表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
THE WORLD  作者: SEASONS
4月15日
723/4820

りんごジュース

「あら?あなた、今日は帰れないって言ってたのにどうかしたの?」


う~ん。


お父さんじゃないんだけどね~。


でも、まあ、そう思うのが普通なのかな?


お父さんが帰ってきたって勘違いしたお母さんが玄関まで出迎えに来てくれたわ。


「あら?あらあら!翔子じゃない!!てっきり、お父さんが帰ってきたのかと思ったわ」


「あははは…。」


勘違いに気づいて笑い出すお母さんに苦笑しながら靴を脱いで玄関に上がってみる。


「ただいま、お母さん」


ちょっぴり懐かしい匂いが、

家に帰ってきたって感じさせてくれるわね。


だけど…。


相変わらず古い家よね~。


だけど汚くはないわよ?


お母さんが毎日掃除してくれてるからそれなりに綺麗だと思う。


古いのと汚いのは同じじゃないしね。


古くても綺麗な家って一杯あるし、

新しくても汚い家も一杯あると思うわ。


そんな中で、うちは古いけど綺麗なほうだと思うのよ。


まあ、沙織のお家みたいに新しくて綺麗なほうが良いとは思うけどね。


だけどそんな贅沢は言えないし、

古いからこそ色々と思い出も沢山詰まっているの。


だから個人的にはここはこのままでいいと思うし。


すごく居心地がいいと思っているわ。


「ねえねえ、お母さん。今日はお父さんいないの?」


「ええ、そうよ。今朝ね、今日は残業で帰れないかもしれないって言って出て行ったから帰ってくるのは明日だと思うわ」


「そっか~」


少し残念な気持ちになるわね。


もう会えなくなるかもしれないから最後に会いたかったんだけど。


今日は仕事でいないみたい。


がっかりしちゃうけど、

とりあえずは目の前にいるお母さんと話し合うしかないわよね。


「ちょっと話があるんだけどいい?」


「あらあら?珍しく帰ってきたと思ったらお小遣いでも欲しいの?」


「…違うわよ。」


「あら、そうなの?それじゃあ、何かしら?」


無邪気に笑うお母さんの姿がとても可愛く見えるわ。


無駄に楽しそうなのは相変わらずね。


まあ、私も人のことは言えないけど。


「ただ単に、会って話がしたくなっただけよ」


「そうなの?翔子にしては珍しいわね。普段なら話しかけても面倒くさそうに返事をするだけなのに」


「あう…。ごめんなさい…。」


「ふふっ。良いのよ。お母さんも暇だから、翔子の話し相手ぐらいにはなってあげるわ」


「…う、うん。ありがと」


お母さんの優しさに感謝しつつ、遠慮なく歩きだす。


住み慣れた家の短い廊下。


ホンの数歩、歩くだけで突き当たっちゃうような短い廊下なのに、

何故か今日は少し広くて懐かしく思えたわ。


ちょっと不思議な感じよね。


最後に帰ってきたのはいつだったかな?


そんなことさえ思い出せなかったわ。


年に数えるくらいしか帰ってきてなかったから見るもの全てが懐かしく思えるのよ。


そして同時に、ここが自分の家なんだって改めて思えたの。


沙織の家も居心地がいいけどね。


だけど、ここが私の家なのよ。


私が生まれ育ってきた沢山の思い出がある家なの。


ここが私の故郷で、ここが私の帰るべき場所なの。


だからこそ願ってしまうのよ。


この家を…。


この平和を守りたい…ってね。


本気で思えるの。


私の家はごく普通の家庭で、

専業主婦の母と会社勤めの父だけど。


私にとっては大切な家族なのよ。


良いところもあれば悪いところもあるような、そんな普通の家族だけど。


それでも私にとってここは居心地の良い大切な場所で、

愛すべき家族の住む家なの。


決して広くはない、というかむしろ小さな家だけど…。


沢山の思い出が詰まった家なの。


その家の中でいつもの場所を目指してみる。


狭い部屋に無理矢理詰め込まれた家具。


年々薄汚れていく壁。


それさえも良い思い出だって私は思う。


毎日、家族3人で食事をしていた食卓に向かって、

適当に荷物を置いてからお気に入りの椅子に腰を下ろして座る。


幼い頃からずっと気に入っていた椅子も今ではすっかり傷だらけだし、色もあせてしまっているわ。


それでもね。


私にとっては思い出の詰まった椅子だし。


今でも捨てられることなく、ずっとここにあるのよ。


「そろそろ限界かな~?」


「まあ、そのうち壊れるでしょうね」


「時間の問題?」


「それもあるけど、翔子の体重…」


うっさい!


「失礼ねっ!お母さんより痩せてるわよっ」


「え~?そうだったかしら?」


「どう見ても、私のほうが細いでしょっ」


「ふふっ。そうね。でももう買ってから20年以上になるから、翔子の体重でも…」


「だっかっらっ!私のせいで壊れるみたいな言い方はしないでよっ!」


「でもね?翔子しか使わないから、壊れるとしたら翔子しか…」


「それとこれとは関係ないでしょっ!」


って言うか、古いんだから私の体重は関係ないし!


「ふふっ。そうかもしれないわね」


「そうとしか言わないの!」


「あらそう?じゃあ、そういうことにしておきましょう」


だ~か~ら~!


そういう言い方だと私が悪いように聞こえるわよね?


「ったく、もう」


何を言っても無駄っぽいから、

とりあえず放置の方向で話を進めることにするわ。


「もういいわよ」


「ふふっ。翔子は相変わらずね」


「どういう意味よ?」


「そのままの意味よ」


「わけわかんない」


「そう?」


本気で首をかしげてる姿がものすごくムカつくわね。


とは言え。


今日は喧嘩するために帰ってきたわけじゃないから

ひとまず聞き流しておくことにするわ。


「ねえ、お母さん」


「ん?ああ、ちょっと待ってね」


話を始めようと思ったんだけど、

お母さんは台所に向かってしまったわ。


何かを探してるみたいね。


あ~。


ん~?


違うかな?


何かを準備してる感じかな?


台所で何かをしてたお母さんは、

しばらくしてから戻ってきてくれたわ。


「はい、どうぞ」


ん?


これって、あれよね?


りんごジュースよね。


私のためにりんごジュースを用意してくれたのよ。


「これ、まだあるんだ?」


「当然でしょう。翔子のために、ちゃんと用意してあるわよ」


「ふ~ん。そうなんだ?ありがと」


「ふふっ。どういたしまして」


私の大好きな手作りのりんごジュース。


どうやって作ってるのかは私も知らないけど。


市販のジュースとは全然違うのよ。


甘いけどさっぱりしてて、なんとなく気持ちも穏やかになるの。


これはもう売りに出してもいいくらいだと思うんだけど。


作る手間が大変、というか、面倒らしくてあまり沢山は用意できないみたい。


ちなみにどうやって作ってるのかは何度聞いても教えてくれなかったわ。


いつも母の味って答えるだけで、それ以上は秘密のままなのよ。


「美味し♪」


一口飲んだだけで心の中が幸せで満たされるわね。


お母さん手作りのりんごジュース。


これは幼い頃からずっと大好きだった味なのよ。


今も昔も変わることのない味。


このジュースは私の為だけに、常に用意してくれてるみたい。


いつ帰って来るか分からない私の為に毎日用意してくれてるっていうことよ。


う~ん…。


もうちょっとこまめに帰ってきてればよかったかな?


例えお母さんにとっては暇つぶしだとしても、

私にとっては大切な思い出の味なのよね~。


「ありがとう、お母さん。」


「ふふっ。翔子が喜んでくれるならそれでいいのよ。」


めったに帰ってこない私を笑顔で受け入れてくれるお母さんには感謝の気持ちが尽きないわね。


このジュースに込められている沢山の愛情が痛いくらい感じられるわ。


「うん。美味しい」


幸せ一杯に微笑んでいると、お母さんも満足そうに笑ってくれる。


正面の席に座るお母さん。


食卓で向かい合う私達に、心地好い時間が流れていったわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ