名目上は
《サイド:天城総魔》
「それにしても…」
呟く宗一郎が俺と美由紀の視線を受けながら問い掛けてきた。
「まさかきみがそのことを知っているとはな。砦に関しては情報を封鎖していたつもりだったが、どこでその情報を手に入れた?」
砦の情報か。
その出所は考えるほどのことではない。
最も単純な答えだからだ。
「この国に向かう途中で建造中の砦を見ただけだ。」
およそ20日ほど前の話になるが、
直接この目で確認していた。
「なるほどな。きみはその目で直接確認したのだな?」
「ああ、そうだ。」
…とは言っても。
まだ始まったばかりで具体的な建設までには至っていなかったが、
大規模な工事が行われていたのは間違いない。
「俺が見たのは基礎工事部分だが、アストリアの軍が関与していたのははっきりと覚えている」
「そうか…。」
宗一郎は服の内ポケットから、一枚の書類を取り出した。
「明日、必要になると思って用意していたものなのだが…」
宗一郎が机の上に広げた書類は『ある場所』の見取り図だった。
「これを手に入れるのにはかなりの苦労があったのだが、これが『どこの図面』か分かるか?」
どこの、か。
これまでの話の流れを考えれば答えは一つしかないだろう。
「砦の図面だな?」
「ああ、そうだ。そしてすでに砦は完成している」
「なっ!?そんなっ!?いくらなんでも早過ぎるわ!これだけの規模の砦なんて!!」
驚く美由紀だが、宗一郎は冷静に説明を続けていく。
「驚くのも無理はない。だが、どれほど否定したところで現実は変わらん。事実として砦は完成し、すでに多くの兵が送り込まれたという情報が入ってきているからな」
「そんな、そんなはずは…」
はず?
美由紀の言葉に、俺は微かな疑問を感じてしまう。
「はず、とはどういう意味だ?」
「どう、っていうか、明日には来るのよ。問題の彼等が…」
彼等?
「どういうことだ?」
尋ねる俺に、美由紀ではなく宗一郎が答えた。
「アストリア王国の王族が魔術大会の観戦に来るのだ。名目上は隣国同士の友好関係の向上ということになっているがな」
…どういうことだ?
魔術師を認めない国が友好関係?
有り得ない話だと思ってしまう。
「本気で言っているのか?」
「私にも理解できないわ。どういうことなのかしら?」
戸惑うばかりの美由紀に、宗一郎が仮説を答える。
「おそらくは最初から話し合うつもりなどなかったということだろう」
「でも、だったらどうしてわざわざ視察なんて…」
二人の会話を聞いていたことで、一つの結論にたどり着いた。
「状況的に考えれば『宣戦布告』だな」
「なっ!?」
驚く美由紀だが、宗一郎はすでにその可能性を考えていたようだ。
「おそらくそうだろうな。戦争を行うか、それとも潔く降伏するか。その決断を迫るつもりなのだろう」
「そんなっ!?そんなことを決められるはずがないわっ!!」
だろうな。
だが向こうは共和国の意見を聞くつもりは最初からないはずだ。
武力による強制介入。
それを『避ける方法』はただ一つしかない。
「戦いたくなければ全ての魔術師を自らの手で根絶やしにするしか方法はない」
「馬鹿を言わないでっ!!そんなことが出来るわけないでしょ!?この国は全ての魔術師達の最後の希望なのよ!魔術師を根絶やしにするなんて、それじゃあ、この国が存続する意味がないわっ!!」
美由紀の言い分はもっともだ。
だが、魔術師を庇うのなら戦争は避けられない。
「だったら戦うしかないだろう。魔術師達の最後の希望を守る為に立ち向かうしかない」
「そんなっ。でも、戦争なんて…」
言葉を失う美由紀だが、美由紀もすでに気付いているはずだ。
他に選ぶべき選択肢がないことくらい分かっているはず。
そして、俺の選ぶべき選択肢も一つしかない。
「明日、王族が来ると言ったな?」
確認してみると、宗一郎はしっかりと頷いた。
「ああ、時間までは不明だが、午前中には着くだろう。今日中に『砦』を出発して、近隣の町で宿泊してから、この会場へ訪れることになっている」
「そうか…」
宗一郎の言葉を聞いたことで、
俺は目的の人物に出会える可能性を考慮した。
アストリアの王族。
全ての元凶であり、倒すべき存在だ。
復讐するべき国の代表でもある。
誰が来るのかは知らないが、
復讐すべき相手の一人であることに間違いはないだろう。
「時間をとらせて悪かったな。俺の話は以上だ」
話を終えて席を立つ俺に、宗一郎が話し掛けてきた。
「…暗殺するつもりか?」
宗一郎の言葉にぴくっ、と反応した美由紀が、
すぐさま俺に視線を向けて鋭い目で睨みつけてきた。
「ダメよっ!そんなことをすれば本当にもう取り返しの付かないことになってしまうわ!!」
俺の行動を止めるために怒鳴る美由紀だが、
俺としてはまだ行動を起こすつもりはない。
この場では動けない理由があるからな。
だから今は美由紀の考えを首を振って否定することにした。
「今はまだ暗殺するつもりはない。必要であれば考えなくもないが、俺の個人的な目的の為に御堂達を巻き込むようなことはしたくないからな。俺一人が罪を負うのは構わないが、御堂達を巻き込むような行動はとれない」
この地に御堂達がいなければ行動を起こしていた可能性は高いが、
今は御堂達がこの地にいるからな。
俺の個人的な事情に御堂達を巻き込みたくはないために、
暗殺は行わないと断言してから二人に背中を向けて歩きだすことにした。
「大会は必ず優勝させる。そして御堂との決着を付ける。だがそのあとは…俺の自由にさせてもらう」
卒業試験を受ける前に学園を…
いや、共和国を去ることになるだろう。
そんなふうに考えながら、部屋の扉に手をかけようとしたのだが、
その瞬間に慌てて離れていく人影が見えた。
今の後ろ姿が誰なのか?
考えるよりも先に、この場に残る微かな匂いですぐに分る。
まさかここで盗み聞きとはな…。
微かに微笑みを浮かべながら扉を開いてみる。
本人は隠れているつもりだろうが、
どこに隠れているかはすぐに把握できた。
どの段階から話を聞かれていたのだろうか?
宗一郎との会話に集中していたせいで接近されていたことに気付けなかったのだが、
知られてしまった以上は仕方がないと思う。
事実を知ってどうするかは本人次第だ。
そんなふうに考えながら部屋を出ようとする俺に、宗一郎が声をかけてきた。
「見せてもらおうか。きみの実力と目的に向かう意志の強さを、な」
「ああ、好きにすればいい」
全ての話し合いを終えたことで、控え室の扉を閉めた。




