同僚
「これはどういうことなの?」
俺の問いかけには答えずに、
桃花は審判を務めている北条に話しかけた。
「私は何も聞いてないわよ」
一時的に試合が中断状態となってしまい。
誰もが北条に視線を向ける中で、
北条は面倒くさそうな態度で小さく笑っている。
「ああ、そう言えば桃花は今回の調査とは別件で動いていたんだったな」
「別件?私が知らない間に何か別の問題でもあったの?」
「いや、問題ってほどじゃあねえな。複数ある任務の中でも比較的簡単な方だからな。」
「だから私に情報が流れてこなかったっていうの?」
「どうだろうな?一応、桃花以外の分析班は動いていたから情報が流れなかったわけじゃねえだろ。というよりもお前がこんなところで油を売ってなければ、ちゃんと話くらい聞けたと思うぜ」
「私が遊んでいたみたいな言い方はやめてもらえないかしら?」
「ははっ。別にそういうつもりで言ったわけじゃねえんだが、他のやつらと情報を共有しなかったのはお前の問題だろ?」
「それは、私にも都合があるのよ…。」
「だとしたらそれは俺も同じだな。わざわざ親切丁寧に説明してやる理由はねえ」
「………。それが同僚に対する言葉なの?」
「俺は俺のやりたいようにやるだけだ。それはお前も知ってるだろ?それに、な。俺はただ単に試合を組んだだけだ。その試合に勝てるか勝てないかはお前次第だ。そうだろ?真っ向からの実力勝負に関して文句を言われる筋合いはねえ」
「…まあ、そうね。」
北条の言い分は一方的だが、
反論の余地はないだろう。
そのせいで桃花の不機嫌は一層高まったわけだが、
北条がなだめることはなさそうだ。
どういう関係かは知らないが桃花はやはり同類らしい。
桃花は北条と同僚だと言ったのだ。
その言葉が真実であれば翔子ともつながりがあることになる。
どおりで異質に思えるわけだ。
生徒番号は一桁ではないものの。
翔子や北条の仲間なのだろう。
そう考えれば桃花の指揮能力の高さも納得できる。
おそらくは学園の暗部を担う一角ということだ。
尾行や調査や監視など。
これまでの様々な行動を思い返してみれば正規の調査員とは思えないからな。
おそらく北条達は学園を裏側から監視する役目を持つ内部監査の部隊に所属していると思われる。
そこに矢野桃花も所属しているのだろう。
桃花がこの会場にいたのは偶然かもしれないが、
北条は桃花がここにいたことを理解した上で試合を強行したのだろう。
肝心の桃花は何も知らされていないようだが、
北条は全てを知った上で試合を組んだようだ。
つまり。
『俺の調査』に関して関係者全てが知っているわけではないらしい。
桃花が何らかの別件で動いていたらしいことも踏まえれば、
こちらの調査に動いていたのは実質的に数人なのかもしれない。
学園中に情報網を持っているようだが、
詳細を知っているのは北条や翔子を含む少数の関係者だけなのだろう。
まさかこんなところで新たな情報が手に入るとは思っていなかったが、
北条達にも色々と事情があるようだ。
この数日間、桃花が何をしていたのか?
そして北条達が何者なのか?
学園の暗部はどの程度の規模なのか?
気になることは幾つもあるが今はのんびりと話し合っている場合ではない。
試合が終わってから時間があれば聞いてみればいいことだからな。
無理に聞き出す必要はないだろう。
「話は終わったか?」
「くっ!」
桃花と北条の会話が途切れたことで会話の間に割って入ると、
桃花は気持ちを切り替えて改めてこちらに敵意を示してきた。
「まあ、いいわ。どういう状況か分からないけれど、戦う以上、全力で殲滅するだけよ」
今は試合中だからな。
北条と話し合っている場合ではないことを理解したのだろう。
こちらとしては試合が止まった隙をついて一気に制圧しても良かったのだが、
それでは面白くないので待っていた。
どうせやるからには全力で立ち向かってもらわなくては意味がない。
「戦う気になったのならば全力でかかってこい。」
「その強気な態度を改めさせてあげるわ!」
こちらの挑発に乗ったわけではないだろうが、
試合に集中し始めた桃花は周囲に視線を配りながら再び仲間達に指示を出していく。
「力と亮太は両側から広範囲魔術!!恵理子、こっちは貫通魔術よ!!」
「任せろっ!!」
「行くぜっ!!」
「りょ~かいっ!!」
桃花の指示を受けて、即座に戦闘を再開する生徒達。
桃花を含む4人が詠唱を開始したことで、
再び魔剣を構えて、襲い来るであろう魔術に備えることにする。
どんな攻撃が来ようとも全て斬り裂くまでだ。
彼方が脱落して戦力が低下しても桃花の指示によって次々と放たれる魔術。
両側から迫る広範囲魔術がこちらの行動を阻害し、
桃花達の放つ貫通魔術がこちらを直接狙い打ってくる。
それらに対応するために魔剣を振り抜いて魔術を斬っていくのだが、
様々な角度から迫る魔術の対応に少しずつ遅れが生じてしまう。
さすがに身体能力が追いつかないからだ。
体が反応できる速度には限りがあるからな。
そのことは先ほどの試合でも明らかになっている。
的確にこちらの隙をついてくる桃花はやはり危険だ。
ただ単に上位魔術を連発しているだけではなく。
範囲魔術による攻撃に勝機を見出しているわけでもない。
ありとあらゆる魔術が『通じない』ことを前提としたうえで戦術を構成しているように思える。
全ての魔術が囮として機能しているということだ。
それはすぐに理解できた。
だが理解できても体の反応は追いつかない。
このままでは追い込まれてしまうだろう。
一瞬の判断の遅れが致命傷となる。
魔術の直撃を受けてしまえば無傷ではいられないからな。
学園最上位の生徒達の魔術を受けてしまったら、
その瞬間に敗北が決定するだろう。
時間を稼いで4人の魔力が尽きるまで待っていられるほどの余裕もない。
こちらから打って出る以外に事態を好転させる手段はなさそうだ。
翼や霧を使えば難なく切り抜けられる状況ではあるが、
それでは自分自身の成長は望めない。
真っ向から切り崩すこと。
それが最善の一手だ。
続々と迫り来る魔術だが詠唱という時間差を利用することで脱出の機会を狙うことにする。
たった1秒でいい。
魔術が途切れた瞬間に突き抜ける。
迫る魔術を魔剣によって全て斬り裂く。
数々の魔術を切り裂き、奪った魔力を得て魔剣を強化する。
そして反撃の機会を伺いながら虎視眈々と標的を狙い定める。
現時点では無傷のままで次の標的として二人目の生徒に視線を向けた。
標的は市橋亮太だ。
最も近くにいるというそれだけの理由だが、
だからこそ桃花の布陣を崩しやすい。
左右からの魔術を分断。
遠距離からの狙撃を回避。
そして桃花の魔術を…炎の矢をなぎ払った直後に、
疲れの見え始めた男子生徒達の追撃が僅かに遅れた。
「ここだ!」
「しまっ!?」
一瞬の隙を見抜かれたことで焦る桃花が慌てて仲間を援護しようとするが、
その攻撃は間に合わない。
全力で駆け抜ける速度に追いつかない。
ありとあらゆる魔術を切り裂く魔剣が目前に迫っていることで市橋の表情にも焦りの色が浮かぶ。
「くそっ!!」
やけになったのだろう。
こちらの突撃を防ごうとした市橋が殴り掛かろうとしてきた。
だが、試合場内で物理攻撃は意味がない。
試合場を包み込む結界内部においてあらゆる物理攻撃は無効化されるからだ。
それでも最後のあがきとして殴りかかろうとする市橋だが、
その手が届く前に魔剣によって市橋の体は一直線に斬られる。
「ぐ、はぁっ!?」
肺の中にあった空気を全て吐き出すかのように大きなうめき声を上げた市橋は即座に意識を失って試合場に倒れこんだ。
これで二人目が脱落だ。
目の前で倒れた市橋の様子を気にもせずに、
即座に体勢を立て直して目標を変える。
次は…。
残る3人の生徒達の姿を捉えると桃花達は散り散りに離れて距離をとっていた。
四方に分散したようだな。
前方に立ちはだかるのはもちろん桃花だ。
そして左右に53番の新谷力と85番の鈴華恵理子が布陣している。
それぞれが距離をとって離れているために、
どこを目指しても残りの生徒に狙い撃ちにされるだろう。
3人目を倒すために攻撃に出た瞬間に背後から放たれる二人の魔術を回避仕切れるかどうか?
こちらの実力が試される瞬間と言える。
面白い。
これでこそやりがいがあるというものだ。
圧倒的に不利な状況こそ、乗り越える価値がある。
そう思うからこそ桃花の策略に真っ向から挑む気になった。
「落とせるものならばやってみせろ」
背後を晒す危険性を認識しながらも次の生徒に向かって駆け出す。
次に狙うのは『鈴華恵理子』だ
どの程度の実力を持っているのかは知らないが、
現状では最も番号の低い生徒だからな。
彼女を倒せば残りは最も実力のある桃花と5人の中で真ん中に位置する新谷力だけになる。
勝利を目指すのであれば弱者から叩き伏せるのは当然とも言える作戦だ。
数を減らせばそれだけ戦いが有利になるからな。
その作戦を実行に移す為に次の標的として恵理子に視線を向けた。
一瞬だけ俺と視線が重なる恵理子だが怯むことはなかった。
おそらくは逃げる事よりも戦う事を選んだのだろう。
迫り来る魔剣を睨みつけながら新たな魔術を放ってくる。
「ホーリー!!!」
光属性の中でも最上位に位置する魔術だ。
今回の試合において最大級の魔術が放たれた。
「私が援護しかできないと思っていたら大間違いよ!」
これまでは桃花の指示に従って後方からの援護に徹していた恵理子だったが、
ちゃんと攻撃魔術も使えたらしい。
白い稲妻が試合場の上空に出現して、
地面を目掛けて幾重にも降り注いでいく。
そして稲妻と化した強烈な光によって周囲から俺の姿が数秒間見えなくなったようだ。




