治療不可能
《サイド:北条真哉》
総魔と翔子の試合終了後。
意識不明に陥った翔子は急いで医務室に運び込まれた。
俺は回復魔術が得意じゃねえから治療に参加できないが、
沙織は心配そうな表情を見せながらも翔子の傍に寄り添って治療に参加している。
そして医務室に待機していた医師や救急班である美春達も含む数多くの治癒魔術師達によって緊急集中治療が始まったんだが瀕死の重傷を負った翔子の治療は難航しているようだ。
「出血を止めろっ!!」
「止血作業を急げっ!!」
「輸血の準備はまだかっ!?」
慌ただしく指示を出す医師達が助手として行動している生徒達に怒鳴り散らしている。
そんな作業の最中。
翔子の知り合いらしい鈴置美春も治療に参加しているんだが、
美春の表情はどこか苛立っているように見えた。
「この馬鹿っ!こんなになるまで無茶するんじゃないわよっ!!」
言葉では責めているが心配している気持ちは十分に伝わる。
瞳に揺れる涙が美春の思いを表わしているからだ。
「絶対に、助けてあげるからねっ!」
必死に叫ぶ美春だが翔子の体は誰がどう見ても明らかに分かる重体だ。
総魔のソウルイーターによって全ての魔力を失ったことで昏睡状態という事もあるだろうが、
それ以上に『アルテマ』による肉体的被害が大きすぎる。
全身に及ぶ傷は目も当てられない。
数分前までなら多くの男子生徒が羨望を向けていたはずの翔子の体だが、
今は数え切れない裂傷と体内の骨まで見えるほどの深い傷口から溢れ出すどす黒い出血によってすでに手の施しようがない状況になっちまってる。
よくこれほどの状態で最後まで魔剣に立ち向かえたもんだと感心さえしてしまうが、
あの場にいたのが俺ならきっと俺も同じようにしていただろう。
逃げるという選択肢は選べねえからな。
選べるわけがねえ。
逃げてしまえば楽なのはわかる。
だけどな。
そうしてしまうことで自分の中で何か大切なモノを失ってしまうようなそんな気がするんだよ。
だから俺達は逃げるという手段を選べねえ。
単に意地を張ってるだけなのかもしれねえがそれが俺達の性格なんだ。
だから最後まで戦う意志を貫いた翔子を馬鹿だとは思わねえ。
むしろ負けても誇れる意志を貫いた覚悟は素直に尊敬できるほどだ。
でもな。
死んでしまったらそれまでだ。
さすがにそこまでの結果は望まねえさ。
出来ることなら助かって欲しいと心から願う。
だがここで問題になるのが出血だ。
傷口から溢れ出す血が翔子の体を赤く染めているんだが、
その反面として翔子自身は白く染まり始めているのが問題だ。
溢れ出した血の量が多すぎる。
血が失われ過ぎて死に近づいてる状態だ。
このままだと傷口の治療は間に合っても出血多量による死は回避できねえ。
どれほどの医師を集めても。
どれほどの魔術を極めても。
血液を作り出す魔術なんて存在しねえからな。
人それぞれに異なる血液の成分を完璧に再現する魔術なんて存在しねえ。
刻一刻と弱まっていく心臓を動かすための血液だけは輸血による物理的な方法で供給するしかねえんだ。
それなのに。
確実に低下していく心拍が血液の循環を遅れさせちまってる。
複数の治療班による回復系魔術によって少しずつ治療が進んでるってのに。
学園で対応できる範囲を逸脱するほどの重度の怪我によって翔子の治療は手詰まりに陥りかけてんだ。
この状況はマジでやばい。
「いい加減、目を覚ましなさいよ、翔子!!」
美春は回復魔術を使用して懸命な治療を進めてる。
沙織もありとあらゆる魔術を展開してるんだが、
それでも翔子が目覚める様子は一切ねえ。
あまりにも絶望的な状況によって誰もが深刻な表情を浮かべていた。
医師達でさえもお手上げなようだ。
「いまから病院に搬送しても手遅れか?」
「いや、医療に関してはここが最先端だ。ここで対応できない治療など、それこそ『あの街』に託すしか…」
「それこそ手遅れだろ!あの街まで何日かかると思っているんだ!?」
「そうは言っても、これほどの重傷など、手の施しようがないんだぞっ!」
目の前で死にかけている翔子を眺めながら口論する医師達。
すでに翔子の治療は間に合わないと考え始めている彼らだが、
だからと言って何もしてないわけじゃねえ。
学園の粋を集めた技術力と高度な治癒魔術によって翔子の治療は進めてるんだ。
しばらくすれば怪我の治療は終了するだろう。
傷の治療なら魔術で十分に追いつくから問題はねえ。
だが、心臓の鼓動だけはどうにもならねえんだ。
『生命の蘇生』を行える魔術は存在しないからな。
血を失いすぎた。
そのせいで徐々に弱っていく心臓の鼓動。
これだけは何十人の魔術師が集まってもどうにも出来ない問題だ。
「ちっ!翔子っ!!目を覚ませっ!!!」
「お願い、翔子…っ!死なないでっ!!」
俺と沙織がどれほど願っても翔子は目覚めねえ。
それでももう、こうなってしまったら祈る以外に方法がねえんだ。
怪我の治療以上の手段なんてどこにもねえからな。
「起きろ、翔子っ!!」
何度も呼びかけてみるがそれでも翔子は目覚めねえ。
俺達の必死の祈りも通じずに確実に『死』に近づいていく翔子の身体が徐々に冷たくなっていく。
その結末を回避する為に誰もが懸命に治療を続けているんだが、
ついに翔子は呼吸さえ止めてしまったようだ。
「翔…子…?」
沙織の呼びかけに翔子は応えない。
心臓が止まって体の機能が停止したんだからな。
応えられるわけがねえ。
血の気を失い、冷たくなってしまった翔子の死に様を見ていたら、
必死に振り払おうとしてもとめどなく沸き上がる感情が抑え切れなくなってくる気がした。
天城総魔ぁぁっ!
翔子を死に追い込んだ男だ。
翔子は自らの意思であいつと戦って、最後まで全力で戦った。
もちろん正々堂々と戦ったってのは分かってる。
だから結果がどうであれ、あいつを怨むのは筋違いだろう。
そんなことは十分わかってる!
だけどな。
頭では理解していても、心は納得できねえんだ。
翔子にとどめを刺した最後の一撃も翔子自身が望んだ事だ。
だからあいつを責める事は出来ねえ!
それも十分理解してる。
だけどそれでも。
今の翔子の姿を見て仕方がないと割り切る事なんて出来るわけがねえだろ。
これがっ!
これが翔子の選んだ結果だとしてもだっ!!
やり場のない怒りは止まらねえ。
自然と溢れ出る涙も止まらねえ。
翔子を心配する俺と沙織の努力も虚しく、
翔子は目を覚まさなかったんだ。
止まってしまった心臓はもう二度と動かない。
魔術師による懸命な治療は今も続いているが、
医師達の表情には諦めの色が浮かんでいる。
すでに確定したんだ。
翔子は死んだ。
この状況でどうあがいたとしても死者を蘇らせることは絶対にできねえ。
誰もが絶望して諦めるしかない状況だ。
魔術の詠唱と医師の指示だけが医務室に響き続けているが、
誰もが必死に涙をこらえているだけの状況でもある。
これ以上の治療はもう意味がないのが確定している。
それでも沙織は諦められないようだけどな。
「まだ、諦めません」
あふれる涙を振り払う沙織が魔力の続く限り治療が進めていくがそれでも翔子は目覚めねえ。
千の魔術を極めた沙織でさえも死者を蘇らせる手段はねえからだ。
どれほど優秀な魔術師が集まっても絶対に出来ねえ事がある。
その現実に直面した誰もが沈黙して魔術の展開さえ諦めてしまう。
そんな絶望的な状況を打開できる方法は…何もない。
「ごめんね…。翔子…っ」
美春でさえも涙を流して自らの無力を呪っている。
どれほど願っても翔子は救えねえんだ。
その現実に直面してしまった美春も翔子の治療を諦めてしまいそうになったその瞬間に。
不意に医務室の扉が開かれた。
こんな大事な時に邪魔が入るのは迷惑だと思って入口に振り向いたんだが、
そこで俺の動きは止まってしまった。
扉を開いて医務室に入ってきた男が誰なのかに気づいたからだ。
「お前…っ!!!」
その男の存在に俺は真っ先に気付いた。
沙織や他のやつらは翔子に視線を向けているせいでまだ気づいていないようだが、
回復系魔術を苦手とする俺は翔子の治療に加わっていなかった為にすぐに『天城総魔』の存在に気付いた。
怨むのは筋違いだっ!!
それでもっ!!
目の前に現れたあいつを許せるほど物分りのいい人間じゃないことは自分でも十分すぎるほど理解してる。
頭では理解出来ても、
気持ちまでは割り切れねえからな。
総魔を睨みつけながら文句の一つでも言ってぶん殴ってやろうと思った。
そのための一歩踏み出そうとしたんだが、
俺が動き出した矢先にあいつは堂々と室内へと踏み込んできた。
そして睨み続ける俺に話しかけてくる。
「お前と翔子には借りがあるからな。その借りを返しに来た。」
「…はあっ!?」
何を言っているのか正直理解出来なかった。
天城総魔の行動は俺にも理解できねえ。
その全てが理解の範疇を超えてるからだ。
付き合いの短い俺にこいつの行動は理解できねえ。
それでも困惑する俺を気にする事もなく、
総魔は翔子へと歩みを進めてしまう。
「お、おいっ…!!」
何をするつもりか知らないが総魔の行動を止めようと思った。
だがその前に。
総魔は周囲の視線を気にすることもなく翔子の胸の上に手を置いた。
「ちょっとっ!何をするつもりなの!?」
憎しみを込めて総魔を睨みつける沙織の瞳は殺気に満ちている。
例え死んでいるとしても翔子の体を触れられるのは気に入らなかったんだろうな。
それでも総魔は沙織や俺の憎悪を無視して行動を続けていく。
美春を含む周囲で困惑している医師や生徒達を気にする事もないまま何らかの『力』を解放した。
「リ・バース!」
総魔が魔術を発動した直後。
「……っ!?」
翔子の体がピクリと動いたように見えた。
「えっ!?」
真っ先に翔子の動きに気付いた沙織の視線が総魔から翔子へと戻った次の瞬間。
翔子の瞳が開かれた。
「し、翔子っ!?」
翔子が目覚めた事を驚きながらも喜びをあらわにした沙織は翔子に抱き着く。
「翔子っ!!!」
「えっ…あれ…?って、私…ここ、なんで?」
翔子は状況が理解出来ていないらしい。
だが、当然といえば当然の反応だな。
俺も全く理解できねえからだ。
実際に見ていたのに分からねえんだ。
死んでいた翔子はもっと分からねえだろうな。
それでも翔子は戸惑いながら、
周囲を見回して自分の状況を把握しようとしている。
「えっと、とりあえず、生きてる…よね?」
根本的な部分から問いかけてくる翔子に沙織が涙を流しながら話し掛ける。
「翔子、ねえ、大丈夫なの?痛いところはない?」
「え?あ…うん…。」
今もまだ戸惑い続けている翔子だが、
それでも自分のことくらいはわかるだろう。
目覚めたばかりだからというよりも、
何がどうなっているのかが分からないという態度だが、
体のどこかに異常があれば気付けるはずだ。
「まあ、私は大丈夫なんだけど…」
心配する沙織に翔子は曖昧な返事を返している。
そのすぐ側では俺も戸惑っているんだが、
それは周囲に集まっている他のやつらも同じはずだ。
誰一人として声すら出せない状況だからな。
医師達は別の意味で驚愕の表情を浮かべているようだが驚いているのは同じだと思う。
「そ、そんな馬鹿なっ!?」
諦めかけていた治療が一瞬にして終了したことが信じられねえらしい。
その事実に戸惑う面々には当然俺も含まれているけどな。
それぞれに様々な思いが駆け巡っているのは理解できるんだが、
総魔は何も答えようとしねえ。
ただ、ここへ来た目的はすでに果たしたと考えてるようだ。
翔子の治癒を終えたことで総魔はさっさと背中を向けて来た時と同様に静かに医務室を出て行ってしまった。
一言も説明せずに出て行ったんだ。
なおさら困惑が広がってしまう。
「………。」
残された俺達は戸惑うばかりだ。
状況を把握しきれない翔子はもちろん。
そんな翔子に必死に話し掛ける沙織でさえも総魔の行動に対してどうすればいいのかわからねえようだな。
「何なんだろうな…?」
俺もどうするべきか悩む状況だった。
驚く医師達も戸惑う美春と呆然とする救急班の連中も完全に思考が停止している。
この事態をなんとかまとめるためにはとりあえず俺が率先して動くしかねえだろう。
「翔子、体の調子はどうだ?」
「えっ?あ、うん。大丈夫みたい。って言うか…絶好調?」
自分でも何を言っているのか分かってないといった雰囲気だが翔子は自分の体を見回して確認していた。
傷一つない体。
それどころか血の跡一つ存在していない。
まるで風呂上がりのような綺麗な体だ。
破れたはずの制服さえも元通りとは言えねえがそれなりに綺麗になっている。
それらの事実には翔子自身も驚いているようだ。
「どういう事?」
不思議そうに問いかける翔子だが、その答えは俺にも分からねえ。
総魔が一体何をしたのか?
それこそ俺が知りたい事なんだからな。
「さあ、な」
困った表情を浮かべる俺の背後で呆然としていた医師達が突然怒鳴りだす。
「有り得ないだろう…っ!!」
何を叫んでるんだ?
振り返ってみると医師達が集まって意見を話し合ってる姿が見えた。
どうかしたのか?と尋ねるよりも早く医師達の会話が耳に届く。
「停止した心臓をどうやって動かした!?」
「いや…それ以前に、あれほどの大魔術を使用していながら、何故、被験者に副作用がないんだ!?」
「いやいや、それよりも『魔力の補充』など可能なのか!?」
「ちょっと待て!それも気になるが、やはり一番の問題は心臓に対してどういう治療を行ったのかという部分だろう!?」
「もちろんそうだが、魔力補充がなければ昏睡状態からの復帰はできないんだぞ!?これまでの学説に真っ向から波紋を投げかける技法だぞ!!」
「そんなことはわかってるが、蘇生魔術こそ解明すべき論点だろう!」
などなど、それぞれの意見がぶつかり合っている。
確かに医師達が驚くのも無理はねえ。
本来なら生死に関する魔術など存在しねえからな。
あったとしてもそれは『禁呪』として封印されているはずだ。
一般の生徒が知るどころか扱うこと事態が不可能に近い魔術のはず。
だとしたら総魔は一体何をしたのか?
その疑問が残ってしまう。
そして翔子の体を一瞬にして治療した魔術は明らかに異常だ。
回復魔術はその効果を増せば増すほど、
対象者への副作用が大きくなる性質がある。
一般的には体が回復に対応仕切れずに睡魔に襲われる程度だが、
時には体がしびれたりしばらく動けなくなったりと幾つかの副作用が起こりえる。
ただ、どういった副作用にしても体を治す為、
あるいは良くする為に自然と起こる肉体の防衛反応だ。
回復魔術だけで即座に健康にはならないってのが現実ってやつだからな。
もちろん副作用自体に害はないねえ。
そういった副作用があるからこそ肉体が急激な変化に異常をきたす事なく急速な治療が行えてるんだ。
それを前提に考えれば確かに今の翔子に関する魔術は異常としかいえねえだろう。
死亡と判断するしかない状態だったんだぜ?
数多くの魔術師が集まっても苦戦するほどの怪我を一瞬で治療したことも異常だが、
それほどの大魔術なら医師達の言う通りになんらかの副作用があるはずだ。
それなのに翔子本人に副作用が見られない。
だからこそ医師達は戸惑っている。
「こんなことがあり得るのか?」
医師達が驚くのも無理はねえ。
そして次の疑問が魔力だ。
翔子から感じる魔力。
これは間違いなく万全の状態の翔子に匹敵する量だ。
かけらも残さずに全ての魔力を奪われたはずの翔子だが、
試合で消費した魔力を考慮すれば総魔が吸収した力は本当にごくわずかだったはずだ。
単純に見積もっても3割がいいところだろう。
それなのに今の翔子から感じる魔力は間違いなく上限といえる。
それだけの魔力が翔子には宿ってるんだ。
それを思えば総魔が翔子に魔力を返した事は間違いねえ。
だが、その量は明らかに吸収した分よりも多い。
総魔は翔子から奪った魔力だけじゃなく。
翔子が戦いで消費した魔力までも補うために自らの魔力を翔子に流し込んでいるってことだ。
そうでなければこれほどの魔力は有り得ねえ。
『完全な治癒』と『魔力の補給』
これほどの大魔術を使った総魔にあとどの程度の力が残ってるんだ?
考えてみるが、その答えは本人にしかわからねえ。
そして俺が考え事をしている間に、
翔子は沙織に支えられながらゆっくりと体を起こしてベッドから下りた。
「動いて平気なのか?」
尋ねてみると、翔子はいつもと変わらない笑顔を見せてくれた。
「全然平気!むしろ、絶好調って感じ♪」
笑顔を見せた表情に嘘は感じられない。
復帰直後に見せていたような単なる強がりややせ我慢ではなく本当に平気なように思えた。
それでも心配は消えねえんだが、
心配そうに見つめる俺達に翔子は『大丈夫』と宣言してから自らの力で立ち上がる。
呼吸し、会話し、笑顔を見せ、自らの意思で動いている。
そんな翔子の様子を見て安堵する医師と医療班達は、
理由は不明だがひとまず治療が終了した事で散り散りに離れて行った。
ただ、医師達はいまだに議論しているようだ。
おそらく当分の間はここで議論が繰り返されるだろうな。
今は議論を気にする事なく、
そっとしておくべきだと判断しておく。
「とりあえず動けるならそれでいい」
「うん。大丈夫っぽい」
笑顔を見せる翔子は美春達に一通りのお礼を言ってから医務室を出る事にしたようだ。
「みんな、ありがとうね~」
お礼を言ってから医務室を立ち去る。
その後を追う俺と沙織はまだ多少の不安と疑問が残るものの。
総魔不在の状況では追求のしようがないことでひとまず翔子と共に医務室を出る事にした。




