方針の決定
《サイド:天城総魔》
ふう。
そろそろ午後6時に差し掛かる頃だろうか。
予定よりも遅くなったと思うが、ひとまず廃屋へとたどり着いた。
「すでに揃っているようだな」
朱鷺田と三倉、そして徹と愛里の魔力の波動が感じられる。
4人ともすでに集まっているようだ。
日が沈んで暗くなりつつある空から視線を逸らして廃屋へと忍び込む。
そして玄関を通り過ぎて室内へ歩みを進めようとしたところで、仲間達の声が聞こえてきた。
「遅いですね。やっぱり何かあったのでしょうか?」
心配する徹の声が聞こえ。
「捜しに行く?」
三倉の問い掛けに全員が同意しようとしている。
やはり心配をかけてしまったようだ。
急いで止めに入るべきだろう。
「いや、その必要はない」
「えっ?」
突然、話しかけたことで驚かせてしまったようだな。
まっさきに室内を飛び出してきた愛里が俺の姿を確認してくれた。
「あ、天城さんっ!」
「遅くなって悪かったな」
「いえ、無事で安心しました。」
素直に詫びると、
愛里は微笑みを浮かべながら出迎えてくれた。
「みなさんお待ちですよ」
「ああ」
喜ぶ愛里に微笑みながら、室内に足を踏み入れてみる。
誰も怪我をしているような様子はないな。
やはり全員、無事だったようだ。
「すまない。調査に手間取って少し遅くなった」
再び謝る俺を見て、朱鷺田達も笑顔を見せてくれた。
「いえいえ。ご無事でなによりです。こうして全員揃えただけで十分ですよ。それよりも早速ですが作戦会議を始めましょう」
「ああ、そうだな」
俺が到着したことで、本格的な話し合いが始まることになった。
「まず私と三倉さんで調べたことですが…」
朱鷺田が研究所に関しての報告を始める。
「詳細は不明のままですが、単なる研究所にしては厳重過ぎる警備。それも軍が直接警備をしている点を考えて、要注意だと判断できると思います。兵器との関連性を考慮すれば、ここで実験を行っている可能性が非常に高いのではないでしょうか」
やはり研究所が当たりのようだな。
可能性だけであれば他にも候補はあるかもしれないが、
現時点で最も怪しいのは研究所で間違いないだろう。
報告を終えた朱鷺田に続いて、三倉も発言する。
「調査の途中で警報が鳴って、かなりの兵士が出て行ったけれど、それでも警備そのものは変わらずに厳戒体制だったわ」
「その警報なら僕達も聞きました。王城の偵察中に鳴り響いて、ほとんどの兵士がどこかへ走り去って行きました。それと町の人達にも確認したのですが、どうも戦争に関してあまり詳しいことは知らないようです。」
「え~?知らないってことはないでしょ?だって戦争なのよ?」
疑問を感じる三倉だが、今度は朱鷺田が答えた。
「情報操作か、あるいは情報規制があるのでしょう。共和国に情報が流れないようにする為に、極秘で行動しているのかもしれませんね」
「ええ、僕もそうだと思います。ただそれは戦争を隠すというよりも、内容そのものを伏せているように感じました」
「どういうこと?」
「えーっと…」
首を傾げる三倉に、徹は自分の考えを言葉にした。
「砦の人員を集める為に広く人材を雇用したことは間違いありません。ですが具体的な戦争の時期や方針などは公にされていないのだと思います」
「ん?それって何も知らないのに10万人も集まったってこと?」
「おそらくそうだと思います。そんな馬鹿げたことが有り得るのかどうかは分かりませんが…」
自分でも矛盾だらけだと感じる推測なのだろう。
それでも徹にはそれ以外の考えは思い付かなかったようだ。
「何も知らずに戦争に参加。自分でもおかしなことを言っているとは思うんですけどね」
悩む徹だが、その考えを朱鷺田は肯定していた。
「有り得ないとは言えないでしょう。少なくとも砦に集まっているのが兵士ではなくて一般人であるとするなら、その仮説がハズレとは言い切れません」
「え?朱鷺田さんは何か知っているのですか?」
遠回しに答える朱鷺田の言葉に徹は疑問を感じたようだ。
だが、その質問に朱鷺田は答えなかった。
「いえいえ、みなさんには関係のない話ですよ」
微笑みを浮かべただけで明言を避けている。
何か言えない事情でもあるのだろうか?
「知らなくて良いこともあります。今はその程度に考えておいて下さい」
何かを隠しているのは明らかだが、
朱鷺田に答えるつもりはないようだ。
その言葉の真意が分からずに、徹と愛里と三倉は首を傾げている。
「まあ、知りたくなくとも、いずれ分かることでしょうけれど…ね」
それだけ言って、朱鷺田は話を打ち切ってしまった。
「それはともかく、今後の方針を話し合いましょう」
「………。」
無理矢理に話題を変えようとする朱鷺田の言動に疑問は残るが、
本人に答えるつもりはないだ。
そのため。
追求を諦めた徹が話を続けていった。
「えっと。未確認ですが、王城内部の警備は維持されていると思います。さすがに全軍移動は考えにくいので…」
王城の警備は継続中らしい。
だがそれも想定内だ。
「なるほどな。これである程度の推測が成り立つ」
一通りの報告を聞いたことで、
ようやく全体の流れが掴めてきた。
「駐屯地の調査だが、不要と判断して途中で放棄した」
「どういうことですか?」
疑問に感じる徹に、説明を続けることにする。
「警報後に駐屯地には数多くの兵士が集結していた。おそらく王都全域から集まったのだろう。俺達か、あるいは共和国軍からの密偵の誰かが見つかってしまったことで警戒されるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。集まった軍は即座に行動を開始して王都を出発したからな。はっきりとは断言できないが、砦への援軍に向かったと考えるべきだろう」
「援軍って!?」
驚く三倉に、確認してきた事実を説明する。
「警報は緊急召集だ。その目的は砦への増援部隊の派遣で間違いない。多くの兵士が動き出したのは、現在、砦で交戦中の共和国軍を殲滅する為だ」
「「「「!?」」」」
やはりまだ戦闘に関しては知らなかったのだろう。
俺の話を聞いた朱鷺田達は、
4人揃って驚愕の表情を浮かべていた。
「すでに交戦中なのですか!?」
驚く朱鷺田に頷いて答える。
「詳細までは分からないが、昨夜から始まって現在も戦闘中のようだ。伝令の到着は今朝だったようだが、準備の為に招集に時間がかかったようだな。とは言え、僅か数時間で準備が整ったことを考えれば以前から準備していたことは間違いないだろう」
アストリア軍の会話を盗み聞きした情報と個人的な推測でしかないが、
それほど間違ってはいないと思う。
「正確な数までは分からないが、数万単位の軍隊が王都を出発したようだ。幾つかの部隊に別れて行動しているようだが、最終的な目的地は砦だろう。南下していることは間違いないからな」
一通りの説明を終えたことで、今後の方針を告げる。
「今夜、俺達が忍び込むのは研究所だ。警備を削ってまで軍隊を手放した王城と軍の基地は重要度が低いと思われる。現時点では警備を継続している研究所こそが兵器の在りかだろうからな」
調査を中断した理由を聞いて、朱鷺田達は理解してくれたようだ。
砦への援軍として軍隊を動かした王城と駐屯地は警備の必要がない。
反対にこの状況でも警備を緩めない研究所には『守るべき何か』がある。
向かうべき場所が定まり。
俺達の行動は決定した。
「研究所を襲う。兵器の破壊を優先して共和国へ被害が及ぶ前に抑える」
宣言する俺の言葉に、朱鷺田達は無言で頷いてくれた。
「行動は夜まで待つ。それまで休憩しよう」
今後の方針を決めたことで、
研究所への潜入は深夜まで待つことになった。




