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THE WORLD  作者: SEASONS
エピローグ
4803/4820

知らない土地

《サイド:文塚乃絵瑠》

徐々に夕暮れが迫る時刻。


カリーナ女学園での卒業式を終えた私達は、

旧ミッドガルムの領土を北西に向かって移動することになったのよ。



…だけど、知らない土地を歩くのって思ってる以上にしんどいわよね。



戦時中にもミッドガルムの領土をひたすら歩き続けていたけれど。


あの頃は基本的に街道を進むことが多かったし、

兵器が隠されていた森を除けば樹海や山岳地帯のような危険な場所なんてほとんど経験することがなかったわ。


だけど今は道なき道をひたすら進まされていて、

一歩間違えれば間違いなく死んでしまうと思えるほど危険な崖っぷちを歩かされているのよ。



…って言うか。



そもそもここを通る必要はないわよね?



これから向かう場所がどこかは分かっているからこそ断言できるんだけど。


私達を誘ってくれたあの人は、

何故か命がけの断崖絶壁を進むように指示を出してきたのよ。



…どうして、わざわざこんなところを?



ホンの一瞬の気の緩みが即座に死を意味するほど危険な場所をどうして進まされているのかが全く理解できないわ。



「もっと別の道があるはずよね?」



…というか、普通に歩ける道があるはずよね?



どうせなら安全な道を進みたいんだけど。



「あらあら?この程度で弱音を吐いているようじゃ、この先が思いやられるわね。」



…はあっ!?



私の後方にいる彩花は危機感なんて一切感じさせないのんびりとした雰囲気を放ちながら、

魔獣の背中に腰かけて優々と断崖絶壁を進んでいるのよ。



「全っ然!納得できないんだけど!?」



全力で不満を感じてしまうわよね?



「そういう台詞は、せめて自分の足で歩いてから言ってよねっ!!」



精霊の背中でくつろいでいるだけなのに、

あ~だこ~だと言われるのは納得いかないわ。



「こっちは命がけで歩いてるんだから!」



精霊の助けなんてないから、

自分の手と足だけで危険地帯を進むしかないのよ。


それなのに彩花は当然のように笑って聞き流してしまう。



「ふふっ。言いたいことはそれだけ?」



………。



「乃絵瑠と違って、奈々香は文句ひとつ言わずに歩いているわよ。」



…くっ。



確かに。



彩花のさらに後ろでは全く喋る気配を感じさせない奈々香が黙々と歩き続けている姿が見えるわ。



「ねえ、奈々香。あなたはどう思う?」


「………。」



彩花に問いかけられたことで一瞬だけ視線を動かした奈々香だったけれど。


何も答えずに、ただ黙って私の足元に視線を戻しているのよね。



「何かあっても…乃絵瑠さんは…私が守ります…。」



…う~ん。


…そういうことを聞きたいわけじゃないんだけどね~。



「………。」



…はぁ。



全く見当違いとも言える発言をしてから再び沈黙してしまった奈々香の静かすぎる反応に彩花は呆れて苦笑していて、

私は小さくため息を吐いてしまったわ。



「何かもう、愚痴を言うのも疲れたわ…。」



お気楽な彩花と無口な奈々香。


そんな二人に何を言ったとしても私の考えを理解してもらえるとは一ミリも思えなかったからよ。



「もういいから、とりあえず進むわよ。」



話し合うだけ時間の無駄だと思うから、

さっさと先に進むことにしたわ。



…それに。



断崖絶壁の山岳地帯も永遠に続くわけじゃないしね。


私達を呼び出した人物の指示が正しければ、

あと30分ほどで目的地付近にまで接近できるはずなのよ。



「こんなところで足止めを受けてたら日が暮れて夜になっちゃうから先を急ぐわよ!」



まあ、例えここが命懸けの危険地帯だとしても、

暗黒迷宮を突破した私達の実績を考えれば夜になって暗闇に支配されたところで特に気にするほどの問題はないんだけどね。


それでもわざわざこんなところで野営なんてしたくないから、

急ぎ足で断崖絶壁を突き進むことにしたわ。



「先に言っておくけど、落ちたら救助よろしくね~。」



あまり期待は出来ないけれど。


それでも親友に頼んでみると。



「ふふっ、気が向いたら助けてあげるわよ。」



予想通り彩花は助けてくれそうになかったわ。



「まあ、乃絵瑠がそんなドジをするとは思っていないけれどね。」



…う~ん。



それって褒めてるの?


それとも馬鹿にされてる?



どっちが正解かは分からないけれど。


この程度の僻地でしくじるようなことはないと信頼してくれているからこそ、

手を貸さないんだって信じたいところよね。



「乃絵瑠なら余裕でしょう?」



…うん。


…まあ、たぶんね。



なんだかんだ言ってもこの程度の試練はなんなく乗り越えられると思ってる。


だから自信をもって答えることにしたのよ。



「さすがに崖から落ちるようなドジはしないと思うわ。」



少なくとも本当にその危険性があるのなら、

この先にいるはずのあの人は私をこの場所を進むような指示なんて絶対にしなかったはずだしね。



「私でも十分、通り抜けられると思うわ。」



みんなの期待を背負っているからこそ、

自信をもって宣言することができるのよ。



「まだ大丈夫。」



色々と不満はあるけどね。


だけど出来ないことをしてるわけじゃないわ。



ただ単純にもっと別の道があるわよね?って思うだけで、

この道が通れないわけじゃないのよ。



「まあ、ここが最短距離なのかもしれないし。ささっと先を急ぐわよ。」



ここを通る理由はあとで好きなだけ確認できるしね。


今はそんな小さな疑問を問いかけるよりも先を急いだほうが話が早いわ。



「ちゃっちゃと砦に向かうわよっ!」



たった3人で進む僻地。


ミッドガルムの大地の中でも1、2を争うであろう辺境をただひたすら進み続ける私達の視線の先に、

ついに目的の場所が姿を現したわ。



…よしっ!!



「やっと見つけたわよ!」



カリーナを出発してから丸二日かけて、ようやく目的地を発見したわ。



「やっと会えるのね~。」



私が最も信頼していて、

他の誰よりも頼りになるあの人がこの先にいるはずなのよ。



…ちゃんとここまで来ましたよ。



誰にともなく呟いてみると、

即座に私にしか聞こえない声が話しかけてきたわ。



『あらあら、そんなに私に逢いたかったの?そんなに熱く乃絵瑠ちゃんに想われたら…ついついイタズラしたくなっちゃうかもっ♪』



…いやいやいやいや。


…余計なことはしなくて良いんですよ?



『ふふっ♪相変わらずつれないわね~。だけどこれからはずっと一緒にいられるのよ。乃絵瑠ちゃん♪』



…あ~、うん。



まあ、そうなんですけどね。



…何となく色々な意味で再会が怖くなるので、そういう言い方はやめませんか?



彩花や奈々香には聞こえないはずだから、

どんな会話をしようと恥ずかしく思う必要はないんだけどね。


それでもこのあとのことを考えると、

ものすごく照れ臭くなってしまったわ。



…ごく普通に会いに行くだけですから。


…そこを勘違いしないでくださいね?



声の主の発言は私にとって聞き流せる内容じゃなかったから、

絶対に妖しい趣味には巻き込まれたくないと考えてしっかりと念を押そうと思ったんだけど。



『ふふふっ。』



声の主は意味深に笑ったあとで、あっさりと会話を打ち切ってしまったわ。



…うわぁ。



何も言われないと、逆に怖いわね。


相手が何を考えているのか分からないという恐怖が心の中で広がってしまうからよ。



そんな私の心境の変化に気付いたのかな?



「…気に入らないです。」



不意に奈々香が不満を口に出して。


彩花は面白そうに笑い出したわ。



「ふふっ。乃絵瑠の欠点は感情が表情に出すぎることでしょうね。」



…え?



「思考や感情が表情に出てるわよ。」



…う、嘘?



「もう少し緊張感を持ちなさい。」



…うぁぁ。


…これって、もしかして?



私が誰と会話をしていたのか気付いてるってことよね?



「もしかしてバレバレなの?」


「だからそう言っているでしょう?」



…あぅ。



笑いながら告げる親友の言葉を聞いて、

自分の感情が表情に出ていることを改めて思い知らされてしまったわ。



…どうしてバレたのよ?



「これでも結構ごまかしてたつもりなんだけど…。」


「あら、そうなの?てっきりわざと表情に出してるのかと思っていたわ。」



…あぅ。



彩花は私の言い訳を笑って聞き流してしまったわ。



「まあ、もしも無意識に出ているのなら、まだまだ修行が足りないということね。」



…うぅぅぅ。



何故か魔女としての修練が足りないとまで言われてしまったのよ。



「少なくとも私と奈々香の目は誤魔化せないわよ。」



…みたいね。



どうやら私を知り尽くしている彩花の目と、

私を一途に想う奈々香の目はごまかせないみたい。



「う~ん。無表情って意外と難しいわね。」



事実を指摘されてしまったことで苦笑いを浮かべてしまったわ。



「確かに彩花や奈々香に比べればまだまだ訓練が足りないかもね…。」



あらゆる人物の思考を無作為に読める私でさえ、

彩花と奈々香の深層心理は把握しきれないからよ。



「もっと努力しないといけないわね~。」


「………。」



個人的にちゃんと努力しようと思ったんだけど。


何故か奈々香がまじまじと私を見つめてきたわ。



「えっと、どうかしたの?」


「…乃絵瑠さんを守るのは私です。」



…あ、あ~、うん。



何となくだけど、機嫌が悪そうな雰囲気を感じてしまう瞬間だったわ。



…でもね~。



私としてはどちらか一方だけを受け入れて、

もう一方を切り捨てるという考え方は持てないのよね。



…でも、まあ。



「ありがとう、奈々香。」



不満をささやく奈々香をなだめるために想いを伝えておくことにしたわ。



「でもね?私はみんな好きよ。奈々香も、彩花も、未来も、あずさも、麻美も…それに、あの人もね。」



私にとってはみんな大切な仲間で、

その中で差をつけることなんて出来ないの。



「まあ、順位はつけられないけど。彩花と奈々香とあの人は別格って感じかな。」



他の誰よりも大切だとは思っているわ。


少なくとも私の命より大切な存在だと思っているから。



「だから奈々香も好きよ。」


「………。」



微笑みながら想いを伝えてみると、

奈々香は少しだけ照れ臭そうな表情を見せてからすぐにまた黙り込んでしまったわ。



…う~ん。


…これで良かったのかな?



奈々香の心は上手く読めないから何が正解なのかが判別しにくいのよね~。


だけど少なくとも今の奈々香が怒っているようには思えなかったわ。



…まあ、いっか。



どちらにしても奈々香の機嫌はこのあと確実に悪くなるでしょうしね。


それが分かっているんだから、

今ここで必要以上に奈々香の機嫌を気にする必要はないわ。



…はぁ。


…これはこれで色々と複雑かも。



何をどうすれば正解なの?


それは心を読める私にも分からない。



…まあ、なるようにしかならないわよね。



今ここで、あ~だこ~だと悩んでもおそらく結果は何一つ変わらないわ。



…だから今は先を急ぐだけよ。



あの場所で待つあの人と再会するまでは何をどう考えても意味がないから。



…とにかく前に進むしかないのよ。



あとのことはあとで考えることにして、

残りわずかになった距離をただただひたすらに歩き続けることにしたわ。



そうして何だかんだでようやく目的地にたどり着いたんだけど。


肝心の入り口で何故か足止めを受けてしまったわ。



「扉に鍵がかかってて入れないじゃない。」



どうにかして鍵を開けてもらいたいんだけど。


近くに誰かがいる気配が感じられないのよね。



…どうすれば良いの?



とりあえずは大きな声で呼びかけてみるべきかしら?



「すみませ~ん!」



誰もいない入口で叫んでみても無駄な気がするけど。


今はそれくらいしか方法が思いつかないわ。



「すみませ~ん!!」



もう一度呼び掛けてみるけれど、

誰も返事をしてくれないのよね。



「誰かいませんか~?ここを開けてほしいんですけど~!」



何度も何度も呼び掛けてみる。


だけどそれでも返事は一向に帰ってこないのよ。



…あ~、もうっ!!


…面倒臭いわね~!!



こうなったら魔術で大きな音を立ててでも誰かに気付いてもらうしか…と考えたところで、

扉の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきたわ。



「ふふっ。やめておきなさい。今はまだ争うべきじゃないわ。少なくとも女王様が帰ってくるまでは大人しくしてなさい。」



…ん?


…あれ?


…この声って?



私を呼び出したあの人が誰かに向けて警告をしている声が聞こえてきたのよ。



「貴方達では私に指一本触れることさえできないわ。」



自信をもって宣言するあの人に対して誰かが対立している様子なんだけど。


一応、今はまだ誰も攻撃を仕掛けようとはしていないようね。



…もしかして戦闘直前なの?



だとしたらすぐにでも助けに行きたいんだけど。


目の前の扉が頑丈過ぎて、

生半可な攻撃では破壊できそうにないのよね~。



「ふふっ。それでいいのよ。下手に争えば死期が早まるだけで誰も得をしないもの。」



…う~ん。


…どうするべきかしら?



状況が良く分からないけれど。


あの人の最後の警告が聞こえてくる。



「さあ、砦の門を開きなさい。そして私へと続く道を解放しなさい。」



その気になればまばたきの一瞬で周囲を殲滅できるだけの悪意に満ちた力を示すあの人が敵対者に命令してる。


だけど敵対者達は応じなかったようね。



不用意に手を出さない代わりに、

指示に従おうともしなかったように思えるわ。



「あらあら、強気なのか弱気なのかはっきりしないわね。」



…なのかな?



あの人を恐れながらも、

あの人には従わない。


そんな意思を示す敵対者達に向けて、

あの人が微笑み続けているのが分かる。



「まあ、いいわ。例え動く気がないとしても『あの子達』の邪魔をしないのならそれでいいのよ。」



…ですよね。



指示には従わなくても、

私達の妨害さえしなければどちらにしても目的は達成できるのよ。



「言うことを聞く気がないのなら大人しくしていなさい。争いさえしなければそれで丸く収まるのよ。今のところは…だけどね。」



…まあ、ね。



争いに発展しなければそれでいいのよ。



…ただ、ね?



さすがに私も叫ぶのに疲れてきたわ。



「もう~っ!いい加減に扉を開けてよ!!」



誰も気づいてくれない状況に着々と苛立ちが募ってしまう。



…あ~っ!


…もうっ!!



「邪魔なのよっ!!!!!!」



延々と無視さえる状況が我慢できなくなって、

わりと本気で魔術を放ってしまったわ。



…うあ~。



ちょっとやり過ぎたかも?



なんて反省してもすでに手遅れで、

『ズドオオオオンッ!!!』と激しい爆音が轟いてしまったのよ。



…まあ、そうなるわよね。



砦を封鎖する鋼鉄の門を粉々に吹き飛ばしてしまったみたい。



…まあ、いっか。



やってしまったものは仕方がないわよね。


扉を開けてくれなかった向こうにも責任があると思うことにして、

目の前の惨劇は気にしないことにしたわ。



「何度も何度も開けてくださいってお願いしてるんだから、さっさと開けてよね~。」



私の声が聞こえなかったみたいだけど。


そんなの関係ないわよね?


ちゃんと門の付近に誰かがいればこうはならなかったんだから。



…って、さすがにこれは言いがかりよね。



砦の門からあの人のいる広場まではそれなりの距離があったから聞こえなかったみたいだし。


侵入者に対して戦力を集めるのは当然の判断だし。


誰もいなかったからと言って何をしても良いわけじゃないのよ。



「え~っと…。一応、ごめんなさい。」



やりすぎたのは事実だから謝ることにしたんだけど。


結局のところ、周囲には誰もいないままなのよね。



…ただ。



『ふふっ。ちゃんと私には聞こえていたから扉を開けるように指示を出したのよ。』



あの人には聞こえてたみたい。



『それなのに全然、言うことを聞いてくれないのよね~。』



…いや、まあ、それが当然ですよね?



部外者の指示に従うわけがないし。


対立するのも当然だと思うんだけど。



「侵入者が増えたぞっ!!」


「正門に迎撃部隊を送れー!!」



あの人と話し合う暇もないまま、

竜の牙の魔術師達が私達に対して迎撃の体制を整えようとしていたわ。



…これはちょっとまずいわね。



どうも話し合いが成立しそうな雰囲気じゃないのよ。



「…あらあら、もう忘れちゃったのかしら?」



あの人も争う必要はないと何度も警告してくれているんだけど。


魔術師達は警告を無視して一斉に武器を構えていたわ。



「…まあ、死にたいのなら好きにすればいいわね。」


「「「「「………。」」」」」



のんびりとした口調とは裏腹に、

あの人が殺意を込めた覇気を放ったことで、

300人におよぶ魔術師達が一斉に恐怖を感じて動きを止めてしまったのよ。



…こわっ。



でもまあ、これはこれで動きやすくなったとは思うわ。



「ふふっ。いい子ね。そのまま大人しくしていなさい。」



…今のうちね!



一歩でも動けば容赦なく惨殺すると言わんばかりに威圧を込めた覇気を放って全ての魔術師達を恐怖で縛り付けたあの人に全力で駆けつける。



「み、美咲さん!大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。何も問題はないわ。」



300人もの魔術師達に取り囲まれた状態だったから心配していたんだけど。


肝心の美咲さんは余裕の笑顔を浮かべたままで私をしっかりと優しく抱き締めてくれたのよ。



「やっと逢えたわね。乃絵瑠ちゃん♪」



…え、ええ、まあ、そうですね。



「ずっとこの日を待っていたのよ。」



ギルドを離れると決めたあの日から。


カリーナの町を捨てたあの日から。


ずっとこの日を待ってくれていたみたい。



「お帰りなさい。乃絵瑠ちゃん♪」


「は、はいっ!」


「…ふふっ♪」



…え?


…ちょっ!?



ようやく再会できた美咲さんは、

周りの状況を気にせずに私の体をしっかりと抱き締めたままで心のおもむくままに唇を重ね合わせてきたのよ。



…んっ!?


…んんっ!



「んんんんっ!?」



不意に唇を奪われた戸惑いや恥ずかしさから慌てて逃げ出そうとしたんだけど。


美咲さんは全然放してくれなかったわ。



それどころか、

ゆっくりと駆けつける彩花や怒り心頭の奈々香の姿を視界の端に捉えながらも延々とキスを続けたのよ。



『ふふっ♪もう離さないわよ♪』



…い、いや、あっ、あのっ!!



これからはずっと傍にいると誓ってくれた美咲さんだけど。


私の心境はそれどころじゃないわ。



…あ、彩花と奈々香に見られてるぅぅぅぅぅっ!?



それが何よりも恥ずかしくて。



…は、離してください~っ!!



全力で逃げ出そうとしたんだけど。



『ダメよ♪』



美咲さんは逃がしてくれなかったわ。



『乃絵瑠ちゃんの唇は私のものなのよ♪』



…そ、その契約はっ!



『ふふっ♪』



ギルドでの契約は終了したはずなのに、

美咲さんの願いは変わらなかったわ。



『乃絵瑠ちゃんを堕として見せるわ♪私の全てにかけて、ね♪』



…ちょっ!


…本気で、恐いっ。



『ふふっ♪』



心の底から怯える私と熱い口づけを交わし続ける。


そうして当然のように舌も絡ませながら私の体を抱き締め続けた美咲さんは、

たっぷりと10分以上のキスを楽しんでからようやく解放してくれたわ。



「ふう…。ご馳走さま♪」


「う、ぅぅ…最悪…。もう、恥ずかしくて死にそう…。」



美咲さんとキスをするだけならまだ良いのよ。


今までのことを思えば大した苦にはならないから。


それ自体は別にいいの。



…だけどね?



彩花と奈々香に見られたうえに、

300人もの魔術師達にばっちり見られてしまったのは恥ずかしすぎるのよ。



…もう、いやぁ。



顔を真っ赤に染めながら、

泣きそうな気持ちになってしまったわ。



…今すぐにここから逃げ出したい。



ただそれだけを願ってしまうんだけど。



「それはちょっと無理かもね~♪」



美咲さんは相変わらずお気楽な表情で悠然と周囲を見回していたわ。



「思っていたよりも乃絵瑠ちゃん達が頑張ったから、あと20分くらいは待たないとダメでしょうね~。」



…え?


…20分?



どういう意味なのかが分からないわ。



…どういうこと?



出来れば説明してほしいところなんだけど。


今回も事情を聞かせてくれる様子は一切感じられないのよね。



「あと20分ほどで合流できるわ。それまではここにいなきゃいけないのよ。」



…合流?


…誰と?



良く分からないけれど。


美咲さんと再会できたからといってすぐに出発というわけにはいかないみたい。


そもそもそんな簡単な話ならここへ来る必要がないわよね。



「もうすぐ怖いお姉さんが帰ってくるわ。」



…ん?


…怖いお姉さん?



それが誰を示しているのかが分かりにくいけれど。


もしもここへ向かっている女性がいるとすれば思い浮かぶ人物は一人しかいないわ。



…もしかしてクイーンも近付いてるの?



たぶんそうだと思って魔力の波動を探知してみたんだけど。


ウィッチクイーンの魔力は私が感知できる範囲の外側にいるようで、

すぐには調べられなかったわ。



だけど美咲さんの言葉が真実だとすれば、

もうすぐこの場所に帰ってくるということよね?



…だとすると。



その先回りのために私達を最短距離で導いたのかもしれないわ。



「お別れの挨拶くらいはしたいでしょう?」


「…ええ、そうね。」



私に対してではなくて彩花に対して問いかけたことで彩花は冷静に頷いてた。



「楽しみにしていたわ。だからこそ、こんな辺境まで来てあげたのよ。」



…やっぱり、そうなのね。



彩花が私についてここまで来たのは美咲さんに会うためじゃないのは分かっていたわ。


私達が竜の牙の砦に向かうということで、

彩花はウィッチクイーンとの再会を目指していたんでしょうね。



「先代を待たせてもらうわ。」



ここに来れば必ず会えると思ったから二日もかけてここまできたということよ。


だからこそこの機会を逃すつもりはないようね。



「ウィッチクイーンを待つわ。」



…う~ん。



それは好きにしてもらえばいいんだけどね。



…だけど私はどこかに隠れさせて。



恥ずかしすぎてここにはもういたくないんだけど。


今すぐにでもここから離れたいと願う私の願いは無視されたうえに、

ウィッチクイーンの帰りを待つと宣言してしまった彩花の指示のせいで私の逃亡は却下されてしまったわ。


そのせいでこのまま居座ることになってしまったのよ。



…はぁ。


…もう、いやぁ。


…恥ずかしくて死んじゃう。



このままここに居続けなければいけないことにひたすら恥ずかしさを感じてしまうんだけど。



「………。」



何故か私の目の前に奈々香が無言で歩み寄ってきたのよ。



…えっと?



確認するまでもなく超絶不機嫌な表情の奈々香を見て背筋に寒気すら感じてしまったわ。



「ど、どうしたの?奈々香…。」



表情が怖すぎて、じりじりと後退しようとしたんだけど。


奈々香から距離をとる前に『ぎゅっ』と腕を掴まれてしまったわ。



「な、何っ!?」



予測不可能な行動をとる奈々香に恐怖さえ感じてしまう。


それでも腕を掴まれて足を止めてしまったことで逃亡を封じられてしまったのよ。



…何なのっ?



奈々香が何を考えているのかが分からない。



「な、奈々香…?」



何がしたいのか分からないけれど。


『ぐっ』と私の体にすりよって、少しだけ見上げるような姿勢で近付いてくる。



そして。



何も言わないまま私の唇を奪ったのよ。



…ちょっ!?


…な、奈々香までぇぇぇっっ!?



奈々香の突然の行動と奈々香との初めてのキスという非常事態によって、

私の心は一瞬にして混乱状態に陥ってしまったわ。



…ど、どうしてっ!?



奈々香は普通だと信じていたのに。


美咲さんとは違うと信じていたのに。


私の期待はあっさりと打ち砕かれてしまったのよ。



そのうえ不器用ながらに私の唇を奪った奈々香の想いがはっきりとした伝わってくる。



『乃絵瑠さんは渡しません。』



…うわっ。



奈々香の想いが心に流れ込んできて、

奈々香の恋心が私の心を満たしていくの。



…こ、これは危険かもっ!?



美咲さんと奈々香。



二人の想いが私の心を支配していくのが自分でもはっきりと感じ取れたわ。



…ぬあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?



私の理性と二人の欲望がせめぎあって、

私の心に波乱を巻き起こしてしまう。



…だ、だめっ!


…私にはそういう趣味はないんだからっ!



美咲さんと奈々香の歪んだ愛を受け入れるつもりはないわ。


少なくとも今の私にはまだそう言い切れるだけの理性が残っているのよ。



それなのに。



奈々香の体から伝わる温もりと奈々香の心から伝わる想いが私の心を支配していくの。



…うあ~!?


…もう負けそうっ!!



このまま奈々香に抱きつかれたままだと本当に理性が崩壊してしまうわ。



…に、逃げないとっ!



この状況は危機だと感じてどうにか逃げ出そうと思うものの。


下手に奈々香を突き飛ばそうものなら、

奈々香が悲しむのは目に見えているわ。



…それはちょっと。



奈々香の泣き顔なんて見たくないし。


奈々香を気付付けるようなことはしたくないのよね。



…ど、どうすれば良いのっ?



どう対応すればいいのかが分からなくて困ってしまったんだけど。



「…あらあら、奈々香も随分と変わったわね~。」



何故か美咲さんはほのぼのと妹の暴走を眺めていたわ。


「ふふっ。まあ、私としては3人でも全然構わないんだけど。奈々香はそうは思わないでしょうね~。」



…い、いやいやいやいやっ。


…だから、そういう発言は怖すぎるんですよっ!



美咲さんの発言のお陰で少しだけ理性が戻って、

心が堕ちる寸前でなんとか意志を保てたわ。



…ま、負けないわ!



この状況に幸せを感じてしまった自分を恥ずかしく思いながらも、

ゆっくりと奈々香の体をひきはなすことにしたのよ。



…ここは笑顔で説得よね?



「え…っと、ね。奈々香の気持ちはありがたく受け取っておくわね。」



やんわりとなだめながら奈々香の暴走を抑え込んでみる。



「ありがとう、奈々香。」


「………。………。…乃絵瑠さん。」



奈々香を傷つけないために恥ずかしさを抑え込んで精一杯の笑顔を見せてみると、

どうにか満足してくれたようね。


少しだけ嬉しそうな表情を見せてくれた奈々香はいつものようにおとなしくなってくれたのよ。



…はふぅ~。


…色々な意味で疲れるわね~。



奈々香の想いをなだめつつ。


美咲の暴走を抑えつつ。


彩花の行動も見守らなければいけないのよ。



そんな複雑な人間関係を改めて思い知らされたことで、

今になって3人でカリーナを離れたことを激しく後悔してしまったわ。



…ああ~!


…もう~!!!



こんなことなら無理にでも未来とあずさを連れてくれば良かったわ。



…私一人じゃ無理っ。



3人の暴走を抑えられる自信がないのよ。



…誰か助けて。



そんなふうに助けを求めて心の中で叫んでみた瞬間に。



「ふふっ♪女王様の帰還よ。」



いち早く状況の変化に気づいた美咲さんが再び砦の入り口へと視線を向けたわ。



「さあ、来るわよ。」



…え?



ウィッチクイーンが帰還する瞬間を美咲さんが教えてくれた直後に。



「はあ~。ったく、人の家で好き勝手してくれたわね…。」



竜崎慶太が走らせる馬車に乗るウィッチクイーンが私達の傍に接近してきたのよ。



「まあ、色々と言いたいことはあるけど…。とりあえず細かいことはどうでもいいわ。」



…え~っと。


…あれはどうでも良いのね。



視線で何かを訴えてはいたけれど。


砦の門を破壊されたことに関しては深く追求しないことにしたみたい。



それ自体は有り難いんだけど。


急いで馬車を降りたウィッチクイーンは真っ先に美咲さんに近づいていったわ。



「ねえ?引退したはずの貴女が、いまさらここに何のようかしら?」



…うわぁ。


…何だかいつもより怖くない?



私の記憶にあるウィッチクイーンはこんな感じじゃなかったわ。



何て言うのかな?



もっと余裕があるというか。


どんな状況でも笑って対応出来るというか。



大人の貫禄のようなものを感じていたのよ。



…それなのに。



今のウィッチクイーンからは普段のような余裕なんて微塵も感じられないわ。


むしろ鬼気迫るという表現が正しいような不穏な空気さえ感じてしまうのよ。



…あのウィッチクイーンが美咲さんを恐れてるの?



そうとしか思えないのよ。



私の存在や。


奈々香の存在や。


彩花の存在よりも。


美咲さんに対して警戒しているのがはっきりと感じられたわ。



「私達とはもう関わらないと宣言していたはずよね?」



…え?


…そうなの?



どうやら私達が知らない数年前の話になるみたいだけど。


美咲さんは現役を引退して静かに余生を過ごすことをウィッチクイーンに宣言していたらしいわ。



「ねえ?人嫌いの貴女が今さら何をしに出てきたの?」



ただまっすぐに美咲さんを見つめて、

美咲さんだけを危険視する。


そんなウィッチクイーンを見ていた彩花が不満げな視線を向けていたわ。



「…気に入らないわね。私を無視して話を進めるなんて。」



…うわぁ。


…こっちはこっちで危なっかしいわね。



彩花がイラついているのが感じられるのよ。



…まあ、彩花としてはそうでしょうけどね。



ウィッチクイーンが気にすべき相手は自分であって、

美咲さんではないと考えているからよ。


だけどウィッチクイーンは美咲さんから視線をそらさずに彩花を放置し続けていたわ。



「悪いけど、この女だけは油断できないのよ。まだまだ成長途中の貴女よりも、この女の方が遥かに危険なのよ。」



…あ~、うん。


…それはまあ、ね。



ウィッチクイーンから見れば彩花はまだ恐れるような実力ではないと思う。


だけど美咲さんは見過ごせるような相手じゃないわよね。



…どう見ても美咲さんのほうが格上だし。



その決定的な違いによって、

ウィッチクイーンは彩花よりも美咲さんの言動を気にかけていたわ。



「まずはこの女の目的を確かめることが先決なのよ。」


「…気に入らないわね。」



せっかくウィッチクイーンに会いに来たのに。


美咲さんの次に気にかける存在でしかないと告げられてしまったことで、

彩花は苛立ちを募らせていたわ。



「貴方を殺すのは私なのよ。」



ウィッチクイーンを殺すのは美咲さんじゃないから。


女王の栄冠を手に入れるのは美咲さんではないから。


そんなふうに考える彩花だったけれど。



「…子供は黙っていなさい。」



ウィッチクイーンは厳しく突き放してしまう。



「この女だけは危険なのよ。」



女王の名を関するウィッチクイーンにとっても最も警戒すべき相手のようで、

どうあっても美咲さんから視線をそらさないつもりのようね。


そうやって美咲さんの一挙一動に神経を集中させなければならないほど危険視しているのが感じられたわ。



「この女だけは…油断できないのよ。」



ウィッチクイーンでさえも恐れを抱く相手。


それほどの存在だからこそ反乱軍の魔術師達も手を出せずにいるようね。



「矢島美咲だけは…別格なのよ。」



誰よりも警戒すべき存在として美咲さんを睨み続けてる。



「ねえ?一体、何が目的なの?」



引退した美咲さんが何の用でこの場所まで来たのか?


その真意を問いかけるウィッチクイーンだけど。



「ふふっ♪相変わらずお子様ね。沙弥香ちゃん♪」



美咲さんはいつもと変わらない余裕の笑みを見せていたわ。



「せっかくの綺麗な顔が台無しよ?貴女ももう少し笑顔を見せたほうがいいわ。」


「ふんっ!余計なお世話よ。私の笑顔は私が守るべき相手だけが見れればいいの。」



…う~ん。


…どんどん険悪になっていくわね。



私としては二人には仲良くしてほしいんだけど。


どう考えても無理っぽいわ。



「…私は貴女を見過ごさないわよ。」


「ふふっ♪可愛いわね。そのまっすぐな想いを…メチャクチャにしてあげたいわ。」



…うわぁ。



美咲さんも美咲さんで発言が怖すぎるのよ。



…わざと怒らせようとしてるわよね?



美咲さんに対してだけは絶対に油断しないとウィッチクイーンは宣言しているのに。


肝心の美咲さんは自分への殺意を愛情に変えて自分の虜にしたいと考えているのよ。



だからかしら?



「…精神の異常は昔以上ね。」



ウィッチクイーンは冷ややかな眼差しを向けていたわ。



「どこまでも歪んでいるわね。」


「ふふっ。それが世界と言うものよ。そのことを貴女にも教えてあげたでしょう。」


「………。」


「貴女が信じていた竜の牙の内部にも狂った思想は存在してた。そのことをちゃんと教えてあげたでしょう?」



…ああ、なるほど。



竜崎慶太が竜の牙に反乱を起こしてウィッチクイーンが竜の牙から離反した理由。


そこには美咲さんが関わっていたみたい。



全てを知る力を持つ美咲さんだからこそ、

竜の牙の内部崩壊さえも全て把握していたのかもしれないわね。



「貴女が信用できる人間なんて1割にも満たないと教えてあげたでしょう?」


「………。」



ウィッチクイーンは何も答えなかったけれど。


美咲さんの予言は確かなものとなって、

現在の竜の牙は全盛期の1%にも満たない戦力に落ち込んでしまっているわ。



「ふふっ♪私から言えば、まだこれだけ残ったことが奇跡的ではあるんだけれど、ね。」



…なのかな?



この世界に信用できる人間なんて存在しないことを誰よりも理解してる美咲さんとしては数百人規模で行動してる竜の牙が不思議に思えるみたい。


私としてはそこまで気にする必要はないと思うんだけどね。



「本当に信頼できる人間って言うのはね。この広い世界のなかでも本当に一握りしか存在しないものよ。それこそ自分の人生をかけて愛せる相手なんて、たった一人いるかどうか。それがこの世界の真実だと教えてあげたでしょう?」


「ふんっ。それが何だって言うの?」


「私はその一人を見つけたと言うことよ。貴女にとって竜崎慶太がそうであるように、私にとって私の生涯を捧げる価値のある相手がここにはいるの。だからその子のために出来ることをしてあげているだけよ。」


「それが…?」


「ええ、それが乃絵瑠ちゃんよ♪」



…うわ~。


…ここで私の名前が出るのね。



私としてはあまり目立ちたくなかったんだけど。



ウィッチクイーンが目をつけた彩花ではなくて。


直接的な血の繋がりを持つ奈々香でもなくて。


美咲さんが選んだ相手は私なのよ。



私の幸せのためだけに。


美咲さんは再び表舞台に舞い戻ってきてくれたの。



「乃絵瑠ちゃんのために。乃絵瑠ちゃんのお友達のために。ここまで来てあげたの。だから私を睨んでいる暇があるのなら、ちゃんと相手をしてあげなさい。少なくとも彼女は貴女を崇拝しているんだから。」


「…それが、あなたの目的なのね?」


「ええ、そうよ。」



彩花とウィッチクイーンを再会させること。


そのためだけにここに来たことをようやく理解してもらえたようね。



…だけど。



だからと言って美咲さんから目を離せる状況ではないみたい。



「それで?貴女はこれからどうするつもりなの?」



美咲さんがこれからどうするのか?


その問いかけに対する答えは私に委ねられてしまったわ。



「それは乃絵瑠ちゃんが決めることよ♪私はただ乃絵瑠ちゃんを支えるだけ。そうして私の愛を乃絵瑠ちゃんに捧げるの。それだけが私の生きる意味なのよ。」



…いやいや。



そこまではっきり言われると照れちゃうんですけど?



「私の力は乃絵瑠ちゃんのためだけに使うと決めたの。だから必要以上に私を恐れるのはやめなさい。少なくとも乃絵瑠ちゃんが望まない限り、私が貴女を殺すことはないわ。」



…いや、だから、それはそれでどうかと思うんですけど?



その気になればいつでも出来るっていう意味よね?


頼もしすぎて有り難いと同時に、

怖すぎて身の危険を感じてしまったわ。



それでも敵対関係を否定する美咲さん発言を聞いたことで、

ウィッチクイーンは美咲さんが本気で表舞台に復帰したことを理解したようね。



「…本当に蘇ったのね。共和国に潜む伝説の魔女が…。」



ありとあらゆる命を堕落させる最強の暗黒魔術師が蘇ったことを恐れているのよ。



「もしも貴女が敵に回るのなら…その時は全力で潰すわよ。」


「ふふっ♪」



一切の手加減はしないと宣言するウィッチクイーンだったけれど。


それでも美咲さんは笑って聞き流していたわ。



「『同格の破壊神』は創造力が上回ったけれど、『同格の女王』はどちらが上回るのかしらね?」



…え?



同格の破壊神?



…何それ?



美咲さんが何を言っているのか分からないけれど。


美咲さんは私達が知らない何かを知っているようね。



「私は天使でさえも堕落させる暗黒の女王。対する貴女は全ての魔術師の頂点に立つ魔女の女王。私達の実力はどちらが上回るのかしらね?」



人にあらざる世界にまで干渉できる美咲さんと、人の世界に君臨するウィッチクイーン。


二人の力のどちらが真の女王の名に相応しいのか?



その答えを問いかける美咲さんに、

ウィッチクイーンははっきりと答えようとしていたわ。



「地獄の底まで追い詰めて貴女の狂った心を浄化してあげるわ。そして私の炎で焼き付くしてあげる。」



…こわっ。



この世界の闇も。


この世界の真理でさえも。


その全てを焼き付くすつもりでいるのが感じられる言葉だったわ。



「女王を名乗れるのは私だけよ。それは貴女にもあの子にも譲らないわ。」



女王の名は美咲さんにも彩花にも譲らないと宣言してから、

ウィッチクイーンはようやく美咲さんから視線を動かして彩花と向き合ったのよ。



「待たせたわね。」


「…ええ、本当に。」


「気を悪くしたのなら謝るわ。あの女がいなければ素直に貴女達を歓迎してあげたんだけどね。こっちも色々とあって、あの女だけは警戒しておく必要があるのよ。」


「………。」



彩花は何も言わなかったけれど。


ウィッチクイーンの説明を聞いても納得したようには思えなかったわ。



…まあ、それだけウィッチクイーンに無視されたのが堪えたってことでしょうね。



せっかく会いに来たのに、

相手にもされないとなると落ち込みたくなるのは当然よね。


だけど実際問題として、

その気になれば今この瞬間にもこの場にいる全員を惨殺できる美咲さんを無視するのは難しいと思うわ。



…私なら落ち着いてなんていられないし。



出来ることならどこかに行ってほしいって思うでしょうね。



とは言え、このまま話し合っていても状況が進展するわけじゃないから、

まずは彩花の問題を解決するために話しかけることにしたみたい。



「まあ、この状況はともかくとして、本当に私に会いに来てくれたのね。」


「ええ、そうよ。」


「ふふっ。」



わざわざそのためだけに敵地に乗り込んできた彩花の勇気は認めてくれるようね。



「魔術大会の頃よりも、また少し強くなったんじゃない?」


「当然でしょ。」



ウィッチクイーンの指摘を彩花は即答で認めていたわ。



…まあ、実際にそうなんだけどね。



御堂龍馬に敗北したことで再び挫折を味わったわけだけど。


そのおかげで私達はこの数日でさらに成長することが出来たのよ。



「今の貴女なら御堂龍馬を越えられるかもしれないわね。」



…まあね~。



大会ではあえて御堂龍馬の覚醒を待っていたけれど。


そもそも最初から本気で戦っていれば御堂龍馬の勝利はあり得なかったわ。



…それに今の彩花なら。



御堂龍馬の攻撃さえも越えられるはず。



「一度受けた屈辱に二度と屈することはないわ。」



彩花もはっきりと宣言してる。



「すでに御堂龍馬の実力は把握したわ。次に戦うことがあれば、その時はもう負けないわ。」



前回の戦いで実力を見切ったから。



「魔剣にも屈しないわよ。」



彩花は魔剣さえも超えて見せると宣言して見せたのよ。



もちろんまだ見ぬ強敵はいるのかもしれないけれど。


すでに見定めた敵には屈しないと言い切ったことで。



「…強くなったわね。」



ウィッチクイーンは楽しそうに微笑んでくれたのよ。



「初めて出会った頃はただのお子様だったけれど、今では立派な魔女の一人ね。」


「悔しいけれど、それが貴女のおかげだということくらいは素直に認めてあげるわ。」


「あら?今日はいつもと違って素直じゃない。」


「…現実を突きつけられたからよ。」



…うわ~。


…まだ根に持ってるのね。



まだまだウィッチクイーンには及ばないうえに、

ウィッチクイーンにとって恐れられる相手ではないことをまざまざと見せつけられてしまったからよ。



…う~ん。



美咲さん以下という扱いが彩花の心に重くのし掛かっているようね。



「残念だけど、私はまだ女王の舞台には立っていなかったわ。」



幾度もの激戦を乗り越えて女王に近づいたつもりではいたけれど。


それはあくまでも近づいたというだけであって到達したわけではなかったのよ。



「だからこれからも貴女を越えるために戦い続けるわ。」



…まあ、そうするしかないわよね。



目標があるからこそ前に進み続けることが出来るのよ。



「必ず。貴女の背中に刃を突き立てて見せるわ。」



…うん。


…彩花はそれで良いんじゃないかな。



「ふふっ。頑張りなさい。」



ウィッチクイーンを殺して女王の名を手に入れること。


その目的を改めて表明する彩花を見ていたウィッチクイーンは、

最後まで楽しそうに笑っていたわ。



「これからも待っているわ。例え何年過ぎたとしても、私が女王として君臨し続けていてあげる。だからいつか必ず私の立つ舞台にたどり着きなさい。その時には…対等の立場として貴女を見てあげるから。」



今の美咲さんがそうであるように。


彩花に対しても対等の立場で向き合うことを約束してくれたのよ。



「今よりももっと強くなりなさい。そして私を脅かすほどの成長を見せてみなさい。駆け出し…いえ、見習い魔女さん。」



彩花の成長を認めて、

彩花の評価を改めてくれたわ。



そのおかげでようやく彩花も微笑みを返す余裕が戻ったようね。



「ええ、必ずたどり着いて見せるわ。」



彩花とウィッチクイーンの関係が修復されて私達の旅立ちに関して全ての問題が解決されたわ。


これでひとまず丸く収まったわけだけど。



「…さて、と。それじゃあもう用件はすんだわね~♪」



今まで黙って様子を見ていた美咲さんが動き出そうとしていたのよ。



「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。」



もうこれ以上ここにいる必要がないと考えたのかな?



あっさりと竜の牙の砦を出ようとする美咲さんだけど。


その背中を見て何となく思うことがあったわ。



「…もしかして、わざと意地悪しました?今の流れを考えると、わざとクイーンを怒らせて彩花と仲良くさせようとしたように見えたんですけど?」


「ふふっ♪さあ?それはどうかしらね~?」



………。



ちゃんと答えてもらえなかったけど。


もしかしたら美咲さんにとってはどうでもいい話だったのかもしれないわね。



「乃絵瑠ちゃんが満足できる結果ならそれで良いのよ♪」



…やっぱり。



彩花とウィッチクイーンが和解したことで私が納得できる形で旅立ちを迎えられるのなら、

その間に行われた過程に関してはどうでもいいということよ。



「それぞれに伝えたい想いがあるものよ♪それが良いか悪いかは知らないけどね♪」



…うん。


…まあ、ね。



そのための助け船は出してくれたわけだし、

予定通りの結果にはたどり着けたと思うわ。



だからもう話し合うことは何もないはず。



「さあ、行きましょ♪」



…ええ。



もうここにいる必要はないから。



「終わり良ければ全て良し…なのかな?」



まだ納得しきれてはいないけれど。



「………。」



私に関すること以外には一切興味を示さない奈々香は結局最後まで何も言わなかったわ。



「まあ、悪くはないわね。」



ウィッチクイーンとお別れの挨拶ができたことに満足する彩花も特に気にしていないようね。



…だけど。



「ああ、そうそう。」



今度はウィッチクイーンから彩花に何かを伝えようとしていたわ。



「貴女がレーヴァで見逃した男が、貴女の足跡を追って動いているらしいわよ。」



…ん?


…誰それ?



「直接見た訳じゃないから具体的にどうしてるかまでは知らないけれど、貴女の背後にも鬼が迫ってきていることをちゃんと覚えておきなさい。」



…は?


…鬼が迫ってる?



どういうことなの?



…ん?


…あれ?


…そう言えば。



言われるまですっかり忘れていたけれど。


レーヴァの軍事施設で彩花が見逃した軍の指揮官がいたわよね。



…もしかしてその人のことを言ってるの?



だとすれば。


あの時の指揮官が単独で彩花を追跡しているということになるわ。



「…どうするの?」



心配になって確認してみたんだけど。



「ふふっ。だったらその鬼も制して見せるだけよ。」



彩花は恐れることなく鬼の制圧を宣言していたわ。



「私の敵は貴女だけよ。」


「あら、そう?まあ、それなら良いけれど。せいぜい気を付けなさい。」


「…気を付けるほどの価値があるのなら。」



ウィッチクイーンの忠告を聞き流した彩花は砦を離れるために歩き出してしまったわ。



「さあ、行くわよ。」



…え?


…あ、う、うん。



こんなあっさりとした感じで別れちゃって良いのかな?って思っちゃったわけだけど。


堂々と砦を出ていく私達の後ろ姿をウィッチクイーンは優しく見送ってくれていたわ。





生存者(21)《冬月彩花ふゆつきあやか



沙弥香と別れたあとに乃絵瑠達と共に大陸の中部へ旅立った。


その後の消息は不明だが、

幾度もの成長を繰り返してやがて沙弥香のもとへ姿を現すことになる。



女王の称号を得るために。


さらなる力を求めて戦場を彷徨い歩く。




生存者(22)《矢島美咲やしまみさき



乃絵瑠と合流後は乃絵瑠のためだけに彩花や奈々香の成長も見守りつつも幸せなひとときを過ごす。


ただ、その後において乃絵瑠と幸せになれたかどうかは…不明。




生存者(23)《矢島やしま奈々ななか



乃絵瑠を想い続けて共に旅に出るのだが。


同行する姉に対しての嫌悪感が日々募り、

毎日のように乃絵瑠争奪戦を繰り返すことに。


その結果として乃絵瑠を手に入れられたかどうかは…こちらも不明。




生存者(24)《文塚乃絵瑠ふみつかのえる



彩花、美咲、奈々香の3人に囲まれながら日々苦労の耐えない毎日を過ごす。


そんな旅の最中で乃絵瑠自身もさらなる成長を果たすのだが…。


先のことよりも美咲と奈々香の姉妹喧嘩の仲裁が日々の日課になってしまうことに。




生存者(25)《雨音未来あまねみく



乃絵瑠達がカリーナを去ったあとも卒業をせずに学園に残留する。


その理由は単純に面倒くさいというだけだったのだが、

後にポイズンマスターの実力を発揮して共和国最高位の研究者としてカリーナ魔術研究所の所長にまで上り詰める。




生存者(26)《宮野みやのあずさ》



本人は彩花の旅立ちに同行するつもりでいたのだが、

彩花から次の年間制覇の指令を受けて学園にとどまる決意をする。



その後、年間制覇に向けて驚異の活躍を見せるのだが…。


やがて対立する二人の少女によって苦戦を強いられることになる。




生存者(27)《桜井麻美さくらいまみ



乃絵瑠達が旅立った後も学園にとどまって母の後継者になれるように勉強の日々を過ごす。


のちにカリーナ女学園の学園長にまで上り詰めるのだが。


その過程において母や祖母と同様に悪鬼の汚名を背負うことになってしまう。




生存者(28)《川島郁恵かわしまいくえ



乃絵瑠達が旅立った後に娘の後を継いで一時的に学園長を就任する。


それから数年後に孫娘が学園長に就任するまで現役を続けるのだが、

世代交代と同時に研究所の所長も引退して雨音未来に後を譲ることに。




生存者(29)《長野沙弥香ながのさやか



彩花達が旅立った後に、

慶太と共に新生『竜の牙』を率いて大陸中部へと渡る。


その後、幾度もの激戦を乗り越えて多くの仲間達と共に最終決戦に挑むのだが…。



本当の意味での最終決戦は彩花との戦いになるのかもしれない。


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