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12 ホムンクルスも喜ぶ、あっつあつの揚げバクダンおにぎり

「あ~、錬金術師ってほんと大変な職業だよね~」


 私は額の汗を拭いながらぼやいた。


 今日も山へ採集に来ているんだけど、木の実や根っこだの、葉っぱだの、アイテムを地道に集めるところから始めなきゃいけないのは辛い。


「ゲームをプレイしてる時は、すぐにアイテム入手出来るのにな~」

「何か言った? アンナ」

「いや、こっちの話。ねえ、そろそろお昼にしない?」

「あら、もうそんな時間? そうね、そうしましょう」


 よっしゃ。

 許可を取りつけた私は、離れた位置で同じく採集を手伝っているラウルスに向かって大声を出した。


「ラウルスーっ、お昼にしよー!」


 するとバサバサッと音がして、空から何かが降って……いや、襲ってきた。


「うわっ、何!?」


 見たことのない、目がギョロギョロした黄色い鳥のモンスターだ。

 嘴が長くて鋭く、ペリカンに近い。ただし、その大きさは本物のペリカンの何倍もある。


 私が大声を出してしまったせいで、呼び寄せてしまったらしい。


「ぎゃーっ! 助けて、ラウルスーっ!」

「アンナ、待ってろ! 今行く!」


 ラウルスがこっちに走って来ようとしたけれど、別のペリカンが彼に襲い掛かる。

 一体、何羽いるの!?


 ラウルスとヴィーはそれぞれの武器で戦い、私もフライパン片手に応戦した。

 だけど、多勢に無勢。

 私たちはペリカンのモンスターに囲まれてしまった。


 その時、ガサッ音がして、何者かが木々をかき分けて飛び出してきた。


「くくく、熊っ!?」


 ペリカンだけでも手こずっているのに、これ以上敵が増えたら絶体絶命だ。


「串刺しも食いちぎられるのも、嫌―っ!」


 私はそう叫んで、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 すると、


 ザシュッ!


 という音と共に「ギャッ!」という獣の悲鳴が聞こえた。

 別の獣の悲鳴もすぐ後に続く。

 恐る恐る目を開くと、熊がその鋭い爪でペリカンを次々にやっつけている。


「何で熊が助けてくれているの!?」

「さ、さあ……分からないわ」


 瞬く間にペリカンをやっつけてしまった熊は、返り血を拭いもせずに(当たり前か)こちらに向かってきた。


 熊がペリカンをやっつけたのは、俺のエサを横取りするなってことですね?

やばい、今度こそ食われる!


 そう身構えていると、「くまっ!」と熊が鳴いた。

 いや、しゃべった?


 すると険しい顔をしていたラウルスが、表情をパッと明るくさせた。


「おお、お前はいつぞやの熊じゃないか! なあ、そうだろう?」

「くまっ、くまっ!」


 ラウルスの問いかけに熊が返事をした、ように聞こえた。


 そういえば、前にラウルスがこの山で出会って、町まで送ってもらった熊がいたっけ。

 見た目だけでは他の熊と区別がつかないけれど、向こうはラウルスのことを覚えていたようだ。


「助けてくれてありがとな」

「くま~」


 ラウルスの感謝の言葉に、熊は照れた風な声を出した。

 そんな熊を見ていたヴィーは、何かに気付いた様子を見せる。


「あら? あなた、怪我をしているの?」


 よく見ると、熊の毛皮の一部が光って見えた。

 黒い毛皮のせいで分かりにくいけれど、血が太陽の光に照らされて光っているのかもしれない。

 ヴィーが熊に近付いた。

 彼女は治癒薬を持っているので、治療してあげるつもりなんだろう。


「いえ、これは……」


 だけど、熊の毛皮をチェックしていたヴィーは、怪訝そうな声を出した。

 ヴィーがその部分の毛皮をかき分けると、大きな裂傷が現れた。

 さきほどの戦いの時に出来た傷のようだ。なのに血は一滴も流れていない。


「やっぱり! 前に会った時にもしかしてと思っていたけど、この子、錬金術で作られた人造人間(ホムンクルス)よ!」

「ま、マジか!!」


 さすが錬金術ゲーム、ホムンクルスまでこんなナチュラルに出てきちゃうのか!

 それにしても熊型のホムンクルスなんて珍しいな!


 ヴィーはまるで毛皮を脱がせるように引っ張った。


 うわ、そんなことしたらいくらホムンクルスでも痛くて暴れるんじゃ……!?


 だけど、ホムンクルスは悲鳴一つ上げなかった。それは裂傷ではなく、亀裂だったのだ。

 そしてヴィーがさらに毛皮を引っ張ると、何と、中から人が現れた。


「熊の中から人が……!?」


 ラウルスは私以上に驚いて、目を白黒させている。もちろん私も彼に負けないくらい驚いていた。


「どうやらこの子が熊の本体だったようね」


 ヴィーの言葉で冷静になって観察してみると、その子は十歳にも満たないくらいの子供だった。

 肩上までのピンクの髪で、瞳は赤い。

 ホムンクルスだからなのか、表情が乏しいようだった。


 だけど容姿はまるでお人形さんのように整っていて、今すぐ家に連れ帰って飾りたいくらい愛らしい。


「ねえ、名前は何て言うの?」


 私が近寄ろうとすると、その子はラウルスの陰にさっと隠れた。

 そんな子供を見て、ラウルスが優しげな笑顔を浮かべてなだめている。


「この二人は大丈夫だ、安心しろ」


 すると子供はこっくりと頷き、ラウルスの背後から顔を覗かせて私を見上げた。


「お名前は何て言うの?」

「ナマエ……ナイ」


 子供の声はひどく中性的で、声からは性別が分からない。

 その返事を聞いて、ヴィーは面食らった顔をした。


「名前がない、ですって? あなたを作った人からは何て呼ばれていたの?」

「シサクヒン、ヨンゴウ」


 シサクヒンヨンゴウ? 変わった名前だなあ。

 あっ、“試作品 四号”ってこと!?


 名前も付けないなんて、この子を造った錬金術師はクールな人だったんだなあ……可哀想に。

 同じことを思ったのか、他の二人も痛ましげな表情を浮かべている。


「男の子? それとも、女の子かな?」


 私が尋ねると、子供は首を傾げた。

 自分で自分の性別が分からないなんて、どういうこと?


 ヴィーがその子に近寄った。

 またラウルスの陰に隠れたその子は、ラウルスに促されてヴィーにその身を任せる。


「性別が分かるパーツは……付いていないわね」


 体を点検したヴィーが首を振る。


 ということは、男の子か女の子か分からないってことか。

 ホムンクルスってそういうものなのかな?

 それにしても、名前がないと可哀想だし、呼ぶ時も不便だよね。


「じゃあさ、私たちで名前を考えてあげようよ!」


 私の提案に、二人は難色を示した。


「いい考えだが、俺には無理だ。アンナが付ければいい」

「そうね。フモヤシの名付け親もアンナだったことだし」

「ええっ、また私?」


 何と、また名付けを任されてしまった。センスがないって言ってるのに。

仕方なく、私のことを見上げてくるその子の顔を見ながら色んな名前を考えてみる。

 うーん、男の子か女の子か分からないから、どっちにも取れる名前がいいよね。日本名だったら、“あきら”とか“かおる”みたいな。


 でも、このゲーム世界の人たちみたいな外国名で中性的な名前なんて分からないし、どうしよう。

 あ、熊っていったら、英語で……


「ベアとか? って、ダメだよね、こんな単純な名前じゃ……」


 自信なさげに言ってみると、ヴィーがすぐさま「いいわね」と賛同した。


「短くて覚えやすいわ」

「よし、今日からお前の名前は“ベア”だぞ!」


 すると子供は気に入ったのか入らなかったのか分からないけれど、こくりと頷いた。


「ベア。オボエタ」


 ……どうやら、すでにインプットされてしまったらしい。

 まあ、いいか。本人も異論はないみたいだし。


「それで、どうする? この子」

「毛皮は修理しないといけないし……。ここに置いていくわけにもいかないわよね」

「ベア。お前の家はどこなんだ?」


 するとベアは信じられないことを言った。


「ベア、イエ、ナイ」

「家がない?」


 カタコトのベアの言葉を整理すると、ベアはずっと昔に錬金術師の手によって造られたそうだ。

 だけどその錬金術師が動かなくなって(亡くなったということだろう)、ベアは野良ホムンクルスになり、各地を転々と移動していたようだ。

 だけど熊スーツを着ているせいで人々から迫害を受け、いつの日にかこの森に辿り着いたのだとか。


 熊の恰好をしているため、他のモンスターもあまり襲ってくることはなかったらしい。夜は毎日適当な場所で休んでいたそうだ。


「でも、この毛皮はもう破けて着られなさそうだよ。この子だけ置いていくのは危ないんじゃない?」

「そうね。人を見るとすぐに襲い掛かってくるモンスターもいるでしょうね」

「夜になれば更に狂暴なやつらが跋扈するぞ」


 ベアは戦闘力がありそうだし、そもそもホムンクルスだけど、無敵な訳じゃないだろう。

 今からお家を作ってあげようかとも考えたけれど、もっといい案を私は思い付いた。


「ねえ。この子、町に連れて帰らない?」

「でも……誰が面倒を見るの? 私は依頼や採集で長く家を空けることもあるし……」


 ヴィーの問いに私たちは悩んだ。

 確かに、うちも客商売してるから、ずっとは面倒見てられないかも。


 するとラウルスが一歩前に出た。


「俺が面倒を見よう」

「いいの? ラウルス」

「ああ。この中で俺が一番時間に融通が利くだろう。もし家を空ける時は預かってもらえると助かるが」

「もちろんだよ!」


 一週間や二週間程度なら、うちの親も何も言わないだろう。


「じゃあ、採集もあらかた終わったことだし、これ以上変なのに襲われないように今日は早めに切り上げましょう」


 ということで私たちは山を下りた。

 熊スーツはラウルスが担ぎ、ベアはそんなラウルスの服の裾を掴んでついてくる。

 その様子は刷り込みされた雛みたいでめちゃくちゃ愛くるしい。


「ラウルスってば、お父さんみたいだね」

「俺が父親!?」


 ラウルスは自分を指差しながら目を白黒させた。

 そして次に「それなら母親は……」とか何とか真っ赤な顔で言っている。

 きっとヴィーとの幸せな未来を妄想しているんだろうなあ。頑張れ、青年。


 こうしてホムンクルスのベアはラウルスと暮らし始めた。



「おはよう、ベア。元気?」


 一週間後の朝、ベアはラウルスと一緒に朝食を食べにきた。

 薄汚れていたベアはすっかり小綺麗になっている。


「オハヨウ、アンナ。ベア、ゲンキ」

「そっか、良かった!」


 段々と語彙が増え、会話が成り立つようになってきた。


「今日は何が食べたい?」

「ベア、サカナ、タベタイ」


 私が尋ねると、ベアは魚料理をリクエストした。

 ホムンクルスも食の好みがあるのは、ベアと接するようになって知った。他のホムンクルスもそうなのかは分からないけどね。


「俺はおにぎりにしようかな」

「ちょうど炊き込みご飯を炊いたところだったから、それをおにぎりにしてあげるね」


 するとベアは戸惑った様子を見せた。

 どうやらおにぎりも食べたいみたいだ。


「ベア、おにぎりも食べる?」

「タベタイ。デモ、ソンナニタクサン、タベラレナイ」

「じゃあ、ベアには魚を使ったおにぎりを作ってあげる! ちょっと待っててね!」


 私がそう言うと、ベアは頷いた。若干嬉しそうに見える。

 分かるか分からないか程度でも、表情が出てきたのはラウルスや私たちと接するようになったからだろう。


 私は厨房へ向かい、まずは炊きこみご飯でおにぎりを作る。

 米は先日クラーケンを倒しにいった港町ハーバから取り寄せたものだ。

 おにぎりは丸く、小さめに作っておく。


 次は包丁を二本持ち、生の魚をミンチにして、すりこぎ状のボウルですり身にする。

 魚は同じくハーバから今日送られてきたばかりの新鮮な魚だ。

 炊き込みご飯にニンジンやゴボウの野菜と鳥肉をたっぷり入れてあるから、魚のすり身の方に具は入れないでいいだろう。


 おにぎりをすり身で包み、170℃くらいの油で揚げる。

 最後は少し火を強めて表面がきつね色になったら完成だ。


「お待たせ! バクダンおにぎりでーす! 熱いから気を付けて食べてね」


 湯気が立つおにぎりを目の前に置くと、ベアは小首を傾げた後で食べ始めた。

口に含んで一瞬動きを止め、再び食べ始める。

 どうやら気に入ってくれたらしい。


 小さめに作ったおにぎりを食べ終わったベアに「もっと食べていいよ」と言うと、おずおずと二つ目に手を伸ばした。

 ラウルスを見ると、自分の分を食べるのも忘れてにこにこと嬉しそうにベアを見ている。

 きっと私も同じ顔をしているんだろうな。


 冷めてしまったおにぎりを食べ終わったラウルスは、頼みごとがあると言ってきた。


「さっそくで悪いんだが、しばらくベアを預かってくれないか。護衛の仕事が入ったんだ」

「うん、いいよ。親に話は通してるから」


 ヴィーは錬金術の依頼で昨日から家を空けているのだ。

 熊スーツの修理も材料が足りないそうで、まだ途中だ。


 するとベアが私の服の裾をくいくいと引っ張った。


「どうしたの、ベア?」

「ベア、ハタラキタイ」

「え!? 働きたいの?」

「(コックリ)」

「じゃあ、うちの店で働いてみる?」

「(コクコク)」

「いい? ラウルス」

「本人がやりたいって言ってるからいいんじゃないか?」


 父親(笑)の許可を得たベアには、まずはお手伝いから始めてもらうことにした。

 笑顔はないけど、記憶力はものすごく、あっという間にメニューを覚えてしまった。


 私の両親に即戦力と判断されたベアは、正式に山猫亭で働くことになった。


 可愛い容姿をしたベア目当てに、客がわんさと押し寄せたことは言うまでもない。



■今回の錬金術レシピ

●バクダンおにぎり

・米

・鳥肉

・出汁

・醤油

・塩

・ニンジン

・ゴボウ

・白身魚


野菜も入ってるから栄養もあるし、これなら魚が苦手な子供でも食べられそう!


■今日のラウルス君

ベアのお父さんになってヘヴン状態。

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