解放する唯一の方法
結界の内部で吹き荒れる衝撃波。
検定会場そのものさえ揺らし。
局地的な地震さえも発生させた御堂の攻撃によって、
琴平重郎は死の危機に直面していた。
だが、それでもまだ琴平重郎は諦めない。
「…まだ、倒れるわけにはいかないのです。」
ふらつく足で立ち上がり。
必死に回復魔術を展開している。
「まだ…戦うのですか?」
「…当然です。」
すでに自らの魔術では回復が追い付かない状態に追い込まれているのだろうか。
治療しきれない体は限界を訴えているように見える。
…そろそろ限界だな。
それなのに琴平重郎は決して敗北を受け入れない。
「私はまだ…私の役目を終えていないのですから…。」
まだやらなければならないことがあるからな。
自らの役目を果たすために立ち続けている。
そんな琴平重郎の姿を見ていた薫が抑えきれない涙を流した。
「…学園長…っ。どうして…。」
どうして敗北を認めないのか?
その理由は薫もすでに知っているのだが、
それでも薫には割りきれない想いがあるようだ。
「それほどまでに…悔やんでいるのですか…?」
止めどなく溢れる涙を拭うことさえ忘れて一心に琴平重郎を見守る薫は、
何もできない自分を責めようとしている。
「ごめん…なさい…っ。本当なら…その役目は私が引き受けるべきでした…。」
………。
…どうだろうな。
今回の試合に限って言えば、
琴平重郎ではなく薫でも役目を果たせただろう。
「今の学園長の苦しみは…私のせいです…。」
もしも代われるものならば今すぐにでも代わりたいと願う薫だが、
それでは琴平重郎を救うことは出来ない。
ただ御堂を成長させるだけではなく、
琴平重郎自身にも乗り越えなければならない悲しみがあるからだ。
「最後まで試合を見届けろ。それができなければ琴平重郎の想いが無駄になる。」
「…分かってる。兄貴に言われなくても…分かってる…っ。」
試合を邪魔させないために釘を指したのだが、
薫は悔しさをあらわにしながら抑えきれない感情を言葉にしていた。
「分かってるけどっ!頭では分かってても納得できないのっ!学園長が自分のために御堂君の攻撃を受けてるのは分かるけど!だからって黙って見てられないのよ!私にはできないけど、私には学園長を救うことはできないけどっ!だけどそれでも何かがしたいと思うのっ!!」
「「………。」」
必死に泣き叫ぶ薫の悲しみが室内に広がって、
美春と優奈も言葉をなくして黙り込んでしまっていた。
「「「………。」」」
静寂に包まれる室内。
その中で聞こえるのは薫の泣き声のみ。
「…今ここで薫が感じている悲しみの理由にまもなく御堂も気づくだろう。その時が琴平重郎を苦しめる呪縛から解放する唯一の方法になる。」
「分かってるわよ…。兄貴の計画はいつだって正しいと思う…。でも…だけど…学園長のこの姿を…黙ってみてるなんて出来ないの…っ。」
…だろうな。
破壊し尽くされた琴平重郎の体は戦場で倒れていったどんな兵士達よりも危険な状態にあり、
薫や竜崎雪でなければ治療できないほどの瀕死の重体になってしまっている。
そのことが分かっているからこそ、
薫は琴平重郎に救いの手をさしのべたいと願っているのだろう。
「学園長を…助けて…。」
「…悪いがそれはできない。」
計画を変更してでも琴平重郎の救出を願う薫だが即座に却下する。
「もう一度だけ言う。この試合を続けることで琴平重郎の心を救うことができる。御堂に未来を託すことで、琴平重郎はその身を縛る呪縛から逃れることができるのだからな。」
本当の意味で琴平重郎を救えるのは御堂しかいない。
俺や薫が琴平重郎に手を差し伸べることには何の意味もない。
「琴平重郎を思うのなら今は我慢しろ。そして御堂が琴平重郎の呪縛を断ち切る瞬間を見届けろ。それが遺された者の役目だ。」
「…っ!」
反論を封じられた薫は抑えきれない悔しさによって拳を強く握りしめながらも、
必死の想いで口を閉ざして堪えてみせた。
「…そう。それでいい。」
どれほどの悲しみも。
どれほどの感情も。
琴平重郎の心には届かない。
薫がどれほど願おうとも、
それだけでは琴平重郎は救えない。
「御堂を信じろ。それがお前の役目だ。」
死の危機に直面する恩師を最後まで見届けること。
その役目を薫に与えながら二人の戦いに視線を向ける。
「ここからが本当の戦いだ。」
絶対に諦めない琴平重郎が最後まで戦わない理由。
その意味がこれから明らかになる。
「…御堂、お前はその想いに応えられるか?」
琴平重郎の目的を知り。
その心に巣くう絶望を知ったときに。
御堂は正しい道を選べるのだろうか?
その結末を見定める視線の先で再び御堂が口を開いた。




