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11 しぐれ肉巻きおにぎりとクラーケンのイカスミコロッケ

「えっ? クラーケンが出たの?」

「ああ。最近、頻繁に出没しているらしくてね。おちおち船も出せないって話だよ」


 ラウルスとヴィーに朝食のメニュー表を渡しながら、母カティが深刻そうな顔をする。


 クラーケンと言えば、ファンタジーでおなじみのイカの化け物だ。

 そのクラーケンがハーバという港町に突如として現れ、悪さをしているそうだ。


「その話なら俺も聞いたよ。討伐隊が編成されたが、早々に蹴散らされたらしい」

「へえ、そんなに手ごわいヤツなんだ。タコの次は、イカか……」

「たこって何だ?」

「いや、こっちの話」


 その時の私は、その話を半分聞き流していた。

 が、次のヴィーの一言で身を乗り出すことになる。


「とうとう懸賞金が掛けられたって話よ」

「懸賞金っ!?」


 その額を聞いて、一気にやる気が出てきた。


「私たちも行こうよ、そのハーバに! 困っている人々を助けなきゃ!」


 私の目がお金のマークになっていたんだろう。

 ラウルスとヴィーは、呆れた様子で溜め息をついている。


「言うと思った」

「予想通りね。でも、何か珍しい錬金術のアイテムが見つかるかもしれないわ」

「でしょー? ラウルスも腕試しになると思うよ。クラーケンなんて、ちょちょいのちょいって倒してよ。ラウルスのかっこいいところが見たいな~!」


 本人が傍にいるので、“ヴィーに良いところを見せるチャンスだよ”とは言わない。

 恋する男なら察しろよ、である。


「そ、そうか? じゃあ、俺、頑張るからッ!」


 鈍くないラウルスは、私のアシストを正確に読み取った。

 頬を上気させて、意気込んでいる。


 だけどヴィーの方はラウルスの気持ちに全く気付いていない様子。

 いつか両想いになれるといいね、ラウルス君!


 そうと決まれば話は早い。

 二人が朝食を食べ終わるのを待って、私たちはハーバへ向かって出発した。

 私は料理の道具、ヴィーは錬金術の道具を持参してきたんだけど、荷物は全部ラウルスが背負ってくれた。


「各地の猛者どもが集まっているようだな」


 乗合馬車に数時間揺られ、私たちは港町ハーバに到着し、さっそく海辺へと赴く。

 するとそこには懸賞金目当てと思われる冒険者たちがたくさん待機していた。


 その中に見知った顔を見つけ、私は相手に見えるように大きく手を振りながら大声で呼びかけた。


「セレス!」


 セレスティーアは森でダチョウのモンスターに襲われた時に助けてくれた美人さんだ。


「アンナさん! それにエルヴィーラさんとラウルスウィードさんじゃないですか。もしかして、あなた方もクラーケンを?」

「うん。ってことは、セレスもクラーケン目的に来たんだ? よくここまで来られたね」


 セレスはものすごく方向音痴なのだ。

 私が感心してそう言うと、セレスは胸を張って自信満々に答えた。


「噂を聞いてすぐに出発しましたから。四日ほど前のことになります」

「いやいや、自慢してる場合じゃないから! セレスの住んでる町からここまで、一日もかからないじゃん!」


 私は思わずツッコミを入れる。

 くう、この子はどこまで残念美人なのだ!


 セレスによると、クラーケンは数時間に一度、浜の近くに現れる。

 その度に冒険者たちが果敢に攻撃を仕掛けるのだが、ことごとく攻撃を躱されてしまうのだとか。

 そのため、ここ数日は膠着状態が続いているらしい。


 私たちは待機中の人たちに紛れ、クラーケンが現れるのを待つことにした。

 だけど海は完全に凪いでいて、とてもモンスターがいるようには思えない。


 すると、海を眺めながら待つうちに、見知らぬ冒険者の人たちと不思議な連帯感が生まれてきた。

 通り過ぎる人に挨拶したり、隣にいる人と世間話なんかしちゃったりしているうちに、私は人々の様子がおかしいことに気付いた。


「何か……皆、ぐったりしてない?」


 離れた場所にいる人たちが皆、元気のない表情をしているのだ。


「あの辺にいる人たちは一週間以上前からここにいるようですよ」

「一週間も!?」

「それじゃあ、疲れが出ていても仕方がないわね」

「確かに、いつ出るか分からないクラーケンをただじっと待つのは、気力的にも体力的にもきついだろうな」


 一週間もここにいるなんて、その執念……いや、根気の良さに尊敬の念すら抱いてしまう。


「そうだ! お腹が満たされれば、ちょっとはやる気が出るんじゃない?」


 彼らの根性に敬意を表して、何か料理を作ってあげよう!


 だけどここにいる全員のお腹を満たすための食材が無い。

 どこかに食品を売っているお店はないかなと見回すと、浜に上げられた船でおじさんが作業しているのが見える。

 彼が運ぼうとしているのは大きな木の箱だ。


「すみません、何か食材ありませんか? もしあったら買いたいんですけど」

「食い物なら腐るほどあるぜ! クラーケンのせいで出港できなくて、商売上がったりだしよ」


 何でも、クラーケン出没以前に運び込んだ食材が、重いために運べず、そのまま残っているんだとか。おじさんは木の箱をいくつか開けてくれた。


 そして最後の箱が開けられた時、私はこれ以上ないくらい目を輝かせた。


「これって、もしかしなくても、お米じゃん!!」


 箱の中にはすでに精米されたお米がびっしりと詰まっている。

 さっすがファンタジー! これでお米作りしなくて済む!!


「これか? 味も何も無い食い物だけどよ、何故か向こうの大陸のやつらには人気なのさ」

「これ! 売ってください!」

「いいけど、本当に味はしないぜ? いいのか?」

「いいんです! これが食べたかったんで!」


 私は米を格安で譲ってもらった。

 ついでに豚肉も処分に困っているそうなので、それも買った。


「やったー! これでおにぎりが食べられる!」


 自分なりになんちゃって日本料理を作ってきたけど、やっぱりお米の味が恋しかったんだよね。

 中でもおにぎりは夢にまで見るほど食べたかった!


 続いて、何かおにぎりの具になるような物を探したけれど、積み荷の中には適したものが見つからなかった。

 がっかりして視線を下げると、馴染みのある貝が目に入った。


「あさりがこんなに! ……そうだ、これでしぐれ煮を作って、おにぎりの具にしよう! あっ、豚肉を巻いたらしぐれ肉巻きおにぎりになる!」


 名案を思い付いた私は、皆に手伝ってもらって、あさりを収穫した。


 よし、食材は揃った。

 まずは時間のかかる炊飯からやってみよう。

 私は自分の荷物の中から大きな鍋を取り出した。


 大学生になって一人暮らしを始めた頃、炊飯器がまだ無くて、鍋でお米を炊いたことがある。


「まずはお米を研がなきゃ」


 鍋に米と水を入れて、二、三回底からすくうように混ぜたらすぐに水を捨てる。

 そのままにしておくと汚れた水をお米が吸って美味しくなくなってしまうのだ。


 水が無い状態でお米を研ぐ。

 水を入れて濁った研ぎ汁を捨て、もう一度同じ手順を繰り返す。

 お米がやや透明になったら、浸水させる。

 今日は気温が高めなので、三十分くらい浸しておけばいいだろう。


「次は、あさりのしぐれ煮を作るよ~」


 砂糖、酒、出汁、醤油、生姜を用意する。

 醤油以外のものを鍋に入れて、蓋をしてひと煮たちさせる。

 蓋を開けてアクを取り、醤油を加える。

 後はときどきかき混ぜながら煮て、煮汁が無くなったら完成だ。


「俺も何か手伝うよ」

「じゃあ、かき混ぜ係をしてもらえるかな? 焦げないように気を付けてね」


 しぐれ煮をラウルスに任せ、私は浸水を終えたお米の前に戻った。


 鍋にお米の量の1.2倍くらいの量を入れ、蓋をして強めの火にかける。

 ぐつぐつと音がして、沸騰してきたら火を弱めて、じっくりと炊飯させる。


 こんなに大量にお米を炊いたことがないから、出来上がりは自分で見極めなければならない。


「よし、今だっ」


 表面にあった泡が消え、水気が無くなったら、火を止めて蓋をしたまま蒸す。


「アンナ、あさりの水分が無くなったぞ」

「ありがと、ラウルス! すんごい助かったよ!」


 私がお礼を言うと、ラウルスは照れくさそうに鼻をこすった。


 おにぎりを手分けして握り、豚肉を薄くスライスしたもので巻く。

 それをフライパンで焼いて醤油ベースのソースを絡めると、醤油の焦げる匂いが胃を刺激した。


「皆さーん! これ、良かったら食べてくださーい!」


 出来上がったおにぎりを差し出すと、冒険者たちは米を見つけた私くらいに目を輝かせた。匂いが漂っていたため、彼らの食欲も強烈に刺激してしまっていたようだ。

 彼らは口々に礼を言い、我先にと頬張った。


「うめえ! この世にこんな美味いものがあったなんて!」

「嬢ちゃん、もう一個食べてもいいかい?」

「あっ、お前! 俺が我慢してるっつーのに! 姉ちゃん、こいつにやるなら俺にもくれ!」


 気に入ってくれた冒険者のお兄さんたちが、おかわりを巡って争っている。


「はいはい、まだまだたくさんありますから、どうぞ!」


 私が笑いながら言うと、彼らは涙を流さんばかりに喜んだ。おにぎりは大好評だった。


 結局その日クラーケンは現れなかった。でも、夜間に現れる可能性も考え、私たちは海岸近くで野宿することになった。

 火を起こして椅子代わりの丸太に座ってお茶を飲む。すると潮風で冷えていた身体が温まり、まぶたが重くなってきた。


「セレスはどこで寝るの?」

「あ、私はどこでも寝られるんで、お構いなく……ぐー!」


 セレスは話している途中で座ったまま寝てしまった。早すぎる。よく見れば、白目を剥いているし、たまに「ふごっ」と ブタッ鼻になっている。ほんと、美人なのになんて残念なんだ。いや、むしろすごいのか?


 セレスは放っておくとして、ラウルスをヴィーの隣にする訳にはいかないよね。信用はしてるけど、ラウルスだって男だし……。うん、ここは私が防波堤になろう!


「ラウルスは、私の隣ね」

「ア、アンナの隣っ!?」

「何よ、嫌なの?」

「いや、滅相もないっ!!」


 案の定、ラウルスは顔を真っ赤にしてうろたえている。私に下心を読まれて恥ずかしいに違いない。君の純情を信じているよ、ラウルス君。


「付き合ってられないから、先に寝るわね。おやすみなさい」


 当事者なのに、ヴィーはさっさと寝てしまった。ラウルスとは私を挟んで反対側だ。


 横になると、ヴィーが私の腕に掴まってすり寄ってきた。

 ラウルスが何度も寝返りをうつ気配がしていたけれど、私はヴィーの温もりを感じながら深い眠りに落ちた。


 だが、その次の日も、そのまた次の日も、クラーケンは現れなかった。


「こうなったら、出るまで待ってやるんだから!」


 意地になった私は、皆に料理を振る舞いながら待ち続けた。

そして三日後の夕方、ついにクラーケンが出現した。


「待ってましたー! でも、まさかこんなに大きいなんて思わなかったー!」


 私はクラーケンを前にして腰を抜かしそうになった。

 見た目、最新の電波塔くらいの大きさがある。

 しかも、アニメみたいに大きな目が付いている。


「イカーッ! カラマーロ! スクィッド、ティンテーン!」


 クラーケンが叫ぶ。

 え、クラーケン、しゃべるんだ。

 っていうか、自分でイカって言っちゃってる。

 さすがファンタジー、色んなとこ適当だね!


 冒険者たちが次々に剣や弓でクラーケンへ果敢に挑む。

 この三日間、食べ物で英気を養ったせいか、彼らの動きには力が漲っている。

だが、傷は付くものの、どれもクラーケンにとって致命傷ではないようだ。


「行きますっ!」


 セレスが蝶のように舞い、細くて長い剣を繰り出す。するとクラーケンが苦しそうに顔を歪めた。


「やあああああぁぁぁっ!」


 間髪入れずに、ラウルスが両手で剣を掴み、一気に振り下ろした。


「イカーンッ!」


 そんなダジャレなのか本気なのか分からない鳴き声を上げて、クラーケンは敗れた。


 とどめを刺したのはラウルスだったけれど、全員が総力をあげて倒したということで、懸賞金は山分けになった。

 そしてクラーケンはそのままにしておくと腐るので、細かく解体して各自持ち帰ることにした。


 だけど、イカスミの部分は誰も持って帰ろうとしない。

 カドラバのモツの時と全く同じ状況だ。

 捨てるのはもったいないということで、私はイカスミをもらうことにした。


「ちょうどお昼時だし、イカスミコロッケを作ろう!」


 また何か作るのかと冒険者たちの期待の眼差しを受けながら、私は調達したじゃがいもをお湯で茹で始めた。

 その間に、中に入れる具を準備する。

 まずはタマネギをみじん切りにする。


 う~ん、本当は合いびき肉がいいけど、今日は豚肉だけでいいか。

 私は乾燥させておいた豚肉を細かく切り刻んだ。

 包丁を二本使ってミンチにすると、見ていた人たちが「おお~!」と歓声をあげた。

 肉をミンチにしてるだけなのに、大げさな人たちだ。


 熱したフライパンでタマネギとミンチ肉を炒める。

 それだけで良い香りが立ち上り、見物人たちの喉がゴクリと鳴ったのが分かる。


 茹で上がったじゃがいもの皮を剥き、潰す。それに炒めたタマネギとミンチ肉を混ぜる。

 塩コショウで味付けをして、粗熱が取れたら、イカスミを加える。

 小麦粉、卵、パン粉で衣を付け、170℃の油で揚げれば、イカスミコロッケの完成だ。


「皆、出来たよー!」

「「「待ってました―あ!!」」」


 いつの間にか何倍にも膨れ上がった人たちが我先にとコロッケに手を伸ばす。


「順番に! 順番にお願いします!」


 ラウルスが出来上がったコロッケを皆に配る係を買って出てくれた。

 だけど、ラウルスはすぐに悲鳴みたいな声を上げる。


「アンナ、コロッケが足りない!」

「うっそ、まじで?」


 片づけをしようと思って背中を向けていた私は、信じられない思いで振り返った。

 すると、「美味い美味い!」とイカスミコロッケを頬張る人と、もらえなくてガッカリしている人の顔がそれぞれたくさん目に飛び込んできた。

 その中には五歳くらいの男の子とその母親らしき姿もある。


「お母さん。僕、食べられないの……?」

「こら、泣かないの。男の子でしょ? 我慢しなさい」


 男の子は、目にいっぱい涙を溜めている。


「……今すぐ追加分を作ります……」


 子供の涙には勝てないよね。

 私は再びタマネギを刻み始めた。


「私も手伝うわ!」

「ありがと、ヴィー」


 手順を見ていたヴィーが、手伝ってくれる。

 元々手先が器用な上に、最近めっきり料理の腕を上げたヴィーなので、安心して任せることが出来る。


 その日は結局、日が暮れるまで作って食べて、食べて作って、を繰り返した。

 大変だったけど、皆が笑顔になるのを見るのはやっぱり嬉しいなと思った。


 その後、しぐれ肉巻きおにぎりとイカスミコロッケはハーバの名物になった。

レシピを提供したお礼として、山猫亭には定期的に珍しい食材が送られるようになった。



■今回の錬金術レシピ

●しぐれ肉巻きおにぎり

・米

・あさり

・醤油

・生姜

・砂糖

・酒

・出汁

・豚肉

・ソース


●イカスミコロッケ

・イカスミ

・じゃがいも

・たまねぎ

・塩コショウ

・豚肉

・小麦粉

・卵

・パン粉


皆が喜んでくれると作った甲斐があるってもんだよね!


■今日のラウルス君

ヴィーにかっこいいところを見せることが出来てヘヴン状態。

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