夢を見たの
「もうなくしちゃダメよ。これは貴方に残された物なんだから。だからもう手放しちゃダメよ。」
………。
「やはりそのために俺を探していたのか…。」
泣き出してしまいそうな想いをこらえて必死に笑顔を維持する翔子の母。
その温かな手を通して俺に託されたモノは俺が翔子の家に届けたはずの翔子の手紙だった。
「これは貴方のモノよ。私は受け取れないわ。」
「翔子の想いが伝わったのならそれでいい。」
「ええ、そうね。翔子の想いはちゃんと感じられたわ。あの子が貴方を愛して、貴方のために生きたことが痛いくらい感じられたわ。」
必死に涙をこらえ。
笑顔を貫きながら。
翔子の母は手紙を返してくれた。
「昨日の夜にね、夢を見たの。翔子が帰ってきてくれて、『お母さんありがとう』って言ってくれたのよ。私ね、すごく嬉しかった。朝になって、それがただの夢でしかなかったって気づいてもね、それでも嬉しかったのよ。」
…夢、か。
俺が発動した精神操作魔術によって夢を改変された翔子の母は、
やはり夢の中で翔子と再会していたようだ。
「すごく幸せで…すごく嬉しくて…とても良い気持ちで朝を迎えられたわ。こんなふうに気持ち良く目覚めたのは何週間ぶりかしら?って思うくらい幸せな気持ちで一杯だったの。だけど、ね。朝起きて郵便物を確認してみたらその手紙が入っていたのよ。最初はそれが何なのか私には分からなかったわ。だけど、その中に入ってる手紙を読んだときにね、全部分かったの。」
どうやら翔子の手紙を読んだことで知ったらしい。
「翔子がどうして戦争に参加したのか?どうして死を覚悟してまで旅立つ必要があったのか?その理由がね、分かっちゃったのよ。」
翔子の母は気づいてしまった。
「あの子はただ貴方に会いたかったのね。そして叶うことなら貴方と共に生きたかったのよ。だけど…それが出来なかった。貴方を想いながらも、あの子の手は貴方に届かなかった。その想いが手紙には書かれていたわ。」
俺に会えない可能性を考慮して最後の想いを記した手紙。
そこに残された娘の想いを知ったことで、
翔子の母は全てを理解したようだった。
「その手紙を読んだから…と言って良いのかどうか分からないけれど、夢を見たその日に手紙が届いたのは絶対に偶然じゃないと思ったわ。きっと翔子が愛した貴方がこの町にいて、きっと何かの理由があって姿を隠してるんじゃないかなって思ったの。その瞬間にね、色々と考えたわ。貴方に会って話がしたい。だけどどこにいけば良いのかがわからないってね。」
その結果として出した答えがここで待つという選択肢であり、
一度も会ったことのない俺を捜すというむちゃくちゃな考えだったらしい。
「自分でもいきあたりばったりだって思ったわ。だけどね、ここで待つことくらいしか私には出来なかったの。そして娘の幸せな笑顔を思い浮かべながら、翔子が好きになった人はどの人か考えるくらいしか出来なかったの。」
…なるほどな。
…そういうことか。
名前以外の情報はなにもなく。
他に頼れる人物もいない。
その結果として自分の直感だけを頼りに俺を捜すという荒業を翔子の母は実現して見せたということだ。
「貴方に会ってからどうするかなんて考えてなかったけど、だけどどうしても貴方に会いたかったの。翔子が愛した貴方に会って、貴方の話が聞きたかったの。」
溢れ出す涙を必死にこらえて笑顔を歪ませる翔子の母。
それでも必死に笑顔を守り抜こうとする想いが余計に悲しさを感じさせる。
「ねえ、翔子はどうだった?少しは貴方の心を動かせたのかしら?」
「…ああ。翔子は俺がただ一人愛した女だ。」
「ふふっ、可愛い子だったでしょ?」
「ああ、世界で一番に。」
「ええ、私の娘ですもの。当然よね。」
こぼれ落ちる涙を拭うことさえ忘れて一心に俺を見つめてくる翔子の母は。
「ねえ、翔子は…幸せだったかしら?」
俺にも答えられない質問を問いかけてきた。




