愛里の想い
《サイド:琴平愛里》
…はあっ。
…はあっ。
うぅぅぅ~。
息が苦しいです。
一体、どこまで走り続けるのでしょうか?
現在、私達は王都への侵入に成功したことで周囲を警戒しながら走り続けています。
ですが、どこに向かえばいいのかが誰にもわからない状況なのです。
そのせいで一つの問題に直面することになってしまいました。
それはすごく単純な問題なのですが、
広大な面積を誇る王都の全てを調査するには時間と人手が少な過ぎるということです。
僅か5人で出来ることを考える必要がありました。
「一旦、どこかに身を隠した方がいいかもしれませんね」
「………。」
呟く朱鷺田さんの指摘によって、
天城さんは僅かに思考してから問い掛けていました。
「どこか思い当たる場所はあるのか?」
「いえ、申し訳ありませんが、ここには5年ほど前に1度だけ来たことがあるだけでして、あまり王都には詳しくないのです」
「…そうか、だが俺も王都は今日が初めてだからな。」
地理が分からないと答える朱鷺田ですが、
天城さん自身も王都へ来るのは初めてのようで全くと言って良いほど何も知らないようでした。
「だったら宿でもとる?」
「いえ、それはちょっと…。」
問い掛ける三倉さんの質問を朱鷺田さんは否定していました。
「現在は商人しか出入りできない様子ですので宿を取るという行為自体が不審に思われかねません。どこから情報が漏れるか分かりませんので、極力、人との接触は避けるべきではないでしょうか?」
…ですよね。
そもそも密入国ですし。
身分の証明書とか出せませんし。
宿は無理ですよね?
ひとまず宿の確保が無理ということで周囲を警戒しながら町中を進み続けているわけですが、
深夜に近い時間のせいか人通りは少ないようですね。
それでも町の至る所で巡回の兵士さん達が見回りを行っているせいで、
なかなか思うように進めないでいました。
「こうなったらまた兵士の服でも奪う?」
「それこそ騒ぎになりかねないと思いますが?」
三倉さんの提案を徹さんが否定していました。
「う~ん。それじゃあ、どうする?」
純さんが悩む間にも、
天城さんは周囲を警戒しながら歩みを進めています。
「兵士達の後を追えば幾つかの拠点を知ることは出来るだろう」
どうやら今後の方針を考えていたようですね。
「ここからは分散して行動することにする」
調査から追跡に切り替えることで、
天城さんは私達に指示を出してくれました。
「集合は夜明け。場所は南門付近だ。軍事拠点を探して兵器の在りかを探し出すのが目的だが、その間に身を隠せそうな場所も探せば時間の節約になるだろう」
あ、はい。
そうですね。
このまま悩むよりは良いと思います。
指示を出した天城さんは私達の返事も聞かないまま東側に向かって一人で駆けていきました。
…ということで。
再び、個別での行動になるようです。
「どうやら、それ以外の方法はなさそうですね」
すでに反論もできないので朱鷺田さんも動き出しました。
「私は北側を中心に調べますので、残りをみなさんにお願いします」
方向を決めた朱鷺田さんも一人で走ってしまいます。
残ったのは純さんと徹さんと私の3人です。
その状況で純さんは私に視線を向けて話し掛けてくれました。
「それじゃあ、私は西側を調査するわね。愛里ちゃんは彼氏と一緒に頑張りなさい」
…えっ…。
…あ…うぅ…。
「かっ、彼氏…じゃないです…ぅ。」
顔を真っ赤にしながら俯く私ですが、
徹さんには聞こえていなかったようでした。
それでも首を傾げている徹さんに向けて純さんが微笑んでいます。
「ちゃんと愛里ちゃんを守ってあげなさいよ~?」
「ええ。もちろんです」
はぅぅぅ…。
自信を持って頷いてくれる徹さんが素敵でした。
ですが、恥ずかしすぎて言えません。
「…ぁぅぅ…」
徹さんの言葉を聞いただけで、
私の顔は耳まで真っ赤に染まっていたと思います。
それでも徹さんは気付いてはくれません。
私が徹さんを想っていることに気付いてくれませんでした。
「鈍いわね~」
ですよね!
できれば気づいて欲しいです。
私からは言えませんので、察して欲しいです。
もちろん、気づかれたら気づかれたで恥ずかしいんですけど…。
「まあ、余計な口出しは野暮よね~」
そんなふうに呟きながらも、
三倉さんは私を応援してくれました。
「頑張ってね!」
「は、はいっ。」
一度だけ私の頭を撫でてから走り去っていく純さんも、あっという間にいなくなってしまいます。
その結果として残ったのは徹さんと私だけです。
こうして2人きりになってしまうと恥ずかしさと緊張で徹さんの顔を見つめることさえ出来ません。
「僕達も行きましょうか」
徹さんは私の手をとってから、しっかりと握ってくれました。
………!?
あぅぅぅぅ~。
心の中が嬉しさと恥ずかしさで一杯になってしまいます。
「あっ…あの…!」
「ん?どうかしましたか?」
呼び掛ける私に振り返ってくれる徹さんは全く気にしていないようでした。
「ぁ…いえ…。」
こういう時には何て言えばいいのでしょうか?
恥ずかしいとも嬉しいとも言えません。
ただ、このままでいてほしいとは思います。
なので今は顔を赤く染めながら、徹さんの手をぎゅっと握り返しました。
「徹さんと一緒にいられて良かったです」
それが精一杯の言葉です。
ですが徹さんは笑顔で答えてくれました。
「僕も愛里ちゃんと一緒で嬉しいよ」
あううううう~~~。
まるで恋人同士の会話ですよね?
徹さんの一言一言によって恥ずかしさのあまり何も言えなくなってしまいました。
ですがそんな私の気持ちに反して、
徹さんにとって私は妹の親友でしかなくてもう一人の妹という存在でしかないようです。
だからきっと、徹さんはこう思っているはずです。
私(妹)を守りたい…と。
それは恋愛ではなくて家族愛です。
薫ちゃんと私。
『二人の妹を守ること』が徹さんの願いなのです。
「僕が守るよ」
徹さんは私の手を引いて歩き出します。
「私も…」
…守りたいです。
小さな声で呟いてみましたが、
徹さんが何も気付いていないことは知っています。
私を女性としてではなくて、
家族として見ていることを知っているからです。
それでも…。
それでも私は想い続けています。
この気持ちは変えられないから…
そして変わることはないから…。
だから、想っています。
もしも徹さんに危険があったなら『命を掛けても守りたい』と、心から願いました。




