13 料理男子も納得!具だくさん鶏飯
「ベア、このお皿を2番テーブルへ持って行ってくれる?」
「ワカッタ。ベア、モッテイク」
ベアはコクリと頷き、お皿を両手で持って運んでいく。
ラウルスが不在の間だけ、うちで預かることになったベア。
その間は食堂を手伝ってくれていたんだけど、ラウルスが戻って来てからも、本人の希望により引き続き通いで働くことになったのだった。
「頑張ってるな、ベア」
「様子を見に来たわよ」
ラウルスとヴィーが朝食を食べにやってきた。
ラウルスは先日食べたバクダンおにぎりをオーダーし、ヴィーにも熱心に薦めている。
すると、ベアがラウルスの裾をくいくいと引っ張った。
「うん? どうした、ベア?」
「ベア、キノウ、オキュウリョウ、モラッタ」
ベアがラウルスに差し出したのは、カラフルな色のキャンディーだった。
昨日はお店が閉まっていたから、今朝買ってきたんだろう。
「まさか、それを俺に?」
するとベアがこくりと頷く。
かーわーいーいー!
何だ、この可愛すぎる生き物はっ!
日頃の感謝の気持ちなのか、今日は父の日なのか!
抱き締めて頭を撫で繰り回しちゃいたい!
このままの姿でもいいし、熊の恰好でも可愛いだろうな! 顔だけ熊スーツから出して着ぐるみみたいにしちゃったりなんかして!
「そうだ、ベアの毛皮は直ったの? 材料が足りないって言ってたけど」
「それが、あの毛皮はだたの毛皮じゃなくて、錬金技術の詰まったもので……」
ヴィーがベアの毛皮について説明しようとした時だった。
ガタッ
食堂全体に響く音がして、食堂の入り口に影が差した。
振り返ると逆光の中に背の高い男の人が立っていた。
「大きな音を立ててすまない。しばらくここで休憩させてもらえないだろうか。それから、何か食べるものをお願いしたい」
その男の人が食堂の中に一歩入ると、その容貌が見えてくる。
胸当てや長剣など、重そうな装備を身に着けた冒険者風。歳は二十代後半くらいだろうか。
短い黄金色の髪と涼し気な青い目を持つ、恐ろしく容姿の整った人だった。
ラウルスやヴィーの美貌に慣れていた私でさえ、一瞬返事をするのも忘れてポカンと呆けたように見入るくらいだ。
私がじっと見ていたからだろう、その人は怪訝そうな顔をした。
「……?」
「あっ、失礼しました! お食事ですね、ただいま――」
用意します、と言おうとした矢先に、私の隣にいたヴィーが小さく悲鳴を上げた。
「キャッ」
「ど、どうしたの!?」
「あの人、怪我をしているわ」
「えっ」
ヴィーが指で示したのは、その男の人の左腕だった。
黒い服を着ているので分かりにくいけれど、確かに何かで濡れたような染みがある。
「アンナ、これをあの人に……」
ヴィーが肩掛け鞄から取り出したのは、錬金術で作った傷薬だった。
人見知りが激しいので、きっと自分ではあの人に近付けないのだ。
「うん、分かった」
私は厨房にいるお父さんに注文を伝えると、おしぼりと水を持ってその人のテーブルへ向かった。
「これ、良かったら使ってください」
私はおしぼりと傷薬を差し出した。
「ああ、すまない」
すると近くの席で他のお客さんと談笑していた冒険者のおじさんが、おやという顔をしてその男性に話しかけた。
「もしかしてお前さん、ジークハルドって名前じゃないかい?」
「何故、私の名を?」
なるほど、彼はジークハルドという名前らしい。
「冒険者を生業にしているヤツでお前さんの名前を知らないヤツはモグリに違いねえ。アンナちゃんよ、このお方はこの国きっての凄腕冒険者様さ」
へえ、そんなに有名な人なんだ。
イケメンで腕利きなんて、さすがゲーム世界だなあ。
「よしてくれ、私はそんなに凄くはないよ」
ジークハルドさんは怪我をした自分の腕を指差して首を竦めた。
「近くの森にモンスターが大量発生したと聞いて、退治に訪れたんだが、うかつにも怪我を負ってしまってね」
そういえばしばらく森に行くなってラウルスに言われていたっけ。
自分が同行できないからかと思っていたけど、モンスターが大量発生してたのか。
怪我をしたのは気の毒だけど、ヴィーが採集に行ってモンスターに襲われなくて良かったなあ。
そう安堵していると、母のカティが出来上がった料理を運んできた。
「待たせたね、山猫亭特製のモツ煮とおにぎりだよ」
「これは……珍しい料理だな」
ジークハルドさんは、モツ煮とおにぎりを不思議そうな面持ちで見つめている。
「お前さん、ここの料理はどれも絶品だぜ」
「そうか。では」
ジークハルドさんはスプーンを手に料理を口に運んだ。
だけど、料理が口に入る前に、スプーンを手から落としてしまった。
「くっ……」
そのまま、ジークハルドさんはその場に倒れてしまった。
するとヴィーがジークハルドさんに駆け寄り、怪我をしている腕の袖をまくり上げた。その傷口は、皮膚が紫色に変色して膨らんでいる。
「大変! この人、毒に侵されているわ!」
「ええっ! 毒!?」
「モンスターの中には遅効性の毒を持つモンスターがいるの。その毒はじわじわと体力を奪っていき、気付いた時には手遅れになることもあるのよ」
ヴィーは再び鞄の中からいくつかの瓶を取り出すと、その場で調合し始めた。
「急いで解毒剤を作るわ。時間との勝負よ」
「じゃあ、とりあえず私はこの人を上の部屋に運ぶね!」
うろたえた私がそう提案すると、ラウルスが「俺が運ぼう」と言ってジークハルドさんの肩に手を回してその身体を起こした。
だけどジークハルドさんはラウルスよりも背が高く、体格もいいので、一人で二階へ運ぶのは難しそうだ。
冒険者のおじさんも加勢すると言ってくれたので、ラウルスと一緒にジークハルドさんを二階の空き部屋へと運んでもらう。
ベッドに横たわって苦し気に呻きながら眉間に皺を寄せている彼の装備品を、ラウルスが外した。
その間に水差しやタオルを用意した私が彼の首元を緩めて汗を拭っていると、ヴィーが部屋に駈け込んできた。
「解毒剤が出来たわ!」
ヴィーが、小皿を差し出した。
ラウルスがジークハルドさんの身体を起こす。
小皿を受け取った私は、スプーンを使ってその中身をジークハルドさんの口に流し込んだ。
ジークハルドさんはゴクリと喉を鳴らして、解毒剤を飲んだ。
しばらくするとジークハルドさんの眉間の皺が緩み、呼吸が穏やかになった。
「どうやら効果があったみたいね。あとは安静にしておけば快方に向かうと思うわ」
ヴィーが安堵の吐息を漏らした。
ジークハルドさんは絶対安静のため我が家に泊まってもらうことになり、ヴィーとラウルスとベアはそれぞれの家に帰っていった。
「失礼しまーす……」
ノックをして部屋を覗くと、ジークハルドさんは眠りこんだままだった。
解毒はされたみたいだけど、まだ微熱があるようだ。
時々わずかに動いているので、もうすぐ起きるのかもしれない。
目が覚めたら、ご飯食べられるかな?
でもまだ熱があるから、モツ煮なんて食べたくないだろうし。
まだ目覚める気配が無いから、その間に何か胃に優しそうな料理でも作っていようっと。
私は厨房に戻って料理を始めた。
まずは鳥のささみを鍋で茹でる。
胸肉でもいいけれど、ささみの方がほぐしやすいのだ。
次に、干したきのこを水で戻す。
戻した水に砂糖と醤油を加えてきのこを甘辛く煮る。湯気と共に煮物のいい香りが立ち上ってきた。
今度はフライパンで溶かした卵を薄く焼き、細く切って錦糸卵を作る。
そして別の鍋で鳥のガラを煮込み、少量の醤油と酒で味を付けたスープを作る。
炊いておいたご飯にほぐしたささみ、きのこの甘辛煮、錦糸卵を乗せ、刻んだ西洋ネギやごまも乗せた。後はスープをかければ、鶏飯の出来上がりだ。
再び二階に上がってノックをしてみると、中から返事があった。
料理をしている間に起きたみたいだ。
ドアを開けて中に入ると、ジークハルドさんは上半身を起こしていた。
「あ、起きましたか?」
「ああ、君は先程傷薬をくれた方ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「私はアンナレーナといいます。この山猫亭の娘です」
私が自己紹介をすると、ジークハルドさんは軽く頷いてから頭を下げた。
「アンナレーナさん、先程はどうもありがとう。私の不注意で迷惑を掛けてしまったようで、申し訳ない」
「いえ、こちらこそモンスターを退治してもらったみたいで、助かりました」
私が笑いかけると、ジークハルドさんも頬を緩めた。
詳しく事情を聞くと、モンスター退治の途中で敵に腕に引っ掻かれてしまったらしい。自分が毒に侵されたことは分かっていたけれど、傷は浅かったので、ここまで急速に悪化するとは思わなかったそうだ。
話をしているうちに、ジークハルドさんの口調は柔らかくなっていった。
「そうそう、あっさりした味の料理を作ってみたんですが、食べますか?」
「何から何まですまない。いただこう」
私はトレイをテーブルの上に置いた。
お皿に盛った鶏飯に、小鍋のスープをかけ、スプーンを添えてジークハルドさんに手渡した。
「熱いんで気を付けてくださいね。お口に合うといいんですけど」
ジークハルドさんはお礼を言い、しばらくお皿をじっと見つめた後でスプーンを口に運ぶ。
すると青ざめていた彼の頬に赤みが差し、切れ長の青い目が大きく開いた。
「……驚いたな。私は世界中を旅していて、自慢じゃないが、庶民の料理から宮廷料理まで、ありとあらゆる料理を口にしてきたと自負している。だが、こんな料理は初めてだ」
「そうなんですかー」
日本の料理だから食べたことがないのは当然だ。
私が適当に返事をしていると、ジークハルドさんが居住まいを正した。
「君に折り入って頼みがある」
「はい? 何でしょう?」
「この料理の作り方を教えてほしい」
「そんなことですか。構いませんよ」
無理難題を言われるのかと身構えていた私は、拍子抜けしてしまった。
「いいのかい!?」
「はい、もちろん。でも、ジークハルドさんが作るんですか?」
「もちろん。何か問題でも?」
「いえ、全く問題ありません~」
どうやらジークハルドさんは料理男子らしい。
見た目からは料理をしそうにないので、ちょっとだけ驚いてしまったのだ。
このイケメン具合なら、自分で作らなくても、女の人が喜んで作ってくれるだろうに。
作り方を簡単に説明すると、ジークハルドさんは嬉しそうに目を輝かせている。
「忘れないうちに一度作ってみたいのだが。さあ、厨房へ行こう」
「えっ!? ダメですよ、まだ休んでなきゃ!」
「もう大丈夫だよ、問題ない」
「ダメですって。明日の朝にしましょう。今日はゆっくり休んでください」
「む……仕方がないな」
ジークハルドさんは私の説得に従って、その日は大人しくしていた。だけど、夜が明けるとすぐにたたき起こされて料理を教えさせられた。
鶏飯はもちろんのこと、何故かモツ煮とおにぎりの結び方まで伝授する羽目になった。
「うん、美味い。自分で作った料理は、また格別だな」
「そうですか、それは良かったです……」
生き生きとしたジークハルドさんとは真逆で、私の瞼は気を抜いたら閉じてしまいそうだ。
必死で眠気と戦っていると、ヴィーとラウルスが様子を見にやってきた。
私は二人が昨日手助けしてくれたことをジークハルドさんに伝えた。
「昨日の傷薬や解毒剤はこのエルヴィーラが作ったんですよ。ラウルスは運ぶのを手伝ってくれたんです」
「そうだったのか。ありがとう、貴女のおかげで命拾いしたようだ」
ジークハルドさんは深くお辞儀をした。礼儀正しい人なのだ。
「いえ……どういたしまして」
ヴィーは小さな声で返事をすると、私の背にささっと隠れた。
そんなヴィーの態度をフォローするためなのか、代わりにラウルスがジークハルドさんに話しかける。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、すっかり。毒さえ抜ければ、体力には自信があるからね」
ラウルスが納得したように頷く。
凄腕の冒険者と有名なくらいだから、HPもそうとうありそうだ。
そしてジークハルドさんは私に向き直った。
「アンナレーナ、君にも深く感謝するよ」
「私はたいしたことしてないんで……って、えっ!?」
私は全部言い終わる前に変な声を出してしまった。
ジークハルドさんがいきなり、私の両手をギュッと握ったからだ。
「な、何ですか?」
「アンナ、私と結婚を前提にお付き合いしてくれないか」
「えっ!!」
ジークハルドさんの言葉に、私よりも先にラウルスが反応した。私は突然の出来事に言葉も出ない。
固まった私の手を握ったまま、ジークハルドさんの言葉が続く。
「私は料理に関して並々ならぬこだわりを持っている。だからもし家庭を持つのならば、その相手は私より料理が上手な女性でなければ、と心に決めていた。アンナ、君は全く新しい料理を作る天才だ。君となら理想の家庭を築けるだろう。ぜひ私と付き合って欲しい」
「ダ、ダメだっ!」
またもやラウルスが返事をする。
まるでラウルスが彼に口説かれているみたいだ。
「ほう、彼女と付き合うのに、君の許可がいるのかい?」
「そ、それは……。でも、ダメなものはダメなんだっ!」
あれあれ? 何か二人の間に火花が散ってます?
ラウルスは私を守ろうとしてくれてるみたいだけど、ちょっとムキになりすぎなんじゃない?
ヴィーに惚れた訳じゃないし、あんなにイケメン男子がライバルにならなくて安心しておけばいいのに。
これじゃまるで、ラウルスが私の彼氏みたいだ。あ、ラウルスはもう子持ち(笑)だから、夫かな?
ラウルスがお父さんでベアが娘(息子?)の家庭と、ジークハルドさんが旦那で私が主婦の家庭か……うーん、どっちも想像つかないなあ。
言い争いを始めてしまった二人を、周りのお客さんが囃し立て始めた。
中にはどちらが勝つか賭けをしている人たちもいる。
すると、ヴィーが私の腕に抱き付いてきた。
「男たちは放っておいて、私たちはお茶でもしに行きましょ」
「う、うん……」
当事者のはずなのに完全に蚊帳の外へ追い払われてしまった私は、ヴィーとともに山猫亭を後にしたのだった。
■今回の錬金術レシピ
●鶏飯
・米
・鳥ささみ
・ガラ
・醤油
・砂糖
・きのこ
・卵
・西洋ネギ
・ごま
・酒
絶対におかわりがしたくなる、絶品お茶漬けだね!
■今日のラウルス君
ベアにキャンディを贈られてヘヴンかと思いきや、ジークハルドさんと一瞬即発状態!