いざとなったら
《サイド:朱鷺田秀明》
ふう。
第一関門突破ですね。
栗原さんは無事に通り抜けられたようです。
警備兵に話しかけられた瞬間はさすがに私も緊張を感じてしまいましたが、
完全に杞憂だったようですね。
やはり職員であれば地下に向かうことができるのでしょう。
栗原さんを見送った私は、
騒ぎにならなかったっことを見届けてから小さく息を吐きました。
「ひとまず栗原君は通り抜けることに成功しましたね」
警備兵に足止めを受けることなく、地下へ進むことに成功したのです。
こうなると次は私の出番です。
「さて、この服がどこの部署なのかが分かりませんが、何とかごまかすしかありませんね」
呼吸を整えながら歩き出します。
そして階段を視界に入れながら、堂々と歩みを進めました。
その結果として必然的に警備兵との距離が縮まるのですが、
階段を目前にした私の前を突然警備兵達が封鎖しました。
「お待ち下さい!」
警備兵の一人が歩み寄ってきます。
「こちらは現在、立入禁止です」
厳しい表情で道を塞ぐ警備兵ですが、
ここで退くわけにはいきません。
すでに栗原君は先行していますからね。
連絡も取れない状況で
一人にさせるわけにはいかないのです。
「もちろん立ち入り禁止なのは分かっていますが、仕事の都合で地下に行く必要があるのです。急ぎの用なので通して頂けませんか?」
ひとまず説得から始めてみたのですが、
警備兵に鋭い目で睨みつけられてしまいました。
何か疑われるような行動をとってしまったのでしょうか?
栗原さんと異なる行動をとった覚えはないのですが、
警備兵達は私の通行を拒絶しているように思えます。
「お願いできませんか?」
念の為にもう一度頼み込んでみたのですが、
警備兵は一歩も退かずに私の前に立ちはだかりました。
「何か事情があるようですが、夜間は実験班の方以外は通さないよう指示を受けていますので、お通しすることは出来ません。そのことは事前に伝えてあるはずです」
強気な態度で立ち塞がる警備兵は私の話を聞いてくれそうにありません。
どうやら通れる人物に制限があるようですね。
こうなるとまともな説得では通れないように思えます。
「もちろん分かっているのですが、地下に大事な資料を忘れてしまいまして、今晩中に回収しなければ上司に睨まれてしまうのです。申し訳ありませんが数分間だけ通して頂けませんか?」
「ダメです」
妥協点を引き出すために条件を提示してみたのですが、
3度目の頼みもあっさりと却下されてしまいました。
これは手ごわいですね。
力ずくで突破することは可能だと思いますが、
どう頑張っても話し合いでは無理なような気がします。
ですが。
せっかく栗原さんが潜入できたというのに
ここで問題を起こしてしまうのは得策ではないでしょう。
通れないなら通れないで諦めるのも一つの方法だと思います。
ただ、ここで問題なのは先行している栗原さんと連絡を取れないという部分ですね。
間違いなく地下で私の到着を待っているでしょうから、
私が援護に向かえないということだけは伝えなければいけません。
…かと言って。
この場にいる兵士達に伝言を頼むわけにもいきませんので、
もう一度だけ交渉してみることにしました。
「お願いします。」
深々と頭を下げてみます。
「5分だけで帰ってきますので、その間だけ見逃してください」
必死に願ってみたのですが、
それでも警備兵は頑なに拒絶されてしまいました。
「こちらも上の命令がありますので通すことは出来ません」
「お願いします!すぐに戻りますので、そこを何とか!」
何度も何度も頭を下げ続けていると、
これまでの様子を見て別の警備兵が間に入ってくれました。
「ここで言い争ってる暇があったら、さっさと通したほうが早くないか?すぐに戻って来るって言ってるんだし、面倒だから通してやれよ」
仲裁してくれたのは先ほど栗原さんに話しかけていた方のようです。
どうやらあまり職務に忠実な方ではないようですね。
味方としては問題だと思いますが、
こういう敵なら御し易いのでありがたいです。
「すみません。ありがとうございます!」
「礼はいいから早くしてくれ。こっちも上から睨まれかねないからな」
「はい。申し訳ありません」
仲裁してくれた警備兵のおかげで、
私の前に立ち塞がっていた警備兵は不満そうな表情のままで道を開けてくれました。
「そこまで言うなら仕方がありませんが…。ですが、すぐに戻ってきてください」
「ありがとうございます!」
二人の警備兵にお礼を言ってから急ぎ足で階段を下りました。
急がないといけませんからね。
足早に階段を下りて地下へと急ぎます。
そして数十段の階段を下り終えて地下の通路へとたどり着くと、
先に階段を下りて待機していた栗原さんが笑顔で出迎えてくれました。
「朱鷺田さんも無事だったんですね。思っていたよりも遅かったので心配しました」
私の姿を確認して安堵の息を吐く栗原さんですが、
申し訳ないことに私はあまり長時間ここにはいられません。
「申し訳ありませんが私はここまでです。夜間は実験班しか地下に入れないようでして、私は急いで上に戻らなくてはいけません」
「えぇっ!?じ、じゃあ、ここは僕だけですかっ!?」
戸惑う栗原さんですが、私には頭を下げて謝罪することしかできません。
「お役に立てず申し訳ないのですが、あとのことはお任せします」
「…ぅぅ…。」
一気に弱気な態度に戻ってしまいましたね。
間違いなく私がいると考えて安心していたのでしょうが、
その期待には答えられなくなってしまいました。
「申し訳ありませんが今は調査が最優先です。心細いかもしれませんが、何とか頑張ってみてください」
「ぼ、僕だけで大丈夫でしょうか?」
「何とかしてもらうしかありません。こればかりはどうしようもないので…」
交代できるものなら代わってあげたいのですが、
すでに私と栗原さんの顔を見られてしまっています。
ここで服装を変えるのは余計に不信感を煽るだけでしょう。
「自信を持って堂々と行動してください。それが最も安全な方法です」
「は、はい。何とか、頑張ってみます」
自信なく答える栗原さんに苦笑しながら、私は背中を向けて階段へと振り返りました。
残り時間はあまりありません。
遅くなればなるほど警戒されてしまうだけなので急いで帰る必要があるからです。
なので、最後に一つだけ伝えておくことにしました。
「いざとなったら魔術を使って暴れてください。異変が起きれば栗原さんが危険な状況だと判断出来ますので、その時はもうこそこそ隠れる必要はありません。全力で戦って兵器の破壊を目指します」
「は、はい。分かりました」
「ええ、よろしくお願いします」
栗原さんの返事が聞けたことで急いで階段を上り始めたのですが、
離れていく私の背中を眺めていた栗原さんが小さな声で宣言してくれました。
「出来る限りのことはしてみます!だから安心して待っていて下さい!」
ははっ。
良い覚悟ですね。
その言葉が聞けたなら私も迷いはありません。
「ええ。あなたを信じて待つことにします」
栗原さんにあとを託してから地上を目指して階段を上りました。
私が手伝えるのはここまでです。
一人、地下に残された栗原さん。
ここから彼の孤独との戦いが始まってしまいます。




