってことは、主成分はタンパク質なのかな? 

 影ながら応援していると、ヴィーはすぐに「出来たわ」と私を振り返った。


「もう出来たの?」

「ええ、まだ途中だけど。これでこの子たちは蜘蛛の糸を作れるようになったはずよ。ああ、ほら。もう作り始めている子もいるわ」


「見せないでいいから!」


 拒否したにもかかわらず、ヴィーが錬金窯の中からパワーアップした虫を取り出した。それはまるでスライムのような形をしていて、そこから糸のような繊維が吐き出されている。怪物みたいな虫を想像していた私は、わずかにほっとした。


 しばらく待っていると、必要なだけ蜘蛛の糸が出来上がった。

 私はその糸だけを見たけれど、細くて半透明で、ヴァイオリンの弦みたいな感じだ。

 パワーアップしたスライムは、ヴィーが引き続き飼育することになった。

 飼育部屋には近づかないようにしようと、私は心に固く誓う。


「さあ、この糸を使って毛皮を修理するわよ」


 ヴィーが出来上がった蜘蛛の糸と太い針を使って毛皮を縫っていく。すると、どこが破れていたんだか全く分からない程きれいに仕上がった。


「おおっ! すごーい! きっとベアも喜ぶね!」

「そうね。早く見せてあげたいわ。今から山猫亭に持って行こうかしら?」


 ベアは今頃、仕込みが終わった私と交代で働いているはずだ。

 そろそろランチタイムも終盤なので、これから山猫亭に向かえば仕事終わりのベアに会えるだろう。


 おなかが空いてきたから、山猫亭でお昼ご飯でも食べようかな?


 すると玄関の扉が三回ノックされた。

 ヴィーが返事をすると、男性の声が聞こえてくる。


「ごめんください。こちらにアンナレーナさんはいらっしゃいませんか?」


 呼ばれた私が扉を開けると、そこには金髪碧眼の背の高いイケメンさんがいた。


「ジークハルドさんじゃないですか」


 ジークハルドさんはモンスターの毒に侵され、山猫亭で倒れた凄腕の冒険者だ。

 何故だか私の料理の腕が気に入ったみたいで、冒険を一時中断してこの町に滞在している。


「やあ、アンナレーナ。君に会いたくなってしまったから、会いに来たよ」

「今朝会ったばかりじゃないですよね」


 宿屋に移動したジークハルドさんだけど、毎朝ランニングと筋トレをしていて、仕込みをしている私に会いに山猫亭までやってくるのだ。

 当然、今朝も会っている。


「会えない時間が愛を育てるとは言うものの、育ちすぎてしまってね」

「……」


 どう返したらいいものか迷っていると、再び玄関の扉がノックされた。


「エルヴィーラ、入るぞ」


 顔を覗かせたのはラウルスだ。

 ラウルスは室内にいるジークハルドさんを目に留め、露骨に眉をしかめた。


「またあんたか。いいかげんにしてくれ。アンナが迷惑がっているって分からないのか?」

「私には迷惑がっているようには見えないが?」


 二人の間には、早々に火花が散っている。


 わわ、何だか男の人二人が私を巡って争ってるみたいじゃない?

 いや、ラウルスはヴィーのことが好きで、私のことは妹みたいにしか思ってないことは分かっているんだけどね。

 一生に一度でいいから「やめて! 私のために争わないで!」とか言ってみたかったんだよね。


 だけどそんな展開にはならず、この場はラウルスが一歩引いた。


「……まあ、いい。今日はベアの毛皮を修繕するって聞いたから、連れてきたんだ」


 見ると扉の向こうからベアがちょこんと顔を覗かせている。

 仕事終わりにラウルスが迎えに行っていたみたいだ。


「ベア、ちょうど良かった! ヴィーがベアの毛皮を直してくれたんだよ!」

「不具合がないか確かめたいから、着てみてもらえるかしら?」


 ベアは毛皮を着込んだ。そして「くまっ」と言った。

 そうだ、この毛皮を着ると何故か言葉が全部「くま」に変換されてしまうのだ。


 それに気付いたのか、ベアは熊の頭の部分から自分の顔を覗かせた。

 まるで着ぐるみを着ているみたいで、かわいい。


「ベア、ウレシイ。アリガトウ」


 表情は乏しいけれど、恥ずかしいのか、それとも照れているのか、ベアは俯いてモジモジしている。

 何だ、この可愛すぎる生き物は!


「きっと私たちの間にもこんな子が生まれるだろうね」

「だから、アンナはあんたとなんて結婚しない!」

「君、これは私とアンナレーナの問題だ。口出ししないでいただきたい」

「何だと!?」


 ジークハルドさんとラウルスはまたもや言い争いを始めてしまった。


「あの、私、まだ結婚とかって考えたこと無いですから」

「ほら見ろ、アンナもこう言っているじゃないか!」

「今の段階ではそうかもしれないけど、今後はどうなるか分からないよ」


 私はきっぱり断ったけれど、ジークハルドさんは全くめげていなかった。

 ラウルスもラウルスだ。何でそんなにムキになってるんだろう? まるで私のことが好きみたいじゃん。


 ……そういえば、ラウルスの口から「ヴィーが好き」って聞いたことないな。うん? もしかして、私の勘違い? ……そんなわけないか。


 よし、お腹も空いてきたことだし、何か作ろう。

 そんで二人をお腹いっぱいにして眠くなってもらおう。

 そしたら喧嘩もしないだろうし。


 人数も多いから、久々に餃子でも作ってみようかな。

 ちょうど良いキャベツと白菜が手に入ったところだから、二種類の餃子を作っちゃおう!


 私は台所に移動した。


 最近は港町ハーバからだけじゃなく、近所の人や山猫亭のお客さんたちまで色んな食材を持って来てくれるので、ヴィーの家の食糧庫もかなり潤ってきている。


 必要な食材や調味料を用意したら、調理開始だ。


 まずは白菜バージョン。

 始めに、豚肉を包丁二本使ってミンチ肉にする。


「アンナレーナ、君の包丁使いはとても美しいね」

「そりゃどーも」


 キラキラとした目をしたジークハルドさんの褒め言葉を華麗にスルーする。


 にんにく、生姜、酒、醤油を混ぜてしばらく馴染ませておく。

 白菜とニラをみじん切りにして、塩を振って絞り、水気を切る。

 そして二つのボウルに分けた一方のミンチ肉に混ぜ込む。

 これで白菜バージョンのタネは完成だ。


 次はキャベツバージョン。

 さっき残しておいた半分のミンチ肉に刻んで水気を抜いたキャベツ、たまねぎを混ぜる。


 そして、最も重要な餃子の皮だ。

 柔らかすぎても硬すぎても美味しくなくなってしまうから、実は餃子作りで一番気を使う工程なのだ。


 小麦粉に塩と熱湯を加え、ヘラでかき混ぜる。

 触れる温度になったら手で捏ねて、千切ってから片栗粉をはたいたまな板の上で綿棒を使って伸ばしながら丸い形に成形する。

 後は餃子の皮で具を包んで焼くだけだ。


 スプーンで具をすくって皮に乗せ、水で口を閉じていると、ベアがちょこんと隣に立った。


「ベア、テツダウ」

「ほんとー? すっごい助かる! ありがとね、ベア」


 頭を撫でてあげたいけれど、あいにく手はタネで汚れている。

 そこで私はベアのほっぺたにチュッと音を立ててキスをした。

 思った通り、すべすべでマシュマロみたいなほっぺただ。


 すると男二人が身を乗り出してきた。


「私も手伝おう」

「いや、俺が手伝うから、客は座っていればいい!」


 全く、さっきからこの二人は……。ちょっとはベアの素直さを見習えばいいのに。

 揉め始めた二人は放っておいて、私は料理に集中しようっと。


 私とベアは仲良く餃子の皮に具を包んでいく。

 料理を手伝ってくれることもあるからか、ベアはとても手際が良かった。今度からは、もっと本格的に料理を教えてみようかな。教え甲斐がありそうだ。


 そうだ、ついでにタレも作っちゃおう。

 白菜の餃子は酢とラー油で食べるのが一番合うんだよね。

 酢はあるから、ラー油だけ手作りしよう。


 といっても油に鷹の爪、にんにく、生姜を入れて、フライパンで熱々に温めるだけなんだけど。

 ほら、すぐ出来た。

 このまま冷えるのを待って、網で漉せば完成だ。

 もう一方は更に醤油を加えるだけで美味しいタレが出来る。


 最後は今日のメインイベント。


「ぃよーしっ、焼くぞっ!」


 油を熱したフライパン二つに、餃子を放射状に並べていく。

 フライパンの底にひっつかないように、熱湯を入れて蓋をする。

 餃子に焼き色が付いたら出来上がり。


「おおっと、忘れてた!」


 キャベツバージョンの方には、やっぱりもやしを添えなくっちゃね。


 もやしを熱湯でさっと茹でる。

 焼きあがった餃子をフライパンごとひっくり返して皿に盛り、中央の空いた空間にもやしを飾る。


「よし、食べよう! ほら、そこの二人! いいかげんに喧嘩は止めて、温かいうちに食べなよ」


 呆れたように言いながら、私はテーブルの上に餃子のお皿とタレの入った小皿を置いた。ラウルスとジークハルドさんは餃子のいい匂いにつられたみたいで、一時休戦して席に着いた。


「香ばしい香りがするな」

「皮がパリパリで触感が面白いわ」

「野菜の甘みとうまみがぎゅっと詰まっているね。いくらでも食べられそうだよ」

「オイシイ。モウヒトツ、タベタイ」

「一つと言わず、二つでも三つでも食べていいよ~」


 皆がそれぞれの餃子について評価した跡、せっかくなので、どちらがより好みかを指で差すことにした。


「いっせーのー、せっ!」


 私の掛け声で皆が指を動かした。すると、ヴィーとベアが白菜派、ラウルスとジークハルドさんはキャベツ派ときれいに分かれた。


「私は白菜の方の、もちっとした触感が好きだわ」

「ベアモ、ヴィート、イッショ」


 ヴィーとベアが白菜餃子を褒めると、ラウルスとジークハルドさんもキャベツ餃子を褒め始めた。


「キャベツの食感が残っているところがいいな」

「もやしの水分が餃子の油をすっきりとさせてくれる。非常にバランスがいい組み合わせだね」

「それ、俺も今言おうと思っていた」

「そうかい? でも先に言ったのは私だよ」

 

 また微妙に対抗している二人をスルーして、私も餃子を一つずつ口に放り込んだ。

 皮はカリカリ、中はジューシーで、どちらの餃子もいい出来だった。

 二つの皿は瞬く間に空になった。


「まだまだたくさん焼くから、たくさん食べてね~」


 餃子は大量生産しやすいのが便利だ。

 でも、自分がどのくらい食べたか分からなくなっちゃうのが女子の敵なんだけどね。


 すると、玄関の扉がまたまたノックされた。


「あの、もしかしてこちらはヴィーさんのお宅ではないですか?」


 扉の向こうには二十代前半くらいの美人が立っている。

 剣士のセレスティーアだ。


「セレス! 来てたの?」

「はい。ようやくたどり着きました」


 いつ出発したのかは聞かないでおこう。

 ちょっとヨレている服から、私は目を逸らした。


「それにしても、よくヴィーの家が分かったね?」

「いえ、それが、全く覚えていなかったんです。でも、この家からすごくいい匂いがしてきたので、つい、フラフラと……」


 来ちゃったんですね。

 それにしても、今日は千客万来だなあ。


「嗅いだことのない匂いの元には、アンナさんがいらっしゃいますから」


 そんな、人をラフレシアみたいに言わないで欲しいよね。

 でも、確かに餃子の匂いは抗えない魅力があるよね。

 ラーメン屋に行った時も、餃子の焼けるいい匂いにつられて、つい一緒に頼んじゃうし。


 するとセレスはベアを見下ろしたり、ジークハルドさんを見上げたりしながら小首を傾げた。

 そうだった、この二人をセレスに紹介しておかなきゃ。


「セレス。まず、この子はベア。ラウルスが引き取った子だよ。山猫亭で働いてくれてるんだ」

「そうなんですか。こんにちは、セレスティーアです」


 実は錬金術で出来たホムンクルスなんだよ、とは話がややこしくなりそうなので割愛する。


 ベアは「コンニチハ」と挨拶をしてペコリと頭を下げた。


「んで、こちらが冒険者のジークハルドさん。凄腕なんだって。ジークハルドさん、こちらは剣士のセレスティーア、私の友達だよ」

「初めまして、セレスティーアです」

「初めまして。私はジークハルド。アンナレーナ……いや、アンナの婚約者です」


 誰が婚約者だ。

 しかも、何しれっと愛称で呼んでるんだ!


 私が否定するよりも早く、セレスが驚いたように両頬を手で包んだ。


「まあ、そうだったんですか! アンナさんに婚約者さんがいたなんて知りませんでした。結婚式はいつです? 早めに教えていただけたら式に間に合うように参ります。そうですね、一ヶ月前くらいにおっしゃっていただければ頑張れます」


 何だ、その前向きなんだか後ろ向きなんだかよく分からない返しは!


「ちがーうっ!」

「照れなくてもいいですよ、アンナさん。おめでたい話なんですから」

「そうだよ、アンナ。お言葉に甘えて、さっそく式の日取りを決めようじゃないか」

「アンナ、私を置いてお嫁になんて行かないで!」

「だから、違うんだってば!」


 その後、何を言っても全然取り合ってくれないセレスと、その誤解に乗っかって話を強引に進めようとするジークハルドさん。

 ジークハルドさんに突っかかっていくラウルスと、私の腕にしがみついて離れないヴィー。


「もう何なの、この人たち!」


 肩を落とした私の頭を、ベアが慰めるようにポンポンと叩いた……。



■今回の錬金術レシピ

~ベアの毛皮~

・虫

・中和剤


●餃子

・豚肉

・キャベツ

・白菜

・たまねぎ

・ニラ

・もやし

・醤油

・酢

・油

・小麦粉

・唐辛子

・鷹の爪

・にんにく

・生姜


●ラー油

・油

・鷹の爪

・にんにく

・生姜


どっちの餃子も甲乙つけがたし! 両方食べれば気分は最高!


■今日のラウルス君

またまたジークハルドさんとバトル勃発で一瞬触発状態。

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