貴方のその手は
「どうしてっ!?どうして敗北を認めないのですか!?」
どう考えても異常な事態。
戦う意思を見せない琴平重郎が死の危機に直面しながらも決して敗北を認めないという状況に御堂は戸惑いを見せていた。
「なぜ!?」
戦わない理由が理解できないのだろう。
「それが…それが私の…役目だからです…。」
一方的な攻撃をためらう御堂が動きを止めてしまったことで、
自らの治療を続ける琴平重郎が震える声でゆっくりと答える。
「貴方の攻撃を受け続けることが私の役目なのですよ…。」
「僕には理解できませんっ!どうしてそこまでする必要があるのですか!?」
あと一撃。
ホンの些細な攻撃を仕掛けるだけでも確実に殺せてしまう状況に困惑して攻撃をためらう御堂だが、
それでも琴平重郎は微笑みを見せ続ける。
「…私の命で貴方の未来が守れるのなら、私は私の運命を受け入れようと思うだけです。」
「僕の…未来?」
まだ答えに気づかないようだな。
そんな御堂を哀れに感じたのだろうか。
琴平重郎はようやく戦いの意味を語り始めた。
「御堂君…。きみは…きみ自身の手で…一体、どれほどの命を奪ってきたのかを覚えていますか?」
「………。」
かつて戦場でも問いかけられた言葉。
奪った命の数という単純な問いかけに御堂は答えられずにいる。
「…わかりません。」
「でしょうね。もちろんそれ事態を責めるつもりはありません。決してそんなつもりはないのです。」
御堂の責任を追求するために試合を始めたわけではないからな。
決して批判ではないと断言してから、
琴平重郎は説明を続けていった。
「貴方が戦場でどれほどの罪を重ねたのかは知りません。ですが、貴方が活躍すればするほどに失われていく命があったのは確かだと思います。」
「それは…はい。」
否定できない事実を突きつけられた御堂が悲しみを感じ始める。
その様子を眺めながら、
琴平重郎は自分の役割を話そうとしていた。
「だから私はここにいるのですよ。」
「…え?」
「戦場における犠牲。それは必ずしも敵対する兵士達だけではなかったはずです。中には戦争に巻き込まれただけの子供達や逃げる力を持たない老人達もいたはずです。」
「そ、それは…っ。」
御堂はすでに知っているはずだ。
アストリアの砦に集められていた10万の戦力のほとんどが非戦闘員だったことを。
「確かに…そういう人達もいました。」
「そうでしょうね。そしてそういう人達は目の前まで襲い来る魔術師に対して、無抵抗のまま恐怖に怯えることしか出来なかったことでしょう。」
「………。」
それはまるで今の琴平重郎のように、だ。
戦うこともできず。
逃げることさえできずに。
死を待つだけの力なき人々。
そういう者達さえも殺しながら戦場を歩んできた事実を指摘しながら、
琴平重郎は御堂の弱さも指摘していく。
「今、貴方の目の前にいる私も戦う力を持たない弱き者です。」
御堂がその手で消し去ってきた者達と何も変わらない弱者と言えるだろう。
「だからこそ、そんな私を乗り越えることの重みを理解できるかどうか?それが貴方の試練なのですよ。」
強さを求めて頂点を求めることが間違いではない。
だがその反面として弱者を強いたげる力を持ってしまうという現実を忘れてはならないということだ。
「貴方のその手は…何を求めるのですか?」
弱者を廃するための力か?
それとも理想を実現するための力か?
力の本質に琴平重郎は迫る。
「貴方の覚悟を見せてください。」
「………。」
残された僅かな気力で必死に問いかける。
その鬼気迫る迫力に恐怖さえ感じる様子の御堂が琴平重郎に問い返した。
「どうして…そこまで…?」
何故自分の命を犠牲にする覚悟を決めてまで御堂のために立ち続けるのか?
その質問に対する答えこそが、
琴平重郎の心を縛る呪縛だった。




