寛大な心
午後3時24分。
水晶玉を通して観察する俺達や試験会場で観戦する御堂や竜崎達の視線が一ヶ所に集中する中で、
宗一郎が最終確認を行おうとしていた。
「用意は良いな?」
「いつでも良いわよ。」
「しゃあねえ!やるだけやるだけだっ!」
余裕を見せながら楽しそうに微笑む長野沙弥香に対して、
やけくそ気味の長野敦也は気力を振り絞って試合に挑む覚悟を見せている。
「さっさと始めろっ!」
自ら行う死刑宣告。
その発言を了承と判断した宗一郎が試合開始を宣言した。
「それでは、試合始めっ!!!」
「さあ!始めるわよ!!」
合図と共に即座に後退する宗一郎が道を開いた瞬間に。
長野沙弥香が嬉々として魔術を展開する。
「七星の煌めきっ!!」
試合開始から僅か数秒で発動したのは最も得意とする炎魔術だ。
7つの極大魔術が上空にその姿を現して、
マグマに匹敵する膨大な熱気が校庭全域に広がっていく。
「ったく!!最初から全力じゃねえか!?」
手加減なしの姉の姿を見て舌打ちを繰り返す長野敦也が全速力で回避行動に出る。
「んなもん、くらってられるかっ!!」
「ふふん♪逃がすわけないでしょっ!」
長野沙弥香は7つの炎を分散させて、広範囲に狙いを定めていた。
「とりあえず、一回死んできなさい!!」
「ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
無茶苦茶な指示を出しながら炎を放った長野沙弥香の魔術は、
激しい爆音を響かせながら校庭の各所に着弾して7つの巨大な火柱を生み出していく。
「ちょっ!いや、まじで…やべえっ!!!」
回避しきれなかった炎に飲み込まれるのが見えた。
どうやら火柱の中に取り込まれたようだな。
並みの魔術師であればこの時点で敗退が確定するところだが、
さすがにそこまで弱くはないだろうからな。
試合開始から30秒と経たずに窮地にたたされた長野敦也だったが、
全身に火傷を負いながらもどうにか炎から逃げ出すことには成功していた。
「ふざけんなっ!!マジで殺すつもりか!?」
「だ・か・ら・一回死んできなさいって言ったでしょ?」
本気で怒鳴る長野敦也だが、
対する長野沙弥香は笑顔を崩さない。
「私を倒さない限り、雪は渡さないわよ♪」
「…おい。結局、そこなのか…?」
姉が全力で暴れる理由。
それが最も面倒な試練だと気づいた長野敦也だったが、
今もまだ心に残る翔子への想いを優先して抵抗の意志を見せていた。
「悪いがまだ気持ちを切り替えられるほど単純な性格じゃねえんだっ!!」
長野淳弥の手に雷の属性を強く帯びる手袋が現れる。
ルーン名、デッド・オア・アライブ。
暗殺に特化したルーンを生み出してから姉に対して身構えた。
「雪の癒しは心の底から欲しいが、それとこれとは話が別だからな。」
「…気に入らないわね。」
正直な気持ちを告げる弟の言葉を聞いた長野沙弥香が本気で怒り出す。
「私の・大切な・雪よりも・大事なものなんて・どこにも・ないでしょう?ねえ、敦也…。」
「う…うぁ…っ!?」
姉の殺気を感じ取って怯える。
決して触れてはならない禁忌を目の前にする長野敦也には絶望しか感じられなかった。
「結局、どっちを選んでもダメじゃねえかっ!!」
雪を選んでも姉は手放さない。
だが雪を選ばなければ姉は怒り出す。
「んなバカな選択肢があるか!!」
どう転んでも助かる術はない。
そんな絶望の局地の中で。
「…一度、本気で死んできなさい。」
長野沙弥香が究極の魔術を展開しようとしていた。
「エンド・オブ・エタニティー!!」
「ちょっ!?それはダメだろっ!!!!」
永遠の終わりを意味するウィッチクイーンの秘術。
それは会場に集まる誰よりも膨大な魔力を保持する長野沙弥香でさえ、
たった一度使用するだけで全ての魔力を失ってしまうほどの超極大魔術のようだ。
おそらく万全の状態の今の長野沙弥香が発動すればジェノス町そのものが消し飛ぶほどの危険性さえあるだろう。
それほどの魔術をまともに受ければ長野敦也と言えども死の危険性は回避できない。
「ま、まてっ!それはマジで死んじまうぞ!?」
「ふふっ。馬鹿は一回死なないと治らないって言うでしょう?」
「…ふ、ふざけんな!」
「浮気を責めない雪の寛大な心に死んで感謝しなさい。」
「…ちょっ!?」
「さよなら、敦也。」
殺気を漂わせる瞳で満面の笑みを浮かべる長野沙弥香は、
淡々とした口調で宣言しながら究極の魔術を解き放ってしまった。




