評価の項目
「…う~ん。これってどうなるのかしら?」
水晶玉を覗き込む薫は試験結果に疑問を抱いたようだな。
確かに試合の内容だけを見れば長野敦也の完敗であり、
実力を示すどころかその一端さえも見せる暇がなかったといえる。
「これは完全に失敗じゃない?」
…まあ、そう見えるだろうな。
良いところが一つもなく、
評価できる部分が何もないからだ。
「…う~ん。」
「…困りましたね。」
否定することもできない美春と優奈も悩んでいる様子だった。
「どう考えても試験失敗よね?」
「やっぱりそうなるのでしょうか?」
「兄貴はどう思うの?」
どこをどう考えても希望を見いだす余地がないと判断する美春と優奈を眺めていた薫が俺の意見も求めてきた。
「兄貴もダメだと思う?」
「…いや、おそらく認められるはずだ。」
薫達は悲観しているようだが、
俺としては試験の判定は合格だと推測している。
「そもそも試合の勝敗は評価しないという前提だからな。敗北そのものは問題ない。」
「…でも、惨敗だとさすがに評価のしようがなくない?」
「そんなことはない。すでに評価の項目は達成しているからな。」
「へ?どういうこと?」
………。
どうやら本当に気づいていないようだな。
薫もそうだが美春も優奈も肝心なことを忘れてしまっている。
「長野敦也は自らの体を犠牲にしてまで姉の魔術を抑え込んだ。その行為そのものがジェノスの町を守るという大義名分になる。」
「ん?それって試験と関係あるの?」
当然だ。
「最初から長野敦也の惨敗は分かっていたことだからな。だからこそ長野敦也にとっては『どういう負け方をするか?』という部分が最も重要な課題になっていた。」
「あ~、うん。まあ…それは分からなくもないけど…。」
「そもそも相手が理沙達なら圧勝は間違いない。だが相手が長野沙弥香なら勝ち目はない。」
だから敗北そのものは考慮しないと宣言されていた。
「…とは言え、他に長野敦也に勝てる人材が学園にはいないからな。」
それこそ御堂と戦う以外の選択肢はないだろう。
だがそれができないことは美春の時に明らかになっている。
「つまり?」
「試合の結果や内容に関わらず、長野敦也が自らの意志を示した時点で卒業は確定していると言うことだ。」
「あ~。なるほどね…。それなら納得できるかも。」
美春もそうだったが、
長野敦也の卒業を拒否できるほどの力が学園にはないからな。
試験を望んだ時点で卒業そのものは確定していると考えるべきだろう。
「今回の試験はそれぞれの心に負荷を与えることが目的だと思われる。美春に自信を持たせることや長野敦也に敗北を実感させること。そのうえで未来に向かう意思や目的を与えるというのが宗一郎の方針だろうな。」
はっきり言えば試験そのものはどうでも良いということになる。
それぞれの想いを引き出すための段取りを進めていると考えればいい。
「試合内容に関係なく、長野敦也の卒業は確定する。」
試験は卒業資格を作り上げるためのいいわけでしかないはずだ。
長野敦也の卒業を試験官に認めさせるための試合。
それが答えだと判断する俺の説明を聞いた薫はあっさりと納得した様子だった。
「まあ、兄貴が言うのならそうなんでしょうね~。さすがに最初から卒業が確定してるっていうのはちょっとあれだけど、でもまあ確かに卒業を引き留める意味はないわよね。」
…ああ。
すでに終えている美春の努力やこれから行う薫の努力の全てが無駄だと言えなくもない結論だが、
他者に認められるというのはそれまでの努力が評価された結果だからな。
試験だけを乗り越えられればそれでいいというものではないだろう。
「卒業資格とは、進むべき道を選んだ時点ですでに手にしているものだ。」
そこへ至るまでの努力に意味があって、
それを手にすることが目的ではない。
「これまでの努力を示して評価を得る。それが試験というものだ。」
自らの理想に至るまでにどれだけの努力を重ねて、
どれだけの想いを込めてきたのか?
そこが最も重要な部分になる。
「分かるか?それが卒業試験というものだ。」
「…はい、分かっています。」
はっきりと宣言する俺の言葉を聞いた優奈も笑顔で受け入れてくれていた。




