斬らない
《サイド:天城総魔》
「あなたらしい、って言うべきかしらね」
「さあ、どうだろうな。」
ルーンは術者の心を映す鏡だと黒柳は言っていた。
だからもしもその言葉が真実であるとすれば、
光でも闇でもない不確かな光を放つ魔剣が俺の心の色なのかもしれない。
心、か。
自分でもよくわからない部分だが、
もしかしたらそうなのかもしれないな。
自らの力を疑うことに意味はない。
ルーンが真に鏡として術者の能力を映し出すのかどうかはわからないが、
それが真実であると信じた結果として魔剣は生まれたからだ。
疑う余地はない。
いや、疑う必要がないというべきか。
「一応言っておくが、心配しなくても腕を切り落とすような事はしない」
その言葉によって翔子の緊張が少し和らいだように見える。
恐怖はまだ消えていないようだが、
少しだけ笑みが戻ったような気がしたからだ。
「やっぱり、総魔らしい能力ね。」
「何故、そう思う?」
「無差別に殺し合う力を求めていたわけじゃないんでしょ?もしもそうなら『斬らない』なんていう選択肢があるわけないわ。」
………。
「総魔って不思議よね。誰よりも強くなることを求めているのに、それなのに誰かを傷つける力を求めているようには思えないわ。相手の力を奪って戦闘不能にはするけど、相手を殺そうという気持ちが感じられないのよ。」
「それは偶然だ。」
意図してそうしてきたつもりはないからな。
「だから、思うのよ。そうしようとか、そうしなきゃいけないとか、そういう考えじゃなくて、自然とそうしてしまうことが総魔の優しさなんだって私は思うの」
「買いかぶりすぎだろう」
「そうかな?でも、私はそう思うの。だから、私がどう思うのかは私の勝手でしょ?」
ああ、そうだな。
「翔子の自由だ」
他人の考えを矯正する権利は誰にもない。
当然、自分の考えを否定される理由もどこにもないだろう。
そう判断して翔子の発言を認めたのだが…
「あはっ。やっと私のことを名前で呼んでくれたね♪」
俺の様子を見ていた翔子は今までの恐怖を忘れたかのように嬉しそうな表情を見せた。
「ちゃんと仲直りできて良かった」
精一杯の笑顔で力説する翔子の心に嘘偽りは感じられない。
今までと同じように、
あるいは今まで以上に誇らしげな笑顔を見せている。
「もう大丈夫。総魔のことを信じられるから。だから、遠慮はしないで」
笑顔で告げる翔子を見て、
最後の迷いが吹っ切れた気がする。
今の翔子なら願いを叶えることが出来るだろう。
「良いだろう。そして見届けろ。これが、俺の力だ!!」
翔子の左腕に狙いを定める。
そして翔子の願いを叶えるために、
迷う事なく翔子の左腕に切り掛かった。
上段から下段へ垂直に振るった魔剣の刃が翔子の左腕を襲う。
その瞬間。
物理的ではない『何か』を斬り裂く音が響き。
魔剣が翔子の左腕を突き抜けた。
「…っ!!」
物理的な負傷によって左腕を失うことはないと分かっていても、
左腕をすり抜けるルーンの感触は感じてしまったのだろう。
鋭い刃の感触をまざまざと感じさせられる翔子の表情が一瞬にして絶望に彩られていく。
「総…魔…っ。」
これからどんな結果になるのか?
心の中を恐怖で一杯にしながらも、
翔子は最後まで視線を逸らす事なく魔剣を見定め続けていた。
そして。
たった一撃で翔子は意識を失った。
おそらく魔力を斬られた事が原因なのだろう。
それに伴って奪われた翔子の魔力が急激に減少したようだ。
魔力を破壊されるという強制力によって、
急激な疲労感が翔子の意識を途絶えさせた。




