着替え
《サイド:三倉純》
う~ん。
なかなか遠いわね~。
行きは単に進むだけだったけど、
帰りは荷物があるせいで思うように進めないのよね…。
それでも『ゴソ…ゴソ…』と、微かな音を立てながら厨房に戻ってみる。
その途中で気づかれたのかな?
「どうやら無事のようですね」
朱鷺田さんの声が聞こえたから小さな声で返事をしておくことにしたわ。
「ちゃんと見つけて来たわよ~」
声をかけてから、布袋を換気口から突き出す。
とりあえずはこの荷物が邪魔でしょうがないのよね~。
「受け取れる?」
「ええ、大丈夫ですよ。お預かりします」
布袋に手を伸ばしてくれた朱鷺田さんは、
ずっしりとした重量感を感じながらも出来るだけ音を立てないように足元へ下ろしてくれたわ。
うんうん。
これで身軽に動けるわね。
「ありがと~」
「いえいえ、それよりも下りられますか?」
「大丈夫よ。ちょっと下がってて」
返事をしてから換気口を這い出る。
そして上手く体勢を整えながら一気に飛び降りる。
『すたっ…』と、軽快に降り立つまではさっきと一緒よ。
でも、次が問題かな?
「はいはい。お嬢様が下りるから、男は向こうを向いてて」
私の指示によって再び朱鷺田さんと天城君が換気口に背中を向けてくれたわ。
でも、ね。
「…え~っと…」
さっきの部屋とは違って程よい足場がないから、
どう下りるかで躊躇う愛里ちゃんが動きを止めてしまっていたわ。
「大丈夫?」
「が、頑張ります…っ」
声をかけてみたことで愛里ちゃんも換気口から一気に飛び下りたわ。
勢いがありすぎてスカートがめくれてるわよ~なんて思うけど。
なかなか良いジャンプだったわね。
だけど着地した次の瞬間に『ぺたん…』と手をついた愛里ちゃんは、
そのままその場にしゃがみ込んでしまったわ。
う~ん…。
物音は立てなかったけれど、着地は失敗ね。
怪我がないだけマシだけど。
「あ、あははは…。」
転んでしまったことで愛里ちゃんは恥ずかしそうに笑ってた。
「三倉さんの真似をしてみたんですけど、こけちゃいました」
ふふっ。
そうね。
でもまあ、無事で何よりよ。
アレができないコレができないなんて甘えるお嬢様じゃないことが確認できただけでも、
一緒に行動した甲斐はあったと思うわ。
「良く頑張ったんじゃない?」
愛里ちゃんに手を差し延べてみる。
「純で良いわよ」
「あ、はい!」
差し出した手をとった愛里ちゃんは笑顔を見せてくれたわ。
「純さん、ありがとうございますっ」
うんうん。
いい笑顔ね~。
妹がいたらこんな感じなのかな?
なんて、ほのぼのとしてたら朱鷺田さんが話しかけてきたわ。
「もういいですか?」
「え?あ、うん。もういいわよ」
許可を出したことで朱鷺田さんと天城君が私達に振り返る。
「それでは早速ですが、急いで着替えましょう」
布袋を開いた朱鷺田さんが、
中に詰め込んだ服と鎧を取り出していったわ。
服は4人分あるけどね。
重量の都合で鎧は1人分しかないわ。
重いっていう理由もあるけど、
単純に布袋に入らなかったのよ。
さすがにあの狭い換気口で布袋二つはつっかえて進めないしね。
愛里ちゃんにお願いするにしても体力的に厳しいだろうから、
とりあえずは一つだけにしたのよ。
で、一つしかない鎧に手を伸ばした朱鷺田さんが天城君に話しかけてる。
「少し気になることがありまして、この鎧はお借りしても良ろしいですか?」
「ああ、構わない。」
「ありがとうございます」
天城君の許可が出たことで朱鷺田さんは服と鎧一式を手にして着替えを始めたわ。
って!?
ちょ~っと待った!!
「ちょっ…!向こうで着替えてよっ!」
私が目を背けると愛里ちゃんも恥ずかしそうに視線を逸らしていたわ。
だけど朱鷺田さんは気にならないみたい。
「どこでも同じだと思いますが…?」
文句を言ってるけど、そういう問題じゃないのよ。
見るのはどうでもいいけどね。
見られるのは嫌なのよ。
「いいから、離れるっ!」
「はあ…。」
乙女心を気にしない感じの朱鷺田さんだったけど、
それでも部屋の隅に移動してから着替え始めてくれたわ。
うんうん。
それでいいのよ。
でもね?
あえて注意しておくけど、
ここで肝心なのは男子の着替えじゃないのよ。
「私と愛里ちゃんも着替えるから、絶対に振り向かないでよね?」
釘を刺してから愛里ちゃんを連れて厨房の奥に向かってみる。
これで覗かれる心配はないと思うけど…。
最後まで残された天城君は、
ちゃんと離れた場所で服を着替えてくれたようね。




