恨んでいますか?
「良かった。ちゃんと覚えていてくれたんですね。」
「え?い、いえ…。その…覚えてないんですけど…って…あれ?その声…どこかで…?」
優奈のことを知らない常磐成美だが、
優奈との会話によって記憶の扉が開かれようとしているようだった。
「その声は…知ってる気が…するかも…?」
まだ思い出しきれていないようだが、
それでも確実に優奈の存在を思い出しつつあるのが感じられる。
「………。」
戸惑う友人の姿を面倒くさそうに見つめる矢野霧華も仕事の手を止めてしまっている。
だからだろうか?
優奈の母が二人の様子を見に来たようだった。
「あらあら、どうかしたの?二人とも…って、あ、あら?優奈じゃない。帰ってきてたのね。」
「…う、うん。」
「ごめんなさい。お母さん気づかなかったわ。」
「ううん。私も今ついたところだから…。」
突然戻ってきた優奈を見て驚きながらも優しく娘を迎え入れる。
そんな二人の会話を聞いたことで、
常磐成美もついに優奈のことを思い出したようだった。
「も、もしかして深海優奈さんなんですか!?」
死んだと聞いていたはずの優奈が目の前にいて。
優奈の母が優奈の帰りを喜んでいる。
そんな当たり前のようで決してあり得ない現状によって、
常磐成美の戸惑いはさらに大きくなっていった。
「そ、そんな…っ!?だって深海優奈さんは死んだって聞いてて…っ。で、でもっ、だけど、何度も私を助けてくれて…って、あれ?もしかして…?」
「…は、はい。私は生きています。色々と事情があって生きているということが言えなかったんです。」
「じゃ…じゃあ、ずっと私を助けてくれてたのは…?」
「私です。助けたと言えるかどうかはわかりませんが、成美さんの瞳が見えるようになったのも、成美さんの瞳から想いが消えたのも、全て私がしたことです。」
「お姉ちゃんと…翔子お姉ちゃんを…会わせてくれた人…。」
「私のことを…恨んでいますか?」
常磐成美の瞳から二人の魂を解放したことを今ではどう考えているのか?
その疑問を問いかける優奈だが。
「そ、そんなことはないですっ!絶対にないですっ!深海さんは私のために私のお願いを聞いてくれただけなんですからっ!だから恨むとかそんな…。そんなつもりはありませんっ!」
自分の決断によって悲しみを抱いたのが自分だけではなかったことに気づいた常磐成美は、
必死に優奈の質問を否定していた。
「深海さんには感謝してます。何度も何度も私のわがままを聞いてくれて…。なにもできない私のために何度も協力してくれて…。上手く言葉では言えないんですけど…私は深海さんが好きです。今まで会ったことは一度もありませんでしたけど、だけどそれでも深海さんのことが大好きなんです。」
懸命に優奈のことが好きだと伝えてから自らの想いを伝え続ける。
「深海さんのことが好きです。だから、だからここで働きたいと思ったんです。深海さんのように優しい人になりたかったから…だから深海さんのお父さんやお母さんのお店で働いて…もっともっと深海さんのことが知りたいって思ったんです。」
単なる社会勉強として働いているのではなくて優奈のことを知るために。
そのためにこの場所を選んだらしい。
…だが。
「私は…私に出来ることをしただけですから。」
優奈は照れ臭そうに微笑みながら常磐成美の手を握りしめていた。
「ちゃんと努力をして頑張ったのは成美さん自身です。だから私がしたことは成美さんを戸惑わせることばかりだったと思います。」
「そ、そんなことはないですっ!深海さんは本当に私を助けてくれて…っ!深海さんがいなかったら私は何もできないままで…何も頑張れなかったと思いますっ。」
「………。」
優奈の手を借りなければ何もできなかったと考える常磐成美だが、
それでも優奈は微笑みながら常磐成美の努力を讃え続けた。
「自分自身で何かをしようと思う気持ちが大事なんです。そのきっかけが何かは大した問題ではないと思います。ちゃんと自分の意思で考えて、自分の気持ちを大事にすることがとても大切なことなんです。」
「わ、私は…。」
「成美さんはちゃんと自分で考えて結論を出しました。その結果として自分の大切なモノを守り抜いたんです。その努力が成美さんの出した結果なんです。」
「私には…難しくて分かりません。」
「いつか分かると思います。成美さんが自分でどれくらいの努力を積み重ねてきたのか、ちゃんとわかる日が来ると思います。」
「…だといいんですけど。」
「自信を持ってください。そしてもしも成美さんさえよければ、このままここでお父さんとお母さんを支えてあげてください。」
「それは…できればそうしたいんですけど…。」
「私のことは気にしないでください。私はまた行かなければいけない所がありますから…。」
「…え?」
母の前で告げる言葉。
二人の会話を聞いていた優奈の母は再び悲しみを表情に表していた。
「優奈…。やっぱりあなたはまたどこかに行ってしまうのね…。」
「う、うん。ごめんね、お母さん。本当はずっとここにいたいと思うんだけど…。だけど私にはできないの。みんなが戦っているのに私だけが幸せな場所にいるなんてできないから…だからまだ…ここにはいられないの。」
「…今度はどこにいくつもりなの?」
「分からない…。私もまだ知らないから…。だけど、だけどもう共和国には帰ってこれないと思う。」
「ここには…帰ってこないの?」
「…うん。」
涙を流しながら問いかける母に優奈は小さくうなずいていた。
「全てが終われば…帰ってこられるかもしれないけれど、だけどそれは何年後かもしれないし…もっと先かもしれないから…。」
「…どうして…?」
どうしてそれほどまでの事情を抱え込んでしまったのか?
その問いかけを母は必死に堪えようとしていた。
そしてその代わりとして優奈に問いかけた。
「それが、優奈の選んだ人生なのね…。」
「うん…。お父さんやお母さんと離れるのはすごく寂しいけど…。だけど、どうしても行きたいの。大切なみんなと一緒に、私もちゃんと生きていきたいの。」
「そう…。」
死ぬために旅立つのではなく。
生きるために旅立つ覚悟を話す。
そんな娘の姿を見つめる優奈の母は一瞬だけ落ち込んだ表情を見せてから、
溢れる涙を拭って無理に笑顔を浮かべて見せた。
「お父さんを…呼んでくるわね。」
別れの挨拶くらいはするべきと考えて店内に向かう。
そんな母の背中はとても小さくて、
微かに震えているように感じられた。
「ごめんね…。お母さん。」
母に悲しい想いをさせてしまったことに後悔を感じる優奈だが、
それでも今は悲しみを心の奥に仕舞い込むことで常磐成美と向き合おうとしていた。




