将の器
《サイド:杞憂幻夜》
10月上旬。
季節は完全に秋に変わり。
涼しげな風が吹き始める時期に、
王城内の謁見の間で一人の青年と話をすることになった。
「色々と評判を聞いているが、この短期間で随分と陰陽師として成長したようだな。」
カーウェン連合国との戦いの最中に強制的に保護した青年と向き合いながら話を続けていく。
「きみの素質を信じて保護した甲斐はあったと思うのだが…きみはどうだ?」
「自分ではよく分かりませんが、妹を助けていただいた恩返しになればと考えて修練させていただきました。」
…ふむ。
一方的に称賛を受ける青年は丁寧かつ控えめに答えてくる。
「僕はどんな扱いを受けようとも構いません。ですが妹達だけは…このままそっとしておいてください。」
二人の妹の生存と平和だけを望む。
そんなまっすぐな想いを聞いて微笑んでいると、
玉座に座る御神仁も満足そうに微笑んでいた。
「なるほどな。確かに良い男だ。玄夜の言葉通り、一軍を率いる将の器が感じるぞ。」
青年から感じられる覇気と青年が密かに蓄える才能。
それらを見透かすかのように眺めながら仁国王が青年に話しかける。
「改めて名を聞こうか。誇りをもって自らの名を名乗れ。」
「…沖田龍一です。」
今では失われた王家の名に誇りを持てと宣言する国王の発言によって、
沖田龍一は堂々と自らの名を名乗りあげた。
「今では落ちぶれた沖田の名ですが、僕自身の誇りは何も変わりません。」
…ふふっ。
…それで良い。
国を捨て。
子供を捨て。
多くの民を捨てた両親は決して許せる存在ではないだろうが、
それでも龍一は自らの名を誇らしく宣言してみせたのだ。
「沖田の名は僕が守り抜きます!」
国を再興しようとは思わないとしても、
残された民のために命を懸ける覚悟は決めているようだな。
「僕の命を引き換えにしてでも国に残された人々を守り抜いて見せますっ!」
「ならばその誇りを戦場で示してみないか?」
「…え?」
王は失脚しても最後まで民を守り抜く意思を貫き通す龍一に一つの方針を打ち出すつもりでいた。
「現在、大陸中部の各地で戦闘が激化している。かの共和国から派遣された魔術師達でさえも苦戦を強いられるほどの激戦だ。そこできみは自らの力を示して今一度沖田の名を世界に広めてみてはどうだ?」
「………。」
カーウェン連合国の恥さらしとしての汚名を背負う現状を打開するために、
新たな舞台を用意するつもりでいるのだ。
「大陸中部に渡り、戦場で自らの名を示してみないか?もしもその気があるのならばそのための道筋は用意しよう。」
「僕に…どうしろと言われるのですか?」
「アルバニア王国の陰陽師軍を率いて大陸中部の戦場を沈静化させるのだ。それが出来れば、きみの名は再び栄光を取り戻すだろう。」
国を捨てた王族としての過去を捨て去り、
新たな名声を手にすることができるはずだ。
「今のままではきみの妹達の将来も期待できないからな。だが、きみが名を馳せることが出来れば、きみの妹達も有力な名家に嫁ぐことができるだろう。まあ、その辺りに関してはきみや妹達の一存もあるだろうが、今のままでは王女としての地位は守れずに野に放たれるしかなくなるだろう。」
「それは…脅迫ですか?」
「いや、そうではない。」
妹を放り出されるのが嫌なら戦場に行けと言っているに等しいと考えたようだが、
そこは即座に否定しておくことにした。
「これはあくまでもきみの妹達の未来を広げる方法だと言っているのだ。」
彼女達が王家の名を捨てて民と同様の生活を望むのならばそれも良いだろう。
…とは言え。
世間を知らず。
この世界の苦しみを知らない王女達にその道が選べるかどうかは分からないがな。
「つまり、妹達が貴族や名家に嫁ぐためには…僕の努力が必要ということですね。」
「落ちぶれた王女の未来など娼婦以下でしかない。その程度ことは分かっているはずだ。」
「分かっています。だからこそ僕は今までじっと耐えしのいでいたのです。」
決して逆らわずに妹達の安全を優先してきた。
だからこそ妹達を人質にとられる状況こそが龍一にとって最悪の展開になる。
「僕が戦場に立つことで、妹達を守れるのですね?」
「その可能性は広げられる。仮にきみが全ての責任を放棄したとしても彼女達が不幸になるとは限らないがな。」
落ちぶれた王女を心から愛してくれる男性がどこかにいるかもしれない。
だがその幸運を探すのは悪意ある人間がいないことを確かめるよりも遥かに難しい作業と言えるだろう。
「運命を信じるよりも、きみが沖田の名を広めるほうが遥かに効率的だと思うのだが…きみはどう思う?」
「確かに…。妹の未来を考えればそうかもしれません。」
沖田の名を広めれば広めるほどに妹達の価値も上がっていくのだ。
それは紛れもない真実になる。
「僕がいない間は…?」
「その辺りは心配しなくて良い。今は嫁がれてこの国にはいないが、唯王女様がきみの妹達の身柄を引き受けてくださることになっている。」
シルファス国はまだ建国したばかりで不安定な国だが、
澤木国王が頑張っているからな。
「この国にとどめておくよりも、あちらに託したほうが安全だろう。」
「なるほど…。」
「身柄の移送に関してはきみ自身が務めれば良い。無事にイーファに送り届けて気持ちの整理がついたならここに戻ってくることだ。その時点できみにアルバニア王国が抱える陰陽師軍の指揮権を委ねよう。」
「…分かりました。僕にどこまでできるか分かりませんが、妹達のためにも尽力を尽くします。」
「うむ、期待している。」
こちらが提示した条件を受け入れて忠誠を誓う龍一に期待の眼差しを向けながら、
仁国王と共に彼の旅立ちを見送ることにした。
生存者(53)《沖田龍一》
玄夜との話し合いの後に妹達を引き連れてイーファに向かう。
その後、唯王妃に妹を託してアルバニアに戻り、
陰陽師軍の一軍を率いて大陸中部へと向かっていった。
生存者(54)《沖田小夜子》
龍一と共にイーファに向かい、
妹の鈴音と共にイーファの王城にとどまる。
その後も兄の帰りを待ちつつ、
静かな日々を過ごす。
生存者(55)《沖田鈴音》
姉である小夜子と共にイーファに移住し、
唯王妃の保護のもとで姉妹仲良く幸せな日々を過ごす。
その後、里仲利光に恋心を抱くのだが。
年の差により上手くいかず相手にしてもらえない日々が続くことになる。
生存者(56)《御神仁》
大陸中部へ軍を派遣しつつ、
玄夜と共に新たな計画を始動させる。
【大陸統一同盟】
その名を関する新たな計画により、
アルバニア王国は次の戦場へと駒を進めていく。
生存者(57)《杞憂玄夜》
日々激戦と化していく大陸中部の戦いに頭を悩ませ、
宗一郎との話し合いの後に再び軍を動かす決意をする。
大陸南部から大陸全土に思想を広げ、
戦争のない世界を作るために【大陸統一】の想いを掲げてさらなる舞台へと歩み出していく。




