今日だけは
《サイド:常盤沙織》
午後10時を過ぎたころ。
私と成美は玄関へと移動しました。
理由は家に帰ると言った翔子を見送る為です。
「一人で大丈夫?」
「うん。大丈夫、大丈夫♪」
心配して尋ねてみたのですが、翔子は笑顔で頷いています。
「そんなに遠くないし。急げば30分くらいで着くし」
急いでも30分です。
ゆっくり帰れば1時間近くかかるということです。
「十分遠いわよ、翔子」
「あ、あははは…。」
呆れ顔の私を見て、翔子は渇いた笑い声をあげています。
「ま、まあ、距離はあるけど、これもダイエットだと思って運動して帰ることにするわ。それに、急がないと間に合わないしね」
それはまあ、そうかもしれませんが。
夜道を翔子一人というのはやっぱり心配です。
「私も行ってもいいわよ?」
「それだと本末転倒でしょ?その後、沙織はどうするの?」
「う~ん」
翔子の家に泊まることはできるかもしれませんが、
それだと成美を一人にしてしまうことになるので良策ではありません。
…かと言って。
翔子を送り届けてから私一人で帰るとなると、結局状況は何も変わりません。
一人になるのが、私か翔子かという違いがあるだけです。
「心配しなくても大丈夫よ。これでも諜報部の責任者なのよ?そうそう簡単に襲われたりしないからあんまり気にしないで」
…と、言われても気になるのですが。
ここで話し合っていても解決しませんし。
下手に引き止めて帰る時間が遅くなればなるほど不安になってしまいますので、
翔子の言葉を信じて追求するのを諦めました。
「気をつけてね」
「うん。ありがと♪じゃあ、帰るね!」
翔子は成美の手をとりました。
「また来るから。元気でね!」
元気一杯の笑顔で微笑む翔子の笑顔を見ることは出来なくても、
成美も精一杯の笑顔を浮かべて頷きました。
「毎日、待ってます♪」
「ふふっ。ありがと、成美ちゃん」
翔子は成美の頭を撫でてから私に振り返りました。
「じゃあね、沙織。たまには姉妹で仲良く過ごしてね~」
挨拶を終えた翔子は私の家を出てしまいます。
そしてそのまま走り去る翔子の後ろ姿を眺めながら。
私は成美と手を繋ぎました。
「ねえ、成美。今日は一緒に寝ましょうか?」
尋ねてみると、成美は少し淋しそうな表情で頷いてくれました。
「うん。一緒にいてほしいな…。」
成美が抱き着いてきます。
「今日だけで良いから、ずっと一緒にいて…」
成美の言葉は何かを感じ取っているような、
そんな悲しみに満ちているように思えました。
「成美…?」
「いいの。お姉ちゃん。理由は聞かない。私は何も見えないし、何も知らない。だから…ね。それでいいの。だからお願い。今日だけはずっと一緒にいて…」
小さく震える成美の体。
目の見えないその瞳から透明の光が流れ落ちています。
それは『涙』と言う名の光です。
こぼれ落ちる涙を見て、
私は強く成美の体を抱きしめました。
「ごめんね、成美」
「ううん。いいの。私に出来ることは待つことだけだから。だから今日だけは傍にいて。お姉ちゃん」
「ええ、傍にいるわ。これから何があっても。私はずっと傍にいるわ。だから泣かないで…」
愛すべき成美の体を…強く、強く抱きしめました。




