別働隊への伝言
《サイド:岸本克也》
………。
状況はどうなっている?
アストリア軍の包囲を受けて乱戦状態となってしまったために戦況の把握さえままならない。
そんな絶望的な状況の中で、
どれほどの時間を戦い続けていたのだろうか?
正確な時間など分からない。
ホンの数分だったようにも思えるし、
長時間の戦いだったようにも思える。
誰もが必死に戦っているのだ。
時間の感覚など、あるはずもない。
それでも迫る限界によって終焉は訪れてしまうようだ。
「「「「「うわああああああああっ!!!」」」」」
これまで命懸けの足止めを行っていた私の部隊が、ついに崩れ始めてしまったからだ。
「陣形が崩れたぞっ!一気に攻め込めーーーーっ!!!」
円陣が崩れた瞬間にアストリア軍がなだれ込んでくる。
2万に及ぶアストリアの軍勢に対して、僅か千名の魔術師による防衛戦だったのだからな。
そもそもまともな戦いなどできるはずもない。
「く、くそぉっ…!!」
「まだだっ!!俺は…まだ、戦え…る…っ…」
力尽きて、次々と倒れていく仲間達。
魔力の限界まで魔術を行使した私の部隊は、
ほぼ全ての魔力を使い果たしてしまったようだ。
当然、魔力がなければ魔術は使えない。
それにより攻撃の術を失ってしまったということになる。
アストリア軍の猛攻を受けた私の部隊は、もろくも崩れ去ろうとしていた。
「もはやここまでか…。」
完全に包囲されてしまった状況で陣形さえ崩されてしまっている。
こうなってしまえばもはや戦場からの離脱さえも不可能だ。
どの程度の時間を稼ぐことができたのかは分からないが、
初戦と防衛戦でここまで粘れただけまだマシだろうか?
失った戦力は2割程度のはず。
対するアストリア軍の被害は数千に及ぶはずだ。
西部での戦いにおける共和国軍の被害は甚大だが、
私が率いていた1万の部隊は二つに分けたことで
水路にはまだ8000人近い魔術師が残っていることになる。
そちらでの戦闘の結果次第では兵力を減らしている可能性が高いとはいえ。
それでもここよりは遥かにマシだろう。
諦めるのはまだ早い。
「別働隊にはかなりの戦力が残っているはずだからな」
雨宮副隊長が率いる別働隊は無事だと信じて、
これまで私の補佐を任せていた木村泰輔副隊長に指示を出すことにする。
「木村副隊長」
「はい!」
「残念ながら、どうやらここでの戦いは敗戦が確定した。もはや敵の進軍を足止めすることさえできないだろう」
「………。」
木村副隊長は何も言わなかったが、
すでに状況を理解できているのだろう。
反論さえせずに、
静かに俺の言葉を聞いてくれている。
「敗北が決まったとは言え、すでに逃げることさえできない状況だ。だからこそ私は最後までここで敵を足止めしようと思う。」
ホンの数分だけでもいい。
最後の願いさえ叶うのならば、
私はこの命を祖国に捧げようと思う。
「悪いが木村副隊長はその間に包囲網を突破して、別働隊を率いる雨宮副隊長に伝言を伝えてくれないか?」
「伝言…ですか?」
「ああ、そうだ」
少しでも被害を減らすために、別働隊に最後の指示を伝えたいのだ。
「現時点で西門の攻略は放棄する。別働隊は南門へと向かい、悠護隊長の指示に従うように…とな」
真剣な眼差しで願いを伝えることにした。
これでもはや援軍は来ない。
その代わりに別働隊は敵軍に飲まれることなく撤退できるはずだ。
「別働隊を避難させること。それがきみの役目だ」
「………。」
最期の決意を感じ取ってくれたのだろうか。
伝言を受けた木村副隊長は静かに頭を下げてくれた。
「…分かりました。御武運をお祈りします」
「ああ、頼んだぞ。必ず伝えてくれ」
「はい!!」
木村副隊長が水路に向かって振り返ってくれた。
そして残り僅かとなってしまった仲間達に見送られながら、
たった一人の伝令として力強く一歩を踏み出した。
「必ずお伝えします!!」
「頼む。退路は私達が開く。きみは真っ直ぐに走れ!!」
「はいっ!!!」
木村副隊長を逃がすために。
残った仲間達に指示を出す。
「信頼すべき仲間達よ!!これが最後の意地の見せ所だ!守るべき者達の為に!今もなお戦い続ける仲間達の為にっ!残された力を振り絞って誇りを示せっ!!」
正真正銘、これが最後の戦いになるだろう。
「突破口を切り開くぞ!!!」
「「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」」
今となっては僅か100名にも満たない魔術師達の最後の抵抗。
その気合いの雄叫びと共に、
全員が一丸となって魔術の詠唱を開始した。
…そして…。
自らの命と引き換えに、仲間達の最後の魔術が発動する。
「木村ぁ!!何が何でも生き延びろ!!」
「途中で死ぬんじゃねえぞぉっ!!!」
「必ず仲間の下へたどり着けーーっ!!!!」
「俺達の最後の願い…!しっかり届けろよっ!!」
「あとのことは任せたからねっ!!」
「…みんな…っ」
多くの仲間達の声援を受けた木村副隊長の瞳に涙が浮かんでいるのが見える。
それでももはや足を止めている暇はない。
生き残るために、走り抜けるしかないのだ。
「あとは頼んだぞ…。」
「はいっ!」
返事を残して走り出す木村副隊長。
その退路を切り開く為だけに放つ魔術が、アストリア軍の一角に降り注ぐ。
「これが共和国の力だっ!!!」
轟音と共に次々と炸裂する100の魔術。
一直線に放たれた集中砲火によって水路へと至る道のりは開かれた。
「「「「「いやーーーーーー!!!!」」」」」
「「「「「うわあああああああっ!!!!!!!!」」」」」
瞬く間に崩れるアストリア軍だが、
同時に訪れた魔力の喪失によって意識の消失が多発してしまう。
魔力が尽きたことで次々と仲間達が倒れてしまったのだ。
それでも…。
それでも最後の抵抗によって確実に退路は開かれた
「「「「「うああああああああああああああああっ!!!」」」」」
「「「「「きゃああああああああああっ!!!!!」」」」」
倒れ、苦しむアストリアの兵士達。
その被害は全体から見ればごく一部でしかないが、
木村副隊長を逃がすだけなら十分だろう。
「みんな、さよなら…」
退路を駆け抜ける木村副隊長は、
最後の生き残りとして包囲網から無事に離脱してくれた。




