ちょっとした嫌がらせ
受付で手続きを済ませてから検定会場の外に出たのだが、
もちろん俺の後ろには当然のように翔子がいる。
すでに気持ちを立て直したのか、
今はにこやかな表情で歩いているのが分かる。
なぜ機嫌がいいのか?
その理由は聞くまでもないだろう。
今回もまた説明を待っているのは明白だからだ。
とはいえ…
試合が終わるたびに何度も説明するのは面倒なので、
今は翔子を無視しながら次の目的地に向かって歩みを進めているところだ。
その間も翔子は次の試合が始まる前に一通りの説明をしてもらおうとでも考えているのだろう。
興味津々といった雰囲気で隣に並んで歩いていたのだが、
進んでいる方角が最後の検定会場ではない事に気付いたようだ。
不思議そうな表情を浮かべながら問い掛けてきた。
「ねえねえ。どこに向かってるの?」
どこに行くつもりなのか?
目的地を尋ねてくる翔子に答えるべき言葉はとても簡単なものだ。
次の試合に向かう前に済ませておきたいことがあるからな。
「休憩を兼ねての昼食だ」
「えっ?もうそんな時間なの?」
近場に時計がないかと探して視線を泳がせる翔子が校庭の一角にあった時計の針を確認してみると、
すでに時刻は午後一時を過ぎているのが見えたようだ。
とっくに正午を過ぎているからな。
今は食堂に向かって歩いているところだ。
「もう一時なんだ?」
ふと空を見上げて見れば眩しいほどの太陽がほぼ真上を過ぎつつある。
「うあ~。もうこんな時間だったんだ~。色々あって時間のことを完全に忘れてたわ」
ほう。
少し気になる発言だな。
「忘れていたのか?」
「ん?そうだけど、それがどうかしたの?」
「いや、少し気になったことがあっただけだ」
「え?なになに?ようやく私に興味が出てきたの?」
なぜか楽しそうな笑顔を浮かべる翔子だが、
正直に言って翔子自身に対して興味はない。
そうではなく。
これまでの行動から推測して今ここに翔子がいるということに少しだけ違和感を感じただけだ。
「誰がどこでどうしていようと興味はないが、昨日と一昨日のこの時間帯は俺の監視から離れていただろう?」
「え?えぇぇぇぇぇぇっ!?気づいてたの!?」
「ああ、だから昼は何か理由があってどこかに向かっているのではないかと考えていたんだが、今日はここにいていいのか?」
「う~、まあ、そこはちょっと問題がなくもないんだけど…。っていうか、そこまで気づかれていたことに対して色々な意味でビックリなんだけど、もしかして私が尾行してたこと、実は全部知ってたの?」
「ああ、始業式の直後からお昼頃まで、そして昼過ぎに再び監視に戻っていたことは把握している。だから初日は後を追いかけてくるのに苦労しただろう?」
「うわ~。やっぱりあれって私に気づいてて尾行を振り切ろうとしてたのね」
「いや、無理に振り切るつもりはなかったからな。監視しやすいようにすぐに見える範囲に移動していたつもりだ」
「何のために?」
「ちょっとした嫌がらせだ」
「うわっ。最悪っ。あの時は本気で見失いそうになって滅茶苦茶慌ててたのにっ」
「ただ黙って監視されるのは気に入らなかったからな」
「うぅ~。無断で尾行してた立場上、文句を言う権利はないんだけど…。だけど振り回されてたって気づかされると釈然としない部分があるわね~」
「振り回される程度の実力だったということだ」
「あぅぅ…。返す言葉がないわ」
尾行に失敗していたという事実を聞かされて激しく落ち込んだ様子の翔子だが、
気にすべき問題はそこではない。
「それで、俺の側にいていいのか?どこか別の場所に行く予定があるんじゃないのか?」
出来ればどこかに行ってもらいたいんだが。
「まあね。なくはないわ。ただ、約束してるわけじゃないから絶対っていうほどの理由じゃないし、そもそも時間的にすでに手遅れだし、今更焦って向かっても意味はないっていう感じね」
時間的に手遅れ、か。
「つまり、今から向かうつもりはないということだな?」
「ええ、そうなるわね。まあ、ぶっちゃけて言えば、ただ友達と一緒にご飯を食べるかどうかっていうだけの理由だから特に問題はないわ。」
どうやら友人と共に昼食をとるためにお昼になると姿を消していたらしい。
「まあ、そもそも毎日一緒にって決めてるわけでもないし。時間が合う限りは行こうと思うけど、今日みたいに事情があるときは仕方がないわ。それに、私もそうだけど向こうも色々と仕事を抱えてるから一緒にご飯を食べられないことなんてよくあることだしね」
ほう…そうなのか。
翔子と同じようにその友人も仕事を抱えているようだな。
それはつまり。
翔子と同様の役割を持っていると考えるべきだろう。
だとすれば翔子と同程度の実力者か、
あるいはその上という可能性もあるだろうな。
ほのぼのと話す翔子から新たな情報を入手することができた。
…と同時に。
決して避けられない問題に直面したことにも気づかされた。
この状況で翔子が離れてくれる可能性がなくなったということだ。
翔子を監視の役目から外すために予定があるのではないかと訪ねてみたのだが。
これまでの会話の流れから考えて、
翔子が友人のもとへ向かう可能性は完全に否定されてしまった。
その結果。
一人になる作戦は失敗に終わったことになる。
監視されるだけならまだしも傍に居続けられるのはかなり迷惑に思うからな。
だからこそ。
どうにか翔子を引き離せないかと考えていたのだが、
現時点で他に考えられる方法は何もない。
全力で逃げることもできるがそれはそれで面倒だ。
まあ、仕方がないか。
翔子の相手をするのは疲れるが、
昼食の合間にでも話をすれば少しは休むことができるだろう。
そんなふうに考えている間に、
目的の食堂へとたどり着いた。




