危険な提案
《サイド:栗原徹》
さて。
ひとまず報告をしておくべきですよね。
「とりあえず兵器に関しての報告なのですが…」
前置きをしてから、調査で得た情報を報告することにしました。
「兵器の破壊自体は魔術でも行えると思います。現在は停止中で点検を行っている状況のようですので発動の心配はないはずです」
「ん?それは変ですね。」
兵器に関する現状から報告したのですが、
その説明によって朱鷺田さんは疑問を感じたようでした。
「現在、砦で戦闘中にも関わらず、兵器は停止しているのですか?」
「え、ええ、はい。その辺りの事情までは聞き出せなかったのですが、停止しているのは間違いありません。起動の為には地下の機械室にある蒸気機関の稼働と、この研究所のどこかにある2つの安全装置の解除が必要だと聞きました」
蒸気機関は点検のために稼働しているかもしれませんが、
二つの安全装置は解除されていないはずです。
「兵器は停止していると、先ほどここに来ていた女性職員が言っていましたので間違いないと思います」
「…ふむ。どう思われますか?」
僕の説明を聞いた朱鷺田さんは天城さんに問いかけていました。
「確かに不自然だが、現時点ではまだ理由を推測出来ない。もう少し情報があればいいんだが、調べるよりも破壊してしまったほうが話は早いはずだ」
不自然、ですか?
天城さんの言葉が気になったのか、
三倉さんが問い掛けてくれました。
「よくわからないけど、何が不自然なの?」
僕もわからないのですが、
天城さんが答える前に朱鷺田さんが答えてくれるようです。
「要するに、現在、砦において戦争が起きているということです。もしも私に権限があるのなら兵器を起動した状態で維持しておきます。砦での戦いでアストリア軍が敗北する可能性もあるわけですしね。共和国軍を撃退できなかった時のためにいつでも攻撃出来る準備をしておくべきです」
「あ~。なるほどね~」
朱鷺田さんの説明を受けて、三倉さんは理解できたようですね。
もちろん僕も納得できました。
現在、国境の砦においてアストリア軍と共和国軍が戦闘中のはずです。
すでに決着がついている可能性はありますが、
戦闘をしていたことは事実ですのでアストリア軍が敗北した時の状況を考慮すれば
いつでも攻撃できるように兵器を起動しておいたほうが良いと思います。
ですが。
現状、兵器は停止しています。
その理由を考える必要があるようですね。
「もしかして、長時間起動することは不可能なのでしょうか?」
「…かもしれませんね」
何気ない愛里ちゃんの言葉に、
朱鷺田さんは納得しそうになっています。
他の理由が思い当たらない為にそう考えるしかないのかもしれません。
「可能性としてはありえるのかもしれませんね」
呟いた朱鷺田さんに、僕は報告を付け加えることにしました。
「地下の機械室は幾重もの鎖と多くの錠によって厳重に封印されていました。もちろん安全装置も解除されていないと思います」
追加情報を報告したことで、今度は三倉さんも首を傾げていますね。
「それって何だか使う気がないっていう感じよね?」
確かに、そんなふうにも思えますね。
そのせいか、愛里ちゃんがふとした疑問を言葉にしました。
「もしかして、偽物なのでしょうか?」
うわぁ…。
僕達、というか共和国軍を混乱させるための囮の可能性ですよね?
「それも有り得ますね…。」
「それが事実だったら、色々な意味でやり直しよね?」
愛里ちゃんの言葉を聞いて不安を感じる朱鷺田さんと三倉さんですが、
僕は偽物説を否定したいと思います。
「偽物を懇切丁寧に整備するとは思えません。ですから、地下の兵器は本物だと思います。ただ、何か使えない理由があるのではないでしょうか?あるいは、これから使う為の整備なのかもしれません」
偽物の可能性を否定してから、
持ち出した書類を広げることにしました。
実験室で受けとった整備に関する書類の束です。
その書類を見た朱鷺田さんはさらに迷うような表情を見せています。
「ますます不可解ですね。本物であれば使用準備を進めるはずですが、使用される気配が感じられません。これはどういうことでしょうか?」
戸惑う朱鷺田さんに、もう一つの情報を報告することにしました。
「そう言えば実験班の人手が足りないという話も聞きました。その理由までは聞けなかったのですが、何か関係があるのでしょうか?」
「どうでしょうね。人手が足りない為に使えないということですか?」
スジが通りそうな推測ですが、正解かどうかはわかりません。
…というよりも。
情報が断片的すぎて、判断材料が足りないのです。
そのせいで、というわけではないと思いますが、
天城さんが思い切った発言をしました。
「ここで考えるよりも本物かどうかは起動すれば分かるだろう」
「まさか、兵器を使うつもりですか!?」
「使うという表現が正しいかどうかは疑問だが、兵器の起動方法が分かっているのなら一つ面白い提案がある」
少し意地悪な笑みを浮かべながら、天城さんは言葉を続けます。
「兵器を起動して自爆させる」
「「「「!?」」」」
驚く一同をそのままに、
天城さんは説明を続けていきました。
「目標はこの王都だ。研究所を破壊して二度と兵器を作れないようにする。そしてそれと同時に軍の壊滅も狙う。町一つを本当に殲滅出来るほどの破壊力があるかどうかは不明だが、上手く行けばアストリア軍に致命的な被害を与えることが出来るはずだ」
それは確かにそうかもしれませんが…。
本当にいいのでしょうか?
天城さんの打ち立てた作戦。
それは兵器を利用して、この王都を破壊することです。
「上手く行けば行くほど私達が生きて撤退出来る可能性は低くなりますね」
天城さんの提案した驚くべき作戦を聞いて、朱鷺田さんが呟いています。
もちろん僕も同じ意見です。
兵器に予想通りの破壊力があって、
王都に致命的な一撃を入れることが出来たとすれば、
それは当然、僕達自身も兵器の影響を受けることになるはずです。
ですがそれでも天城さんは迷わず言葉を続けました。
「単純な破壊よりも確実にアストリア王国に対して影響を及ぼすことが出来るはずだ。その為に多くの犠牲を引き換えにすることになるが、同時に多くの仲間達を守ることが出来るだろう」
天城さんの言う多くの犠牲とは、この王都に住む一般の人々です。
…と同時に、アストリアの軍隊でもあります。
その反面として多くの仲間とは、この王都にいない魔術師達です。
自爆覚悟の作戦ですが、その作戦に三倉さんは賛同するようでした。
「私はいいと思うわ。兵器がどういうものか分からないけれど、まだ確実に死ぬと決まったわけでもないしね。運よく撤退出来ると信じてやってみる価値はあると思う」
まあ、そうなのですが…。
運頼みの作戦というのはどうなのでしょうか?
少し疑問は残りますが、
作戦の価値としては最大級の効果が見込めると思いますので実行そのものに異論はありません。
全滅の可能性は非常に高いですが、
作戦の成功は戦争の終結に直結する可能性もありますので
命をかける意味はあるように思えます。
だからでしょうか?
三倉さんが賛同したことで、愛里ちゃんも賛同するようでした。
「私も良いと思います。それで多くの人々が助かるのなら…」
自らの命を犠牲にしてでも共和国を守るつもりのようですね。
天城さん、三倉さん、愛里ちゃんの意見が一致したことで、
朱鷺田さんと僕も覚悟を決めました。
「自爆も良いですが、最後まで生き残る手段も考えましょう」
「僕も朱鷺田さんと同意見です」
最終的に賛同した僕達の意見を聞いてから、
天城さんは研究所の案内図を広げて全員に見せました。
「兵器の起動後。どの程度の時間差で破壊が起きるのかは不明だが、おそらく起動と同時ではないだろう。ある程度の時間的余裕はあるはずだ。その時間差を利用して研究所を離脱することにする」
そこまでは納得できる推測なので、
揃って頷く僕達に、天城さんは説明を続けてくれました。
「予測でしかないが、おそらく安全装置はこことここにあるはずだ」
天城さんが示した場所。
一つ目は1階の一室ですね。
地下への階段とは真逆に位置する研究所の最奥の一室です。
そして二つ目は2階の一番奥にある小さな部屋でした。
どちらもそれほど大きな部屋ではなくて、
ただ『立入禁止』と書いてあるだけです。
「兵器を起動する為に俺は地下に向かうことにする。朱鷺田と三倉には1階の安全装置の解除を。2階の安全装置は徹と愛里に任せる」
1階よりも2階の方が警備の人数が少ないと判断したのでしょう。
天城さんはそれぞれに役目を割り振りました。
ですが…。
「いえ、地下へは私が行きます。この手の作業に関しては私の方が適任だと思いますので、天城さんと三倉さんで安全装置の解除をお願いします」
朱鷺田さんは自分が地下に向かうと言ってから、
まっすぐに天城さんと見つめ合いました。
「この役目だけは誰にも譲れません。申し訳ありませんが私に任せてください」
「………。」
力強く宣言する朱鷺田さんの想いが通じたのでしょうか?
天城さんは無言で頷いています。
「ありがとうございます」
お礼を言った朱鷺田さんは、
整備の書類を手にとってから更衣室の扉に手を掛けました。
「あとの段取りは任せてください。作戦は必ず成功させますので」
自信を持って宣言してくれた朱鷺田さんは、
扉を開けてから一歩を踏み出しました。
その間、僕達は朱鷺田さんの背中を見送ることにしたのですが、
天城さんだけは閉じられていく扉を眺めながら朱鷺田さんに声を掛けていました。
「その想いを決して無駄にはしない」
ん?
朱鷺田さんの想い?
それはどういう意味でしょうか?
何か、とても大切なことのような気がするのですが、
僕にはそれが何なのかわかりません。
ですがおそらく朱鷺田さんは分かっているのでしょう。
「ありがとうございます。あとのことはお願いします」
落ち着きのある優しい声で天城さんに答えていました。
そして朱鷺田さんは一人で出発したのです。
「「「………。」」」
僕と愛里ちゃんと三倉さんの3人は状況が飲み込めずに首を傾げてしまったのですが。
一人だけ落ち着いた雰囲気の天城さんは、
案内図を僕に預けてから三倉さんに視線を向けました。
「出発しよう。時間をかけるほど朱鷺田の身に危険が及ぶからな」
「え?あ、う、うん…。そうね」
戸惑った様子を見せる三倉さんですが、
天城さんの指摘する言葉の意味は理解できたようですね。
僕達が足を止めている間にも、
朱鷺田さんは単独で地下に向かっているはずです。
すでに研究室の制服ではなくて朱鷺田さん自身の服で警備兵へと向かって行ったのです。
先ほどの潜入調査で顔を覚えられている朱鷺田さんに変装は必要ないということだと思いますが、
こうなるともう戦うことでしか地下に向かう方法はありません。
争いは避けられず。
時間をかければかけるほど警備兵の増援が朱鷺田さんに襲い掛かることになってしまうのです。
そのことを三倉さんは理解しているようでした。
「急ぎましょう」
扉に向かう三倉さんのあとを追う天城さんは、
残る僕と愛里ちゃんに一つだけ指示を出してくれました。
「安全装置の解除後は再び操作されないように破壊した方が良いだろう。そして目的を果たしたあとは迷わず研究所から撤退しろ」
「分かりました。安全装置の解除後は愛里ちゃんと共に研究所を離脱します」
天城さんの指示を受けて、僕はしっかりと頷きました。
「あとで合流できることをお祈りします」
「ああ」
はっきりと答えた僕の返事を聞いてくれた天城さんは、
三倉さんと二人で安全装置の解除の為に更衣室をあとにしました。




