火傷の治療
《サイド:美袋翔子》
うんうん。
今日も美味しいわね~。
なんて思いながらゆっくりと食事を楽しんでみる。
そんな感じで30分くらいが過ぎた頃かな?
「あ…っ」
隣に座ってる優奈ちゃんの戸惑うような声が聞こえたから、
食事の手を止めて振り向いてみる。
どうしたのかな?
何があったのか知らないけれど、
優奈ちゃんはうつむきながら左手の甲を抑えて軽くさすっていたのよ。
「どうかしたの?」
「え、と。その、ちょっとだけ、火傷しちゃいました」
優奈ちゃんは恥ずかしそうに微笑みながら、左手を私に見せてくれたわ。
ん~?
火傷?
優奈ちゃんの視線の先には、蟹の入った小鍋があるわね…って、いうことは?
あらら。
お鍋に当たっちゃったのね。
「大丈夫?」
「…はい」
恥ずかしそうにうつむく優奈ちゃんはいじらしいと言うか何て言うか、すごく可愛わね~。
「痛い?」
「あ、はい。ちょっとだけ…」
う~ん。
ちょっとだけって言ってるけど目には涙が浮かんでいるわね。
まあ、ほっとけば治るとは思うけど、
しばらくは痛みが続くはずよ。
…となると。
このまま放っておくのは可哀想よね。
おしぼりを掴んでから優奈ちゃんの左手に添えてみる。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。」
涙をこらえながら上目遣いで私を見上げる優奈ちゃん。
うわ~。
やばっ。
ものすごく、可愛い!
一瞬だけど、成美ちゃんを思い出して、
衝動的に優奈ちゃんを抱きしめたくなったわ。
…だけど…。
ここで暴走すると沙織に笑われちゃうわよね。
優奈ちゃんも困っちゃうだろうし。
理性を全力で活動させて、手が動く前に思い止まったわ。
そして冷静になるように自分に言い聞かせてから、
優奈ちゃんの左手に添える手に力を込めてみたのよ。
「ヒーリング!」
展開したのは簡単な回復魔術よ。
ちょっとした火傷の治療くらいなら私でも出来るのよ。
微かな光が生まれたあとで、優奈ちゃんの火傷は消え去ったわ。
うんうん。
完璧ね!
心の中で満足する私だけど…。
「えっ?」
何故か隣から戸惑うような沙織の声が聞こえたわ。
「ん?どうかしたの?」
「………。」
尋ねてみたけれど。
沙織は私に振り向こうともせずに、
優奈ちゃんの左手に視線を向けてた。
う~ん?
なんだろ?
失敗でもしたのかな?
もう一度、優奈ちゃんの左手を確認してみる。
だけど火傷はちゃんと治ってるはずよ。
傷一つないどころか、
すべすべでちょっぴり羨ましいくらいだしね。
…って、そういうことじゃないわよね?
そうじゃなくて、沙織が何を見てるのか?っていうことが肝心なのよ。
ん~。
何なの?
考えても分からないわね。
もう一度沙織に視線を向けてみても、
沙織は優奈ちゃんの左手を見つめ続けたままだったわ。
「沙織?」
「沙織先輩?」
問い掛ける私と同じように、
優奈ちゃんも不思議そうに沙織を見つめているわ。
そのせいで。
龍馬も、真哉も、食事の手を止めて沙織に視線を向けてるわね。
「ねえ、沙織?」
「…あ、うん。」
もう一度呼びかけた時に、ようやく沙織が答えてくれたんだけど。
何となく、上の空って感じなのよね。
何かを言いたそうな雰囲気なんだけど…
それでも沙織は何も言わずに総魔に振り返ったわ。
「あの…。天城君?」
「ああ」
食事の手を止めた総魔は、
視線だけで沙織と意思の疎通が出来たみたいね。
沙織が何かを話しかける前に、
総魔も優奈ちゃんの左手に視線を向けたわ。
うぅ~?
何なの?
総魔まで優奈ちゃんを見てどうしたの?
色々と疑問を感じる私だけど、
それは優奈ちゃんも龍馬も真哉も同じようね。
「どうかしたのかい?」
問い掛ける龍馬だけど、
総魔は何も答えずに沙織に視線を戻してから小さく頷いたわ。
「ふう…。やっぱり、そうなのね」
総魔の行動で沙織は何かを確信したみたい。
結局、私達は何もわからないままなんだけどね。
それでも沙織は何かを判断してから席を立って、
優奈ちゃんに歩み寄ってから優奈ちゃんの左手に手を伸ばしたわ。
「あ、あの…?」
「………。」
戸惑う優奈ちゃんを気にせずに、
沙織は火傷のあった場所を軽くさすってから小さくため息を吐いてる。
ん~。
意味がわからないわね。
「だから、どう…」
「…あったのよ。吸収にも『欠点』が…」
私が質問するよりも先に、
沙織が爆弾発言をしてくれたのよ。
「えっ?」
「えええええええええええええええっ!?」
沙織の言葉に戸惑う優奈ちゃんだったけど、
その疑問は私も同じだったわ。
「欠点って、どういうことなの!?」
「翔子は気づかなかったの?本当なら有り得ないのよ。今の現象はね」
今の現象?
それってどういう意味?
全然わからなくて首を傾げてしまったわ。
だけどそれは他のみんなも同じで、総魔以外は誰も分からないようね。
「どういうことなの?」
「翔子の魔術に対して優奈の吸魔の能力が『発動しなかった』ということだ」
再び尋ねる私に、今度は総魔が答えてくれたわ。
だけど、ね。
今回は声すら出ずに戸惑ってしまったわ。
優奈ちゃんの能力が発動しなかった?
どうしてなの?
理由が分からないわ。
だけど龍馬は気付いたみたいだったわね。
「あっ!そうかっ!!」
真剣な表情を浮かべる龍馬も優奈ちゃんの左手に視線を向けてる。
「全く気付かなかった。本当ならあの時に気付くべきだったのに…」
思い悩むような表情を浮かべる龍馬だけど、あの時って、いつのこと?
じっと優奈ちゃんの左手に視線を向ける龍馬は何かに気づいたようだけど、
私も優奈ちゃんも訳が分からずに首を傾げるしかなかったわ。
「まだ分からないか?」
問い掛けてくる総魔に、私と優奈ちゃんは二人揃って頷く。
だから、かな?
総魔は優奈ちゃんの左手に視線を向けてから、その理由を教えてくれたのよ。
「優奈の特性は、あらゆる魔術を吸収する能力だ」
「それがどうかしたの?」
「その特性上。攻撃、回復、補助、その内容に関わらず、あらゆる魔術を吸収することになる」
「ん?」
総魔の言葉を聞いて、私は微かな疑問を感じたわ。
あれ?
あらゆる魔術を吸収する?
あれれ?
でも今、火傷は治ったわよね?
何度確認してもその事実は変わらないわ。
優奈ちゃんの左手に火傷なんてないのよ。
どういうことなの?
余計に分からなくなってくる。
「でも、火傷は治ったわよね?」
「だからこそ『欠点がある』ということだ」
欠点?
良く分からないけれど。
今の話を整理すると優奈ちゃんには本来なら魔術は通用しないから、
治療さえも出来ないはずってことよね?
でも、火傷は治ったわ。
回復魔術が通じたのよ。
本来なら魔力として吸収してしまうはずなのに?
どうしてなの?
完全な矛盾よね。
通用しないはずの魔術が優奈ちゃんに通じたこと。
その事実こそが、沙織が疑問に感じて欠点と言った理由みたい。
「どういうことなの?」
「優奈ちゃんにも防げない魔術があるということだと思うんだけど…」
私の問い掛けに沙織が答えてくれたんだけど、
はっきりとしたことはわからないようね。
総魔に視線を向ける沙織は、
総魔の意見を求めているようだったわ。
だからかな?
総魔は静かに席を立ってから優奈ちゃんに歩み寄ってくる。
そして、優奈ちゃんに話しかけたのよ。
「手を」
総魔の言葉に素直に応じる優奈ちゃんがそっと左手を差し出すと、
総魔は優奈ちゃんの左腕をつかみ取ってから魔術を発動させたわ。
「ファイアー」
総魔の手から炎が生まれたのよ。
「熱っ!」
痛みに怯える優奈ちゃんが涙目になってた。
「ちょっ!総魔、何を!」
慌てる私を手で制しながらも、
総魔は優奈ちゃんの左腕に注目してた。
そして今度は火傷の痛みで泣き出しそうな優奈ちゃんに回復魔術を発動させたのよ。
微かな光と共に、一瞬で消え去る火傷。
痛みが収まったことで優奈ちゃんは安堵の息を吐いているわね。
…って言うか。
攻撃してから回復って、何がしたかったの?
総魔が何をしたいのか分からないけれど。
優奈ちゃんの腕に異常が無い事を確認した総魔は静かに自分の席へと戻って行ったわ。
「だから、なんなの?」
何度も聞いてる気がするけど、
今の結果を考慮した総魔は沙織に一言だけ問い掛けてた。
「間違いないな?」
「ええ、私もそう思います」
二人の間だけで出る結論。
沙織の同意を得たことで、総魔はようやく私達に説明してくれたのよ。
「優奈の吸魔の能力には欠点がある。今の実験でそれが明らかになった」
「だ・か・ら・その欠点って何なの?」
問い掛ける私と同じように、
優奈ちゃんも真剣な表情で総魔に視線を向けているわね。
「優奈が魔術を吸収出来ることは間違いない。だが、吸収出来ない状況があるということだ」
吸収出来ない状況?
「それって?」
「優奈は直接体に触れての魔術は吸収出来ない、ということだ」
「なんでっ!?」
「話せば長くなる。続きは夕食を終えてから説明しよう」
説明を放棄した総魔は食事を再開しちゃったわ。
あとでって言われても、
ものすごく気になるんだけど…。
見た感じ総魔に説明する気はないようね。
「沙織?」
沙織に問い掛けても、沙織は小さく微笑むだけだったわ。
「せっかくの料理が冷めるわよ」
うぅ…。
沙織も教えてくれないのね。
龍馬に視線を向けてみても…。
「ごめん。僕にはそこまでのことは分からないよ」
龍馬はそもそも答えられないみたい。
う~ん。
真哉に視線を向けてみても、真哉に分かるはずがないし…。
「とりあえず食おうぜ!」
あっさりと食事を再開しちゃってる。
その結果として、最後に優奈ちゃんに振り向いてみると…
「…気になりますね。」
優奈ちゃんはちょっぴり落ち込んでる様子だったわね。
まあ、自分のことだから誰よりも気になると思うわ。
その気持ちは分かるんだけど。
今は誰も教えてくれる雰囲気じゃないのよね~。
「とりあえず食べよっか?」
「はい」
こうして私と優奈ちゃんは疑問を抱えたまま食事を再開することになったのよ。




