片想い
《サイド:三倉純》
…ふわぁ~。
さすがにかなり眠いわね。
完全に徹夜だったからよ。
時刻はすでに午前8時を過ぎてるみたい。
砦からの撤退に成功した私達はマールグリナには戻らずに、
アストリア王都へと続く街道を駆け抜けて砦から最も近い小さな町へとたどり着いたわ。
町の名前は『ノーストリアム』
私も来るのは初めての町よ。
…と言うか。
共和国の外に出たこと自体が初めてなんだけどね。
まあ、それはどうでもいいんだけど。
あまりのんびりとしてられるような時間はないものの。
今後の方針について話し合う為に、
休憩も兼ねて宿の一室で体を休めているところなのよ。
「さすがに今日は疲れましたね…」
栗原君はべッドに横になりながら、何度も深呼吸を繰り返してる。
一晩中、単独で巡回兵との戦闘を行ってたんだから、
精神的な疲労は私達の中で最も大きいでしょうね。
そんな栗原君の姿を見た愛里ちゃんが微笑みながら栗原君に冷たい水を差し出していたわ。
「お疲れ様でした」
「あ、うん。ありがとう」
労いながら差し出される水を受け取るために体を起こした栗原君は愛里ちゃんに微笑みを返してる。
互いに気を遣い合うような優しい笑顔ね。
栗原君の笑顔を見た愛里ちゃんは恥ずかしそうな表情で俯いて、
そそくさと距離をとって離れて行ったわ。
「?」
愛里ちゃんの行動が理解出来ない様子の栗原君は首を傾げているわね。
うわ~。
もしかして気づいてないの?
って言うか、普通わかるわよね?
今の行動ってどう考えてもあれよね?
逃げるように距離をとった愛里ちゃんを視線で追いかけてみると、
愛里ちゃんは顔を赤くしながら大人しく椅子に座って自分のコップを手にとっていたわ。
何となくだけど。
気持ちを落ち着けるために水を飲んでます、っていう感じ?
「………。」
二人の間で生まれる僅かな沈黙。
これはもう、どう見ても完全に照れてるわよね?
恥ずかしそうに照れる愛里ちゃんを見ていたら、自然とにやけてしまったわ。
「青春よね~」
栗原君と愛里ちゃんの二人の関係は知らないけれど。
何となく興味を持った私は愛里ちゃんにこっそり耳打ちしてみることにしたわ。
「ねえねえ、彼のことが好きなの?」
男子達に聞こえないように小さな声で問いかけた瞬間に。
「…ぁぅ!?」
愛里ちゃんの顔が真っ赤に染まったのよ。
「あ、あの…!あの…っ!」
あたふたと慌てる愛里ちゃんを眺めながら小さく微笑んでおく。
「頑張れ!」
気楽に応援してみたわ。
「あぅぅぅ~」
愛里ちゃんは困っていたけど。
私達の会話は誰には聞こえていないはずだから、
当の栗原君は首を傾げたままだったわ。
だからかな?
あまり深くは考えずに、
愛里ちゃんから受けとった水を一気に飲み干していたのよ。
これはちょっと鈍いにもほどがあるわよね~。
なんて思ったりもするけれど。
ひとまず余計なことは言わないでおくわ。
ヘタに煽って気まずい雰囲気になるのも嫌だしね。
仲良くしてもらわないと困るのよ。
「さて、と。」
ベッドから下りた栗原君がテーブルに歩み寄ってくる。
そして栗原君が席に着いたことで朱鷺田さんが話し始めたわ。
「とりあえず。これからどうするのか、今後の方針を話し合いましょう」
朱鷺田さんの言葉がきっかけとなって室内に緊張感が広がっていく。
その空気を感じ取ったことで私も気持ちを切り替えることにしたわ。
「ようやくっていう感じだけどね~」
「そうですね。色々と報告すべきこともありますし。王都に向かうにしても、マールグリナに戻るにしても、早急に次の手段を講じるべきでしょう」
ええ、そうね。
朱鷺田さんが仕切ってくれるおかげで話が早く進んで助かるわ。
年上っていうこともあるけど。
魔術師ギルドのギルド長だけあって言葉に重みがあるのよね~。
大人の男性っていう感じ?
頼れる雰囲気がすごく出てるわ。
まあ、性格がどうかまでは知らないけどね。
昨日が初対面だし、
お偉いさんと関わることってまずないしね。
だけど、第一印象的に判断するならわりとまともな人だと思うわ。
今のところ偉そうな態度は欠片も感じないし、
私や学生の天城君達に対しても丁寧な態度で接してるからよ。
常識人っていう感じがするのよね~。
窓際に立って外の様子を眺めていた朱鷺田さんだったけれど。
テーブルに歩み寄って空いてる席に座ったわ。
そして扉に寄り掛かって外を警戒していた天城君が最後に席についたことで、
ついに話し合いが始まったのよ。




