逃げるのですか?
「それでは攻撃を開始します。」
「くっ…。」
喜びも悲しみも感じさせない淡々とした口調で試合を再開する竜崎雪の言葉に合わせて俺が精霊を操り始めると、
御堂は慌てて精霊から距離をとり始めた。
「…また、逃げるのですか?」
「ち、違うっ。精霊を破壊するためだっ!」
必死に言い訳を重ねる御堂だが、
御堂の剣が精霊に対して向けられる様子はなかった。
「そうやって言い訳を繰り返しても、それがただの強がりでしかないことはすぐに分かるんですよ?」
…ああ、そうだな。
御堂が戦いを避けようとしているのは誰の目にも明らかだ。
だからこそ御堂の甘さを潰すために戦闘を継続する必要がある。
そのために竜崎雪に魔術名を伝達することにした。
…まずはマスター・オブ・エレメントだ。
『はい。』
即座に両手を掲げる竜崎雪の行動に合わせて展開する魔術が沙織のルーンから5色の光を放つ。
「マスター・オブ・エレメントっ!!」
演技を続ける竜崎雪の言葉に合わせて沙織のルーンから魔術を解放すると。
無数の破壊魔術が御堂に降り注いだ。
「ぐ…あああああああああああああああっ!!!!!」
御堂の予想を上回る破壊力。
徹底的に試合場を破壊していく沙織の魔術は本来の性能を遥かに越えていて、
身構えていたはずの御堂の体さえも軽々と吹き飛ばしてしまう。
「ど、どう…して…っ!?」
なぜ沙織を越える破壊力が実現できるのか?
精霊の能力に疑問を感じているようだが、
これは当然の結果だ。
「使用する魔術は常磐沙織さんのものでも魔術そのものは私の特性の影響を受けています。ですから当然、術者の能力次第で魔術の効果も変動します。これはそういう魔術ですから、もちろんご存じですよね?」
「くっ…。そうか…。能力は同じでも魔力は別物ということなのか…。」
「ええ、その通りです。だから私の力を常磐沙織さんと同じだとは思わないほうが良いですよ?」
竜崎雪は魔術を使っているのが沙織ではないからだと正直に答えた。
魔術師としての格は沙織よりも御堂が上だが、
それは竜崎雪にも当てはまるからな。
「魔術特性は貴方に負けるかもしれませんが、魔術の技術に関しては私が上です。だから私の魔術をあまり甘く見ないでくださいね。」
実際には竜崎雪と精霊には何の関係もないが、
それでも竜崎雪は自分が生み出した精霊であるかのように振る舞い続けてくれている。
「これ以上、私を失望させないでください。」
「これが…。これが試練なのか…?」
冷たく接する竜崎雪の非常な言葉が今の御堂に重くのし掛かっているのが分かる。
…だからこその試練だ。
期待に応える方法は明らかになっていても、
その方法を実践するための勇気が足りていない。
精霊を撃破すれば終わる戦いなのに。
精霊に攻撃する覚悟が足りない。
それがこの試練の課題であり、
御堂が乗り越えるべき『甘さ』ということになる。
「僕は…僕は…っ!」
やるべきことはすでにわかっているはずだ。
どうすればいいのかもすでに理解しているだろう。
だがそれでも割りきれない想いが御堂の心を迷わせている。
「沙織…っ。」
呼び掛けても応えない精霊は優しさではなくて魔術という名の試練を与え続ける。
「アストラルフロウ!!!!」
竜崎雪の宣言に合わせて新たに生み出す魔術。
あらゆる属性を複合的に発動する沙織の究極の魔術は先程よりもさらに強力で、
宗一郎の魔術に匹敵する甚大な破壊をもたらしていった。




