要求した覚えはない
「これからどこへ向かうつもりなのかは知らないが、その前に渡すべきモノがある。」
「え?」
優奈を引き留めた宗一郎がその手に握りしめるモノ。
それが『何か』はすでに知っている。
「きみにこれを渡したい。受け取ってもらえないか?」
「………。」
余計な説明を後回しにして優奈の手にソレを手渡した宗一郎は、
もう一つ用意していたモノを俺にも差し出してきた。
「彼女だけでは本人が納得しないだろうからな。きみの分も用意しておいた。」
「…そこまで要求した覚えはない。」
「だから言っただろう。きみが手にできないものを彼女が受け取るとは思えないからな。きみが彼女を思うのなら、これはきみも手にしなければならないと思うのだが…。きみはどう思う?」
…ああ、そうだな。
…そうかもしれないな。
宗一郎の指摘は否定できなかった。
少なくとも優奈は自分だけという結果を拒絶するだろう。
「良いのか?俺も優奈も死んだ人間だ。そう簡単に『卒業の証』をだせるものじゃないだろう?」
宗一郎が差し出したもの。
それこそが学園の卒業の証であり。
ジェノス魔導学園の刻印を象徴した一種の勲章でもある。
その勲章の大きさ自体はとても小さなものだが、
それでもこの勲章そのものがジェノス魔導学園の卒業の証であり、
共和国の国内においては一種の名誉の象徴でもあるはずだ。
「後々面倒なことにならないか?」
私用で卒業の証を持ち出したとなれば、
少なからず宗一郎の進退問題に発展しかねないと思うのだが。
「はっはっは!その辺りに関しては心配するな。」
どうやら心配する必要はなさそうだった。
「幸い…と言って良いかどうか難しいところだが、竜の牙による襲撃によって学園の校舎も大きな被害を受けてしまっていてな。それに伴って生徒名簿も甚大な被害を受けてしまっているのだ。」
…ああ、なるほどな。
記録の改ざんは問題行為だが、
そもそも記録がないとなれば改ざんの証拠も残らないということだ。
「まあ、きみ達の情報を復元するくらいは容易いことなのだが、他にも色々と手続きが山積みで死者に関する書類の復元は後回しにされているのが現状になる。」
…ふっ。
…ものは言いようだな。
学園が襲撃されたことで多くの書類を消失させたために、
俺と優奈は書類上ではまだ学園に在籍しているという扱いらしい。
「きみ達に関しては卒業試験の終了後に戦死したということにしておく。それで全てつじつまがあわせられるはずだ。」
…それをここで言ってしまって良いのか?
どの段階で卒業したのか?
その一点をごまかして記録の改ざんを宣言する宗一郎だが、
今ここで反論する者はいないようだった。
「まあ、一度は紛失した資料だからな。どこかで何らかの手違いがあったとしても、気づく者はいないだろう。」
「………。」
堂々と大きな声で笑う宗一郎を見ていた琴平重郎は苦笑している。
そして黒柳達も曖昧な表情で笑っている辺り、
俺と優奈の記録に関して外部に情報が漏れる心配はなさそうだった。
「本当に良いのか?」
「ああ、持っていきなさい。」
念のために確認してみたのだが、
宗一郎は当然と言わんばかりに大きく頷いていた。
「きみ達にとってはそれほど価値のあるものではないだろうが、他の生徒達と同じように胸を張って学園を卒業すれば良い。きみ達にはそれだけの資格があるのだからな。」
宗一郎の配慮によって手に入れた卒業の証。
この小さな勲章こそが俺や優奈がこの学園で平和な日々を過ごした証になる。
「分かった。ありがたく受け取らせてもらう。」
「あ、ありがとうございます…っ!」
俺がおとなしく受け取ったことで、
肝心の優奈もとても嬉しそうに卒業の証を手にしてから制服の胸元に取り付けていた。
「私も…卒業できるんですね。」
決して手に入らないと思っていた卒業の証を手に入れたことで幸せそうに勲章に視線を向けている。
そんなささやかな幸福を祝福するためだろう。
「おめでとう!優奈。」
「良かったわね!優奈ちゃん。」
薫と美春が祝福の言葉を送り。
黒柳や竜崎達も精一杯の拍手を送っていた。




