救いか断罪か
《サイド:長野淳弥》
5月17日。
午前7時を過ぎた頃。
まだ新たな朝を迎えて間もない早朝なのだが、
レーヴァに訪れた俺は天城総魔に宣言していた通りに宮廷に向かうことにした。
…さあ、これが俺の最後のけじめだ。
今回の戦争で残ってしまった心残りを払拭するために宮廷内へと歩みを進めていく。
「悪いが立花光輝と話がしたい。至急、長野敦也が来たと伝えてほしい。」
自らの名前さえ伝えれば必ず会いに来るだろうと信じて宮廷の門を守る衛兵に頼んでみると、
5分も待たないうちに許可が下りたようだった。
「確認がとれましたので、どうぞ中へお入りください。」
「ああ、すまない。」
衛兵達が宮廷内へと導いてくれる。
そうして衛兵達の間を通り抜けて宮廷の内部へ歩みを進めていくと。
立花光輝が派遣してくれたのだろう。
使いの一人が宮廷の奥まで案内してくれるようだった。
「長野敦也様ですね。立花様が奥でお待ちです。どうぞこちらへ…。」
…随分と手回しが良いな。
もっと手間取るか、
ある程度待たされる可能性を考えていたのだが予想外に順調に話が進んでいる。
「こんなにすぐに話が通るものなのか?」
普通なら時間の調整が行われるか、
日を改めるように言われてしまうはずだ。
それなのに突然訪れた俺を待たせることなく即座にここまでの対応をしてくれたわけだからな。
少し疑問を感じてしまったのだが。
どうやらそれなりの理由があるらしい。
「立花様はさきほど朝食を召し上がられて執務室へ向かわれる途中でしたので衛兵からの伝達がいつもより早かったと思います。本来なら宮廷の最上階付近まで移動しなければいけないところでしたが、たまたま立花様が近くにいらしたために伝達が早かったのでしょう。」
…ああ、なるほどな。
それなら話が通った理由は納得できる。
…だからと言ってすぐに会えるほど暇ではないだろうけどな。
仮にもレーヴァを管理する最重要人物だ。
そうそう簡単に会えるとは思っていない。
「まあ、会ってくれるのなら文句はないんだが、肝心の立花光輝はどこにいるんだ?」
「3階の執務室でお待ちになられています。長野様が来られたということは少なからず大きな声で話せることではないだろうとおっしゃられていましたので、立花様が個人的に使用されている執務室で一足先に待たれています。」
…ほう、そうか。
「向こうもおおよその事情は把握してるわけだな。」
「その辺りに関しては私から言えることは何もありません。長野様と立花様がどういう関係なのか存じ上げませんので…。」
「ああ、まあ、知らなくても問題ないことだからな。気にしないほうがいいんじゃないか?」
「………。かしこまりました。」
一瞬、不穏な空気を感じたが、
余計な追及をするつもりはないのだろう。
無駄な会話を放棄した侍女は黙って道案内に務めてくれている。
そうして宮廷に到着してからおよそ10分程度で、
ついに目的地にたどり着いたようだった。
「こちらの部屋です。」
…ここにいるのか。
今まで道案内をしてくれた侍女によって、
立花光輝がいる部屋の前までたどり着くことができたらしい。
「ありがとう。助かった。」
わざわざ道案内をしてもらったわけだからな。
一応、お礼の言葉を伝えてみたんだが。
「立花様に何かあった場合は…絶対に許しませんから。」
侍女は憎しみにも近い感情を込めて警告を発してから、
俺の前から立ち去っていった。
…うーん。
「あからさまに警戒されてるな。」
俺と立花光輝の関係を知ったうえでならその反応は当然と言えるのだが、
何も知らない状況でここまで警戒する理由が理解できない。
「まさか…いきなり殺されるってことはないよな?」
立花光輝が何らかの罠を仕掛けている可能性が全くないわけではないために、
少なからず命を危険を感じる部分はあるのだが。
「…考えすぎか。」
自分の感情を優先して罪を犯すような真似はしないだろうからな。
少なくとも俺の知る限りで言えば、
立花光輝という人間は個人の感情よりも責任者としての立場を優先して理論的に物事を考えられる有能な人物のはずだ。
…おそらくは立花光輝どうこうよりも、あの使いの個人的な感情といったところだろうな。
立花光輝を守るために個人的な感情を込めて警告を発したと考えるほうがもっとも筋が通る気がする。
…まあ、その辺りに関しては直接本人に聞いたほうが早いだろう。
全ての答えを知る人物は目の前の扉の向こう側にいるはずだ。
「さあ、この先に待っているのは救いか断罪か…。まあ、どちらにしても受け入れるだけだけどな。」
自らの将来を立花光輝の判断に委ねるために。
執務室の扉を叩くことにする。
「…長野敦也だ。」
自らの名前を名乗ってから立花光輝の返事を待つことにしたんだが。
「来たか…。入れ。」
立花光輝は即座に応えてくれた。
「邪魔をして悪いな。」
「ふん。久しいな。長野敦也。」
少し控え目に話しかけながら執務室の扉を開くと。
執務室では侍女の宣言通り、
立花光輝がたった一人で俺を待っていた。
「こうして再びお前と向き合う日が来るだろうとは思っていた。」
「あ、ああ…。お互いにけじめをつけるためには、こうして直接話し合うしかないからな…。」
「ああ、そうだな。俺が真に共和国のために生きるにはお前の犯した罪を裁く必要がある。このまま何も解決しないままでは俺の心の闇が消え去ることはないからな。」
…だろうな。
だからこそ俺はここまで来たんだ。
「俺は…どうすればいい?」
「…そうだな。」
執務室の内部に入り。
あらゆる断罪を受け入れるつもりで問いかけてみると、
立花光輝が条件を突きつけてきた。
「お前が自らの罪を認めるのならば、お前の人生を俺に捧げてもらおうか。」
…人生だと?
「それは俺に奴隷にでもなれってことか?」
「ふっ、それも悪くはないな。だが、生憎と俺は男を飼い殺しにする趣味は持っていないんでな。奴隷になれというつもりはない。」
…は?
「だったらどうしろって言うんだ?」
「お前の力を…お前の心を…俺に捧げろ。そして俺が命じるままに生きろ。お前にその気があるのなら…だがな。」
「拘束はしないが、自由は奪うってことか?」
「穂乃香の自由を奪ったお前にはちょうど良い鎖だろう。」
「…はっ、言いたい放題だな。」
「嫌なら立ち去れ。ただし、その時点で俺がお前達に協力する義理は失われるがな。」
「ちっ!そうくるか…。」
「まともに交渉が出来ると思っていたわけではないだろう?最初から互いの立場には格差がある。そのことを分かったうえでお前はここに来たはずだ。」
………。
「そこまでお見通しってことか…。」
「当然だ。俺が何も考えずにお前をここまで迎え入れたと思うか?穂乃香を殺した罪を背負うお前に俺と交渉する権利はない。だが俺はお前の罪を追求することが出来る。その差は歴然だ。」
…ああ、確かにそうだな。
「さあ、どうする?俺に従うか?それとも俺を殺して自由を得るか?」
「そんなもん、選べるわけねえだろ…っ。」
立花光輝は殺せない。
それを御堂が許すはずがない。
「俺が従うことでお前が御堂の助けになるのなら、俺は悪魔にでも魂を売ってやる!それが俺の選ぶ道だっ!」
立花光輝に頭を下げてでも御堂のために道を切り開く。
その想いを示すために。
「これが俺の答えだっ!」
立花光輝に対して頭を下げて床にひれ伏し。
誇りを捨てて忠誠を誓うことにした。
「俺の存在と引き換えに御堂を助けてやってほしい。その願いが叶うのなら…俺はお前に忠誠を誓う。」
意地も誇りもかなぐり捨てて自らの罪を受け入れる。
そのために土下座という形で立花光輝に謝罪した。
「俺の人生をお前に捧げる。その代わりに…御堂を支えてほしい。」
自らの罪を償うために。
そして御堂を守るために。
見栄を捨てて頭を下げ続ける。
「俺は…立花光輝に忠誠を誓う。」
「…ふっ。潔い覚悟だな。」
俺の宣言によって立花光輝は心に残る最後の闇を払拭してくれたようだった。
「悪くはない。確かに穂乃香が認めるだけのことはある。」
…はっ?
「ふふっ、お前もまだ知らないようだな。だが俺は知っている。穂乃香がお前を許していることを…。そして穂乃香がお前に感謝して死んでいったことを知っているのだ。」
…感謝だと?
「それは…どういう意味だ?」
「俺も出会ったからだ。」
…出会った?
「誰に?」
「天城総魔だ。」
…なっ!?
「ふふっ、お前は知っているな?その名を。」
「い、いつのまに…天城総魔にっ!?」
「お前達がレーヴァを離れている間…としか言いようがないが、俺が地下の牢獄でくすぶっている時にあの男は俺の前に現れた。そして穂乃香の魂を呼び出して俺と引き合わせた。」
…なんだと!?
「そんなことがあったのかっ?」
「その時点では俺も何も知らなかったが、御堂龍馬の卒業試験の結果報告は俺の耳にも届いているからな。天城総魔という人物が俺の前に現れた人物と同一なのは間違いないだろう。」
「お前は…天城総魔と出会って…穂乃香と再会したのか?」
「ああ、そうだ。そして俺は穂乃香の想いを知った。俺への愛も…お前への感謝の想いも…全て知った。あの日の出来事は夢のようではあるが、それが偽りでないことは確かだ。その日、あの時に出会った穂乃香は間違いなく穂乃香自身であり、俺が愛した女だった。」
…穂乃香が?
「穂乃香は…俺を許してくれたのか?」
「ああ、そうだ。お前を許し、俺にお前を許すように願っていた。」
「穂乃香が…俺を…?」
「ああ、だからこそ俺はお前を試した。本当にお前に許す価値があるのかどうかを確かめるためにな。」
「だから、だから俺に…。」
奴隷となることを命じていたのだと理解した。
「俺に許す価値があるかどうかを確かめるために…?」
「そう。そのために確かめたのだ。」
俺の真意を知るために。
そして俺の気持ちを知るために。
立花光輝は俺を試したということだ。
「俺からの試験は合格と言えるだろう。お前は自らの生涯を犠牲にしてでも御堂龍馬の救いを求めた。その真摯な想いを信じて、俺もお前を許そうと思う。」
………。
俺の罪を許す。
その想いを言葉にした瞬間に、
立花光輝の瞳から憎悪が消え去ったように見えた。
「これほどまでに穏やかな気持ちになれるものなのだな…。」
………。
まるで穂乃香と向き合っているかのような穏やかな気持ちが感じられる。
「これが…人を許すということなのだろうか。」
…どうだろうな。
俺には分からない感情だが、
憎しみを捨てて許すことで新たに生まれる想いがあることを立花光輝は理解したようだった。
「悪くはない結果だ。悲しみが消えることはないが…。それでも前を向くことはできる。」
穂乃香の死は忘れられなくても、
絶望は乗り越えられる気がしたのだろうか。
「長野敦也。俺もお前の罪を許そう。」
「…す、すまないっ。ありがとう…っ。」
求めていた言葉が聞けたことで、
抑えきれない感情を吐き出して情けないほど涙を流してしまっていた。
生存者(14)《立花光輝》
長野敦也との確執が解消された後に、
本格的にミッドガルムの完全平定へと動き出した。
その後も新生共和国に多大なる貢献をもたらして、
龍馬に次ぐ地位として共和国の副代表にまで上り詰める。
生存者(15)《長野敦也》
立花光輝との話し合いの後、
身柄の自由を約束されて罪の意識から解放されたものの。
姉の圧力からは逃れきれずにジェノスに拘束されてしまう結果に。
その後しばらくは雪と共に気楽な日々を過ごすのだが、
やがて訪れる理沙の暴挙によって再び地獄の日々が始まってしまう。




