カビと埃の臭い
《サイド:三倉純》
うわぁ~。
これはちょっときついわね…。
廃屋の中へ忍び込んだまでは良いんだけど。
内部は埃っぽい空気と、かびの臭いで充満していたわ。
そのせいでかなり呼吸が辛いのよね。
出来ないわけじゃないんだけど。
出来ることならしたくないっていう感じ?
無呼吸なんて不可能だけど。
それでもここの空気は吸いたくないわ。
どう考えても体に悪そうなのよ。
だけどまあ、これはこれで当然かな?
どう見ても長年無人のまま放置されてたっぽいし。
この程度の状況は我慢するしかないわよね。
とりあえずは文句を言っても仕方がないから、
『ギシギシ』と軋む床を踏み締めながら奥へと進んでみる。
そしてまだ使えそうな一室を見つけて休息をとることにしたわ。
「…ふう…」
一息吐いてる栗原君は、
古ぼけた椅子の埃を払ってから椅子に腰掛けているわね。
町中が敵だらけの王都の中でようやく緊張感から解放されたからかな?
気を緩めて自然な笑顔を浮かべているわ。
「何はともあれ、まずは一安心…でしょうか?」
「そうですねっ」
栗原君に微笑みを見せた愛里ちゃんは部屋の窓を開けようとしていたわ。
錆び付いた鍵を外してから『ぐっ!』と、力を込めているのよ。
だけど…。
あまりにもボロすぎて動かないみたいね。
たぶん窓枠が歪んでるんじゃないかな?
愛里ちゃんが非力っていう部分は無関係だと思うわ。
さすがに腕力が必要な窓なんて存在しないと思うしね。
単に壊れてるじゃない?
窓はびくともしないようね。
「…はぅ…」
愛里ちゃんが諦めて手を離したことで、
代わりに朱鷺田さんが窓に手を伸ばしたわ。
そして『ぐぐっ!』と、力を込める朱鷺田さんはさすが男性ね~。
思いっきり錆び付いた音を立てながらも、少しずつ動き出したのよ。
そして『キィッ!!!』っていう甲高い音を立てた窓は途中で完全に動かなくなったみたい。
「どうやらこれ以上は無理のようですね」
開けることも閉めることもできなくなった窓を見て諦める朱鷺田さんだけど。
ついでと思ったのかな?
別の窓にも歩み寄ってその手を伸ばしていたわ。
『キィ…キィ…』と音を立てながら開く窓。
こっちはすんなりと開いたみたいね。
ひとまず室内の2箇所の窓が開いたことで空気が流れ始めたわ。
少しずつだけど埃っぽい匂いが外へと流れ出していく気がするのよ。
うんうん。
ちょっとは呼吸が楽になったかも?
換気が進む室内で数分ほど待ってみると、
来た時のような埃臭さは感じなくなってきたわ。
まあ、単に慣れただけかもしれないけどね。
「今はこれで我慢するしかないですね」
換気を終えた朱鷺田さんも埃を払った椅子に腰掛けてる。
「まあ、そもそも私はあまり気にしないけどね~」
職業的に色々なところに潜伏するし。
砦の水路に比べれば埃臭いくらいは気にならないわ。
「下水よりはマシでしょ?」
ドブの臭いに比べれば遥かにマシだと思うから、
私も埃を払ってから席についたわ。
家庭用のテーブルを囲んで並ぶ4つの椅子。
元々は食卓として使用されていたのかもしれないわね。
その最後の席を眺める愛里ちゃんが天城君に話し掛けてた。
「あの…よろしければどうぞ」
愛里ちゃんは4つ目の席を示していたわ。
だけど…。
「いや、俺はいい」
天城君は座ろうとせずに口を閉ざしてる。
「………。」
入ってきた扉にもたれ掛かる天城君を見つめた愛里ちゃんは僅かに迷いを見せてるわね。
まあ、一人だけ椅子がないっていう状況だから。
ちょっと気にはなるわよね。
自分が座ることに気まずさを感じる気持ちはわかるわ。
気にするほどのことじゃないって分かっていても、
気を使うのが愛里ちゃんの性格でしょうしね~。
「えっと、じゃあ、私もこっちでいいです」
愛里ちゃんは席につかずに窓の側に歩み寄ったわ。
新鮮な空気が流れ込む窓の側は
それだけで愛里の心を安らかにしてくれるでしょうね。
窓の傍なら埃臭くないはずよ。
それにね。
吹き込んでくる空気の流れにのって、
愛里ちゃんの甘い香りが室内に広がって心地いい感じになったわ。
ん~。
良い香りね。
「愛里ちゃんは香水使ってるの?」
「えっ?あ、いえ…。」
何となく聞いてみたんだけど、愛里ちゃんは即座に否定してた。
「すみません。何もしてません」
恥ずかしそうに俯いてるわね。
ふふっ。
照れてるのね~。
お姉さん、だんだん愛里ちゃんのことが分かってきたわよ。
顔を赤くしながら照れる愛里ちゃんの姿を見た私は、
微笑みながら言葉を続けることにしたわ。
「へ~、そうなの?香水なしで、それだけ甘い香りが漂うなんて羨ましいわね~。愛里ちゃんって見た目もかなり可愛いし、結構モテるんじゃない?」
栗原君の反応を見るために話題を振ってみたんだけど。
「そ、そんなことはないです!全然です!!」
愛里ちゃんは慌てて否定してたわ。
恥ずかしさ一杯のその表情は真っ赤に染まって、
助けを求めるような視線は栗原君に向いているわね。
でもね~?
そんな愛里ちゃんの気持ちに気付かない栗原君は…
「愛里ちゃんは可愛いと思いますよ。僕の妹も愛里ちゃんくらい可愛ければ良いんですけどね…」
そこまで言ってから、何故か自分の言葉を否定し始めたのよ。




