沙織の気持ち
「…沙織…」
「ごめんね、龍馬。わがままを言ってばかりでごめんね…。」
それでもこれは誰かがしなければいけないことだと思うんです。
「この戦いは何も知らないまま終わってはいけないことだと思うの」
「………。」
私の気持ちを聞いて何も言えなくなってしまった龍馬に、
私は今まで隠していた想いを告げることにしました。
「ねえ、龍馬。こんな時に言うべき話じゃないかもしれないけれど。だけど一つだけ言っても良いかしら?」
「え?あ、うん。なんだい?」
戸惑う龍馬に、私は決して振り返らないと心に固く誓いながらその『言葉』を口に出しました。
「龍馬、あのね。私、ね。あなたに出会えて本当に良かったと思っているの。あなたと過ごした毎日が、私にとってとても幸せな日々だったと思うの。」
この想いは真実だから。
だから決して、ごまかそうとは思いません。
「だから、龍馬。私は…。私はあなたが好きです」
背中越しの『告白』
本当なら今すぐにでも愛する龍馬に抱きしめてもらいたいと思います。
ですが、それはできません。
ここで龍馬に甘えてしまったら、私はもう立ち止まれないと思うからです。
だからこの気持ちを必死に抑えて、
零れ落ちる涙を見せないように声を抑えながら懸命に言葉を続けました。
「私はここに残るわ。例え何があっても、真実がどうであったとしても、私は全てを知りたいの。だけどね、それは私の我が儘だから、だから龍馬は先に行って…。そして彼を助けてあげて…。戦争を終わらせる為に。沢山の人々を守る為に」
振り返らずに告げる言葉。
今ここで振り返って龍馬と視線を合わせてしまったら
気持ちが止まらなくなってしまうと思います。
決意も覚悟も捨てて、現実から目を背けて、
全ての罪を忘れて何もかも龍馬に頼ってしまうと思います。
ですが、それだけはしたくありません。
全てを龍馬に押し付けることだけは絶対にしたくありません。
龍馬のことが好きだからこそ、
『苦しみ』も『悲しみ』さえも分かち合える立場でいたいんです。
「沙織…」
私の気持ちを聞いた龍馬が自分の気持ちを伝えようとしているようでしたが、
その前に龍馬の言葉を遮りました。
「いいの、龍馬。今は何も言わないで。もしもその先を聞いてしまったら、私は私でなくなってしまうから。龍馬と一緒にいることを選んでしまったら、私はもう私自身と向き合うことが出来なくなる気がするの」
今ここで龍馬に頼ってしまったら、
私はもう二度と龍馬と向き合えません。
嫌なことから目を背けて、
ただただ龍馬にすがるような生き方はしたくないんです。
だから今は…。
私が私であるために。
龍馬の返事を聞かないために。
別れを告げることにしました。
「私はこれからも龍馬としっかり向き合っていたいの。だから今は、龍馬とは別の道を行くわ。」
現実と向き合うことで、
私はもう一度ちゃんと自分と向き合えると思います。
そうすることで、きっと本当の幸せを知ることが出来ると思うんです。
「ごめんね」
『人の命』という犠牲の上で成り立つ『幸福』
その現実と向き合う覚悟を私は決意しました。
「さよなら龍馬。そしてもしも、もう一度出逢うことが出来たなら…。その時は、あなたの返事を聞かせて下さい」
それが私のささやかな願いで希望です。
例えこの先にある現実が絶望で彩られていたとしても、
その希望さえあれば生きて行けると信じています。
「だから今は…さよなら…」
別れを告げてから歩き出しました。
龍馬達とは別の方向へ、です。
愛する人と向き合うこともないまま、私は自分の道を選びました。
「沙織…僕は…」
離れていく私の後ろ姿を見つめながら、
龍馬は小さな声で何かを呟いているようです。
ですが、その言葉がなんだったのか…。
龍馬から離れた私には聞き取れませんでした。




