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THE WORLD  作者: SEASONS
4月3日
53/4820

魔力の波動

《サイド:美袋翔子》


さてさて。


実は私も密かにルーン研究所にいるのよね~。


ここはさっき総魔も立ち会いのもとで実験が行われた実験室の隣で、

単純に控室と呼ばれる小さな部屋よ。


そんな小さな控室の中で、

実験を終えて体を休めている人物と机をはさんで向かい合って座っている状況ね。


さて、と。


まずは挨拶かな?


「とりあえず、実験お疲れ様って感じから挨拶しておくわね」


「ありがとう。でも、疲れているのは翔子の方じゃないかい?僕はここで力を解放するだけの簡単な仕事だからそんなに疲れてはいないよ」


そこはまあ、社交辞令ってやつよ。


個人的にはさっさと自分の部屋に帰って寝ちゃいたい気分だけど、

そうも言ってられない事情があるんだから仕方ないわよね。


本当に心の底から何もかも忘れて眠ってしまいたいと考えているけれど、

現状ではそんなわがままは許されないのよ。


押し付けられている任務を丸投げできない立場にいるせいで、ね。


「最低限、やるべきことをやってから考えるわ」


「うーん。そこまではっきり言われると本当に大変そうだね」


「歴代の任務の中で最高難易度ってやつ?」


「そこまで大変なのかい?」


まあね~。


「わりと本気で胃に穴が空きそうな気分よ」


主に総魔の想定外の成長に対して身の危険を感じているだけなんだけど、

精神的な苦痛を感じていることに間違いはないと思うわ。


「しばらくのんびり過ごしたいと切望するわね」


「それはまあ、ご愁傷様としか言い様がないかな?」


「そう思うなら変わってくれない?」


「僕はいいけど、理事長は納得しないと思うよ?」


「そもそも納得してもらう必要ってあるの?」


「それなりに立場的な問題はあるんじゃないかな?現段階での最善策は彼を味方に引き入れることだよね?だけど僕が直接話し合いに行って、彼が素直に話を聞いてくれるかどうかはかなり疑問だと思うよ?」


「そこを何とかするのが委員長の役目でしょ?」


「委員長って、普段そういう呼ばれ方をしたことはないよね?」


「それはまあ、そうでしょうね。」


私も言わないし。


「だったらいつも通り名前で呼べばいいんじゃないかな?」


そうなんだけどね~。


「それだと代わり映えしないから何となく言ってみたい気分だったのよ」


「ははっ。翔子らしいね」


何が?


「どう、私らしいのか分からないけど?」


「そうやって話題をそらすのが得意なところ、とかかな」


「あんまり嬉しくない評価よね~」


「僕も同意見だよ。立場的にはともかく、誰かに委員長と呼んでもらえるような仕事はしてないからね」


「それじゃあ、番長って呼んであげよっか?」


「いや、それ、僕じゃないし。というか、その話題はもういいよ。」


「そう?まあ、呼び方なんてどうでもいいんだけどね」


「ははっ。翔子は本当に変わってるね。本人を目の前にしてそんなふうに言えるのは翔子だけだよ」


う~ん。


「じゃあ、素直に先輩って呼んであげるわ」


「いや、それこそ今更って感じで馴染めないよ」


私の発言によって彼は苦笑いを浮かべながら深々とため息を吐いてる。


ちょっと呆れてる感じかな?


「素直に名前で呼んでくれないかな?」


何故か彼から頼み込むような結果になっているけれど、

彼の年齢は私よりも二つ上なのよ。


そして学年も二つ上だから本来は先輩と呼ぶべきなのよね。


だけど、基本的にそんな呼び方をすることはないし、

彼もそう呼ばれることを望んではいないみたい。


普段からお互いを名前で呼んでいるから上下関係なんて考えてもいなかったわ。


だからいつもと同じようにお気楽に向かい合っているのよ。


まあ、心の中では全く別のことを考えているみたいだけど、

態度そのものは普段と何も変わらないわね。


ひとまず冗談はこれくらいにしておくとして、

ちゃんと話をするべきね。


「それよりも相変わらず規格外の強さよね~。見ていて正直、呆れるわ」


「あははっ。ようやく話が本題に戻ったと思ったら、そこから始まるのかい?」


「だって本当のことだもの」


「だとしても、本人に対して見ていて呆れるなんて言わないものじゃないかい?」


「それこそ、いまさらでしょ?」


ちゃんと実力を知ってるし。


これまでに何度も彼の試合を見てきたしね。


それに今日みたいな実験が数え切れないほど繰り返されていることも十分に知っているわ。


だからさっきの実験も控え室から見ていたんだけど、

今更驚きはしないわね。


むしろデタラメな強さに呆れてしまうだけで、

すでに見慣れた結果なのよ。


「さすがに委員長は別格よね~。」


「いや、だから委員長ではないんだけどね。って、また話を逸らしてるよね?」


「ん~。バレた?」


「バレないほうがおかしいよね?」


「かもね」


目の前にいる人物に関してはすでに観察を必要としないほど、

お互いの実力差を理解しているわ。


だから彼の指摘を否定しないし、しようとも思わない。


「ははっ、本当に翔子は変わってるね」


「かもね~。自分で言うのもどうかと思うけど真面目な性格じゃないわね」


「だから良いんだよ」


「それってどういう評価?」


「みんな翔子のことが好きだっていうことだよ」


「そういう発言、言ってて恥ずかしくない?」


聞き取り方によっては告白と同義だと思うけれど、

彼にとっては他の意味でしかないでしょうね。


「みんなの士気を高めるのが僕の仕事だからね」


それこそが委員長と呼ばれる所以だと思うんだけど、

本人は頑なに拒否し続けているわ。


「みんなの士気を高めるのが仕事ね~。だとしたら有能な仕事ぶりだと思うわ」


私としては言葉の中に皮肉をたっぷり含めてみたんだけど。


「ありがとう」


彼は皮肉部分をさらりと聞き流して嬉しそうに微笑んでる。


「言っておくけど、褒めてないわよ?」


「ああ、分かってるよ」


「………。」


彼は私の発言を意図的に好意的に解釈したみたい。


「悪意のない笑顔ってたまに殺意が沸くわよね?」


「そうかい?」


愛想のない総魔とは違った意味で疲れるわ。


笑顔を崩さない彼の表情をしばらく見つめてみたけれど、

とりあえず面倒になってきたから追求は断念してみる。


「もういいわ。無駄に疲れるし」


「それじゃあ、本題に入るかい?」


話題を変えるために姿勢を正した彼の表情からは一切の笑みが消えてた。


先程までの気さくな雰囲気は消えて、

上司としての貫禄を漂わせ始めた感じよ。


…ったく、本当に真面目なんだから。


私でさえ呆れてしまうほど真面目な性格。


そんな彼の名前を知らない者は一人としていないはずよ。


数日前に入学したばかりの新入生を除いてという条件付きだけれど、

教師も生徒も学園の全ての人達が彼の名前を知っているわ。


今までに直接出会ったことがない人達でさえも、

彼の名前だけは知っているのよ。


この学園における『恐怖の象徴』として彼の名前は知れ渡っているの。


そんな圧倒的存在感をもつ人物に、

私も今だけは真剣な表情で話しかけることにしたわ。


「それで、どうだった?」


ようやく始まった本題によって、

彼が小さな笑みを見せる。


「それは、どっちの意味かな?」


すでに答えは知っていると暗に示す笑顔を浮かべる姿を見て、

私も微笑みながらいたずらっぽく答えてみる。


「もちろん、両方よ」


私が何を聞きたがっているのか?


それは今更言葉にするまでもないわね。


だからこそ彼はひとまず別の話題から答えることにしたみたい。


「実験に関しては失敗だよ。僕の限界を計るには、まだまだ時間がかかるだろうね」


でしょうね~。


予想通りの答えに頷いてから次の言葉を待ってみる。


「それで、もう一つは?」


「そうだね。本題だけれど。例の『彼』の事なら、今はまだ分からないとしか言いようがないよ。彼の実力を判断するにはまだまだ早すぎる。まずは一度、彼のルーンを確認してからの判断だね」


う~ん。


やっぱりそうなるわけね~。


「まあ、ルーンに関してはそうなんだけど、他には何かないの?思った事とか…」


「他には、か。一応、一つだけ気になる事があるかな?理由は分からないけど、彼には【魔力の波動】が感じられなかったことかな」


彼の指摘によって、私の表情は驚きに変わってしまう。


『その事実』ならすでに気付いていたからよ。


だけど、そんなことは有り得ないと判断していたの。


本来ならば絶対に有り得ないからよ。


魔術師とは魔力を持つ者なの。


その魔力は人それぞれ異なる波動を持っているわ。


その波動の違いが個々に得意とする分野の違いであると学園は公表しているの。


回復魔術を得意とする人。


あるいは攻撃魔術を得意とする人。


またあるいは補助魔術を得意とする人などなど。


様々な分野に分かれる中でさらに細分化されて各種属性の得手不得手が分かれるとされているの。


もちろん、学園が公式に認める事実は共和国が認めることと同義よ。


だから魔力を持っていながら魔術の資質とも呼ぶべき波動が存在しないということは学園のみならず共和国が定める定義に真っ向から対立するということでもあるわ。


だからこそ、総魔の事実に気づいていた私はその話題に関して触れないようにしていたのよ。


事実に触れないことで、

気のせいだと思い込もうとしていたの。


「やっぱり、勘違いじゃなかったのね」


「僕と翔子の二人して判断を誤るとは思いにくいね」


「そうよね…。」


魔術師である限り必ず在るべき『魔力の波動』が総魔には存在していない。


その事実に気づいていながらも、

その事実を認められずにいるの。


「どうしてだと思う?」


魔力の波動そのものは個人の性格といってもいいような微弱な差でしかないけれど、

それぞれがそれぞれに違う波動を持っているために全く同じ波動は存在しないと断定されているほどなのよ。


あくまでも理論上の定義だから絶対とは言い切れないのも確かだけど、

同じ波動が存在する事を証明出来た人もいないの。


…それと、同時に…


魔力の波動が存在しない魔術師は、

天城総魔を除いて今だかつて誰一人として存在していなかったのよ。


だとしたら。


どうして総魔には魔力の波動が感じられないのかしら?


その理由が私には分からないわ。


これまでの全試合を監視していた私でさえも総魔の魔力の波動を感知出来ずにいるのよ。


「どうして魔力の波動が感じられないのかしら?」


「さあ?どうしてかなんて僕にもわからないし、今まで報告にもなかったから考えてもいなかったよ。だけど、やっぱり翔子は気付いていたんだね」


微笑む彼を見て、

私は大きくため息を吐く。


「ええ。出会ってすぐ…というよりも、初めて見た瞬間に気付いたわ。この事は理事長にもまだ報告していないけどね。というよりも報告しようにも説明が出来ないもの。普通に考えて有り得ない事なんだから…」


頭を悩ませてしまう私に彼は優しく語りだす。


「まあそうだね。今までに例のないことだから確信めいたことは言えないけれど、現時点で仮説を立てるとすれば、『吸収』の能力。それが答えなのかも知れないね」


「どういう事?」


「波動がない。それはつまり『癖や相性がない』とも言える。だからそれこそが吸収の能力の条件なのかも知れないと思っただけさ」


「それって…あらゆる波動と波長を合わせられるからこそ、魔力の吸収が出来るっていう事?」


「あくまでも仮説でしかないけどね。だけどあらゆる魔力に適応できる事を考慮すれば、波動がないことが最大の理由なのかもしれない」


「なるほど~」


現実に起きている事を理論で説明するなら、

確かに納得出来そうな話でとは思うわ。


…だけど…。


それでもまだ、

それだけで解決できる話だとは私にはどうしても思えないのよね。


まだ他にも『何か』があるような気がして…


どんな理論を並べても総魔を定義出来ないようなそんな気がしたのよ。


そしてそんな私の心の葛藤に気付いているのかどうかしらないけれど、

彼は優しい微笑みを浮かべたままで話を続けてる。


「実際に戦って見なければ分からない事もある。あれこれ考えるよりも、今はもう少し彼の様子を見た方がいいんじゃないかな」


まあ、そうね。


彼の言葉を聞いて、私は小さく頷いた。


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