復讐の相手
《サイド:天城総魔》
「なるほどな。きみの気持ちは良く分かった。だが、これからきみはどうするつもりなんだ?わざわざ、俺に会いに来て感謝するというのは何か別の目的があるように思えるんだがな」
「もちろん俺自身の目的は別にある。どういう理由で魔術師狩りが行われているのかは知らないが、いずれ『復讐』するつもりでいる。村が焼き払われた時のように、両親を殺されて多くの知り合いが殺された時のように、俺も『奴ら』をこの手で始末するつもりだ」
「ちょっ!無理よ!そんなことは不可能よ!絶対に出来はしないわ!!」
美由紀は机を叩いて『バンッ!』、と大きな音を立てていた。
「自分が何を言ってるのかわかってるの!?あなたの復讐相手は個人で戦える相手なんかじゃないのよ!?」
「まあ、待て」
必死に怒鳴る美由紀だが、
宗一郎が片手で制してから俺に問い掛けてきた。
「戦うべき相手が誰なのか、きみは知っているのか?」
「ああ、理解している」
「全てを理解した上で、戦うつもりだと考えて良いんだな?」
「ああ、そうだ」
宗一郎の確認に、俺はしっかりと頷いてみせた。
この15年間。
俺は何もしなかったわけではない。
故郷に何が起こり、誰が攻め込んできたのかはすでに調べてある。
「敵が誰かはわかっている。だからこそ俺は力を求めた。全ての敵を滅ぼすためにだ」
「だから、無理だって言って…!」
俺の発言に対して、美由紀は立ち上がって抗議しようとしたのだが…
「落ち着け、美由紀っ!!」
「…ぅ…」
宗一郎の一括によって美由紀は沈黙してしまう。
そんな美由紀を眺めてから、
宗一郎は落ち着いた様子で俺に話しかけてきた。
「きみの目的は簡単な話ではないぞ?もしも実行すれば多くの犠牲と引き換えに大切なものを失うことになるだろう。夢も、希望も、未来も、そして、きみ自身の命でさえもだ」
「問題ない。俺の命一つで目的が果たせるのなら、たやすいことだ」
「それだけの覚悟を持っているということか?」
「覚悟と言う程ではないな。目的を果たす為なら命くらい惜しくはない。ただ、それだけのことだ」
「そう考えられる人間はそうそういない。きみの意思はすでにそれ自体が『覚悟』と呼ぶのだ」
「どうだろうな。これは俺のわがままでしかない。俺は俺自身の意志で戦って俺自身の意思で死んでいくつもりだ。誰かを巻き込むつもりもなければ、誰かに助けを求めるつもりもない」
「一人で目的を果たせると思っているのか?」
「その為の力だ」
はっきりと答えてから、美由紀に問い掛けてみる。
「俺の実力を考慮した上で、俺が目的を果たせる可能性はどの程度だと考える?」
「そんな可能性は考慮するまでもないわ!0%!!それが答えよ!!」
「そうか。だったら質問を変えよう」
次に宗一郎に問い掛ける。
「この会場にいる全ての人間を殺せる力があるとすれば、どの程度の確率だと考える?」
「随分な発言だな。だがそれが可能であるとすれば、おそらく1割程度。その程度には実現可能かも知れんな」
「だったらこの会場を一瞬で壊滅出来るとすればどうだ?」
俺の問い掛けに、宗一郎は悩みながら答える。
「到底、実現可能な仮説とは思えんが、万が一にもそれが出来るのならば、決して不可能とは言えないだろう」
「そうか。ならば手に入れて見せよう。それだけの『力』を」
俺の言葉を聞いて、美由紀が尋ねてきた。
「本気で言っているの?」
「ああ、当然だ」
「一人で何とかなるような相手じゃないわよ!」
「分かっている。だが、だからと言って諦めることなど出来はしない。この憎悪と絶望を『奴ら』にも味わわせる。それだけが俺の生きる目的だ」
「総司も一葉もきみの死を望みはしないだろう。」
俺の発言に対して、
宗一郎は冷ややかな視線を向けてきた。
「二人はきみに生きてほしいと願ったのではないか?」
ああ、そうかもしれない。
だが、『奴ら』を許すことなど出来はしない。
「俺の心に潜む憎悪が消えない限り、『奴ら』を忘れることなど出来はしない」
「上手く復讐を果たせたとしても、もうあとには戻れないぞ?復讐の先に幸福などありはしない。待っているのは殺人という名の罪だけだ」
「構わない。」
幸福など最初から求めるつもりはないからな。
「俺の幸福は15年前に全て奪われた。今の俺に残っているのは『復讐』という言葉に捕われた愚かな心だけだ」
「自分で愚かだと思っていながらもやめるつもりはないのだな?」
「天城総魔という人間は15年前に死んだ。今の俺は復讐の為だけに生きている。今更…別の道など見えはしない」
「だが今ならまだ戻れるだろう。復讐を諦めて天城家の血を受け継いでいくことが、きみには出来るはずだ」
俺を説得しようとする宗一郎だが、
その考えはすでに手遅れだ。
「もうすでに遅い。貴方はすでに分かっているはずだ。奴らはすでに動き出している。この国へと向かってな」
「っ…!?」
俺の言葉を聞いた宗一郎は表情を歪めていた。
だが、美由紀はまだ何も知らないらしい。
「どういうことなのっ!?」
宗一郎の表情を見て戸惑う美由紀は何も知らないようだった。
「この国の代表にも関わらず、まだ何も知らないとはな」
呆れて呟く俺の言葉を、宗一郎が即座に訂正した。
「あえて伝えなかったのだ。俺が情報を封鎖したからな」
「え?お父さん?どういうことなの!?」
「まだ確定していなかったからだ。調べさせてはいたが、まだ目的が明らかになっていない。だから余計な心配はかけないようにと、せめて事実が明らかになるまではと思い。様子を見ていたのだ」
今まで隠していた事実を告白した宗一郎は、
俺と同じ情報を掴んでいるようだな。
美由紀はまだ何も知らないようだが、
宗一郎はすでに知っているらしい。
「何が…起きているの?」
美由紀の戸惑いに俺が答える。
「北部の国境沿いに軍事用の砦が建築され始めた。おそらくはこの国への『進軍』を目的とした砦だろう」
「そ、そんなっ!?」
驚愕の染まる表情を見て、宗一郎が苦々しく言葉を続けた。
「向こうからは国境の警備の強化と盗賊退治という公的な文書が届いた。だがこれは明らかに共和国への進軍を目的にしているとしか思えない。だがそうは思っても、うかつに手を出すことも出来ん。下手に争いが起きればそれこそ『戦争』に発展しかねんからな」
「そんな…っ!?」
突然の報告を受けて戸惑う美由紀だが、それは仕方のないことだとも思う。
相手は…俺が倒すべき相手は『アストリア王国』そのものだからだ。
魔術師を認めない国家の軍隊と戦わなければならない。
その事実によって、本格的な『戦争』が始まろうとしていた。




