愛する気持ち
《サイド:御堂龍馬》
…ふぅ。
…ようやくここまでこれたよ。
学園での仕事を一通り終えたことで深海さんのご両親が経営している花屋に向かっている途中なんだけどね。
どうにか商店街にたどりつけたところだった。
…うーん。
「成美ちゃんに話があってここまで来たものの…。成美ちゃんはまだ仕事中だろうから、あまり時間をとると迷惑かもしれないね。」
成美ちゃんに話したいことがあって花屋に向かっているんだけど。
仕事中の成美ちゃんの手を止めてしまうことに少なからず申し訳ない気持ちを感じてしまうんだ。
「だけど今のうちに会って話をしておかないと、仕事が終わるまで待っていたら行き違いになるだろうし…。」
話の内容を考えれば、
お家に行ってまで話をするほうが仕事を邪魔するよりももっと気まずい気がしてしまう。
…さすがに今はまだ成美ちゃんのお家で直接話し合う勇気はないからね。
いずれはそうしなければいけない日が来るとは思うけれど。
今の僕にはまだその覚悟は出来てないんだ。
…まずは成美ちゃんと話し合ってからだよね。
その後に関しては時期を見てから話を進めようと考えてる。
…ひとまず今は。
自分の考えを告げて成美ちゃんの想いを確認することが先決だ。
…一度、成美ちゃんと話し合おう。
今日という日を逃せば当分その機会が失われてしまううえに個人的に不安を感じる部分もあるんだ。
「油断はできないからね。」
目を離した隙に大切なものを失ってしまう可能性が0だとは言い切れない。
だからこそ出来る限り早い段階で手をうっておく必要があった。
「成美ちゃんは…どう思うのかな?」
色々と不安に思うことが沢山あるけれど。
ここで諦めてしまえば本当に大切なものを失ってしまうかもしれないんだ。
…やるべきことをやって、それでもダメなら諦められる。
「だけど、やるべきことをやらずに諦めてしまうようでは、それこそ沙織に顔向けができないよね。」
沙織を愛する気持ちは今でも何も変わらない。
だけどね。
だからこそやらなければいけないんだと考えていた。
「もう他の誰かに任せる運命なんていらないんだ。」
総魔の導きはもうない。
そして総魔に頼ってばかりもいられない。
これから先の人生は僕の意志で決めなければいけないんだ。
「…だから、会いに行くよ。」
成美ちゃんと話し合おう。
「会ってちゃんと…伝えるんだ。」
これからのことを改めて伝えようと考えて、
目的の場所へと視線を向けてみる。
…成美ちゃん。
視線の先にある花屋の店先で、
今日も元気一杯の笑顔で楽しそうに働いている姿が見えた。
…成美ちゃんは変わらないね。
いつもと変わらない笑顔。
とても楽しそうで。
とても幸せそうで。
精一杯の知識でお客さんの応対をしながら少しでも深海さんのご両親の役に立とうと頑張っている姿は何度見ても見飽きなかった。
…今日も幸せそうだね。
これから僕がしようとしていることが本当に正しいのかどうかさえ分からなくなってしまうほど、
仕事中の成美ちゃんが楽しそうに見えてしまうんだ。
…このまま。
このまま何もせずに立ち去ってしまうべきかもしれないって、
そんなふうに感じてしまったけれど。
すぐにその考えを捨てて本来の目的を思い直すことにした。
…ダメだ。
「ここで、手を引くわけにはいかないんだ。」
諦めることは簡単だけど。
それでは理想は叶えられないからね。
「手に入れたい想いがあるからこそ、諦めるわけにはいかないんだ。」
それが自己中心的な考えだったとしても、
ちゃんと話し合って伝えなければ夢は決してつかめない。
「諦めるわけにはいかないんだよ。」
望むべき未来を手にいれるためには、
いつだって自分から動き出さなければいけないんだ。
…沙織。
「僕はきみの想いを受け継ぐよ。」
沙織の想いを叶えるために。
そして自分自身の理想をつかみとるために。
「やあ、成美ちゃん。」
まだ仕事中の成美ちゃんに歩み寄って話しかけることにしたんだ。
「やあ、今日も元気そうだね。」
「…あ!は、はいっ!御堂さん♪お久しぶりですっ♪」
できる限り平静を装いながら話しかけてみると、
成美ちゃんも笑顔で迎えてくれた。
「えっと、今日はどうしたんですか?また何かのお仕事の途中ですか?」
…あ、いや、そういうことじゃないんだけどね。
最近の情報を何も知らない成美ちゃんは、
まだ僕が学園を卒業したことさえ知らないはずだ。
だから僕が仕事の合間に立ち寄ったのだと考えてしまったようだけど、
ここは即座に否定しておくことにした。
「今日は仕事とかそういうことじゃないんだ。」
ただ、ようやく少しだけ時間が空いたからね。
「久しぶりに成美ちゃんと話をしようと思ってきたんだけど…迷惑だったかな?」
「い、いえ…。迷惑なんて…そんなことはないです。それにちょうどお昼ご飯の時間で、霧華ちゃんと交代するところだったので30分くらいなら大丈夫ですよ♪」
…あ、そうなんだ。
「それなら良かったよ。」
「はいっ♪せっかくなので御堂さんも一緒にお昼ご飯を食べませんか?優奈さんのお母さんが作ってくれるご飯はとっても美味しいんですよ♪」
…あ~、お昼ご飯か。
そう言えば今日はまだ何も食べていないような気がする。
「それは嬉しい話だけど、突然お邪魔して迷惑じゃないかな?」
「大丈夫です♪御堂さんも優奈さんのお友だちですからっ♪」
…それは、まあ、そうかもしれないけど。
そういう問題なのかな?
ただそれだけの理由でお邪魔して良いものかどうか不安を感じてしまうんだけど。
深海さんの友達なら誰でも歓迎してもらえると成美ちゃんは考えているようだった。
「きっと大丈夫です♪」
…うーん。
そこまで甘えて良いのかなと悩んでしまうんだけど。
自信をもって宣言した成美ちゃんは店内で働いている深海さんのお母さんに話しかけて、
ものの数秒で許可を得てから僕の傍に戻ってきてくれた。
「やっぱり大丈夫でした~。『お昼ご飯も少し多目に用意してあるから、遠慮なくどうぞ』だそうです。」
…ん?
…あれ?
「多目に用意って…誰か来ると思って用意してるのかい?」
「あ、いえ、そうじゃないんですけど…。でも…たぶんそんな感じだと思います。」
…え?
「それはどういう意味かな?」
「そ、その…。一応…と言うか、念のため…と言うか…。もしもまた優奈さんが帰ってきた時のために、いつも多目に用意してるそうです。いつでもちゃんとお迎えができるように、いつも優奈さんの分までご飯の用意をしてるそうです。」
…あ、ああ、なるほど。
「そういう意味なのか…。」
「は、はい…。ですので、いつも一人分余ってますので、御堂さんが食べても大丈夫だと思います。たぶん…優奈さんはまだまだ帰ってこれないと思いますので…。」
…え?
…あれ?
深海さんはまだ帰って来れないと話す成美ちゃんの言葉を聞いて違和感を感じてしまった。
「…もしかして、成美ちゃんは深海さんと出会ったのかい?」
「あ、はい♪」
僕が知らない間に成美ちゃんのところにも総魔と深海さんがきていたのかもしれないと思って問いかけてみると、
成美ちゃんはとても嬉しそうに話を聞かせてくれたんだ。
「3日ほど前に優奈さんとお会いしました。私の誕生日をお祝いするために、とっても素敵なプレゼントを持ってきてくれたんですよっ♪」
…えっ?
…成美ちゃんの誕生日?
…って、あーっ!!!
これまで何度も聞いていたはずなのに、
ずっと忘れていた事実を今になって思い出してしまった。
「し、しまったっ!」
成美ちゃんの誕生日を完全に忘れていたんだ。
誕生日が5月だから僕と同じということは覚えていたんだけど。
肝心の日付までは覚えていなかった。
…ということは?
「三日前が成美ちゃんの誕生日だったのか…。」
僕が卒業試験を受けていたその日こそが成美ちゃんの誕生日だったと今になって気づいてしまった。
「ご、ごめんね。すっかり忘れてたよ…。」
「あ、いえ、良いんです。御堂さんもお忙しいでしょうし、私は優奈さんと霧華ちゃんにおめでとうって言っていただけたので、それだけで十分幸せですから。」
………。
それ以上の贅沢は望まないと考える成美ちゃんだけど。
だからと言って何もしないわけにはいかないよね。
「僕からもプレゼントを用意するよ。僕も成美ちゃんの誕生日をお祝いしたいからね。」
僕も成美ちゃんのお祝いをしたいから。
「必ず用意するよ。」
僕に残されている時間はあまり多くはないけれど。
それでも何もしないわけにはいかないんだ。
…直接渡すのは難しいかもしれないけど。
それでも何かをしたいとは思う。
「僕もプレゼントを用意させてもらうよ。」
「あ、はい。ありがとうございます♪」
今度は忘れないように約束すると喜んでくれたんだ。
…問題は何を贈るかだけど。
そこは帰ってからゆっくり考えようと思う。
「えっと、とりあえず中にどうぞ。」
「あ、ああ、ごめんね。」
いつまでもここで話していると昼食の時間が遅くなってしまうからか、
成美ちゃんは僕の手を引いて店の奥へと歩き出した。
その途中で休憩を終えた霧華さんとすれ違うことになって。
「あ、霧華ちゃん、私もご飯食べてくるね~♪」
「…男を連れ込んで休憩なんて、ホントに成美はお気楽ね。」
霧華さんは僕達に冷たい視線を向けてきたんだ。
「あ、あうぅ~…。ごめんなさい…。」
「別にいいけど、冷めないうちにさっさと食べなさいよ。ちゃんと用意しておいてあげたんだから。」
「あ、うん♪ありがとう、霧華ちゃん♪」
「…ったく…。」
謝ったり喜んだり。
そんなふうに素直な気持ちを表現する成美ちゃんを見て面倒くさそうな態度を示しながらも、
霧華さんは照れ臭そうに顔を赤くしながら仕事へと戻っていった。
「はうぅ~。また怒られちゃった。」
…みたいだね。
それに、『また』と言うことは毎日のように怒られているのかな?
若干、怒られ慣れてきているようにも見えるけれど。
それでも怒られる度に落ち込んでしまうようだった。
「もっと頑張らないとダメですね。」
苦笑いを浮かべながらも反省の気持ちを言葉にして振り返ってくれた。
「もっと色々なことを勉強しないとダメですよね。」
…うーん。
…そうかな?
まだまだ幼い霧華さんのお世話にならなければ生きていけないと思っているようだけど。
僕はそうは思わないよ。
「成美ちゃんは十分頑張ってると思うよ。」
努力は認めておきたいんだ。
「本当に何も分からないところから始めてるんだから、そんなに落ち込む必要はないし、今の成美ちゃんでも十分過ぎるくらい誰かの役に立てていると思うよ。」
それが間違いないと思えるほど霧華さんは成美ちゃんを信頼しているはずだ。
何も聞かなくても分かるくらい霧華さんの態度には成美ちゃんへの想いが表れているからね。
「成美ちゃんはちゃんと頑張ってるよ。」
「…ぁ、ぁぅ~。」
落ち込む必要はないと伝えてみると、
成美ちゃんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
「…あ、ありがとうございます。」
誉められたことを嬉しく思ってくれたのかな?
成美ちゃんは繋いでいる手をぎゅっと握りしめてくれたんだ。
「え、えっと…。こ、こっちですっ。」
恥ずかしさをまぎらわせるためだろうか。
少し慌てながら控え室に向かって歩き出していく。
「この奥です。」
「あ、うん。」
店内の奥にひっそりと存在している控え室の扉を開けて中に歩みを進めていく成美ちゃんに手を引かれたまま控え室に入ってみると。
「…あっ。」
不意に足を止めた成美ちゃんが机の上に視線を向けながら小さな声で呟いていた。
「霧華ちゃん…。二人分用意してくれてたんだ…。」
…あ、ああ。
…どうやらそのようだね。
おそらく自分の食事を終えて一度控え室を出てから成美ちゃんと僕が会話をしているのを確認したんじゃないかな。
そのあとでわざわざ控え室に戻って二人分の食事を用意してくれたんだろうね。
「だから…かな。」
…ああ。
だから霧華さんは『用意しておいてあげた』と言っていたんだ。
「霧華ちゃん優しい~♪」
…ああ、そうだね。
いつもいつも成美ちゃんのために準備を整えてくれる霧華さんの優しさが僕にも感じられる瞬間だった。
「あとで霧華ちゃんにお礼を言わないと♪」
…うん。
そのほうが良いだろうね。
その結果としてまた延々と愚痴を聞かされるかもしれないけれど。
それはそれで楽しいのかもしれない。
「霧華ちゃん大好きっ♪♪」
…ははっ。
霧華さんと過ごす時間なら、
それがどんな状況でも幸せを感じられるのかもしれないね。
「冷めないうちに、いただきましょう♪」
「ああ、そうだね。」
霧華さんの優しさを無駄にしないために。
成美ちゃんは僕を席に案内してから向かい側の席に座って幸せ一杯の気持ちでお箸を握りしめていた。
「いただきま~す♪」
深海さんのお母さんが作って。
霧華さんが用意して。
僕と二人で食べる昼食。
この時間を楽しんでくれているのかな。
「えへへ~。幸せです♪」
成美ちゃんは今の気持ちを言葉にせずにはいられない様子だった。
「御堂さんも遠慮せずに食べてくださいね♪」
「あ、うん、ありがとう。僕もいただくよ。」
幸せそうに食事を始める成美ちゃんを見て温かな気持ちを感じながら、
僕も食事を始めることにしたんだけど。
…ふぅ。
気が付けば20分ほど経過したようだった。
成美ちゃんの休憩時間も残り10分ほどになった頃に僕達は揃って食事を終えたんだ。
「ごちそうさまです♪」
「ごちそうさまでした。」
両手をあわせてしっかりと挨拶をする成美ちゃんに続いて僕もお箸を置く。
「美味しかったね。」
「はいっ♪今日もすっごく美味しかったです♪」
…ははっ。
…本当に幸せそうだね。
お腹一杯になって満足したのかな。
成美ちゃんが食器を片付けようとして立ち上がったことで僕も率先して動き出すことにした。
「僕も手伝うよ。二人で片付けた方が早く終わるからね。」
色々と話したいことがあるんだ。
だからあまりのんびりと成美ちゃんの片付けを待っている余裕がないというのが本音になるんだけど、
そこは言えないから僕も片付けに参加することにしたんだ。
「一緒に片付けよう。」
「あ、はい。ありがとうございます♪」
時間短縮のためにさりげなく協力を申し出てみると、
何の疑いも感じない成美ちゃんは嬉しそうに微笑みを浮かべて僕の手伝いを受け入れてくれた。
「それじゃあ、私が食器を片付けますので、御堂さんは食器を洗ってもらってもいいですか?」
…ああ、そうだね。
どこに何を片付ければいいのかは分からないからね。
片付けそのものが出来ないから、
食器を洗う作業を引き受けることにした。
「洗い終わった食器は私が片付けますね♪」
「うん。よろしくね。」
成美の判断にしたがったほうが早く片付けが終わると考えて洗い物を始める。
…残り時間は8分くらいかな?
きっちり30分でなければ成美ちゃんが怒られるということはないだろうけど。
あまり迷惑をかけたくないからね。
時間を気にしながら手早く洗い物を終わらせることにした。
「うわ~。すっごく速いですね♪私なら3倍くらい時間がかかると思います。」
…そ、そうかな?
二人分の食器とはいえ、
それほど数は多くないはずだ。
それでも焦ったり急いだりという危機感が極端に少ない成美ちゃんから見ると手早く見えるのかもしれない。
…良く言えばのんびり屋で。
…悪く言えば動きが鈍い感じだからね
そんな成美ちゃんだからこそ可愛いと思うんだけど。
手早く仕事を終える僕を見ていた成美ちゃんは素直に感動している様子だった。
「御堂さんは何でもできるんですね♪」
…あー、いや。
…今は単に急いでるだけなんだけどね。
何をやっても自分よりすごいと考える成美ちゃんだけど。
僕の心境としては残り時間を気にして焦っているだけだった。
「これくらいなら成美ちゃんでもできるよ。」
「えへへ~。そう言えるようになりたいです。」
…ははっ。
まだまだ満足に洗い物さえ満足に出来ないと考える成美ちゃんは、
照れ臭そうに微笑みながら食器の片付けを終えて再び席に戻ってくれたんだ。
「休憩時間、もうすぐ終わっちゃいますけど御堂さんのお話を聞かせてもらいますね♪」
「あー、うん。ごめんね。」
残り時間は6分だ。
その時間を過ぎても誰も文句は言わないだろうけど。
成美ちゃんとしてもそれなりに責任感があるだろうからね。
僕としてものんびり会話をしようとは思ってないよ。
「何だか急がせてしまってすみません…。」
「あ、いや、成美ちゃんが謝る必要はないよ。」
限られた時間しか話が出来ないことで申し訳ない気持ちを感じる様子の成美ちゃんだけど。
僕としては全て分かったうえでここまできているわけだからね。
不満なんてあるはずもなかった。
「そもそも仕事中の成美ちゃんに会いに来た僕が悪いんだからね。」
成美ちゃんが謝る必要はないんだ。
それよりも僕が用件を済ませればそれで解決する問題だからね。
だから僕は先程の席に戻ってから再び成美ちゃんと向かい合うことにしたんだ。
「あまり時間がないから単刀直入に言うよ。」
日常会話や世間話をする時間はないからね。
早々に本題へと入ることにした。
「まず僕のことなんだけど。成美ちゃんが深海さんに出会った日に学園を卒業したんだ。」
「え?そうなんですか!?おめでとうございますっ♪」
…あ、ああ、うん。
「ありがとう。だけど、そこはそれほど重要じゃなくてね。そのあとのことを話に来たんだ。」
「そのあと…ですか?」
…ああ。
「もう成美ちゃんも知ってると思うけど、一応僕が次の共和国の代表になるんだ。」
「あ、はい。そうですよね。」
…うん。
「だからね。その辺りの都合というか事情というか…僕が代表になるにあたって、ひとまず新たな共和国の首都になるレーヴァに移住することになったんだよ。」
「はぅ~。やっぱり御堂さんはジェノスを離れちゃうんですね…。」
…あ、ああ。
…そうなんだ。
「それでね…。しばらくは成美ちゃんに会えなくなると思うんだ。」
「あう~。寂しいです…。」
…う、うん。
「だから…ね。」
ここからが僕にとっての本題になる。
「それで…どうかな?もしも良かったら…成美ちゃんも僕と一緒にレーヴァに行かないかい?」
「え?」
僕と一緒に来てほしいとお願いするためにここにきたんだけど。
「あ、あぅ…。あうぅ~…。」
即座に『はい』とは言えないからか、
成美ちゃんは複雑な感情を織り混ぜながら心の中で葛藤していた。
「あう~。うぅ~。」
ものすごく悩んでいるのが伝わってくる。
即答で断られなかったのは有り難いんだけど。
ここまで悩まれるとそれはそれで何だか余計に緊張してしまうよね。
「だ、ダメかな…?」
「あ、いえ…。御堂さんがレーヴァに行かれるのなら、もちろん私も行ってみたいんですけど…。」
どうやら今の成美ちゃんそれが出来ない理由があるようだった。
「だけど今すぐには行けないんです…。優奈さんと約束しちゃいましたし…。ここでお仕事をさせてもらってるのに…辞めちゃうわけにはいかないんです…。」
…あ、ああ、そうだよね。
深海さんとの約束がどういうものかは知らないけれど。
深海さんのご両親を支えるという目的がある成美ちゃんはジェノスを離れることができないようだった。
「ご、ごめんなさい…。私はこの町から離れられないんです…。」
…そ、そうだよね。
「やっぱり…無理だよね…。」
「あ、いえ…。ごめんなさい。今はまだここでお仕事を続けたいんです。優奈さんにもちゃんと恩返しがしたいですし…。お世話になってばかりの状況でお仕事を辞めたくないですし…。きっと霧華ちゃんも怒っちゃうと思うし…。それに…それにお父さんとお母さんも心配すると思いますので…。」
…あ、ああ。
…きっとそうだろうね。
すでに沙織を失っているご両親を置いていけるわけがないんだ。
だから今すぐに決断できることではなかったんだ。
「あ、あの、でも、その、御堂さんと一緒に行くのが嫌とかそういうことじゃないんですっ。ただ、みんなを置いていくことが出来ないんです…。」
…ああ、そうだね。
ご両親は理解してくれるかもしれない。
上手く説明すれば一緒にレーヴァまで来てくれるかもしれない。
…だけど。
どれほど成美ちゃんが願っても、
深海さんのご両親はこの町から離れようとはしないはずだ。
「優奈さんのお父さんとお母さんはここから離れられませんし、優奈さんが帰ってくるこの場所を守り続けようとすると思います。だから…だから私は…」
深海さんの代わりにここで働き続けようと考えているようだった。
「優奈さんが帰ってくるまで…。いつか優奈さんがこの町に帰ってくるまで、ここで働こうと思っていたんです。」
それが何年後になるかは分からない。
そもそも深海さんが帰ってくるかどうかも分からない。
それでも成美ちゃんはここに居続けようと考えていたようだ。
「約束したんです。優奈さんと…ここで働き続けることを約束したんです…。」
その約束を破るわけにはいかないんだろうね。
例え深海さんとは再会できないとしても、
想いを受け継ぐつもりでいるようだった。
「せめて…せめて私がここから離れても優奈さんのお父さんとお母さんが安心して過ごせるようになるまで…それまではここにいようと思うんです。」
…なるほど。
いつの日か成美ちゃんがここから巣立つ日を深海さんのご両親から願うまでは、
ここにいようと考えているらしい。
「それに、私も一つだけやりたいことがあるんです。」
…え?
今まで自分から何かをしようと話すことがなかった成美ちゃんだけど。
どうしてもやりたいことがあるようだった。
「ここでお仕事をして、ちゃんと自分の手でお金を稼いで、ちゃんと自分で頑張れるようになったら…その時はジェノス魔導学園に行きたいと思ってるんです。」
「学園に…?」
「はいっ♪今はまだ何もできませんけど、ちゃんと努力して、自分の力でお姉ちゃん達の力を使いこなせるようになりたいんです。」
…あ、ああ、なるほど。
ただ受け継いだ力を垂れ流すような今の状態ではなくて、
自分の意思で使いこなせるようになりたいと考えているらしい。
「お姉ちゃんと…翔子お姉ちゃんの残してくれた想いを、ちゃんと理解したいんです。」
…そうか。
一つ一つの想いを全て理解して全てを自分のものにしたいと願うのなら僕が言うべきことは何もない。
「だから…だから今は行けません。」
…そうか。
…それなら仕方がないね。
一緒にレーヴァにいくことは出来ないと考える成美ちゃんに無理なお願いなんて出来なかった。
「だけど…。だけどいつか自分自身に自信が持てるようになったら…その時は会いに行ってもいいですか?」
…え?
…あ、ああ。
「もちろんだよ。」
今は無理でもいつか会いに来ると言ってくれたんだ。
僕としてはそれだけで十分だった。
「それで良いよ。それが成美ちゃんの出した答えならそれで良いと思うからね。」
僕の理想を成美ちゃんに強制することは出来ない。
だから僕は幸せな結末を願うことにしたんだ。
「成美ちゃんがそうしたいのならそれで良いと思う。だけど、僕の気持ちも聞いてもらっていいかな?」
「え?御堂さんの気持ち…ですか?」
「ああ、今日はそれを話に来たんだ。」
成美ちゃんがどの段階でジェノスを離れるかは正直に言って重要な問題ではないんだ。
「僕はね…。」
どうしても手に入れたいものがあった。
「僕はこれからもずっと成美ちゃんといたいんだ。」
「…え?」
「最初は沙織の妹だからと思ってた。だから大切にしようと思っていたんだ。だけど…それだけじゃないんだって気づいたんだ。」
「そ、それって…っ?」
「僕は成美ちゃんが好きだ。」
「あ…あぅぅ~。」
告白した瞬間に成美ちゃんの顔が真っ赤に染まるのが見えた。
「わっ、私を…ですかっ?」
「ああ、僕は成美ちゃんが好きだ。」
今でも沙織を愛する気持ちはある。
だけど、その気持ちと同じくらい成美ちゃんのことも好きなんだ。
「僕はこの町を離れなきゃいけない。だからね。だからこそ伝えたかったんだ。もう『あの日』の過ちを繰り返したくなかったから、だから…ちゃんと伝えようと思ったんだよ。」
沙織への愛は捨てられないけれど。
成美ちゃんを思う気持ちも捨てたくなかった。
だから沙織を手放したあの日と同じ過ちはもう二度と繰り返さないと決めたんだ。
その想いを確かなものにするために。
成美ちゃんに会いに来たんだ。
「僕は成美ちゃんが好きだ。だから誰にも渡したくないし、絶対に手放したくないんだよ。」
「は、はぅぅ~。」
僕の告白を聞くたびに心臓の鼓動が早くなっていくのか、
耳まで真っ赤にさせた成美ちゃんは何も言えなくなってしまっていた。
だけどそれでも僕は自らの想いを伝え続けようと思ったんだ。
「例え何年かかってもいい。」
沙織とだって4年かかったんだ。
告白するまでに4年もかかったんだ。
「だから、成美ちゃんが自分で満足できる日が来るまで何年かかってもいいから、いつか…いつか僕の傍に…来てくれないかな?」
「そ、その…っ。それは…え~っと…っ。」
突然の告白に戸惑いながらも、
必死にどう答えようかと考えてくれる成美ちゃんの愛らしい姿を見つめつつ再び想いを伝えてみる。
「僕は成美ちゃんが好きなんだ。だから今すぐじゃなくてもいい。だけど…。」
「い、いえ…。その…。大丈夫です。」
いつか返事を聞かせてほしいと伝えようとしたところで、
成美ちゃんは精一杯の笑顔を返してくれた。
「そ、その…っ。私も、御堂さんのことが…その…好きですので…。その…っ。もしこんな私で良かったら…そ、その…一緒に…いていただけませんか?」
…ああ。
「もちろんだよ。」
それが今の精一杯の返事だとしても、
僕の愛を受け入れてくれるのならそれだけで十分なんだ。
「ありがとう。」
「い、いえ…。私も…御堂さんのことが好きですから…。だから…だから…っ。いつかここから離れられる日が来たら…御堂さんに会いに行ってもいいですか?」
成美ちゃんも僕の傍にいたいと願ってくれたんだ。
その先の未来にまで期待を込めながら問いかけてくれたんだ。
…ありがとう。
「必ず、必ず幸せにするよ。」
もう悔いはない。
成美ちゃんの気持ちが聞けたから、
僕はこれからも頑張れるんだ。
「必ず成美ちゃんを幸せにして見せる。だから…その日が来るまで待ってるよ。」
例えそれが何年先の話になるとしても成美ちゃんを待とうと思う。
「成美ちゃんが会いに来てくれる日を待ち続ける。その日が来るまでずっと待ち続けるよ。」
成美ちゃんの想いさえ確認できればそれでいいんだ。
僕を思ってくれる気持ちさえ確認できればそれだけで十分だった。
「僕の想いは…いつもきみの傍にある。」
「…は、はうぅ~。」
まっすぐに見つめるだけで照れてしまう成美ちゃんだけど。
成美ちゃんのおかげで今まで以上に頑張れるような気がした。
「ずっと待ってるよ。」
「は、はい。出来る限り早く御堂さんに会えるように頑張ります。」
今はそのくらいしか言えないとしても、
いつかは自信をもって向き合えるようになれればいいんだ。
「御堂さんのお傍にいられるように頑張りますっ♪」
「ああ、ありがとう。」
お互いの想いを告げた瞬間に。
『キンコンカンコーン』と壁時計が午後1時を告げる鐘の音を鳴らした。
「あっ!そろそろ時間ですね。」
…うん。
…そのようだね。
休憩時間の30分が過ぎたことで成美ちゃんが慌てて席を立つ。
「そろそろお仕事に戻らないとっ。」
少しでも遅くなれば霧華さんに怒られるかもしれないからね。
その光景が思い浮かんでしまうことで声援を贈ることにした。
「頑張ってね。」
「は、はいっ♪」
僕の後押しを受けて急いで仕事に戻っていく成美ちゃん。
そんな愛すべき人の背中を静かに見送ってから、
僕はそっと深海さんのお店から離れることにしたんだ。
生存者(20)《御堂龍馬》
成美への告白後。
共和国の代表として就任するためにレーヴァへと旅立った。
その数日後に敦也を通して成美に誕生日プレゼントを届けるのだが、
約束を果たすために成美が龍馬のもとへ訪れるのはまだまだ先の話になる。




