後遺症
《サイド:天城総魔》
「あいつ…!」
不意に北条が声を発したことで、
俺も北条と同じ方向へと視線を向けてみた。
そして、気付く。
「無事に目覚めたようだな」
受付方面に翔子がいることに気付いて足を止める。
翔子はすでに気づいていたのだろう。
少し駆け足で駆け寄って来た。
「やっほ~!久しぶり!!…って、いうのも変な感じかな?」
さあ、どうだろうな。
午前中に一度出会っているために久しぶりというのはどこか違う気がするが、
しばらく会わなかったという意味では正しいような気もする。
「好きなように言えばいい」
「あははは…っ。うん、まあ、そうだよね。でも、こういう時になんて言えばいいのか難しいわよね~。ただいまっていうのも変だし、こんにちはっていうのも変よね?」
まあ、そうかもしれないな。
それでも何が正しいということもなければ、
何が間違っているということもないだろう。
それほど重要なことでもないからな。
分からなければ無理に考える必要はないと思う。
挨拶くらいならどうでもいい話しだからな。
「今更だな」
「う~ん。まあ、そうかもね。そんなことはどうでも良いわよね」
これまでがこれまでだったからな。
ひとまず気にしないことにしたようだ。
俺としてもどう話しかけるべきか悩むところだが、
翔子としては下手に気を使われるよりもいつも通りでいたいということだろう。
こちらから朝の出来事に関して触れるのは避けておいたほうが良さそうだ。
まずは翔子が無事に行動できるようになったことを喜んでおくべきかもしれない。
「無事に目覚めたようで何よりだ」
「え、あ、うん。とりあえずは、ね」
お互いに何を話すべきか迷う状況だな。
翔子と向き合いながらも言葉に迷う状況の中で、
隣にいる北条が復帰した翔子と共に行動している女子生徒に話しかけた。
「沙織、翔子はもう大丈夫なのか?」
直接、翔子本人に聞いたほうが早いのだが、
おそらく翔子に聞いたところで本当の事を言わないだろう。
その辺りを考慮して女子生徒に訊ねている北条だが、
問いかけられた女子生徒の表情はどう答えるべきかで迷っているように思える。
「えっと、その…たぶん、大丈夫だと思うわ」
翔子が何も言わないことで断言できないのだろう。
自信なく答える女子生徒の反応を見て北条はため息を吐いている。
「はあ。ったく、翔子。お前はもう少し休んでたほうがいいんじゃねえか?」
心配そうな表情で話しかける北条だが、
翔子は精一杯の明るい笑顔を見せている。
「ば~か。心配しすぎよ。あんたに心配されるほど、落ちぶれた覚えはないわ」
冗談混じりに答える翔子の態度を見て、
北条は再びため息を吐いている。
「ったく、ホントにお前は素直じゃねえな」
翔子の言葉を聞いて呆れているようだな。
その理由は付き合いの短い俺でも分かる。
現在の翔子の笑顔。
それは作られた笑顔だ。
体調に関しては翔子本人にしか分からない事だが、
精神的な面に関しては明らかに無理をしている事が感じられるからな。
まだまだ本調子でないことは間違いないだろう。
「………。」
無言のまま、北条が俺に視線を向けてきた。
言葉にはしないが、何か言いたそうだな。
おそらくは俺に話を聞けという意味だろう。
北条の行動の意味を察して、
今度は俺から翔子に話しかけてみることにした。
「翔子、気分はどうだ?」
向き合って、まっすぐに見つめると、
翔子は少しだけ本心を呟いた。
「えっと、その、ごめんね。正直、自分でも驚くくらい不安定…かな?焦燥感って言うのかな?確認してみない事には分からないけど…。でも、たぶん他の生徒も同じ気持ちを感じてると思う」
焦燥感、か。
詳しい状況は不明だが、
何らかの不安を感じているということだろう。
翔子の言葉を聞いていた北条が即座に問い掛ける。
「魔力を失う『副作用』。いや、『後遺症』ってやつか?」
「なのかな?上手く言えないけど、たぶん、そうだと思う」
北条の指摘は正しかったようだ。
翔子は小さく頷いてから語りだした。
「自分でもはっきりしないけど。魔力を使い果たすのと違って、奪われるという事自体が心に負担をかけるのかもしれないわ」
自分の体で経験した魔剣の力の能力を翔子は客観的に分析しているようだ。
「魔力を切られた瞬間にね。まるで、心そのものが斬られたような気がしたの。だから多分そのせいだと思う。自分でも、自分の心がわからないの。記憶がないとかそういうことじゃないんだけど、すごく心が痛くて、すごく切ない感じがするの。何か大切なものを失ってしまったような、そんな感じ」
たった一度経験しただけの魔剣の後遺症を語りだした。
その分析能力だけでも称賛に価するものの。
翔子は自身の経験からさらなる答えを導き出していく。
「ルーンで斬った魔力はそのまま総魔に流れ込む。そうでしょ?」
確認するように問いかけてきた翔子に対して素直に頷いておく。
「ああ、そうだ」
実際に翔子の魔力を吸収しているからな。
否定の余地はない。
「だけど魔力の吸収が実現出来たとしても、その結果によって起こる反動までは考慮していなかった…かな?」
ああ、そうだ。
その通りだ。
だからこそ、実験する必要があった。
魔力を失った者がどうなるのか?
あるいは、その効果によってどういった現象が起きるのか?
その答えを知る必要があった。
「翔子を斬った時点ではまだそこまで判明していなかったからな」
「うん。やっぱりね」
俺の言葉を聞いたことで、
翔子は自分の推測が外れていない事を知ったようだ。
そしてそのまま話を続けていく。
「今日一日で…。あるいは私を斬った事で、ある程度の結果を推測出来るようになった。そうでしょ?」
「ああ」
素直に認めたことで、翔子は真剣な眼差しを向けてくる。
「そしてついに『完成』したのね。本当の意味でルーンの全てを知って、力を使いこなせるようになったのよね?」
翔子の言葉に一切否定する事なく頷く。
その通りだからな。
今の試合を最後に全ての実験は終了した。
「使いこなすという意味では、確かにルーンは完成したと言えるだろう。」
翔子の指摘は間違いない。
その事実を認めたのだが、
俺の発言に翔子は違和感を感じたようだった。
「その言い方だと、まるで他の意味があるように聞こえるんだけど?」
まだ他にも何かを隠しているかのように聞こえたらしい。
その指摘は正しくもあるが間違いでもある。
現時点で他意はないからな。
いや、答えるべき言葉がないというべきか。
はっきりと宣言できる『何か』はまだ存在していないからだ。
「今はまだ何とも言えないが、現状が完成だとは思っていない。更なる高みを目指す事を考えれば、他の道もあるかもしれないと考えてはいるが、現段階では翔子の推測通りと言えるだろう」
翔子の読みは外れていない。
わずか数日とは言え最も付き合いが長いだけあって的確に俺の状態を見抜いている。
その事実を認めたことで翔子はほっとため息を吐いていた。
「良かった。知らない間にまた何かやらかしてくれたのかと思ったわ」
常に翔子の予想を上回る状況が続いていたようだが、
なんとか思考が追いついたらしい。
大まかな理論だけでも理解が追いついた事。
それだけでも魔剣を体験した甲斐があったと言えるだろう。
そしてその努力の結果として翔子は一つの結論に達したようだ。
「それじゃあ、ついに完成というわけね。『攻』『防』『魔』の3種類の力が…」
やはり気づいたようだな。
翔子の推測は的確だ。
これまでに得た情報を元にして、
翔子はこちらの切り札を正確に把握している。
「ああ、そうだ。時間はかかったがようやく求めていた力が揃った」
数々の実験を繰り返した結果として全ての能力を使いこなすに至った。
まずは防御の要である『ホワイト・アウト』
霧の結界による広範囲型の魔力吸収だ。
そして魔術の要である『エンジェル・ウイング』
天使の翼の形をした蓄積型の高速魔術であり、最大の一撃がアルテマとなる。
そして攻撃の要としての『魔剣』
長剣の形を持つ物理的な魔力破壊。
もちろん魔剣にも吸収の能力もあるのだが、
霧の結界とは違って『物理的』にも『精神的』にも『魔力的』にも攻撃出来る為に破壊的な意味合いが強いだろう。
それぞれに特徴があるものの。
これらが常に考え続けてたどり着いた理想の形と言える。
攻・防・魔の3つの力。
それらがようやく完成に至った。
「間違いなく、全ての実験は終了した」
「………。」
俺の言葉を聞いたことで、
翔子は恐れていたことが実現しようとしていることを直感的に感じとっているようだった。




