撤退作戦
《サイド:木村泰輔》
「見えたっ!!」
岸本司令官の部隊から離脱した僕は、
水門でアストリア軍と戦闘をしている共和国軍を発見することに成功した。
あとは別働隊を指揮している雨宮を探し出して撤退命令を伝えるだけだ。
「雨宮っ!!」
大声で名前を呼んだことで、
声を聞き付けてくれた雨宮奈津副隊長が気づいてくれたようだ。
「泰輔!?どうしてここにっ!?何かあったの!?」
戸惑う雨宮に岸本司令官から預かった伝言を急いで伝える。
「司令官からの伝言だ。西門の攻略を放棄する。別働隊は南門に向かい、悠護隊長の指示に従うように…と」
「なっ!撤退命令!?」
驚く雨宮に、もう一つの事実を伝えようと思う。
「岸本司令官の部隊は全滅した。もうすぐここに追撃部隊が来るはずだ。だからその前に撤退するんだ!」
「ちょっ!?そんな…!?」
「挟み込まれたら逃げられなくなる!」
戸惑い続ける雨宮に全力で訴え続けた。
「追っ手が来る前に悠護隊長と合流するんだ!!」
「くっ!」
必死に訴える僕の言葉を聞いてくれた雨宮は、
ようやく岸本司令官の伝言を受け入れてくれたようだ。
「仕方がないわね。こっちはもう少しで片付くけど、敵が迫ってるのなら無理はできないわ」
引き際を感じ取ってくれたらしく、
雨宮は全軍に指示を出してくれた。
「全軍撤退!南門へ後退して、悠護隊長と合流するわよ!!!」
雨宮の指示に従う全ての魔術師達が速やかに後退し始める。
だけど…。
「逃げ切れるかどうか…疑わしいけどね」
ああ、そうだね。
僕もそう思うよ。
小声で呟いた雨宮の疑問は当然だ。
水門からのアストリア軍を振り切って、
砦から出陣してきたアストリア軍までも回避しながら南門まで到達するのは至難の技だと僕でも思う。
「相当な犠牲は覚悟しないといけないわね…」
部隊の指揮をとる雨宮が撤退方法を考えている。
「泰輔に頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
「兵を半分預けるから、水門からの追っ手を押さえながら南門に向かってくれない?」
どうやら再び部隊を二つに分ける作戦を立てたようだ。
「雨宮はどうするんだ?」
「何とか砦からの追っ手をギリギリまで抑えるわ。この作戦なら少なくとも、あなた達の部隊は必ず辿り着けるはずよ」
僕の部隊は…か。
その言葉を聞いた瞬間に反論していた。
「馬鹿なことを言うな。司令官は全軍撤退を指示したんだ。雨宮達を置いて行けるわけがないだろ!」
「馬鹿はそっちよっ!この状況で逃げ切れるわけないでしょ!撤退ほど難しい作戦はないのよ!誰かが残らない限り追撃は止められないの!!だから!だから司令官はあの砦に残ったんでしょ!!!」
くっ。
必死で叫ぶ雨宮の言葉を聞いて僕は何も言えなくなってしまった。
ほんの数十分前まで岸本司令官や雨宮と同じ考えを持って戦っていた僕には何も言えなかったんだ。
だから黙り込んでしまった僕に、雨宮が優しく語りかけてくれる。
「時間がないの。今は1人でも多くの仲間の撤退を優先するわよ」
ああ、そうだね。
僕に指示を出した雨宮は、さっさと背中を向けてしまった。
「運が良ければまた会えるわ。向こうで合流しましょう」
一方的に言い残した雨宮が、
部隊を率いて砦に向かって動き出す。
「敵を引き付けて味方の撤退を援護するわよ!!」
およそ4000の兵を率いて行軍する雨宮。
残された僕はすぐに気持ちを切り替えて残る4000の兵を率いて撤退を始めることにした。
「南門へ撤退する!!一人でも多く生き残れ!!!」
僕の指示の下で、全ての魔術師が南門に向かって駆け出していく。
だけど…。
水路からの追っ手が僕達の追撃を開始してしまう。
「逃がすなーーー!!!」
「追撃しろーーー!!!」
撤退を始めた共和国軍を追い掛けるアストリア軍。
雨宮達の活躍で数を減らしているとは言え。
それでもまだ2000人を越える兵が残存しているようだ。
「くっ!もうこれ以上の犠牲は出せないんだ!!」
これ以上仲間を失えば戦況が更に傾きかねない。
それは共和国の敗北を意味することになるはずだ。
「撤退は…不可能だ。」
全員生存はできない。
だったら、やるべきことは一つしかない!
ただ一人で水門に残り。
『1秒』でも長くアストリア軍を足止めすることを僕は選ぶ。
「悠護隊長!雨宮!鞍馬総司令官!!御武運を祈ります!!!」
大声で叫んだ僕は…
魔術を使う魔力さえないまま、
戦うべき武器さえ持たずに2000人のアストリア軍へと突撃を開始した。




