起動方法
室内に入ってから10分ほど過ぎたでしょうか?
実験室をさまよう僕は木之本主任から受けとった資料を片手に持ちながら室内をじっくりと見て回りました。
兵器の効果や細かな操作方法などに関する資料はないので詳しいことは分かりませんが、
整備の仕方だけは書類に書かれているようです。
もちろん初見の僕には書類の読み方さえ理解できませんが、
分かる人が見れば重要な書類なのかもしれません。
ですので、これはこれで価値のある書類だと思うのですが、
今は整備に時間を掛けている場合ではありませんね。
兵器の存在を確認した今。
ここに止まる必要はないからです。
早急に撤退して仲間と合流するべきです。
…とは言っても。
そうそう簡単に抜け出せないのが実情になります。
来たばかりの僕が実験室を退室するのはどう考えても不審だからです。
あ、いえ。
退室するだけならトイレなどの理由をつけて実行できるとは思います。
ですがそのまま戻ってこないとなれば木之本主任に警戒されかねません。
そうなれば天城さん達に報告することは出来たとしても、
もう一度ここに忍び込むのは難しくなってしまうような気がします。
兵器の破壊を完了するまでは警戒されるような行動は極力控えるべきですからね。
そのためには何らかの理由をつけて長時間の退室を認めてもらわなくてはいけないのですが、
その理由がなかなか思い浮かびません。
周囲を見回してみると厳しい監視の目を光らせる木之本の姿が見えます。
この状況で実験室を抜け出すのは容易なことではないでしょう。
あまり目立たないようにするために比較的簡単な整備を手伝いながら様子を伺っているのですが、
せっかくなのでここにいる間に兵器に関する情報を集めようと考えて他の職員に声をかけることにしました。
「作業中にすみません。まだ入ったばかりで詳しいことを知らないのですが…。兵器の間近での作業と言うのは危険ではないのですか?」
すぐ隣で作業をしている女性職員に尋ねてみると、
彼女は嫌そうな顔をせずにすぐに質問に答えてくれました。
「それなら大丈夫よ。『あれ』って今は停止してるでしょ?起動すれば光り出すから停止している間は絶対に安全なのよ」
「へえ、そうなんですか。どうすれば起動するんですか?」
「きみの持ってる整備用の書類にも書いてあるけど、この研究所の2ヶ所にある安全装置を解除してから隣の部屋の機械室で蒸気機関を起動すれば動き出すわ。それ以降の詳しい操作までは知らないけどね」
一瞬だけ微笑んでくれた女性は忙しそうに別の場所へと向かって行きました。
どうやら色々と仕事を抱えているようですね。
それでも丁寧に答えていただけたのは非常にありがたく思えます。
「安全装置と蒸気機関ですか」
思っていたよりも簡単に情報が集まるものですね。
まあ、すでに書類に書いてある情報のようですが、
読む気のなかった僕としてはありがたい情報になります。
兵器を動かすつもりは全くありませんが、
重要な情報を入手したことで更に情報を集めようと歩き出したその瞬間に…。
「機械室の点検に行ってきます」
木之本主任に挨拶をしてから部屋を出ようとする数名の職員の声が聞こえてきました。
部屋を…出る?
これはもしや、退室の理由になるのではないでしょうか?
「ぁ、僕も行きます!」
慌てて職員に合流した僕は機械室に向かう集団に紛れて実験室を脱出しました。
そうしてたどり着いたのは先程も訪れた機械室の入口です。
実験班の職員と共に機械室へとたどり着いたのですが、
機械室の扉は幾重もの鎖で塞がれていて複数の錠がかけられているままです。
「厳重ですね…」
何気なく呟いた僕の声が聞こえたのでしょう。
隣にいた男性がその理由を教えてくれました。
「ここの蒸気機関を起動すれば兵器が動き出すからな。安全の為にしっかりと鍵が掛けてあるんだよ。とは言ってもまあ、安全装置を解除しない限り本格的な起動は出来ないけどな」
「へえー。そうなんですか」
「ああ、だからこれから行うのは『試運転』だ。ちゃんと動くかどうかの点検だな。起動から運転開始まで、時間がかかるのが欠点だが…30分もあれば作業は終わる」
「なるほど」
…と、感心する僕に男性が問い掛けてきました。
「整備班ならそれぐらい常識だろ?」
うっ…。
男性の言葉に一瞬言葉を詰まらせてしまいました。
ですが何とかこの場を乗り切る為には、動揺を悟られてはいけません。
違和感は残るかもしれませんが、できる限り平静を装いながら答えることにしました。
「すみません。新人なもので…まだ何も知らないんです」
「新人といっても、最低限の知識があると思うんだが…」
疑問を感じる男性に、苦しい言い訳を続けます。
「その、人手が足りないということで別の部所から来てるんです」
「ああ、なるほどな。今の実験班は極度の人手不足だからな」
「何かあったんですか?」
「何だ?そんなことも知らないのか?」
「えっ…。あ、まあ…」
どう答えるべきか悩んでしまったのですが、
幸か不幸か僕が困っている間に機械室の扉が開かれました。
「鍵が開いたぞ!!全員、作業にかかれ!試運転を始めるぞ!!」
木之本主任に挨拶をしていた男性作業員が率先して指揮をとり。
全ての職員が機械室へと歩みを進めました。
そんな状況で一人だけ部屋の外に取り残された僕は、
全員の視線が蒸気機関に集中している間に機械室前を離脱しました。




