聖剣
「機材の準備はどうだ!?」
所長からの問いかけに対して複数の職員達が応えていく。
「いつでもいけます!!」
「こちらも問題ありません!全ての機材が正常に作動しています!」
「こちらも同様です。ですが、あくまでも仮定の理論値ですので、安全性の保証は出来ません」
「まあ、そうだろうな。とりあえず出来る範囲内でやるしかないわけだが、まずは記録保持を優先しろ。機材は代用がきくから死んでも構わないが、情報は集め直すのが大変だからな。調査結果だけは全力で死守しろ」
「了解です!」
「何とかしてみます!」
「ああ、任せるぞ。」
即座に指示に従う職員達にさらに簡単な指示を出したあとで、
全ての指示を出し終えた黒柳が振り返って再びこちらに話し掛けてきた。
「さて、これから見せるのは、おそらくこの研究所始まって以来の『最大破壊力』の調査となるだろう。実験が失敗に終わればこの部屋共々、我々も吹き飛んでしまう可能性があるが、成功すれば色々と恩恵がある。何も知らない君をいきなり危険な事に巻き込むことに関しては少々気が引ける部分もあるが、実際にその目で確認したほうが君自身にとってもいい勉強になるはずだからな。最善は尽くすが、万が一の時は運が悪かったと思って諦めてくれ」
「そこまで危険な実験なのか?」
「うーむ。君の疑問に関してどう説明するのが適切か分からないが、根本的な方針を伝えておこう。『危険ではない実験など、この研究所には存在しない』ということだ」
上の魔術研究所とは違い。
ここでは命懸け危険な実験だけが行われているらしい。
「この研究所には危険度の高い実験ばかり回されてくる。だからどの実験を行うにしても命懸けなのだ」
だからこそ地下深くに造られた研究所なのだと黒柳は説明した。
「ここでなら実験に失敗しても地面に埋もれて、証拠共々隠滅されて終わりだからな。学園や街に迷惑をかけることもない」
実験に失敗したという事実もそうだが研究所で行われている様々な資料も土に埋もれて消え去るということだ。
「まあ、そうならないように努力はしているんだがな」
自虐的な発言をした黒柳は苦笑いを浮かべながら頭を掻いて、
ゆっくりと職員達の作業の中に入って行く。
自滅覚悟の実験らしい。
一瞬だけ黒柳に着いていくべきかどうか迷ったが特に指示があったわけではないからな。
下手に動いて実験の失敗を誘発するような行動は避けるべきだろう。
黒柳の後を追う事はやめておく。
邪魔をするべきではないからな。
これから始まる実験が何を行う実験かすら分からないのだ。
不用意に動き回って彼等の足を引っ張るわけには行かないだろう。
色々と聞きたいと思うことはあるのだが、今はおとなしくしていたほうがいい。
これから何が起きるかはともかくとして、
結果的に何が起きたのかさえわかればいいのだからな。
今は黙って状況を見守る事にしよう。
そう考えてから数分後。
ただ黙って実験の開始を待っていると全ての準備を整えた黒柳がようやく動き出した。
「よし!!それでは今から実験を始めるぞ!」
黒柳が指揮をとって始まる実験。
その内容は今もまだ不明だが、
実験開始の合図によって実験の主役である青年へと視線を向けることにする。
何が始まるか知らないが見せてもらおうか。
区切られた室内の奥側にいる青年の実力を見定めるために、
青年の一挙手一投足を眺めていく。
その間に、青年は実験開始と共に瞳を閉じて、
ゆっくりと両手を頭上に掲げた。
まるで祈りを捧げるかのような動きだが、
宗教的な目的があるわけではないだろう。
おそらく魔術か何かを使用するのだと思われるが、
何らかの魔術を詠唱しているようには見えない。
魔術ではない何かだろうか?
そんなふうに考えた直後に事態が動き出す。
少年の両手の間に黄色味を帯びた輝かしい光が生まれたからだ。
何の光かは分からない。
ただ、魔術ではないように思える。
そして物理的な光源でもないだろう。
光を生み出したというよりも、
生み出した『何か』が光っているように思えるからだ。
青年の手が輝いたと感じてから僅か数秒。
その僅かな時間だけ輝いた光は一気に収束して、
光り輝く『巨大な剣』に姿を変えた。
剣?武器なのか?
だとすると、あれがルーンか?
初めて見たルーン。
その剣の大きさは本人の体を覆い隠すほど大きく。
刃渡りだけでも2メートルほどあるだろう。
横幅も40センチ程度はあるように思える。
長剣と呼ぶにしても大きすぎる光の剣からは青年よりもさらに威圧的な存在感が感じられる。
これは、とんでもない魔力だな。
今の自分と比べてみても、その差は歴然だ。
少しは強くなったつもりでいたが、
青年の持つルーンに込められた魔力は圧倒的に思える。
青年の持つ魔力の何割かが使われただけの剣が自分よりも遥かに膨大な魔力を放っているからだ。
どう考えても対処法が思い浮かばない。
もしもあの剣で攻撃されたなら、
霧の結界も天使の翼も一瞬のうちに消し飛ぶだろう。
魔力の絶対値に差がありすぎる。
今の自分では太刀打ちできないだろう。
いや、もっと正確に言えば立ちはだかることさえできないはずだ。
確か…ルーンは魔力を結晶化したものだといっていたな。
翔子の言葉が正しければ青年が剣に込めた魔力はそれだけで俺の数倍に及ぶだろう。
今の俺では到底敵わない。
決定的な実力差を実感したことで、一つ分かったこともある。
これが黒柳の言っていた言葉の意味なのだろう。
目指しても届かない境地。
それでもそこを目指すのか?
それとも諦めて逃げ出すのか?
どちらを選ぶのも自由だが選んだ結果が自らの価値を変えてしまう。
諦めるか。
挑み続けるか。
ルーンの力を見た上でどの道を選ぶのか?
その選択肢の答えを黒柳は求めている。
だから答えよう。
迷いはない。
最初から屈するつもりもない。
なぜならすでに知っているからだ。
絶対的な恐怖と…
絶望的な運命を…
すでに知っている。
だから逃げるという選択肢はない。
青年の持つ力は強大だが、
それさえも乗り越える力を求めてこの場所に居るからな。
力に怯えるくらいなら最初から求めたりはしない。
視線の先にいる青年は明らかに格上の存在だが、
だからこそ乗り越える価値がある。
その力さえも制してみせる。
青年の持つ剣を見据えながらいつの日にか相対する瞬間を思い浮かべてみる。
たとえ今は届かないとしても必ずたどり着いてみせよう。
今はまだ神々しい光を放つ剣を見据えて思うだけだが。
いつの日にか乗り越えてみせる。
そんなふうに考えている間に、
青年は軽く素振りを繰り返して準備運動を行っている。
明らかに常人では使いこなせないであろう長剣を扱っているにもかかわらず、
青年の一連の動きに乱れは一切感じられない。
青年自身よりもはるかに巨大なはずの長剣がまるで重力を無視するかの如く片手で軽々と扱われていて左手にしっかりと収まっている。
どういうことだろうか?
長剣には重量が存在しないのだろうか?
それとも強引な腕力で扱っているのだろうか?
普通に考えればあれほど巨大な長剣を片手だけで振り回せるはずがない。
それなのに軽々と長剣を振り回す青年の姿に疲労の色は一切見えない。
その辺りも調べる必要があるだろう。
魔力を結晶化して造り出されたルーンと言う名の武器。
その価値も能力もまだ何一つとして分からないが、
それでも初めてルーンを見た感想はただただ純粋に凄いの一言だった。
これはもう予想以上だ。
当初想像していた物とは全く異なっているだろう。
青年の持つ剣は予想を遥かに上回るものだった。
どうやらルーンはただの武器ではないようだ。
俺が想像していたのは、
もっと純粋に武器代わりになるような物だったのだがそれは間違いだったらしい。
単純に剣であり、槍であり、斧であり、
そういった『戦いの道具』程度に思っていたのだが、
青年の持つルーンを見て、それが間違いである事に気付かされた。
ルーンの価値は単なる魔力の結晶という事ではないようだ。
おそらくそれ自体が力を持つ一種の能力なのだ。
だから翔子が言っていたように俺が翼を造り上げたのと酷似している。
似て非なる存在だ。
翼は魔術で造られたものであり、
ルーンは魔力で造られている。
その決定的な違いがあるために決して同質のものでないことは間違いない。
だがそれでも似て非なるものとは言えるだろう。
つまりルーンとは単純な武器ではないということだ。
使用者ごとに千差万別に形を変える『魔術効果を持った』武器ということだ。
あくまでも魔力の結晶である為に厳密にいえば魔術とは全くの別物なのだが、
魔術と同等の能力を持った武器と考えるのが最も正解に近いかもしれない。
ルーンそのものに魔術と同等の能力があると考えるべきだろう。
その考えを肯定するかのように、
青年がルーンを一降りする毎に広大な実験室を揺るがすほどの強力な破壊力が巻き起こっている。
ただの素振りで最上級魔術に匹敵する破壊力だ。
光の剣にどういった能力があるのか分からないが、
実験場を揺るがすほどの破壊力を考慮すれば霧の結界も天使の翼さえも意味をなさないだろう。
圧倒的な実力差を強く感じさせるほど莫大な魔力が光の剣からは感じられる。
これがルーンの力のようだな。
青年の持つルーンの能力は間違いなく驚異に値する。
だからこそ、改めて考えなければならない。
あれだけの性能を持つ剣に匹敵する何かを翔子も持っているということだ。
翔子と青年の実力は決して互角ではないだろう。
だが例え青年の半分だとしても、
十分に驚異的な存在であることに変わりはない。
これが最上位の力のようだ。
これまでの検定会場では見ることのなかった最後の壁。
ルーンという圧倒的な力を見たことで、
今のままでは決して勝てないと強く実感させられた。
だからこそ。
今は前向きに自身のルーンについて思考を進めようと思う。
…のだが、その前に実験が終盤へと進んでしまうようだ。
突如として部屋を仕切るガラスが青年の剣が生み出す破壊力の余波によって小さな音を立てながらひび割れ始めたからな。
直撃したわけでもないのにこの威力。
実験室全体を揺るがすほどの圧倒的な威力によって実験用の強化ガラスが限界に達している。
刻一刻と亀裂が広がっていき、
今にも粉砕してしまいそうな強化ガラスを黒柳を含めた職員達が冷や汗を流しながら眺めていた。
「…実験はここまでだな…」
残念そうに呟いた黒柳の言葉をきっかけとして何らかの実験が中断されたらしい。
「中断の指示を出せ」
「はいっ!」
黒柳の指示を受けた職員が即座に中止の合図を送ると、
奥にいる少年が動きを止めてルーンを消滅させた。
そしてまっすぐにこちらを…
というよりは黒柳に視線を向けて次の指示を待っている。
その視線を受け止めながら、
黒柳は少年に笑顔を見せながら一礼した。
「協力に感謝する。ひとまず隣の部屋で休んでいてくれ」
感謝の言葉を告げた黒柳に対して、
青年も一礼してから何も言わずに実験室を出て行く。
その後ろ姿を見送ってから、
無事に実験が中断されたのを確認した黒柳は笑顔を消して大きくため息を吐いた。
「徐々に段階を上げてもらっていたとは言え、衝撃を抑えきれずに防御結界が崩壊し始めるとはな。これではまだまだ実用化は難しいか。今よりも更に出力を上げる必要があるわけだが、波動理論でさえも一分と持たないとなると、何か別の方法を考えないといけないのかもしれないな」
「そうですねー。単純な防御だけなら簡単なんですけどね」
「魔力消費の効率化が目的だからな。単純な力押しでは上が認めてくれないだろう」
「それだと今のままですからね」
「そうだな。とりあえず、別の方法も考えてみよう」
「了解です」
今回の実験結果に対して他の職員達と打ち合わせをしてから、
再び黒柳から歩み寄って来た。
「さて、君も色々と聞きたい事もあるだろう。場所を変えて少し休もうか」
「ああ」
「それではついてきてくれ」
実験室の外へと歩きだす黒柳を追って実験室を後にした。




