仮説の仮説
《サイド:美袋翔子》
う~ん。
ホントに謎だらけよね~。
「みゃ~♪」
優奈ちゃんに懐く子猫の行動はとても精霊には見えないわ。
そもそも、どうやって声を発してるのかが疑問よね?
声帯とかないわよね?
そもそも呼吸すらしてないわよね?
もっと言うなら肺とか喉とかもないわよね?
「ってか、なんで猫なの?」
気になって問い掛けてみると。
「以前、猫を飼ってたんです。」
優奈ちゃんは体調を崩しながらも精一杯の笑顔で答えてくれたわ。
「見た目はこの子そっくりで、名前も『ミルク』って呼んでたんです。でも…」
そこまで言ってから優奈ちゃんは僅かに表情を曇らせてた。
これはまあ、あれよね?
もういないっていう意味よね?
「私が子供の頃からずっと一緒だったんですけど。でも今年に入ってからすぐに寿命で…」
あ~、やっぱりそうなるわよね。
亡くなったってことよ。
はっきりとは言わなかったけど、
それ以外に答えはないわよね?
その先は聞かなくてもわかるから、
優奈ちゃんの言葉を察してそれ以上の追求しなかったわ。
ただ、今ここにいる精霊を見つめながら、もう一度優奈ちゃんに問い掛けてみる。
「つまり、その子は前に飼ってた猫を思い出しながら召喚したって感じ?」
「あ、はい。一応そうです。姿もそうですけど、雰囲気というか行動もですけど、懐かしいくらい全てがそっくりなんです」
ふ~ん。
そういうこともあるのね~。
…って言うか。
自分で考えて精霊として作り上げたんだから姿が似てるのは当然よね。
どうして鳴くことができるのかは不明だけど。
優奈ちゃんの言葉を聞いていた龍馬が話しかけてきたわ。
「もしかすると、その猫を本当に精霊として召喚したとか?」
あ~。
ありえるかも。
どうやって?っていう部分は分からないけど龍馬の意見が正解っぽいわよね。
でも、肝心の優奈ちゃんは首を傾げてる。
そうであれば良いとは思っても、
そうなのかどうかは分からないっていう感じかな。
じっと精霊と向き合う優奈ちゃんは、
以前と変わらない面影を持つ子猫を見つめながら話しかけてる。
「そうなの?」
向き合って問い掛けてみるけれど、もちろん子猫は話せないわ。
「みゃ~♪」
鳴き声を上げるだけで、質問に答えることはなかったのよ。
「ん~?」
再び首を傾げる優奈ちゃん。
龍馬の推測が事実かどうかは優奈ちゃんにも分からないようね。
ただ、龍馬の意見に対して理事長が自分の意見を話し出してきたわ。
「ありかなしかで考えるとありえそうな気はするけど…。でも、どうかしらね?絶対とは言い切れないけれど、生命に関する魔術は現状存在しないわ。生き返らせるとか死者を喚び戻すとか、現在の理論では不可能なのよ。少なくともこの国にはそういう魔術は存在しないし、そんな魔術は噂さえ聞いたことがないわ」
人とか動物とかそういう部分に関係なく、
死者を生き返らせる魔術は存在しないってことよね?
理事長の言葉は龍馬の予想を完全に否定する意見だったわ。
だけど他に考えられる理由はなさそうだし、立てられる仮説もないわよね?
だからかどうかは分からないけれど、
理事長は龍馬の考えを否定してから言葉を付け加えたわ。
「もしもの話だけど、もしも御堂君の仮説が正しいとすれば、それは魔術の理論どうこうよりも深海さん個人の能力なのかもしれないわね」
「私の力ですか?」
「まあ、仮説に対する仮説だから上手く説明は出来ないけど、そもそもの仮の定義として吸魔と呼んでいる貴女の力が本当に『魔術を吸収するだけの力』とは言いきれないでしょう?」
う~ん。
まあ、確かに?
何が正解かなんて誰にも決められないし。
そうだと決めつけた時点で成長が止まっちゃうわけだし。
優奈ちゃんの能力がどういうものかは正直誰にも分からないのよね。
総魔のおかげで明らかになったはずの優奈ちゃんの力だけど、
ここにきて再び疑問が生まれちゃったわ。
「まだ他にも隠れた力があるってこと?」
だとすれば凄いとは思うけど、理事長は首を傾げてる。
「さあ?仮説の仮説だから実際にどうかは知らないわ。ただそういう可能性もあるんじゃないかしら、って言ってるだけよ。本当のところがどうかなんて私には分からないわ」
まあ、理事長に限らず、誰にも分からないわよね。
吸収の能力なんて今まで誰も持ってなかったわけだし。
分析できそうな総魔も失踪中なわけで、
私達だけだと考えようがないのよ。
それに、そもそも隠れた力なんて考えようが…って?
あれ?
もしかして、そういうことなの?
理事長の言葉を聞いたことで、私はあることを思い出したわ。
「あ~っ!!」
突然声を上げてポケットに手を入れる。
そして掴み取った小さな水晶玉を優奈ちゃんに差し出してみたわ。
「これを使えば分かるんじゃない!?」
私の手にあるのは原始の瞳よ。
総魔の荷物から回収した潜在能力を教えてくれる水晶玉ね。
私の手の上では光らないけれど。
水晶玉を見た沙織が問い掛けてきたわ。
「翔子が持ってたの?」
「あ、うん。今はね。まあ、総魔が置いて行った荷物の中にあったのを私が勝手に預かってるんだけど」
取り出した原始の瞳を優奈ちゃんに手渡してみる。
「ちょっと持ってみて」
「あ、はい」
右手で精霊を抱えながら、そっと左手で受け取る原始の瞳。
優奈ちゃんの手の上にある原始の瞳は…何の反応も示さなかったわ。
「あれ…?」
首を傾げちゃう。
潜在能力はないの?
隠れた能力があるわけじゃないの?
そういうことじゃないの?
「少し前にも総魔さんから受けとったことがあるんですけど、その時にもこの水晶は光りませんでした」
ちょっぴり悩んでしまう私に、優奈ちゃんが以前の出来事を話してくれたわ。
「え?そうなの?」
「あ、はい、すみません」
光らなかったことに対して謝られちゃった。
別に謝ることじゃないんだけど、
期待ハズレに終わったことでため息を吐いてしまったわ。
「潜在能力はないのね~。だったら何なの?」
頭を抱える結果よね。
謎は更に深まるばかりだったわ。
優奈ちゃんの力に関して有力な意見は出ないまま時間だけが過ぎていったのよ。




