ご丁寧なことに
《サイド:栗原徹》
追っ手を振り切ってから先を急いだことで、
どうやら無事に目的地にたどり着くことが出来たようでした。
「ありました!」
愛里ちゃんの呼び掛けを聞いて、目的の部屋へと駆け寄ります。
案内図に記されていた立入り禁止区域。
探していた部屋の内部を覗いてみると、
見たことのない機器が数多く連結されているようでした。
「ここで間違いないようですね」
安全装置が確認できたことで、ほっと息を吐きます。
そして室内を見渡してみると、
『動力源の連結』と書かれた札の下に操作方法が記されているようでした。
「どうやら思っていたよりも簡単そうですね」
指示通りに操作すればいいだけなら、
知識のない初心者でも出来そうです。
「僕は周囲の警戒を続けますので、愛里ちゃんは安全装置の解除をお願いします」
「は、はい。分かりました!」
ようやく役に立てる、と呟きながら笑顔で操作を開始する愛里ちゃん。
その様子を眺めながら、僕は周囲の警戒を続けることにしました。
さて、と。
あとは安全装置の解除が先か、
それとも警備兵が駆けつけるのが先か。
どちらにしても撤退は簡単ではなさそうですが、
なんとかするしかありませんね。
「えっと、ここをこうで、次は…」
操作方法を読みながら作業を進める愛里ちゃん。
その作業の間に新たな警備兵達が接近しているのに気づきました。
「また来ましたか…」
足音に気づいたことで僕は魔術を詠唱しながら飛び出す機会を窺うことにしました。
正面から立ち向かうのは無謀だからです。
無理に勝とうとは思いません。
あくまでも足止めを心がけるべきだと自分でも分かっているつもりです。
そのためにまずは警備兵達をギリギリまで引きつけてから迎撃することにしました。
「愛里ちゃんはそのまま作業を続けていてください」
相手が油断してくれていた砦の水路の時とは根本的に状況が違いますが、
時間稼ぎくらいなら一人でも出来るはずです。
決して得意ではありませんが、
接近して来る警備兵達に向けて攻撃魔術を発動させてみようと思います。
「バースト・フレア!!!」
炎系の上級魔術です。
上手く発動できれば炎の炸裂弾によって不意をついた一撃が警備兵達に襲い掛かるはず。
…だったのですが。
放った炎は狙いよりも手前で炸裂してしまった為に、
先制攻撃に失敗してしまいました。
「うわっ。失敗っ!?」
やはり上級魔術は扱いが難しいようですね。
詠唱自体は成功していたのですが、
照準をしくじってしまったようです。
そもそも不慣れな攻撃魔術のために距離感のズレが生じてしまったのでしょう。
運良く発動に成功したのに不発に終わってしまいました。
「なんだ今のはっ!?」
驚く兵士達の視界の先に僕の姿が映ってしまいます。
「いたぞっ!!!」
駆け出す警備兵達。
もはや足止めは難しそうです。
どうにかして撃退するしかありません。
「くっ!」
接近する警備兵達に向けて、急いで魔術の詠唱を始めました。
今ならまだ間に合うはず。
距離が離れていたために攻撃に失敗してしまいましたが、
距離が離れていたために詠唱の時間はまだあるのです。
あと一度くらいなら魔術を放てるはず。
早口で詠唱を行い。
警備兵との距離が僅か数メートルにまで迫った時点でギリギリ詠唱が間に合いました。
「ファイアー・ウォール!!!」
選んだのは炎系の中級魔術です。
ですがこれは攻撃ではなくて補助系統なので狙い通りに発動できました。
両者の間にそびえ立つ炎の壁。
その壁に遮られたことで、兵士達は足を止めてくれたようです。
問題の解決には至りませんが、
少なからず時間は稼げたようですね。
その間に迎撃が行えれば生き残ることが出来るはず…と、思ったのですが、
どうやらそこまで甘くはないようですね。
「向こうに回り込めっ!!」
急いで方向を変える兵士達。
通路を完全に防ぎきれていなかったようで、
炎の壁が迂回されようとしていました。
「まずいですね…っ」
焦りを感じながらも次の魔術を詠唱してみます。
もう一度、魔術を!
至近距離なので簡単な魔術を発動しようとしたのですが、
兵士達との距離が近すぎる為に僕の詠唱は間に合いませんでした。
「死ねぇぇ!!!」
勢いよく振り下ろされる刃。
兵士の攻撃を回避することは、僕には不可能でした。
「う、わ、ぁ!?」
回避も反撃も出来ません。
戦闘訓練など行った経験がありませんので体が全く反応できませんでした。
「くぅっ!」
一歩も動けないまま死を実感してしまい。
魔術の詠唱も中断して目を閉じてしまいました。
…ですが。
兵士の剣が僕に触れるその前に。
「スリープ!!!」
愛里ちゃんの声が響いたことで、僕は難を逃れることができました。
「な、なんだ…っ!?」
強制睡眠によって力を失い、
剣から手を離してしまう兵士。
微かに刃先が僕を掠めましたが、
擦り傷程度で助かったようです。
…とは言っても、助かったのは僅かな時間だけです。
魔術の影響を受けて眠りに落ちる兵士の背後から別の兵士が迫ってきています。
「うおおおおおっ!!!!」
全力で斬り掛かってくる兵士ですが、
今度は無意識のうちに魔術の詠唱を行って
攻撃を受ける前に最速の魔術が完成させることができていました。
「ボム・ウイン!!!」
風系の初級魔術です。
ただ突風を生み出すだけの簡単な魔術なのですが、
迫り来る兵士を吹き飛ばすことができました。
「くぅっ!?」
通路から足が離れる程の勢いで後方へと吹き飛んだ兵士の体は、
『ズガンッ…!!』と、後方の壁に激突しています。
「ぐはっ!」
衝撃によって気を失っったのでしょう。
倒れた兵士は立ち上がりません。
その様子を眺めていると。
愛里ちゃんの魔術が発動して、床の一部が揺れだしました。
「クラッシュ・アース!!!」
地系の中級魔術ですね。
簡易的な地震を起こす魔術なのですが、
これまでの戦いによって通路の耐久が低下していたのでしょう。
轟音と共に周囲の床が崩壊して、
周囲にいた兵士達は1階へと落とされてしまいました。
「うわああああぁぁぁぁっ!!!」
悲鳴を上げて下の階に落ちた兵士達がその後も何か叫んでいるのは聞こえるのですが、
その内容までは聞き取れません。
ですが。
おそらくは一階に向かうための階段に回り込んで封鎖するといった指示を出しているのではないでしょうか。
退路を立たれるのは非常に困るのですが、
警備兵を追い払ったことで周囲は静かになりました。
ひとまず危機は去ったようですね。
完全な時間稼ぎでしかありませんが、
生き残ることができたことで深く息を吐きました。
「大丈夫ですか?」
心配してくれる愛里ちゃんに、感謝しておこうと思います。
「ありがとう、愛里ちゃん。愛里ちゃんのおかげで助かったよ」
「ぃ、いえ…。そんな…」
照れる愛里ちゃんですが、
それでももう一度お礼の言葉を伝えました。
「ありがとう」
「…ぁぅぅ…。」
ちゃんと感謝の気持ちを伝えてみたことで、
何故か愛里ちゃんは顔を真っ赤にしながら俯いてしまいました。
時々似たような状況を目にしますが、
お礼を言っただけで照れる愛里ちゃんは奥ゆかしいですね。
出来ることならこれからも薫と仲良くして欲しいものです。
…と。
そんなことを考えながらも確認のために室内に視線を戻すことにしました。
「解除は…?」
終わったのかを問い掛ける前に、愛里ちゃんが答えてくれました。
「終わりました。破壊はまだですが、ちゃんと起動していると思います」
そうですか。
それなら問題はありませんね。
まだ照れくさそうな雰囲気で答えてくれた愛里ちゃんに微笑んでから、
もう一度室内を見回してみます。
よく分からない機械の上部。
さきほどは点滅していなかった照明が青く輝いているのが見えました。
ご丁寧なことに、照明の上には『起動中に点灯』と書いてありますね。
どうやら本当に解除出来ているようです。
「無事に解除できたようですね。それではとりあえず、破壊だけしてから撤退しましょう」
再び攻撃魔術を詠唱します。
「ファイアー・ボール!!!」
魔術の選択が正しいのかどうか分かりませんが、
魔術が発動した瞬間に僕の手から炎の球が現れて部屋の内部で炸裂しました。
一気に燃え広がって立ち上がる火柱。
どれ程の効果があったのかは不明ですが、
大きな火柱によって炎上する室内は焼け焦げる匂いが充満しています。
あまりやりすぎるのもどうかと思いますし、
おそらくここはこの程度で十分でしょう。
「あとは急いで研究所から撤退しましょう」
天城さん達と合流するために、
僕と愛里ちゃんは研究所からの脱出を急ぐことにしました。




